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サイクル ロードレース コラム 2025年9月30日

ポガチャルとレムコの激闘は伝説に、初のアフリカ大陸開催で見せつけた2人のインパクト|UCI世界選手権大会:レビュー

サイクルロードレースレポート by 福光 俊介
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大会を締めくくるロードレースの栄冠はポガチャルの元に

個人タイムトライアルとロードレースで勝利を分け合った2人のスーパースター。それぞれのレースで発生したタイム差以上に残したインパクトは鮮烈で、勝っても、そして負けてもなお、その強さは際立つものだった。個人タイムトライアル(TT)で圧倒的な強さを示したレムコ・エヴェネプール(ベルギー)。TTではレムコにパスされる衝撃的な敗戦をしながら、1週間後のロードレースでは66kmの独走劇を演じたタデイ・ポガチャル(スロベニア)。初のアフリカ開催となったUCI世界選手権大会。ルワンダ・キガリの地で放った偉力は、長く語り継がれる伝説となるに違いない。

レムコが個人TTハットトリック 2分30秒先を走っていたポガチャルをパス

大会初日(9月21日)、個人タイムトライアルからその物語は色濃く記された。起伏のあるキガリのコースで適応に苦しむ選手が多かったなかで、レムコはひとり別次元を行った。先に出走していた選手たちとは明らかに違うペーシングで飛ばすと、中盤までにトップタイムを1分以上更新。40.6kmに設定されたレースだったが、30kmもいかないうちにレムコの勝利は確実なものとなった。

一方で苦しんだのがポガチャル。TTへの出場を明かした時点ではキガリのコースに自信があるように思われていたが、調整段階で体調を崩したのが痛かった。TTバイクでのトレーニング予定をいくつかカットし、なかばぶっつけ本番のような状態でこのレースを走っていたのだという。

何より驚きだったのは、レムコがポガチャルをフィニッシュ直前でパスしたことだった。2分30秒先にスタートしていたポガチャルを石畳の上り「コート・ド・キミハーウラ」で追い抜いたレムコは、最後の最後まで走りを乱すことなく、3連覇アピールの敬礼をしながらフィニッシュ。

 下馬評通りの走りで個人タイムトライアル3連覇を果たしたレムコ

「スタートしてすぐに調子が良いと確信したんだ。脚がよく回り、限界を超すことなくペースをキープできた。石畳は正直苦手だけれど、全力でプッシュするほかなかったよ。タイム差はどうあれ、勝ったことが一番なんだ!」(レムコ)

この日が27歳だったポガチャルは、表彰台にも届かなかった。

「明日はまた新しい1日なんだ。今日は今日で苦しさを受け止めるけど、明日からまたハードなトレーニングをこなしていくよ。きっとロードレースは大丈夫さ」(ポガチャル)

TTで見られた両者の構図。1週間が経ち迎えたロードレースではまったくもって別物であることを誰もが実感する。

みずからも想定外だったポガチャルのアタック、レムコは痙攣で反応できず

競技プログラムの進行とともに盛り上がりを増していった大会。アフリカ大陸初開催の8日間は、男子エリートのロードレースでクライマックスを迎える。TTから1週間。好調なのは確かなレムコと、いかに修正しているかが見もののポガチャル。レース距離267.5km、獲得標高5475mの先に、その答えがある。

リアルスタート直後のいくつかの動きから、6人の先頭グループが組まれた。デンマークやオランダ、スイスなどが乗った一方で、ここに加われなかったフランスが盛んにメイン集団を活性化させる。この大会を過去2回制しているジュリアン・アラフィリップが飛び出す場面も。アラフィリップはすぐに集団へと引き戻されると、ほどなくして脱落。実のところ、食中毒をおしてスタートラインについていたという。

やがてメイン集団ではベルギーがコントロールを開始。スロベニアも数人を前方に送り出して、両国のペーシングは先頭グループとの差を2分40秒程度にとどめた。

1周15.1kmのメイン周回を9周回したのち、プロトンは周長29.1kmの大周回へと移っていく。ここまでにリタイアで数人を失う有力国も出ているが、そんなことはキガリのコースが容赦しない。もっとも、大周回1つ目の登坂モン・キガリ(登坂距離5.9km、平均勾配6.9%)に達する段階で、コース上に残っているのは80人ほど。日本から唯一の参戦だった留目夕陽もこの区間で苦しみ、のちにリタイアを強いられている。

そのモン・キガリで大きな局面を迎えた。意識的にペースを上げたスロベニア勢の隊列から、ポガチャルが猛然とペースアップ。これを追随できたのはフアン・アユソ(スペイン)だけ。直後の下りでイサーク・デルトロ(メキシコ)が合流し、3人による新たな先頭グループが形成された。それも、日頃はUAEチームエミレーツ・XRGで走るチームメートである

「もともとは集団を絞り込むことが目的だったんだ。そのまま逃げようとは考えてもいなかったよ。でも、フアン(アユソ)とデルトロと3人になったのを見て完璧だと思った。このメンバーで逃げられるなんて夢のようだとね」(ポガチャル)

上りでポガチャルの番手につけていたレムコは、ペースの上昇に対応できなかった。直前に路面の窪みでタイヤを取られ、バイクポジションがズレてしまったという。その状態で上り続けた結果、ポガチャルが仕掛けたタイミングで脚が痙攣してしまった。

史上初めて世界選手権がアフリカの地に降り立った

史上初めて世界選手権がアフリカの地に降り立った

66kmを残したポガチャルが独走に、レムコはレース続行に迷い

続いて迎えたミュール・ド・キガリ(0.4km、11%)では、アユソが石畳の路面に対応できず。トップを行くのはポガチャルとデルトロの2人になった。今季絶好調の“ドリームコンビ”の後ろでは、いくつかに分裂していた追走パックがひとつにまとまって、事実上のメイン集団に。ここに加わったレムコは、大周回を終えてメイン周回に戻ったところでバイクを交換した。

態勢を整えたかったレムコだが、またもバイクに振り回される。しきりにサドル位置を気にする仕草を見せ、ついには耐え切れずストップ。チームカーがなかなか現れず、3台目のバイクにまたがるまでにかなりの時間を要した。

「タイム差を見てみたら、タデイたちと1分45秒差と出ていたんだ。正直、“これ以上走る意味はあるのか?”と考えたよ。その段階で5周も残っていた。走るべきかかなり悩んだよ」(レムコ)

走り続けるかを迷っているうちにチームカーの車列まで戻ったことで、レムコのモチベーションは回復。今度こそはバイクの状態は良く、脚の痙攣もなくなった。この間に集団から3人が飛び出していたが、レムコも休むことはせずみずからの脚でもって追走パックを目指した。

「このままだとタデイに負けることは理解していた。でも、できる限りのことはやろうと。悩んだけど、やっぱり諦めることはできなかった」(レムコ)

この頃、先頭ではポガチャルがデルトロを引き離して独走態勢に入っていた。フィニッシュまで66kmを残していたが、ひとり旅を選択する。デルトロは胃腸の調子が悪く、ペースを保つのが難しくなっていた。後方では人数をかけて追走を試みていたが、プリモシュ・ログリッチがそれらの動きを防ぎ、追撃の芽を摘んでいた。意図せず独走を余儀なくされたポガチャルだったが、リードは1分まで広がっていた。

キガリの難コースを完全征服したポガチャル

ポガチャルの後ろでは、レムコがメンバーを絞り込んでベン・ヒーリー(アイルランド)とマティアス・スケルモース(デンマーク)との追走グループを組んでいた。十二分な脚を持つ3人に対し、ひとり逃げのポガチャルだったが、上り区間でしっかり踏み込んで周回を経るごとにタイム差を広げた。レムコは残り2周でアタックしたものの、ヒーリーとスケルモースを引き離すのが精いっぱい。ポガチャルとの差は広がるばかりだった。

「さすがにタイム差が大きすぎた。タデイはどんなに苦しくてもペースを落とすようなライダーじゃないんだ。独走時にどう走るかは誰よりも彼がよく知っている。僕にはどうすることもできなかったよ」(レムコ)

最終周回こそわずかに苦悶の表情を浮かべたポガチャルだったけど、そのペースに微塵の陰りがない。最後の上りを終えると、ついに顔がほころんだ。文句なしの勝利に、最後の100mはウイニングライド。キガリのファンの前で、コース征服の瞬間を迎えた。

圧巻の独走劇を披露したポガチャルが連覇を達成

「最高の1日だ! 標高が高く苦しいし、暑いし、本当に大変だった。早い段階で独りになってしまい、まるで昨年と同じように自分自身との戦いになったんだ。でもやり遂げたよ。周回をこなすたびに上りはきつくなって、下りでもペダリングを必要とした。最後はエネルギーが尽きてしまって、何とかフィニッシュできるようにと願いながら走っていた」(ポガチャル)

総力戦でポガチャルを盛り立てたスロベニア陣営

トップを走る間、ポガチャルは都度戦況を確認できていたという。チームカーから、フィードゾーンで待つスタッフから、レースを途中で降りたチームメートから。いつもとは違い、このレースでは無線の使用が許されていない。ならばと、スロベニアチームは人海戦術でポガチャルを盛り立てていた。

「レムコに異変があったことは分かっていた。“彼は集団にいる”“集団から遅れている”“集団から飛び出した”すべて僕は知っていたんだ。もちろんそればかりに惑わされず、集中して走り続けることを心掛けていたけどね」(ポガチャル)

フィニッシュで待つチームメートのもとへ飛び込んだポガチャルの歓喜から1分28秒。レムコもひとりでレースを終えた。声援に応えて手を振ってはみたけれど、やはり悔しさが勝る。バイクから降りるや、手で顔を覆い涙した。

「バイクトラブルがなければ、ね。違った結果になっていたかもと思うと、ただただ悔しい。脚が攣っていなければ、きっとタデイとデルトロのところで走っていたはずなんだ」(レムコ)

もっとも、ベルギーチームのメカニック、ダリオ・クロエック氏によれば「バイクを3回チェックしたけど、何も問題はなかった」と話す。かたや、2回のバイクトラブルでチャンスを逸したとするレムコ。真相は果たして…。

明と暗がくっきりした2人に続き、3位争いを制したヒーリーはガッツポーズ。表彰台でこそ笑顔を見せたレムコだけれど、上位3人のコントラストはこれまでになくはっきりとしたものだった。

過去30年で最小の完走者数

164選手が出走した今回。最後まで走り切ることができたのは30人。これは過去30年で最小の完走者数。「史上最も過酷」との評も多くあったキガリのコースだが、完走者数をもってそれが裏付けられた印象だ。

ポガチャルは完走者30人の難関コースをトップでフィニッシュ

コース難易度の本質についてはさまざま意見があるが、1560mというキガリの標高と、グランツールの山岳ステージもびっくりの獲得標高が大きな要素となっているのは確かだ。そして何より、レースペースの速さも忘れてはならないポイント。今回のポガチャルは267.5kmをアベレージ42.089kmで走破。前回の42.41kmとほとんど変わらないスピードで走っており、コースレイアウトだけではなく「選手の走りそのもの」が一層難しいレースに仕上げたということだろう。

そんなキガリでの激闘は男子にとどまらず、女子エリートでも。個人タイムトライアル(31.2km)では、マーレン・ロイサー(スイス)が悲願の世界女王に。164.6kmで争われたロードレースでは、優勝候補と目された選手たちが牽制し合う中を抜け出した3人が逃げ切りに成功。プロキャリア1勝のアウトサイダー、マグドレーヌ・ヴァリエール(カナダ)がマイヨ・アルカンシエルを獲得した。

「史上初のアフリカ大陸開催」との誇りを胸に、ルワンダ・キガリ大会は閉幕。2026年はカナダ・モントリオールで開催される。

文:福光 俊介

福光 俊介

ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う

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