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【Cycle*2024 ツール・ド・フランス2024 レースレポート:第11ステージ】ヨナス・ヴィンゲゴーが涙の復活ステージ優勝 先行したポガチャルを追い、マッチスプリントを制す「勝った瞬間に苦しかった時期を思い出した。とても感動的な勝利だよ!」
サイクルロードレースレポート by 福光 俊介決着はゴール前の勝負で
王者には王者たる所以がある。一度や二度転んだって、ただでは起きない。改めて、頂点に立つ男の強さを見ることとなった。
ツール・ド・フランス第11ステージ。今大会唯一の中央山塊ルートで、ヨナス・ヴィンゲゴー (ヴィスマ・リースアバイク)がタデイ・ポガチャル (UAEチームエミレーツ)とのマッチアップを制してステージ優勝。途中、ポガチャルがアタックし独走を試みるも、ヴィンゲゴーが単独で追走。最後の約15kmはランデヴーとなって、勝負をかけたスプリントでヴィンゲゴーが先着した。
「感動的な勝利だよ。クラッシュからの復帰は、ここ数カ月の経験を思うととても大きな意味があると思っている。勝った瞬間、苦しかった時期を思い出したよ。大けがで2週間入院していたのが3カ月前。短期間でここまで来れたことがただただうれしい」(ヨナス・ヴィンゲゴー)
ツールの出場さえも危ぶまれた。大会3連覇に向け、意気揚々とシーズンインしたはずだった。3月のティレーノ~アドリアティコを完勝し、次に臨んだ4月のイツリア・バスクカントリーでアクシデントに見舞われる。テクニカルなダウンヒルでのクラッシュで、複数箇所を骨折。現在ツールで戦っているプリモシュ・ログリッチ (レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ)やレムコ・エヴェネプール (スーダル・クイックステップ)も同じタイミングで落車したが、とりわけ負傷度合いが大きかったのがヴィンゲゴーだった。
しかし、ツールへの意欲は失わなかった。5月にはバイクトレーニングを再開し、その後はツールメンバーとともに高地トレーニングへ。急ピッチで調整をして、ツール出場を決意。コンディションを疑問視する向きもあったが、ここまでの走りが特段悪かったわけではない。そしてこの勝利である。エンジンは間違いなく温まっている。
「正直に言うと、3カ月前はここで走れるなんてイメージすらしていなかった。ツール出場を決めた時だって、ある程度の成績は出せるだろうと思っていたけど、ここまでうまくいくとは想像していなかったよ」(ヴィンゲゴー)
J SPORTS サイクルロードレース【公式】YouTubeチャンネル
【ハイライト】ツール・ド・フランス 第11ステージ|Cycle*2024
レースは最初から最後まで、慌ただしかった。リアルスタート直後から頻発するアタックは、どれも決め手に欠いて逃げグループの形成までに至らない。数人がわずかにリードする場面こそあれど、その先で集団に引き戻される。ときに、マイヨ・ジョーヌのポガチャルみずから先頭に立って、睨みを利かせる局面さえあった。
時速50kmに迫ろうかという勢いに、この日最初の登坂である4級山岳では20人近い選手が後方へと下がった。マーク・カヴェンディッシュ(アスタナカザクスタン)らスプリンター陣に混ざって、個人総合15位でスタートしていたペリョ・ビルバオ (バーレーン・ヴィクトリアス)の姿まで。
この4級の上りでようやく逃げグループがまとまって、のちに飛び出した5人までを集団が容認。やがて10人となった先頭グループを、リーダーチームのUAEチームエミレーツが2分程度の差にとどめてレースをコントロール。最後の50kmにひしめく4つのカテゴリー山岳を前にして、主導権は完全にメイン集団が握っていた。
頂上手前で仕掛けるタデイ・ポガチャル
この日最難関の1級山岳ピュイ・マリー・パ・ド・ペイロル(登坂距離5.4km、平均勾配8.1%)に入ると、逃げはベン・ヒーリー(EFエデュケーション・イージーポスト)とオイエル・ラスカノ(モビスター チーム)の2人となる。じきにラスカノが遅れて、先頭で粘っていたヒーリーも頂上手前1kmのところで集団が捕まえた。その頃には集団はアダム・イェーツ(UAEチームエミレーツ)の牽きで人数が絞られていて、もはや個人総合争いの趣き。そして頂上まで600m、ポガチャルが仕掛けた。
「チームメートがうまくコントロールしてくれたし、僕自身も余裕があったので早めに仕掛けてみようと思ったんだ」(タデイ・ポガチャル)
「あまりに強くてついていかなかった」とヴィンゲゴーがレース後に振り返ったように、ポガチャルのアタックは誰も追随できなかった。頂上に達した時点で、ポガチャルとヴィンゲゴーとのタイム差は10秒。一度ヴィンゲゴーに追いついたログリッチは頂上前に離されて7秒遅れで続く。レムコはテンポを維持して上り続けて30秒差。
下りはテクニカルなので要注意
下りでも攻めるポガチャルだったが、コーナーでタイヤを滑らせてしまった。落車は免れたものの、これがのちの走りに影響したという。
「下りでも攻められる感覚があったのだけれど、タイヤを滑らせたあの一瞬で走りが変わってしまった。セーフティにいかざるを得なくなって、その分を取り戻そうと下り終えたところで脚を使うほかなくなった」(ポガチャル)
走りのリズムが変わったポガチャルに対し、ヴィンゲゴーは下りでログリッチとレムコの合流を許しながらも、次の上りである2級ペルテュスでペースを上げた。追いついてきた2人を振り切って単独追走態勢に入ると、上り始めにあったポガチャルとの25秒差があっという間に縮まっていく。そして、頂上手前で追いついた。直後にポガチャルが再アタックをして頂上に置かれたボーナスポイントを1位通過(8秒ボーナス)はしたものの、その先の区間で攻撃に転ずることはできなかった。
「ヨナスの追い上げはものすごかった。ボーナスポイントは1位通過できたけど、それ以上の攻撃はできなかった。今日のようなレースは予想していなくて、最後のスプリントも慌ててしまったんだ」(ポガチャル)
両者が一緒になってから、ひとまずは協調体制を組んで最後の3級山岳をクリア。そのまま最終局面へと移っていく。テクニカルな下りをこなして、フィニッシュへ向かう緩やかな上りに入ると、ステージ優勝をかけた牽制が始まった。ポジションは、前がヴィンゲゴー、後ろがポガチャルだ。
しばらく探り合いが続き、残り200mでスプリント開始。ダンシングのヴィンゲゴーと、シッティングのポガチャル。フィニッシュ前50mでもうひと段階加速を狙ったポガチャルだけど、ヴィンゲゴーが懸命にトップを死守。ハンドル投げでのフィニッシュライン通過は、ヴィンゲゴーに軍配が上がった。
「ポガチャルがアタックしてからは、追いつくために諦めることなく走った。実際に追いつくことができたのには驚いたけど、スプリントで勝ったことの方がビックリだったよ」(ヴィンゲゴー)
競り合いで先行するヨナス・ヴィンゲゴー
開幕以来、少しずつ広がっていたポガチャルとの総合タイム差にも、第2週以降を見据えていると強調し続けてきた。このステージ優勝はいわば“有言実行”とも言えるが、やはり苦しかったのだろう。レース直後には涙があふれ、家族と電話をつなぐといよいよその涙は止まらなくなった。
「家族がいなければこの苦しみは乗り越えられなかっただろうね。みんなが僕を支えてくれたんだ。特に妻は僕の復帰に大きな役割を果たしてくれた」(ヴィンゲゴー)
そして、ここからの巻き返しを改めて誓う。
「ここまで、自分の力を疑っていた部分は否めなかった。でも、今日の走りで改めて僕にはツールを勝つ力があると信じられるようになった。昨年も一昨年も、僕は2週目と3週目で調子を上げた。今年も同じだと自信を持って言えるよ」(ヴィンゲゴー)
ヴィンゲゴーの追い上げに驚き、スプリントではミスしてしまったと悔やんだポガチャルだが、失った総合タイムは1秒。数字のうえではダメージはほとんどないけど、メンタル的には果たして。
「ヨナスがあれだけ強いスプリントをするとは思っていなかったよ。ただ、僕は心理戦で負けたわけじゃないんだ。見ての通り、僕たちは互角さ。まず大事なのは、ピレネーを前にいまあるタイム差を維持すること。もっと激しい争いになるだろうから、タイムを失わないように注意を払いたい。ヨナスだけじゃない、レムコもプリモシュも相当強いよ」(ポガチャル)
2人の後ろでは、レムコが崩れることなく走り抜いて3位フィニッシュ。一緒に最後の下りを攻めていたログリッチは落車で後れを取ったが、レース後の裁定によりレムコと同タイム扱いとなった。ヴィンゲゴーから25秒差でのフィニッシュ。
整理をすると、マイヨ・ジョーヌのポガチャルから、個人総合2位をキープしたレムコまでが1分6秒差。ヴィンゲゴーは1分14秒差。ログリッチが2分15秒差。この4人と後続との差は拡大していて、“ビッグ4”の強さが明確になってきている。
フランスの至宝ロマン・バルデに大声援を送る観客
ピレネーを見据えるポガチャル。ついに3連覇へ意欲を口にしたヴィンゲゴー。粛々とみずからの走りに徹するレムコとログリッチ。四者四様のスタンスは、次の直接対決の舞台となるピレネーでどう映るだろうか。戦いは続く。
このステージでは、地元近くを走ったロマン・バルデ (dsmフィルメニッヒ・ポストNL )に沿道から大声援が送られた。上位争いには加われなかったものの、最後のツールを祝おうと多くのファンが山岳ポイントに集結した。
なお、体調不良のティム・デクレルク(リドル・トレック)が出走を取りやめたほか、ヨン・イサギレ とアレクシ・ルナールのコフィディス勢2人が途中リタイア。早い段階から最後尾を走っていたフレッド・ライト (バーレーン・ヴィクトリアス)が1時間以上の遅れを喫してタイムアウト。日々の過酷さが選手たちを苦しめている。
●ステージ優勝 ヨナス・ヴィンゲゴー(ヴィスマ・リースアバイク)コメント
「とても感動しているよ。レース後に妻と電話で話して、お互いに泣いてしまった。彼女からはたくさんのサポートを受けている。もちろんチームからもだね。チームはここまで、多くの不運に見舞われていて、僕だけが苦しんでいるわけじゃないんだ。今日勝ったことで、みんなの気持ちが明るくなるならうれしいね。
今日の勝利は今までのものとはまったく違うね。やっぱり大けがをしてから初めての勝利は最高の気分だ。あのクラッシュは“事故”と言えるもので、正直なところ死も覚悟した。それを乗り越えて、いま世界最大のレースを走っているんだ。そこで勝てるなんて信じられないなんてものじゃないよ。
タデイのアタックにはついていけず、30秒近くタイム差が開いてしまったのはさすがにショックだった。気持ちだけは切らすことなく、自分に合ったペースでフィニッシュを目指そうと思っていた。そうしているうちに、チームの無線でタイム差が縮まっていると伝えられて、“これは追いつけるかも”と感じたんだ。ボーナスポイントを1位通過はできなかったけど、タデイと良い勝負ができたからフィニッシュではもしかした勝てるかもしれないと思えるようになった。
ツールに向けては1カ月半しかトレーニングができていない。ただ、開幕前にイメージしていた以上の走りができているのは事実。特に今日のステージ優勝はターニングポイントになるんじゃないかと思っているんだ。それは僕だけじゃなく、チーム全体としてね」
次なる直接対決はピレネー
●マイヨ・ジョーヌ タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)コメント
「今日はヨナスが一番強かったと思う。5cmしか差はなかったけど、数字以上に大きな差だったと感じている。彼は今日の勝利に値する走りをしたね。一緒に走っている間はフェアに戦うことができ、とてもやりがいのあるレースだった。テレビで観ていた人たちはみんな楽しかったんじゃないかな。
ピュイ・マリー・パ・ド・ペイロルは走った経験があったので、それを生かそうと思ってアタックした。一方で、ヨナスはステージ全体を見通して走っていたのだと思う。僕としては独走でフィニッシュまで行きたかったけど、ヨナスの方が強さと勇気があったね。
ヨナスに追いつかれたとき? 正直混乱したよ。まさかと思った。とりあえずボーナスポイントを獲ってから先のことは考えることにした。
ピレネー? また違ったレースになるだろうね。僕はヨナスだけを見ているわけじゃなくて、レムコやプリモシュの走りにも注意を払っている。彼らは確実にピレネーで攻撃してくるだろうからね」
●ロマン・バルデ(dsmフィルメニッヒ・ポストNL)コメント
「コースに来てくれたみんなに感謝したい。あの大声援は信じられないものだった。あそこまで盛り上がっているとは思っていなかったんだ。今日のコースは普段のトレーニングルートでもあって、何十回、何百回と走ってきた。トップでみんなのもとに行けたら良かったのだけれど、それがかなわなかったので最大限楽しんで走ることにしたんだ。ツールはまだ終わっていない。マイヨ・ジョーヌを着たりもしたけど、僕としてはもう1勝したいと思っている」
文:福光 俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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