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【Cycle*2024 ロンド・ファン・フラーンデレン:レビュー】20%超の激勾配コッペンベルグは今年もやはり伝説的、虹を纏うファンデルプールは混沌を切り抜ける術を持っていた
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかロンド・ファン・フラーンデレン表彰式 男子ファンデルプール、女子ロンゴボルギーニ
雨がロンドをより美しく、とびきり過酷に変えた。選手たちの体力は否応なく奪われ、濡れた石畳を恐ろしく滑りやすかった。ただずば抜けたハンドルテクニックと冷静な戦術眼、なにより強固な精神力とで、マチュー・ファンデルプールはあらゆる苦難を克服した。空っぽの身体で、ひとり先頭で、栄光のフィニッシュラインへとたどり着いた。
「今まで戦ってきた中で最も厳しいロンド・ファン・フラーンデレンだったし、キャリアでも屈指の難レースだった。最後はもはや死んだような状態で、フィニッシュまで這って行ったようなものさ。本当に苦しかった」(ファンデルプール)
270.8kmの持久戦は、すさまじいアタック合戦で幕を明けた。時速48km/hを超えるやり合いは、1時間近くも繰り広げられた。とうとう8人が飛び出していった後も、高速ペースはそれほど落ちなかった。最終的には史上最速だった2023年大会の44.083km/hを上回り、平均時速44.481km/hで幕を閉じることになる。
逃げが形成された後は、アルペシン・ドゥクーニンクが集団を完璧に制御した。ほんの2週間前には、群雄割拠のミラノ〜サンレモをヤスペル・フィリプセンに獲らせたクラシック精鋭軍は、この日は唯一絶対の大本命ファンデルプールのためにすべてを尽くした。
本来であれば最大のライバルとなるはずだったワウト・ファンアールトは、4日前にドアーズ・ドア・フラーンデレンでの落車故障で、残念ながら不在だった。悲願の石畳モニュメント獲得に挑戦さえできなかったエースのために、ヴィスマ・リースアバイクの面々も力を振り絞った。全部で17こなすフランドルの急坂のうち、わずか3つ目のウォルベンベルグでは、そのドアーズ・ドア・フラーンデレンを制したマッテオ・ヨルゲンソンがスピードを上げた。
この春のヘント〜ウェヴェルヘム覇者マッズ・ピーダスンも、続くモーレンベルグを含み何度も飛び出しを試みたし、かつての世界王者ジュリアン・アラフィリップだって雄々しく加速した。
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【ハイライト】ロンド・ファン・フラーンデレン|Cycle*2024
レースが進むにつれ天候は崩れていった
ただし、あらゆる攻撃は、ことごとくアルペシンが潰して回った。アシスト勢が動くこともあれば、後のチャンピオン自らが穴を埋めたこともあった。特にオウデ・クワレモントの2度目の通過時には、3度目のアタックを試みたピーダスンにジャンニ・フェルミールスが執拗に張り付いた上に、最後はファンデルプールが加速一発でとどめを刺した。
「雨が降り始めた瞬間、コッペンベルグが『カオス』になるだろうと理解したんだ。過去の映像で見たことがあった。だから他のチームが僕らに対して攻撃を始めた時、僕はチームに頼んだ。コッペンベルグまでなんとか制御可能な状況を保ってほしい、そこから先は僕一人でやれるから、と」(ファンデルプール)
アルペシンの厳しい監視体制はぎりぎりまで続けられた。かろうじてイバン・ガルシアだけが、ひとり抜け出すことに成功すると、20秒ほどのリードでコッペンベルグへと上り始めた。
このロンド屈指の激坂をよじ登っている最中に、ガルシアは無念にも先頭を放棄することになる。なにより自転車から飛び下りるクレイジーな選択をせざるをえなかった。泥と水滴に覆われたコッペンベルグの石畳の上では、前進することはおろか、ただバイクを垂直に保っていることすら難しく、自転車をわざわざ下りてでも後輪の空気圧を下げようと考えたのだという。非情にも、ガルシアは、あっという間に後方の追っ手に捕らえられてしまう。……その上、20%超の激勾配では、改めて自転車を漕ぎ出すことさえ不可能だった。
コッペンベルグには数々の逸話が残る。かつてこの地で落車した選手を、レースカーが避けきれずに轢き、以来15年間もロンドのコースに組み込まれなかったことがある。また2006年大会、自転車を下りずに坂道を登りきれたのは、たったの8人しかいなかったとも言われている。おかげで翌年は修復のためコースから外された。今年もやはり、コッペンベルグは伝説的だった。プロトンの大部分が途中で地面に足を着いた。そのまま自転車を担いで脚で登る選手もいれば、観客におしりを押されてなんとか再出発する選手もいた。まさにファンデルプールの予言通り、「カオス」だった。
コッペンベルグには数々の逸話が残る
もちろん、現役シクロクロス世界チャンピオンは、この混沌を切り抜ける術を持っていた。過去幾度となくコッペンベルグが舞台のシクロクロスレースに参戦し、2度制した経験も有している。泥に覆われた坂道が「とてつもなく滑りやすく」、「トラクションがまるでかからない」ことなど分かりきっていた。だからこそ坂を登り始めると同時に、ファンデルプールは全力で先頭へと位置取りした。
「加速したのは、単に面倒を避けるため。落車に巻き込まれたくなかったから。独走に持ち込む予定だったわけじゃない。コッペンベルグを絶対に先頭で切り抜けたかっただけなんだ」(ファンデルプール)
黙々とペダルを踏み続けたファンデルプールは、望み通り先頭でコッペンベルグを走りきった。てっぺんで、一瞬だけ、やはり自転車を下りずに後を追いかけてきたヨルゲンソンを待つべきかどうかとも考えたという。ただしすぐに腹をくくった。もはや後戻りはできない。フィニッシュまで残り45km。孤独な長旅へと走り出した。
ほんの9日前のE3サクソ・クラシックで、ファンデルプールは約44kmの独走勝利をもぎ取ったばかり。おそらく距離自体は恐れてはいなかったはずだ。「2019年の世界選手権を思い出させた」とフィニッシュ後に振り返った通り──あの日は英国の冷たい雨に打たれ、脚が止まった──、突然のハンガーノックには最後まで警戒し続けた。フィニッシュのわずか数キロ前まで、ファンデルプールが決して補給を怠ることはなかった。それでもフランドルの大地に降り続く雨と、吹き付ける冷たい風は、世界チャンピオンの体力を否応なしに奪っていった。
「最後の10kmは完全に空っぽだった。ただ眼を閉じて、できるだけ早くたどり着こうと努力した」(ファンデルプール)
幸いにもつい2週間前に10年契約を結んだばかりのキャニオンのバイクを、フィニッシュラインで高々と空に突き上げるだけの体力は、かろうじて残していた。一時は後続との差を2分近くに開いたが、最終的には1分02秒差で勝利を収めた。
マイヨ・アルカンシェルでバイクを空に掲げたファンデルプール
コッペンベルグで置き去りにされたライバルたちは、分裂と吸収の果てに、最後は小さなスプリントで残された表彰台の座を争った。ルーカ・モッツァートがハンドルを投げ先頭2位へ飛び込み、自身にとってはもちろん、ワールドツアー2年目のチームにとって初めてのモニュメント表彰台に駆け上がった。3番手にはマイケル・マシューズが入った。しかしミラノ〜サンレモは2位で泣いたマシューズは後続選手への進路妨害を行ったとして、集団最後尾の11位へと降格。代わりにニルス・ポリッツが3位へと繰り上がった。つまりUAEチームエミレーツはサンレモ3位のポガチャルに続き、モニュメント2大会連続で表彰台乗りを実現させた。
もちろんアルペシン・ドゥクーニンクは今季2大会連続のモニュメント制覇であり、ファンデルプールにとっては2020年、2022年に続く、史上最多タイとなる3度目のロンド・ファン・フラーンデレン優勝。5年連続表彰台にいたっては、史上唯一の快挙だ。ちなみに同じく大会3勝のファビアン・カンチェッラーラが初めてフランドルの王になったのが29歳で、ファンデルプールはこの1月に29歳になったばかり。史上単独最多4勝目への期待は、来年の春へ向けて、早くも膨らみ始めている。
「マイヨ・アルカンシェルでロンド・ファン・フラーンデレンを勝てたなんて、僕のシーズンはもはや成功と言っていい。記録なんて気にしてない。僕のキャリアは、現時点で、すでに自分の予想をとてつもなく超えている。だから今後も自分のベストを尽くし続ければ、きっと記録はついてくる」(ファンデルプール)
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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