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【ブエルタ・ア・エスパーニャ2023 レースレポート:第18ステージ】最愛の妻に捧げる今大会3勝目。レムコ・エヴェネプールが自らの誇りを守る圧巻の独走劇「僕は自分を誇りに思ってもいい」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか今大会3勝目&山岳賞ジャージを獲得したエヴェネプール
脚と、頭と、ハートでつかみとった勝利。失意のうちに終わっても決しておかしくなかった3週間を、レムコ・エヴェネプールは鮮やかな独走で締めくくった。3つのステージ優勝を手にし、輝かしい山岳賞ジャージをまとって、3日後にマドリードへと凱旋する。総合争いにも、ある種の答えが出された。総合トップ3擁するユンボ・ヴィスマが、徹底的にレースを制御し、セップ・クスのマイヨ・ロホを完璧なやり方で守り切った。
「素晴らしいブエルタになった。たしかに総合獲りは上手く行かなかった。でも最高の調子でステージを終えられたし、ブエルタの終わりに、これほどの良い脚を披露することができた。僕は自分を誇りに思ってもいい」(エヴェネプール)
スタートからわずか15km走った先で、14選手が飛び出して行くと、あっさり逃げは許された。そこから先は、前と後ろとで、2つの異なるレースが繰り広げられることになる。
先頭集団は、当然のように、エヴェネプールが先導した。第13ステージで最悪の時を過ごし、マイヨ・ロホ争いから完全に脱落したディフェンディングチャンピオンは、翌日から逃げを繰り返した。第14ステージではリベンジの区間優勝をもぎ取った。山岳賞という新たな目標ができた。2日連続で前に行き、24時間前には、アングリルの中腹まで単独で逃げた。
つまり5ステージで4回目の逃げとなったこの日、エヴェネプールはこれまで以上に賢く立ち回った。まずは逃げ切りを確定させた。いつも通り逃げの友にそれほど多くを求めなかったけれど……それでも平地では、積極的に先頭交代を行った。上りでも、半分くらいは、周りに牽引を任せた。60kmほど逃げた先で、メイン集団に対するリードは早くも10分以上に開いた。
「逃げにとっては静かな1日だった。すぐに逃げ集団ができたし、プロトンも大きなタイム差をくれた。それに、逃げが出来た時に、『今日は僕の日だ』と感じた。脚の調子は最高だった」(エヴェネプール)
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【ハイライト】ブエルタ・ア・エスパーニャ 第18ステージ|Cycle*2023
続いて山岳賞を決めた。179kmのコース上に全部で5つ登場した山岳のうち、序盤2つで先頭通過。この時点で、数字の上では、もはやエヴェネプールの王座を揺るがすものはなくなった。あとは最終日まで無事に走り切るだけでいい。ちなみに、キング・オブ・クライマーの称号をポケットに入れた後も、残す3つの山すべてで満点をさらい取ることになるのだが、キング・オブ・スプリンター用ポイントもまた満点収集。ポイント賞首位カーデン・グローブスとの差は、36ポイントに縮まった。
ついにはステージ優勝へ向けて、ギアを切り替える時がやってきた。続く3つ目の山岳でとてつもないハイペースを刻み、先頭集団を大胆にふるいにかけた。山を下り切った先で、いまだエヴェネプールにしがみついていたのは、約半分の7人しかいなかった。
1級ラ・クルス・デ・リナレスの1回目の上りに入った瞬間に、残り33km、さらに集団を絞り込んだ。第2ステージ勝者アンドレアス・クロンは、先制を試みるも、エヴェネプールの加速一発で後方へと吹き飛ばされた。2日目の終わりにマイヨ・ロホを着たアンドレア・ピッコロは抵抗する間さえなく、ツール&ジロの元総合覇者エガン・ベルナルも、苦しみの中で後退して行った。
ただ20歳のマックス・プールと35歳のダミアーノ・カルーゾが、もう少しだけ、抵抗を試みた。しかし、ほんの4km先で、2人も白旗を上げた。2年前に、最終日前夜の大逃げでジロ総合2位の座を射止めたベテランは、「まるでスクーターの後ろを走っているみたいだった」と苦笑いした。サドルから立ち上がり、ダンシングスタイルで力強くペダルを踏み込むと、残り29km、エヴェネプールはひとり栄光へと飛び立った。
「逃げ集団内で自分が最強だと感じたし、時間を無駄にしたくなかった。僕にはひたすら先を急ぐ必要があった。坂道の中でも最も勾配の厳しいゾーンで、リズムを上げた」(エヴェネプール)
道の果てには、今大会3回目の歓喜が待っていた。全部で6つ用意された難関山頂フィニッシュのうち、エヴェネプールが3つを勝ち取った。「3勝目は私に捧げてね」との奥さまとの約束通り、フィニッシュラインでは、両手で「0」の字ーーウマイマ(Oumaima)さんの頭文字ーーを描いた。またプロ生活5年目の若きチャンピオンにとっては、記念すべきプロ50勝目。うちタイムトライアルが12勝、総合優勝が11勝で……なんと18勝が独走勝利である!
「今ブエルタで最も美しい3ステージを勝ち取り、山岳ジャージも獲得した。僕はいまだ成長を続けている証拠であり、単に2週目が、ちょっと上手く行かなかっただけ」(エヴェネプール)
後方のメイン集団では、当然のように、ユンボ・ヴィスマが主導権を握った。今大会すでに区間5勝を積み上げ、総合4位以下との差を3分近く有するユンボ3人衆にとって、アグレッシブに攻める理由などちっともなかった。だからエヴェネプールを含む集団が遠ざかっていくと、すぐに8人全員でプロトン最前列に陣取った。ひたすら静かにテンポを刻んだ。逃げには最大で12分近いタイム差を与えた。
ところがエヴェネプールが独走を開始した山、つまり1級ラ・クルス・デ・リナレスの1回目の上りに差し掛かると、バーレーン・ヴィクトリアスが最前列に駆け上がった。前日と同じようにユンボを2列目に押しのけ、4人で隊列を組み上げると、走行ペースを一気に上げる。狙いはもちろん、前日の奮闘で総合5位に浮上したミケル・ランダを、もう1つ上へ引き上げること。なにしろ総合4位フアン・アユソから6位エンリク・マスまでのタイム差は、たったの30秒しかないのだ。
ただし、山頂を越え、下りに入るタイミングで、ユンボが主導権を奪い返す。スペイントリオの戦いも一旦休止。テクニカルでありながら、かなりのスピードが出る危険なダウンヒルを、ヤン・トラトニクが水先案内人となり慎重に下った。
1級ラ・クルス・デ・リナレスの2回目の登坂が近づくと、再びメイン集団は活気付いた。総合8位アレクサンドル・ウラソフは渾身のアタックを試み、今度はアユソ擁するUAEチームエミレーツやマス率いるモビスターチームが、集団先頭でペースアップを敢行した。山の入り口ではまたしてもバーレーンが先頭を奪い返した。前日のアングリルで最終アシストを務めたワウト・プールスが、この日も献身的に作業に励んだ。
マイヨ・ロホのセップ・クス
そして、またしても、ユンボ・ヴィスマが権力を掌握する。残り6km、ついにランダ自らがアタックに転じた瞬間だった。背後で厳しい監視を続けていた総合2位ヨナス・ヴィンゲゴーーが、すかさず後輪のクスに合図を送った。さらにはクスと総合3位プリモシュ・ログリッチとを引き連れて、ランダの動きをきっちり封じ込めた。
それどころか、この夏のツール・ド・フランス覇者は、メイン集団の先頭で牽引役を引き受けた。レースを完全なニュートラル状態に追い込んでしまった。ランダが2度目の加速を切っても、アユソが思い切って飛び出しても、焦らず急がず、ヴィンゲゴーはすべてを淡々と飲み込んでいく。
「ヨナスは本当に良いペースを刻んでくれた。僕は少し怖かったほどさ。だって彼にとってのイージーペースは……いや、彼にとってのマイペースとは、決してイージーなんかじゃないから」(クス)
同時に、この動きが、雄弁に語っていた。今やクスこそが堂々たるチームエースであり、ヴィンゲゴーとログリッチは、もはやクスを補佐する立場でしかないことを。前夜の3人の走りは様々な憶測と批判を呼んだが、アングリルの山頂で、どうやらチーム内の序列争いには完全なる決着がついた。ヴィンゲゴーに2度のマイヨ・ジョーヌを、ログリッチに3枚のマイヨ・ロホと1枚のマリア・ローザをもたらしたスーパーアシストは、とうとう自らがアシストされる側に回った。
「アングリルステージの前に、チームと僕ら3人との間で合意があった。全員が納得した。同時に、アングリルの後に、この先どんな作戦を取るのかも話し合った。外側から正確に把握するのは難しいかもしれないけど、僕らには、明快なプランがある」(クス)
2023年ブエルタ・ア・エスパーニャ最後の山頂フィニッシュに向かって、残り1km、スペイントリオが最後のあがきを見せた。やはり2人の偉大なるグランツールチャンピオンが難なく混乱を収拾し、最後にはクス本人が加速に飛び乗った。マイヨ・ロホから1分08秒遅れのログリッチは、フィニッシュラインまでクスに帯同した。一方でわずか8秒遅れでしかなかったヴィンゲゴーは、意図的か否か、2人のチームメイトから9秒遅れでフィニッシュした。総合の遅れは17秒に開いた。
クスをサポートするヴィンゲゴー
「みなさんご覧になったように、僕らはクスの総合首位を守るために走った。チームとして、方向性をはっきりと示した。セップは僕やプリモシュにこれまでたくさん尽くしてくれた。だから彼にお返しがしたい」(ヴィンゲゴー)
3人の異なる選手で、年間3つのグランツールを制覇。そんなユンボ・ヴィスマのとてつもない野望が達成されるためには、クスが最後の試練を乗り越えねばならない。土曜日にはクレイジーな起伏ステージが待っている。ランダが3秒落としたものの、いまだ30秒以内にひしめくアユソ・ランダ・マスのスペイントリオはもちろん、リエージュ~バストーニュ~リエージュ2連覇中のモニュメントハンターでもあるエヴェネプールが、またしても、きっと、ステージを派手に引っ掻き回にくるはずだ。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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