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【Cycle*2024 ツアー・ダウンアンダー:レビュー】たくさんの「初物」でにぎわった激闘はスティーブン・ウィリアムズ総合優勝
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか総合優勝に輝いたのはスティーブン・ウィリアムズ(イスラエル・プレミアテック)
新人、新チーム、初勝利……。年の初めにふさわしく、2024年ツアー・ダウンアンダーは、たくさんの「初物」でにぎわった。ウィランガ・ヒルとマウント・ロフティという新旧難所が初めて揃い踏みし、スティーブン・ウィリアムズの初めてのワールドツアーステージレース総合優勝で幕を閉じた。
「天にも昇るような気分だ。勝利を手元に引き寄せることが出来て、本当に誇らしいし、幸せだ。自転車競技とは面白いもので、そんなにしょっちゅう勝ちは巡ってこない。だからこんな風に勝利を収めたら、しっかり楽しみ、とことん浸らなきゃならないね」(ウィリアムズ)
始まる前からすでに、瑞々しい驚きに満ちていた。開幕3日前に行われたダウンアンダー・クラシックは、アデレード市街地が舞台の平坦なクリテリウムで、例年ならスプリンターたちの狩場だった。マキュワン、グライペル、キッテル。時代の俊足王たちが複数回制し、カレブ・ユアンにいたっては昨大会も含め5度も両手を上げた。ところがその「ポケット・ロケット」が体調不良で欠場を選んだ今回……史上初の逃げ切りが決まった。
振り返ってみると、あれはちょっとした予告編だった。いわゆる「1時間レース」の半ばで飛び出した6人は、ぎりぎりの逃走劇を繰り広げ、ついには秒差なしでフィニッシュラインかすめ取る。興奮しきった勝者ジョナタン・ナルバエスを、3位イサーク・デルトロが讃えた。6位にはオスカー・オンリーの姿もあった。そしてこの3人こそ、6日間のステージレースを大いに盛りあげ、最終的に総合2位から4位を占める男たちなのだ。
逆にダウンアンダー本編では、1度たりとも、序盤からの逃げが最後まで行くことはなかった。まず3つのスプリントステージは、すべてきっちりスプリンターの手に落ちた。
ただし勝者は1人だけ。サム・ウェルスフォードがすべてを圧倒した。過去2年のワールドツアー生活では5勝しか挙げてこなかったというのに、今年ボラ・ハンスグローエのジャージに着替え、新スプリント列車の試運転もそこそこに、わずか1レース目で3勝の荒稼ぎ。初日には生まれて初めての総合リーダージャージも着たし、28回目の誕生日はハットトリックで祝ったし、最終日には、やはり生まれて初めてのポイント賞ジャージを持ち帰った。
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【ハイライト】ツアー・ダウンアンダー 第6ステージ|Cycle*2024
今大会3勝のサム・ウェルスフォード(ボーラ・ハンスグローエ)
「予想していた以上の出来。仲間たちは最高にマジカルだった。みんなで一緒に成し遂げられたことが誇らしいし、すごくスペシャルな気分だ」(ウェルスフォード)
たとえ逃げ切りは不可能でも、生まれて初めてのワールドツアーレースで、ルーク・バーンズは飛び出し続けた。初日から6日目まで、1日たりとも欠かさず山岳ポイントを積み上げ、全部で14ある山岳のうち、実に10箇所でポイントを収集した(1位通過6回)。母国オーストラリア選抜チームジャージから、2日目に山岳ジャージに着替えると、最後まで脱がなかった。
肝心の総合争いは、ダウンアンダー・クラシックの勢いそのままに、初日からいきなり加熱した。第1ステージはナルバエスが、2日目にはデルトロが中間ポイントでもがき、逃げの背後で3位通過=ボーナスタイム1秒をもぎ取った。ダウンアンダーの総合の行方は、わずかなタイム差で決まることが多い。総合上位2人が同タイムで並んだことすら過去3度ある。ボーナスタイム収集も、総合勢にとっては大切な作戦のひとつなのだ。
イサーク・デルトロはプロ生活わずか3日目でプロ1勝目
第2ステージで、このデルトロが、凄まじいポテンシャルを披露する。アタックと駆け引きとを繰り返しつつ、フィニッシュへと猛スピードで突進するプロトンから、ラスト1kmでひとり飛び出した。
背後からは大波のように迫ってくる集団を、20歳のネオプロはしなやかに交わし切った。昨夏のツール・ド・ラヴニールではロズ峠で圧倒的な山の強さを示し──その約1ヶ月前のツール・ド・フランスで、タデイ・ポガチャルが失速した恐るべき激勾配──、メキシコ人として史上初めてU23版ツールを制した「未来のグランツール総合覇者」は、プロ生活わずか3日目で、あっさりプロ1勝目を射止めてしまった。これから何度でも身にまとうに違いない「総合リーダージャージ」と「新人賞ジャージ」も、早々と身にまとった。
「なにがなんだか分からないし、とてつもなさすぎる。ステージ勝利を夢見て乗り込んできたし、常にベストを尽くしてきたけれど、それでも信じられないような気分だ。今大会は僕にとってはすでに成功で、この先のすべてがボーナスのようなもの。すごく嬉しい」(デルトロ)
フィニッシュラインでデルトロは10秒のボーナスを得たが、ウィリアムズも実は、3位で4秒を回収している。「機会さえあればスプリントは必ず打つ」と堂々宣言するパンチャーは、このタイムを元手に、3日後の第5ステージで総合首位へと躍り出ることになる。
ウィランガ・ヒルを制したのはオスカー・オンリー(dsmフィルメニッヒ・ポストNL)
ウィランガ・ヒルが4年ぶりに帰ってきた土曜日。リッチー・ポートと相思相愛だった急坂は、21歳のオスカー・オンリーに微笑んだ。
今シーズン最初の頂上フィニッシュにして、初の総合争いに向けて、デルトロのUAEチームエミレーツとナルバエスのイネオス・グレナディアーズが激しく隊列を競わせた。ウィリアムズのイスラエル・プレミアテックも、最前列でサポート体制を敷いた。最も積極策に出たのはオーストラリア唯一のワールドチーム、ジェイコ・アルウラーだった。クリス・ハーパーが坂道で幾度も囮アタックを繰り出し、昨大会のマウント・ロフティ覇者サイモン・イェーツは、ラスト1kmを切るといよいよ本格的な加速に転じた。31歳の元ブエルタ総合覇者の攻撃に、11歳年下のデルトロがたまらず遅れた。
同じく1992年生まれのジュリアン・アラフィリップも、一時は主役の座に躍り出た。コロナ禍のまっただ中に世界選2連覇を果たし、一世を風靡したパンチャーは、2度、ダンシングポジションで加速した。ところが10年ぶりのダウンアンダーで……どうも脚の冴えはいまいち。そんなアラフィリップがサドルに座った瞬間を、オンリーは突いた。
登りの強さはお墨付き。ディヴェロップメントチーム所属時代の2022年には、CROレースの山頂フィニッシュ2区間で、あのヨナス・ヴィンゲゴーと一騎打ちを繰り広げたこともある。5年契約で昨季プロ入りしたオンリーにとって、本格開花のタイミングが、きっとこの日だった。ウィリアムズとナルバエスを背後に従え、ウィランガの王となった。正真正銘、プロ初勝利!
「とても信じられない。調子良く大会に乗り込めたことは分かっていたし、上りステージでなにか出来たらと思っていたけど、彼等のような選手から勝利を奪えるなんて考えてもいなかった。今大会のいわば象徴のような登りに、僕の名前を刻むことが出来て、すごくスペシャルだ」(オンリー)
南半球の美しい風景もまた主役
タイムを6秒落としたデルトロに代わって、ウィランガのてっぺんでは、ウィリアムズが赤土色のリーダージャージを肩に羽織った。ただ総合タイム差ゼロの2位オンリーとも、5秒遅れの3位ナルバエスとも、フィニッシュタイム自体の累計は1秒たりとも変わらない。違いは単に「区間着順累計」と「ボーナスタイム」だけ。ちなみにデルトロだって、4位5秒遅れでピタリとつけていた。いくら僅差で総合が決するダウンアンダーとは言え、決戦日の朝に5秒差で4人がひしめくのは、2003年以来の接戦だった。
「大会史上最もタフな週末」の終わりは、幸いにも、ややこしい計算などもはや必要なかった。単純に総合首位が、最終日に、区間を制したのだから。
ナルバエスとイネオスの仲間たちは、積極的にレース制御に努めた。フィリッポ・ガンナとジョシュア・ターリングという、現役屈指の強脚ルーラーが隊列を勇ましく引いた。大会最後の難所、マウント・ロフティの山道では、最後にもう一度、デルトロが若さあふれる攻撃精神を発揮した。残り1.5kmから2度、3度、猛烈に加速を切った。オンリーはたまらず後方へ蹴落とされた。しかしウィリアムズは、ライバルたちの猛攻にも、まるで揺るがなかった。
締めくくりは、少し長めのスプリント。ダウンアンダークラシックから全開で暴れまわってきたナルバエスとデルトロをあっさりと突き放すと、ここまでライバルたちの派手な活躍の影に潜んできたウィリアムズは、悠々と両手を広げた。これ以上望めないほどの、最高のエンディングだった。
ツアー・ダウンアンダー 特別賞ジャージ表彰
ダウンアンダーは9大会ぶりに「北半球出身」チャンピオンを迎え入れた。しかも英国人が、オーストラリアの王となるのは、1999年のレース設立以来初めて。またウィリアムズと同タイムでフィニッシュラインに滑り込んだナルバエスとデルトロが、それぞれ総合では2位と3位の座に収まった。ナルバエスの総合9秒差は、純粋にボーナスタイムの差。6日間でウィリアムズが20秒集めたのに対して、ナルバエスは11秒にとどまった。
ウィリアムズにとっては人生3度目のステージレース総合優勝。1度目はカテゴリー1のCROレースで、昨季はプロシリーズのアークティック・レース・ノルウェーで勝った。もちろん3度目の今回は、レベルをさらに一段上げ、最高カテゴリーでの戴冠だった。
27歳中堅が生まれて初めてのワールドツアーステージレース総合優勝を祝ったのと同時に、所属イスラエル・プレミアテックも、創設以来初めてのワールドツアーステージレース総合制覇にわいた。また選手時代にタウンアンダー総合を2度勝ち取り、昨年末に現役を引退したダリル・インピーは、監督初レースで早くも1勝目を手に入れてしまった!
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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