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サイクル ロードレース コラム 2023年9月17日

【ブエルタ・ア・エスパーニャ2023 レースレポート:第20ステージ】元フルームの有能な右腕がレムコを抑えてステージ制覇!セップ・クスはマイヨ・ロホのままマドリードへ「この3人の覇者の1人になれたことを、心から嬉しく思う」

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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2人のスーパーリーダーと共に笑顔でフィニッシュしたセップ・クス

2人のスーパーリーダーと共に笑顔でフィニッシュしたセップ・クス

スーパーアシストに、栄光の日が訪れた。かつてはクリス・フルームの有能な右腕であり、チーム・スカイ(現イネオス・グレナディアーズ)の6度のグランツール総合制覇を支えたワウト・プールスが、この日だけは、自らの名を高らかに轟かせた。区間争いのはるか背後では、セップ・クスが、2人のスーパーリーダーと共に笑顔でフィニッシュラインを越えた。プリモシュ・ログリッチに4度、ヨナス・ヴィンゲゴーに2度のグランツールタイトルをもたらした最強の山岳アシストは、今、自分のためのマイヨ・ロホと共に、最終日のマドリードへと入場する。

「スペシャルな瞬間だった。リラックスして、2人のチームメイトとステージを終えることができたなんて最高だ。フィニッシュラインでは、安堵の気持ちに包まれた」(クス)

閉幕前夜に仕掛けられた、クレイジーな饗宴。今大会最長かつ最高累積標高差という、なにやらリエージュ〜バストーニュ〜リエージュ風のステージを活気づけたのは、またしてもレムコ・エヴェネプールだった。2年連続のマイヨ・ロホ獲りを成功させられなかった23歳は、区間3勝とすでに確定させた山岳賞だけでは満足しなかったようだ。今大会5度目の逃げに飛び出した。スーダル・クイックステップのアシストを、3人も引き連れて!

スタートからわずか15kmほどで、31人の逃げが出来上がった。ゲラント・トーマスにロマン・バルデ、ウィルコ・ケルデルマン、ヒュー・カーシーと、そうそうたるグランツール表彰台経験者がエヴェネプールに同調した。大会序盤にマイヨ・ロホをまとったレニー・マルティネスも乗り込んだし、すでに今ブエルタで逃げ切り勝利をさらったアンドレアス・クロン、レナード・ケムナ、ルイ・コスタが、最後にもう一度ステージを盛り立てた。なにより全22チーム中18チームが参加した。

ユンボ・ヴィスマさえ前に人員を送り込んだ。総合トップ3を擁するチームにとって、無理に追いかける理由などなかった。遠ざかっていく巨大な塊の背後で、ただ静かに制御に乗り出した。逃げには最大で11分半ものリードを許した。

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【ハイライト】ブエルタ・ア・エスパーニャ 第20ステージ|Cycle*2023

「チームメイトのおかげで、最初から、僕らはレースを完璧にコントロール下に置いた。特にロベルト(ヘーシンク)とディラン(ファンバーレ)がステージの90%を牽引した。長くて、厳しかった1日に、2人はずっと前で働き続けてくれた。敬意を表したい」(クス)

最前線でもまた、アシストの健闘があった。208kmの長距離ステージも、残り60kmを切った頃だ。逃げ集団の最前列に「ウルフパック」が勢揃いすると、エヴェネプールを支える3人のチームメートが強烈なテンポを刻み始めた。そこまで1人の脱落者もいなかった逃げ集団を、容赦なく削っていく。

「マティア(カッタネオ)、ジェームス(ノックス)、そしてルイス(フェルヴァーケ)は素晴らしい仕事をした。僕のために、疲れ知らずの作業を引き受けてくれた」(エヴェネプール)

残り15km、先頭は15人にまで数を減らしていた。コース上に散りばめられていた10個の3級山岳も、とうとう残すは最後の1つだけとなった。

その王立サン・ロレンソ・デ・エル・エスコリアル修道院へと誘う参道は、ひどく激勾配で、しかも石畳が敷き詰められていた。この場所に、プールスは、狙いを定めていたという。2016年リエージュ〜バストーニュ〜リエージュでも、長い1日の終わりに、やはり石畳の激勾配コート・ド・ラ・リュ・ナニオから勝利へと飛び立った。今ブエルタ最後の難関山岳2連戦で、チームエースのミケル・ランダのために身を粉にして働いた最終山岳アシストは、まさしく自分向けの地形で、すさまじい加速を切った!

「強豪揃いの集団だったから、計画を立てて動かなきゃならなかった。まずは激勾配ゾーンを全力で駆け上って、どうなるか見ようと考えた」(プールス)

22歳のネオプロ、レナルト・ファンイートヴェルトが真っ先に張り付いた。ソレルもワンテンポ遅れて追いついてきた。一方で、肝心のエヴェネプールは、苦しみ、もがいていた。まるでスピードは上がらない。後輪に潜んでいたペラヨ・サンチェスが、エヴェネプールを置き去りにして先へと飛び出して行ったほど。ちなみに前述のナニオ坂は、2016年大会にたった1度使用されただけだから、幸か不幸か、リエージュ2連覇中のエヴェネプールが対峙したことはない。

「勾配がひどくきついことは分かっていた。でも、石畳が、あれほどひどい状態だとは予想もしていなかった。かなり苦しめられた」(エヴェネプール)

冷静に、「自分のペースを刻む」ことだけを心掛けたという。おかげで短い激坂を淡々と上り切り、残り12kmで道が下りに転じると、エヴェネプールは素早く前へと合流した。それどころか、得意の高速ダウンヒルで、一時は4人を振り払う寸前だった。

ただし、キャリア50勝のうち18勝を独走でもぎ取ってきた強脚は、この日ばかりは単独に持ち込まなかった。残り8km、道が平坦になると同時に、あえてプールスたちを待った。なにしろ背後からは、波に乗り遅れた6人が、猛烈な勢いで追いかけてきている。第15ステージで3人の小スプリントを制したルイ・コスタの姿もあった。だからこそエヴェネプールは前の5人で協力し合い、確実に逃げ切るほうを好んだ。フィニッシュ後には「小さなミスを犯した」と後悔することになるのだが……。

かつて神童にとって、スプリントは数少ない苦手分野のひとつだったが、今年のエヴェネプールは小集団フィニッシュ(もしくは一騎打ち)で5勝している。間違いなく自信はあった。ラスト1kmに入る直前、最後にもう1度だけ長めに先頭牽引を行うと、そこから先はスプリントにひたすら集中した。青玉ジャージは、前から2番目につけていた。背後を気にしつつ、毅然と前を見据え、加速の瞬間に備えた。

一番に仕掛けたのは、またしてもプールスだった。残り350mの左コーナーに入る直前、5人の最後尾から大胆に仕掛けた。激坂で見せた加速に負けないくらい、鮮やかなスプリントだった。

「最後に左コーナーが待っているのは分かっていた。最初は、コーナーを抜けた後で加速しようと考えた。レムコの後輪に入り込みたいと思っていたんだ。でも、考え直した。もっと早めに仕掛ける必要があると感じたからだ。そして、これが、上手く行った」(プールス)

後ろから突かれたエヴェネプールは、ワンテンポ遅れた。急速に追い上げ、フィニッシュラインでハンドルを投げるも、今大会3度目の区間2位で満足するしかなかった。

「僕はミスを1つ犯した。計算ミスというやつだ。プールスが遠くから打ったスプリントに驚かされた。2、3秒反応が遅かったせいで、後輪に飛び乗れなかった。フィニッシュラインがあと5m先だったら……」(エヴェネプール)

7月は山頂フィニッシュで力強く両手を天に突き上げたプールスが、9月には、スプリントで勝ちをさらい取った。ツールの区間勝利は正真正銘初めてだった。ブエルタに関して言えば、記録上では2勝目となる。2位に2回食い込んだアングリルの、うち1回(2011年)は、後年に繰り上げ優勝と判定さた。しかし、 ブエルタの会場で、ペダルで手にしたのは、これが記念すべき1勝目。2週間後に36歳になる大ベテランにとって、大いに実りあるシーズン最終盤となった。

エヴェネプールに僅差で勝利したプールス

エヴェネプールに僅差で勝利したプールス

「僕はいわばワインのようなもの。古くなればなるほど、良さを増す。それにしてもすごくハードなステージで、エヴェネプールのような選手を倒せたなんて、本当にすごいこと。最高にハッピーだ」(プールス)

後方のメインプロトン内では、もう1人のリエージュ〜バストーニュ〜リエージュ覇者ログリッチが、見事なアシスト力を発揮した。30秒差でひしめくスペイン3人組、つまり総合4位フアン・アユソ、総合5位ランダ、総合6位エンリク・マスが、やはりこの日最後の3級山岳で睨み合いを始めると……今ジロ総合覇者はするりと最前線に躍り出て、三者の勢いを巧みに封じた。その後の平地でも、繰り返し、スペイン3人組はやり合った。そのたびにログラは巧みな交通整理を行った。時には今ツール総合覇者ヨナス・ヴィンゲゴーと共に、集団先頭でリズムを刻んだ。

2人のアシスト役に常々忙しく、プロ生活の6年間でワンデーレース出場はたったの16回、リエージュ出場は1回だけ、しかも3大ツール全出場の今年はゼロ……というクスを、安全にフィニッシュラインへと運ぶために、2人のビッグチャンピオンは献身的に働き続けた。

「彼らが僕のためにしてくれたこと、僕を助けるために彼らの成績を犠牲にしたことを、僕は理解している。2人は世界最高峰の自転車選手であり、ブエルタのような格の高いレースを勝ち取るのがどれほど難しいことなのかを知っているからこそ、これはとてつもないことだ。2人には心から感謝している」(クス)

残り500m、スーパーアシストたちは、延々と競り合うスペイン3人組をついに前方へと解放した。アユソ、ランダ、マスはもつれ合いながらフィニッシュを目指し、結局のところ、同タイムで1日を終えた。総合の順番も秒差も、一切変動はなかった。

そして、背後のユンボトップ3もまた、一緒にフィニッシュラインを目指した。真ん中にマイヨ・ロホのクスを擁して。互いに称え合い、笑顔で、肩を組みながら。自転車界の歴史として永久に語り継がれるであろう、美しきシーンだった。

ヴィンゲゴーのヘルメットにキスするクス

ヴィンゲゴーのヘルメットにキスするクス

なにごともなければ、マドリードで繰り広げられる最終ステージの終わりに、セップ・クスは、第78代ブエルタ・ア・エスパーニャ総合覇者として最終表彰台に上がる。29歳と4日目の初戴冠であり、アメリカ人選手として、10年ぶりにがグランツールの栄光を勝ち取る。1984年に創設された現チームにとっては、5度目のブエルタ制覇。なにより1966年大会以来の同一チームによる総合1位、2位、3位の独占であり、その3人のおかげで、ジロ、ツール、ブエルタを同一シーズンですべて勝ち取った史上初めてのチームとなった。もちろん2023年の3つのグランツールにすべて出場し、すべて完走し、アシストとして、リーダーとして、すべてを勝ち取ったのは、世界中でセップ・クスただひとりだけ。

「この3人の覇者の1人になれたことを、心から嬉しく思う」(クス)

文:宮本あさか

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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