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自転車界の至宝3人による意地と名誉をかけた凄まじい死闘は、ファンデルプールがロングスプリントで勝利を射落とす【Cycle*2025 ミラノ〜サンレモ:レビュー】
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか優勝ファンデルプール、2位ガンナ、3位ポガチャル
一年で一番長い日の、終わりの30分に、凄まじい死闘が待っていた。自転車界の至宝3人による、意地と名誉をかけた攻防。タデイ・ポガチャルはチプレッサでも、ポッジオでも、幾度となく恐ろしい上りアタックを打ち下ろした。フィリッポ・ガンナはその優れたペーシング能力と強靭な精神力とで、必ず前に舞い戻ってきた。そしてマチュー・ファンデルプールが、望み通りに磨き抜かれた脚と、冷静かつ大胆なフィニッシャーとしての毅然さで、自身にとって2度目の、チームにとって3年連続のミラノ〜サンレモ勝利を射落とした。春一番のモニュメントは、今年もまた、伝説的だった。
「サンレモで優勝したことだけでも特別なことなのに、あの2人に……信じられないほど素晴らしい選手である2人を倒せたんだからね。彼らと一緒に表彰台に上がれたのは、この上なく光栄なこと。なんと言っていいのかわからないけど、とにかく、最高に幸せだ」(ファンデルプール)
シルヴァン・ディリエ(中央)が集団制御の任に就いた
ディフェンディングチャンピオンチームとしての責務を、アルペシン・ドゥクーニンクは全うした。スタート直後に8人が逃げ出し、タイム差が最大5分45秒に開くと、シルヴァン・ディリエが集団制御の任に就いた。他のチームから協力の手が差し伸べられることはなかった。雨にたたられた長い平野で、ただひとり、黙々と先頭を引いた。
コース半ばにそびえるトゥルキーノからのダウンヒルだけは、優勝候補を数人有したリドル・トレックが前を奪い取ったが、すっかり下り切った先で、再びディリエに責任が押し付けられた。2018年パリ〜ルーベで210km逃げた果てに、2位に食い込んだ驚異的な持久力の持ち主は、最終的に200km近くにわたって孤独な作業を続けた。
陰鬱なポー平原を抜けると、リヴィエラは、まばゆい春の光にあふれていた。寒さに身を固くしていた選手たちは、次々と厚いレインコートの鎧を脱ぎ捨てていく。
「序盤の3〜4時間は最悪だった。だからトゥルキーノのトンネルを出て、太陽が見えた時は嬉しかった。気温も上がっていって、海岸線を走りながら、僕も徐々に調子を上げていったんだ」(ファンデルプール)
J SPORTS サイクルロードレース【公式】YouTubeチャンネル
【ハイライト】ミラノ〜サンレモ|Cycle*2025
ゲラント・トーマスが集団先頭で位置取り争い
リグーリア海に突き出す3つの岬「トレ・カピ」が近づくと、満を持してあらゆるチームが前へ前へと競り上がる。中でも意欲的だったのがイネオス・グレナディアーズで、細くうねる起伏道では、ゲラント・トーマスが存在感を見せた。元ツール・ド・フランス総合覇者は、人生最後の「プリマヴェーラ」で、巧みにチーム隊列を好位置に導いた。
肝心のUAEチームエミレーツ・XRGは、ぎりぎりまで集団後方に姿を潜めていた。残り60kmを切ってようやく、ニルス・ポリッツが前方に上がってきたが、必ずしも最前列にとどまれたわけではない。チプレッサの麓で朝からの逃げを吸収し、同時にティム・ウェレンスが先頭に駆け上がった時だって、後輪にピタリつけていたのはむしろファンデルプールとガンナで、肝心なポガチャルは前から25番目くらいに沈んでいたほど。
過去3大会でも、たしかにチプレッサで、UAEとポガチャルは厳しいテンポを強いた。ただ今回は、単純に、脚のないスプリンターを振り落とすためではなかった──3日前のレースで落車し身体を痛めていた上に、カポ・メーレでのパンクからの集団復帰で体力を消耗した前回覇者のヤスペル・フィリプセンは、ここでまっさきに脱落したが──。1年前の春にはポッジオで最終発射台を務めたウェレンスが、この日は、チプレッサでいきなり全力を振り絞った。
本来であればウェレンスの前か後に、イサーク・デルトロがクライマーの脚を発揮する予定だったとも言われている。しかし3日前のミラノ〜トリノ覇者は、喧騒に完全に埋もれてしまった。代わりにジョナタン・ナルバエスがポガチャルを連れて前に上がると、ウェレンスに続きがむしゃらに踏み込み、極限までスピードを釣り上げた。
チプレッサ山頂まで3km。サンレモの長い歴史の中でもめったにないほど早く、それでいて世界中のファンが期待していた通り、ポガチャルがアタックに転じた。最大勾配ゾーン9%の、ほんの少し手前だった。
ポガチャルはチプレッサでアタック!
「このレースをテレビで何度も見てきたけれど、チプレッサでの攻撃はいまだかつてお目にかかったことはない。タデイがそれを実現させてしまった!」(ファンデルプール)
ファンデルプールは瞬時に敵の背中に飛びついた。ガンナとロマン・グレゴワールもすかさず反応した。ただ長く畳み掛けるようなポガチャルの加速に耐えきれず、若きフレンチパンチャーだけはずるずると後退していった。「太陽に近づきすぎると、火傷する」との名言を残して……。
フィニッシュまで残り24km、こうして世界の頂点を極めた男たちだけによる、三つ巴の構図が出来上がった。現役ロード世界チャンピオンにしてマイヨ・ジョーヌのポガチャルに、前ロード&現シクロクロス&現グラベル世界王者ファンデルプール、さらにはアルカンシェルはロードTTで2枚・トラックで7枚のガンナ。いかにもサンレモらしく、脚質のまるで異なる三者のランデヴー。
「計画通りに動いたし、僕らチームは完璧な仕事をした。僕はチプレッサでアタックを打ち、ベストを尽くした。もちろん、最高に楽観的な展開は独走に持ち込むことであり、僕はトライはしたけど、マチューとピッポと行くのも悪くなかった」(ポガチャル)
チプレッサ山頂で早くも後続を30秒ほど引き離したトリオは、その後の下りと平地は、上手く協力しあって先を急いだ。まずは表彰台の3つの席を完全に確保したかった。UAEの猛攻で一旦は小さくなった後続集団は、40人ほどに再び大きくなり、必死の追走を続けていたからだ。しかし1分差にまで広がったリードは、ポッジオの接近とともにほぼ動かなくなった。次のポガチャルの狙いが、この日最後の坂道であることは、火を見るより明らかだった。
残り9.3km、まさにポッジオ突入と同時に、ポガチャルは素早くアタックに転じた。
またしてもファンデルプールは悠々と後輪についてきた。すでにチプレッサで2度の加速を試みたように、ポッジオでは3度、限界までアクセルを踏んだが、2人の関係は変わらなかった。それどころかファンデルプールは、坂道の最終盤で、カウンターアタックさえ試みた。2年前に加速し、初勝利へと向かって飛び出したあの場所で。
ポガチャルもファンデルプールも決定的なアタックにはならなかった
「独走に持ち込もうとしたんだ。これほど厳しいレースの終わりのスプリントでは、なにが起こるか分からない。こういった状況では誰が一番速いかではなく、最後に誰が一番強いのかこそが重要になる。ポガチャルが僕を倒そうと何度もオールアウトしたのは分かっていたから、突き崩そうと考えた。でも、彼は、反応できるだけの強さを残していた」(ファンデルプール)
ガンナも一旦は蹴落とされた。それでも自己の能力を正確に把握しているタイムトライアリストは、チプレッサでもそうしたように、すぐにペース走行に切り替えた。「自分の数値なら頂上まで切り抜けられる」と信じ、2人の背後で粘り強くペダルを回した。決して大きく離されることはなかった。2人よりほんの10秒遅れでポッジオからの下りに飛び込むと、ラスト1kmを切った直後に、まんまと前に追いついた。
「ポッジオがあと5km長くて、勾配が10%なら良かったのに。このレースは違いを生み出すのが本当に難しい。ここでは物理の法則に従わねばならず、魔法は使えない」(ポガチャル)
火花を散らした3人の王者は、289kmの長き戦いの果ての最終500mで、最後のにらみ合いを繰り広げた。ファンデルプールは道路の左端に、対するガンナは右端に陣取った。ポガチャルはあえてスピードを落とし最後尾に下がり、ロングスプリントの準備を整えた。永遠にも思える刹那。極限まで張り詰めた空気は、突然、鋭く切り裂かれた。
「残り300mの看板からスプリントを切ることで、彼らを驚かせることに成功した。短いスプリントのほうが僕向きだとみんなが考えていて、それを利用できることは分かっていたんだ。だって実際に、僕がこんなに遠くから全力疾走を始めるなんて、誰も予測していなかったわけだから。これが今日の勝利を決めた重要なキーポイントだった」(ファンデルプール)
ファンデルプールに隙を突かれたガンナとポガチャルも、慌てて加速に転じたが、もはや成す術はなかった。素早くトップスピードに乗ったファンデルプールは、敵を後輪にさえ入り込ませず、フィニッシュラインを一番で走り抜けた。まるで鬼神のように戦ってきた男は、両手で顔を覆い、勝利の感動に打ち震えた。
両手で顔を覆い、勝利の感動に打ち震えたファンデルプール
「すべてのモニュメント勝利が特別だけれど、今回は、いつもよりもさらに少しだけ特別な気がする。レース展開があまりにも厳しかったせいで、すごく感情が高ぶってしまった。新たなモニュメント勝利を手にすることができたなんて信じられないし、僕にとってもチームにとっても、決して当たり前のことではない」(ファンデルプール)
2年前にファンデルプールに次ぐ2位に入った時のように、ガンナは2位で満足の笑みを浮かべ、昨年に続く3位で終えたポガチャルは、悔しい表情を隠しきれなかった。しかも現役最多のモニュメント7勝(ロンバルディア4、リエージュ2、ロンド1)を誇っていたというのに、今回のサンレモで、ファンデルプールに7勝(サンレモ2、ロンド3、ルーベ2)で並ばれてしまったことになる。
「脚の調子は本当に良かったんだ。ただ、おそらく、パワーの最大値が出なかった。何度も加速することはできた代わりに、あと数ワットが足りなかった」(ポガチャル)
43秒遅れでヴィア・ローマになだれ込んだ40人弱の集団の先頭は、マイケル・マシューズが取った。全12回の参戦で、7回目のひと桁フィニッシュだった。
1年前はロードシーズン初戦にサンレモを選び、途中で自分にはいまだ勝てる脚がないと気がついた……そんな反省を活かして、この春のファンデルプールは、サンレモ初制覇の2年前と同じくティレーノ〜アドリアティコを経てシーズン初モニュメントへと乗り込んだという。ちなみに不思議なことにティレーノ後の水曜日には、大多数の選手がサンレモの下見に励む中で、ファンデルプールはロンド・ファン・フラーンデレンの試走を行なった。
サンレモの2週間後には、再びモニュメントで、ファンデルプールとポガチャルの激突が待っている。またしてもこの2人を中心に……ロンドはスキップ予定のガンナの代わりに、今度はワウト・ファンアールトを加えて、熾烈なタイトル争奪戦が繰り広げられるに違いない。
「フランドルはもっと厳しくなるだろう。上りの数がもっと多いから、ポガチャルにとっては、僕を蹴落とすための機会がもっと増える。今日の印象的な走りを見ても分かるように、彼を倒すのは、非常に難しいはずだ。それでも僕らは、トライしていく」(ファンデルプール)
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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