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【ブエルタ・ア・エスパーニャ2023 レースレポート:第16ステージ】この夏のマイヨ・ジョーヌが友に捧げるステージ勝利!ヨナス・ヴィンゲゴー「僕のベストフレンドのために勝ちたかった」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか俯きながらフィニッシュするヨナス・ヴィンゲゴー
1勝目は愛娘のため、2勝目はチームメイのため。自らのツール2連覇を支えてくれたネイサン・ファンホーイドンクの事故の知らせを受け、ヨナス・ヴィンゲゴーはアタックを志願した。大胆な賭けを成功させ、この夏のマイヨ・ジョーヌは、29秒遅れの総合2位にさえ浮上した。あくまでユンボ・ヴィスマの総合トップ3独占に変わりはなく、30歳の誕生日前日に、セップ・クスが9枚目のマイヨ・ロホを身にまとった。
「今日勝てたことをただただ嬉しく思っている。今朝、恐ろしいニュースが飛び込んできて、だから僕のベストフレンドのために勝ちたかった。幸いにも、朗報が飛び込んできて、僕もチームもほっとしている」(ヴィンゲゴー)
2回目の休息日とアングリル山頂フィニッシュに挟まれた、全長120kmの超短距離走。しかもブエルタ特有の「平地の果ての上りフィニッシュ」へ向けて、プロトンは最初から最後までありえないほど全速力で突き進んだ。
スタートからたったの5kmほどで10選手が至極あっさり飛び出した。ポイント賞首位のカーデン・グローブス率いる逃げ集団は、メイン集団に対して、すかさず50秒近いリードを手に入れた。しかし、むしろ、これは凄まじい追いかけっこの引き金となる。流れに乗り遅れたイネオス・グレナディアーズが、どうしても先頭集団の形成を受け入れようとしなかったのだ。
まずはアタックでブリッジを試みた。グローブスの同僚や、総合トップ3擁するユンボ・ヴィスマが、徹底的に飛び出しの邪魔をした。すると大会に残る6人全員で隊列を組み上げ、イネオスは集団の高速牽引を開始。力づくでタイム差を縮めにかかった。やはり前に選手を送り込めなかったアンテルマルシェ・ワーカス・ワンティやチームアルケア・サムシックも、控え目ながら、スピードアップに協力してくれた。1時間近い奮闘の果てに、スタートから45km、イネオスはとうとう第1の逃げを引きずりおろした。
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【ハイライト】ブエルタ・ア・エスパーニャ 第16ステージ|Cycle*2023
ところが、即座に巻き起こった本日2回目の飛び出し合戦を、またしても英国軍は仕損じるのだ。走り始めて60km。イネオスのいない6人の塊が遠ざかって行くと……ユンボ・ヴィスマが8人全員でプロトン管理に着手した。自ずとアタック合戦は強制的に打ち止められた。
第2の逃げもまた、はかない運命だった。ユンボ率いるメイン集団は、決して1分半以上のリードを許さず、残り10kmの手前で1人残さず回収した。唯一、2つの逃げに滑り込んだグローブスだけが、立派に初志を貫徹した。残り26.8kmの中間ポイントで先頭通過を果たし、満点の20ptsを収集。ポイント賞2位レムコ・エヴェネプールとの差を、93ptsに押し広げることに成功した。
ちなみに中間スプリント直後に脚を緩めた緑ジャージ姿のグローブスと、青玉ジャージをまとうエヴェネプールとは、仲良くグルペットで区間を走り終えている。2日間連続で飛び出した後、「2日間の休息日を取る」と宣言した通り、昨大会のマイヨ・ロホは極めて静かにペダルを回した。この日だけで自発的に15分近く失い、総合の遅れをわざわざ30分近くまで開き……つまり翌日からの山頂フィニッシュ2連戦で逃げる準備は万全だ。
レース後にインタビューを受けるエヴェネプール
「最後は集団を先に行かせた。僕にとってはリラックスの1日となった。イージーに走ったことで、僕がもはや総合争いのためになんか走ってはいないことを、ユンボに証明できたと思う。僕が逃げるのは山岳ジャージを守るためであり、区間勝利を取るためなんだ」(エヴェネプール)
晴れてエヴェネプールへの疑心暗鬼を払拭したに違いないユンボ・ヴィスマは、この日、異なる憂いを抱えていた。朝のチームバスには、動揺が走ったという。なにしろ所属選手のファンホーイドンクが、母国ベルギーで自動車を運転中に急な体調不良を覚え、そのまま事故を起こしてしまったのだ。即時病院に運ばれ、一時は人工的な昏睡状態にも置かれた。
残り10kmで逃げを吸収したメイン集団が、この日唯一にして最後の山岳に差し掛かる直前だった。黙々と仕事に励むユンボ・ヴィスマの選手たちに、待ち望んでいた一報が無線で届けられた。ファンホーイドンクの意識が戻ったという。これがチームの士気をさらに押し上げた。
「予定外ではあったんだけど、ヨナスが無線で、アタックしてもいいかどうか聞いてきた。飛び出すには絶好のタイミングだった。ちょっと予想もしてないかったような瞬間を突いたよね」(クス)
最終登坂の地、2級山岳ベヘスは、登坂距離こそ4.8kmと短いが、上り始めに約1kmにわたり激勾配が続く。その先で勾配は大幅に緩み、改めてラスト2kmで勾配がぐんと跳ね上がる。多くの選手が、もしかしたら、最終盤での勝負を警戒していたのかもしれない。ただヴィンゲゴーは、残り3.9km、つまり序盤1kmの終わりに待ち構えていた勾配14%ゾーンを選んだ。いきなり凄まじい一発をぶちかました!
他のエースたちは互いに顔を見合わせるばかり。動かないエースに代って、有能なアシストたちが対処に向かった。UAEチームエミレーツは、総合4位フアン・アユソや6位マルク・ソレルではなく、フィン・フィッシャーブラックだけが反応した。しかも「集団を引き連れて前に戻るつもり」が、「振り返ってみたら誰もついてこなかった」そうで、そのまま孤独に追走を続行した。バーレーン・ヴィクトリアスもまた、総合7位のミケル・ランダで区間を狙いに行く予定だったのに、結局はワウト・プールスが走り出た。
もちろんユンボ3人衆の結束は揺るがなかった。総合首位クスと、今ステージ開始時点で総合2位につけていたプリモシュ・ログリッチは、いつも通り、ひたすらチームワークに徹した。ラスト1.2kmで、ようやく総合10位ジョアン・アルメイダが加速を試みた直後に、ただ1度だけログリッチがカウンターに転じた。それ以外は、「ライバルの後輪」の定位置を、決して崩さなかった。
総合首位を守ったセップ・クス
フィニッシュラインまで孤独に、力強く走り続けた。ヴィンゲゴーが今大会2度目の感涙を流し、チームにとって4つ目の区間勝利を射止めた。ログリッチは総合ライバルたちーー総合4位アユソ、5位エンリク・マス、8位アレクサンドル・ウラソフーーの背中に張り付いたまま、今区間を1分01秒差で走り終えた。クスも少々苦手な「爆発的な坂道」を上手く攻略し、ログラ集団からほんの4秒遅れで、無事にフィニッシュへとたどり着いた。
またしてもユンボ・ヴィスマの一人勝ちだった。4ステージ連続で総合トップ3を独占し、総合4位アユソ以下とのタイム差は、順調に53秒から1分へと広がった。
ただユンボ内部の関係性には、ほんの少し変化があった。前区間までは総合3位だったヴィンゲゴーが、先輩ログリッチを追い抜いた。初めてのグランツール制覇が期待されるクスの総合首位は変わりないが、アングリル前夜、2位以下とのタイム差は1分37秒から29秒へと大幅に縮まった。
「最も大切なのは、互いに攻め合わないこと。そして団結してレースを戦うこと。今日の僕らが披露したように。僕ら3人の間に競争などあり得ない。最後は、最も強い者が勝つんだ」(クス)
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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