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【ジロ・デ・イタリア2024 レースレポート:第16ステージ】最悪の天候もこの男だけは止められない! ポガチャル想定外の5勝目
サイクルロードレースレポート by 山口 和幸ポガチャルが今大会5勝目
第107回ジロ・デ・イタリアは5月21日、悪天候によるコース変更でラサからサンタ・クリスティーナ・ヴァルガルデナまでの118.7kmに短縮された第16ステージが行われ、UAEチームエミレーツのタデイ・ポガチャル(スロベニア)が優勝。ステージ5勝目を飾るとともに、総合成績のトップを守った。ボーラ・ハンスグローエのダニエル・マルティネス(コロンビア)がイネオス・グレナディアーズのゲラント・トーマス(英国)を逆転して総合2位に浮上したが、首位ポガチャルとの差は7分18秒に広がった。
2回目の休日明けのこの日、総合優勝の行方に関わる山岳コースが舞台となるはずだった。ディジェ渓谷とアイサック渓谷を通過する標高の高いステージで、コースマップを見ただけでその空気の薄さが想像できた。いよいよジロ・デ・イタリア最終週が始まる…はずだった。
ところが、1週間前の5月14日に主催者から突然のコース変更が通達された。2024年大会の最高峰「チマ・コッピ」に指定されていたステルヴィオ峠(標高2757m)が数日前の降雪とその後の気温上昇で雪崩の危険性が高まったとして、通行できなくなったからだ。スタートはリヴィーニョ、フィニッシュはサンタ・クリスティーナ・ヴァルガルデナと変わらなかったが、ルートを変更して距離は206kmとなった。
大会期間中に余儀なくされたこのコース変更により、ステルヴィオ峠の西隣にあるスイス国境の峠、ウンブライルパス(標高2489m)が最高峰チマ・コッピとなった。変更されたコース上で50.2km地点にある特別山岳ポイントとなったが、Google Mapによると「この峠は気の弱い人向けではありません。多くのS字カーブは非常にきつく、安全柵はなく、下の谷への大きな落差があるため、十分に注意することをお勧めします」とある。
計画では、ウンブライルパスから下山してすぐにイタリアに再入国し、161.4km地点のボルツァーノまでが下り基調の平坦路。170.4km地点から上り坂に突入し、カテゴリー1級のピネイ峠を越え、そしてカテゴリー2級のサンタ・クリスティーナ・ヴァルガルデナにフィニッシュする。
レースとしては、大会2日目に独走勝利して首位のマリア・ローザを獲得したポガチャルの強さが日を追うごとに際立つ。今大会最難関の第15ステージで4勝目を挙げるとともに、総合2位トーマスとのタイム差を6分41秒に広げていた。
「今のタイムギャップとチームの働きには満足している。第2週を終えて総合リストのトップに掲載されているが、最終ゴールはまだ遠く離れている。すべてのジロ・デ・イタリアには独自のストーリーがあるから、最後の1週間がどうなるのか見てみたい」と第15ステージのゴール後に語ったポガチャル。休息日にはどう戦うかをチームと共有し、ジロ・デ・イタリア総合優勝を手中にしたい。その上で今季最大の目標、ダブルツール制覇という快挙を達成したい。
そんな状況に悪雲が立ちこめていた。天気予報が第16ステージの荒天を告げる。前日に主催者が対策ミーティングを開催し、天候状況によるオプションを3通り提示した。選手回収車や運営管理車に選手が着込む雨具と防寒具を積載しておくこと。ウンブライルパスで選手が着替える場所を用意し、そのニュートラルタイムとして3分を提供することなど。そして最悪の場合は、危険なルートはニュートラル区間としてタイム計測しないことなど。前日はこうした代替案を発表したのみで、正式決定は当日に持ち越された。
レインウエアを着て走る大集団
しかし気象状況は悪化の一途。気温5度のスタート地、リヴィーニョでは集まったファンのために出走サインに選手が登壇するものの、結果的にこの町からレースが始まることはなかった。そしてチマ・コッピとなるはずだったウンブライルパスもカットされた。カテゴリー1級のピネイ峠とカテゴリー2級のサンタ・クリスティーナ・ヴァルガルデナはかろうじてレースコースに残された。想定外の事態が発生したが、総合成績の1位と2位の選手の差が6分以上もある現状では、すべての関係者が安全第一でこの日を終えたいという気持ちがあったに違いない。
朝のリヴィーニョでの混乱によってチマ・コッピがキャンセルされ、選手たちはチームカーなどに乗り込み、新たに設定されたリアルスタート地点のラサに移動した。結果的に距離が短く難易度が下がった。そんな状況を利用してでもステージ優勝したい。この大会で果敢に走るスーダル・クイックステップのジュリアン・アラフィリップ(フランス)を含む4人がアタックした。すべてステージ優勝を目指した選手らで、総合成績に大きな影響を与えないことは早い段階で明らかになった。
VFグループ・バルディアーニCSF・ファイザネのジュリオ・ペリツァーリ(イタリア)、アルケア・B&Bホテルズのエウェン・コステュー(フランス)、アスタナカザクスタンのクリスティアン・スカローニ(イタリア)がアラフィリップの動きに加わった。カテゴリー1級のピネイ峠最後の数キロで第1集団を作ることに成功した。
マリア・ローザのポガチャルは、この日はステージ優勝する気はなく、勝利は積極的な走りを見せた誰かが手中にすればいいと思っていたという。レース後にポガチャルは「今日はリスクを負う必要はなく、逃げ集団に勝たせたかった」とその時の心境を回想している。
そんなポガチャルの思いと裏腹にモビスターチームが激しい動きを見せる。山岳ステージでの優勝を狙っていたモビスターチームだったが、その日の逃げ集団に選手を1人も入れることができなかったのだ。メイン集団のペースをコントロールし、最後の2つの上りですべてを賭けることにした。
悪天候による混乱もポガチャルは止められない
モビスターチームは集団の先頭で懸命に働き、逃げ続ける選手の背後に近づくことに成功した。他チームが完璧にお膳立てをしてくれたことで、ポガチャルはやる気を蘇らせる。
「ドメン・ノヴァクとラファウ・マイカにプッシュするように頼み、先行選手を射程距離に収めてからアタックした」というポガチャル。最後まで抵抗を続けたペリツァーリをフィニッシュ手前で逆転し、こうして5回目のステージ優勝を収めた。
自転車競技界最強の選手と言われるベルギーのエディ・メルクスがその容赦ない勝ちっぷりで、「カンニバル=人食い人種」と呼ばれたが、ポガチャルはカンニバルになりたくなくても、結局はカンニバルになってしまった。モビスターチームにとっては、エイネルアウグスト・ルビオ(コロンビア)が最終的にチーム最上位の11位で、作戦は失敗に終わった。
ポガチャルがペリツァーリにマリア・ローザをプレゼント
2003年生まれの20歳6カ月、ペリツァーリは16秒遅れのステージ2位。1981年のモレノ・アルゼンティンが20歳5カ月でステージ勝利しているが、ステージ3位までの表彰台に上がった最年少選手としてはそれ以来となる。3年前にポガチャルとセルフィーを撮ったヒルクライマーは、本格的プロとなって2シーズン目。この日はゴール後に表彰式を待つポガチャルに歩み寄って、ピンク色のアイウエアをせがんだ。それに応じたポガチャルはアイウエアだけでなく、身に着けていたマリア・ローザもペリツァーリにプレゼントした。
距離短縮でパワーが凝縮されたレースだったため、総合2位のトーマスが脱落して、49秒遅れでゴール。総合3位マルティネスはペリツァーリに追いついて16秒遅れの3位。マルティネスは総合2位に浮上したもののポーナスタイム差を加算してポガチャルから7分18秒遅れになった。
ヤング・ライダー賞のアントニオ・ティベーリ(イタリア、バーレーン・ヴィクトリアス)は33秒遅れのステージ5位でフィニッシュして笑みを浮かべた。
厚手のウエアでステージ優勝の表彰台に立つポガチャル
「総合3位だったダニエル・マルティネスのほうが最終週は手ごわいと思っていたので、最後は差を広げようとした。それにしても今日はジュリオ・ペリツァーリが素晴らしい走りをして才能を見せつけたので、今週にステージ優勝できることを願っている」とポガチャル。
「私は計画するのが好きで、ガールフレンドはいつもすべてをきちんと整理したがる。以前はそうではなかったけど、年齢を重ねてきた今は計画を完璧に実行したいと思っている。そうは言ってもサイクリングでそれはほとんど不可能で、今日は物事が計画通りに進まなかった。それでも勝利を手にした。モビスターが集団を牽引したので、チームでそれほど多くの作業をする必要がなかったことをうれしく思う。私たちにとって素晴らしいサプライズだった」(ポガチャル)
文・山口和幸
山口 和幸
ツール・ド・フランス取材歴25年のスポーツジャーナリスト。自転車をはじめ、卓球・陸上・ボート競技などを追い、日刊スポーツ、東京中日スポーツ、Number、Tarzan、YAHOO!ニュースなどで執筆。日本国内で行われる自転車の国際大会では広報を歴任。著書に『シマノ~世界を制した自転車パーツ~堺の町工場が世界標準となるまで』(光文社)。2013年6月18日に講談社現代新書『ツール・ド・フランス』を上梓。青山学院大学文学部フランス文学科卒。
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