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【ブエルタ・ア・エスパーニャ2023 レースレポート:第15ステージ】心理戦を勝ち抜く老獪さを武器にルイ・コスタが10年ぶりのグランツール区間勝利!「ついに今日、成功を引き寄せた」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかルイ・コスタ
動くべき時にのみ動く。まさにルイ・コスタの真骨頂。展開を読み解くセンスと、心理戦を勝ち抜く老獪さを武器に、とてつもなく目まぐるしかった1日の終わりに、鮮やかな加速で栄光さらい取った。2回目の休息日の前日、総合上位勢は揃ってフィニッシュし、4枚のジャージにも一切の変動はなかった。
「今大会すでに何度も逃げを試みてきたけれど、ついに今日、成功を引き寄せた。僕にとってもチームにとっても大切な勝利だ。目に見えないところで積み重ねてきたたくさんの努力が、こうして実ったのだから」(コスタ)
ゼロkm地点のアーチを潜り抜けると同時に、レムコ・エヴェネプールが猛烈な加速を切った。これが合図だった。日曜日のブエルタに、アタックの嵐が吹き荒れた。
休息日前夜だったからこそ、多くの選手が、思い切り脚を使うことを厭わなかった。休息日前夜としては珍しく、難関山岳ステージではなかったことも、多くの選手を勇気付けた。一時はポイント賞首位のカーデン・グローブスさえ飛び乗った。3年前にほぼ同じコースを制したマルク・ソレルもまた、大胆に逃げを企てた。25人ほどの集団が、ようやく順調に遠ざかり始めていたタイミングを突いた。スタートから65km、いきなりブリッジを仕掛けたのだ。
当然、総合トップ3を擁するユンボ・ヴィスマが、黙ってはいない。総合3位ヨナス・ヴィンゲゴーが、間髪入れず総合6位の後輪に飛び乗った。メイン集団先頭では、ディラン・ファンバーレが厳しい追走テンポを刻んだ。ついには先頭グループごとソレルを回収し……集団にぴっちり蓋を閉めた。
時速50km近い追いかけっこは、75km以上走って、ようやく決着がついた。つい先ほどまで逃げていた面々だけが、コスタの加速に促されるように、改めて前方へと抜け出していく。再びエヴェネプールがを中心に、少しずつ塊は大きくなり、最終的に15人の逃げ集団が完成した。
ステージ半ばに聳える3級山岳では、前日の英雄、エヴェネプールの先頭通過を、誰ひとりとして阻まなかった。続く2級山岳では、サンティアゴ・ブイトラゴが3度のアタックを打ったものの、元マイヨ・ロホ本命は毅然と回収に向かった。この日3つ目の最終峠だけはポイントを取れなかったが、山岳王としてマドリードの表彰台に上がるという新たな野望へと、着実に歩み始めた。
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【ハイライト】ブエルタ・ア・エスパーニャ 第15ステージ|Cycle*2023
緑ジャージには特に興味がないことは、前夜、明言していたはずだった。ただ、エヴェネプール本人の意志には関係なく、ステージ上位に入れば、自動的にポイントがついてくる。
だからこそ、、ポイント賞首位のグローブスには奮闘する理由があった。自らが逃げ遅れた後、チームメイトのジミー・ヤンセンスを前に送り出したし、後方のメイン集団ではユンボ・ヴィスマから制御権むしり取った。残り50km、3級山岳を越えた先でタイム差が3分に広がると、アルペシン・ドゥクーニンクは猛烈な追走に乗り出した。決してピュアスプリンター向けではない第4・5ステージを制したたグローブスで、スプリントフィニッシュに持ち込むつもりだった。
「チームの仲間たちを誇りに思うし、自分の走りについても、誇らしく思っている。紙の上では難しいと思われていたステージを、僕らは獲りにいったんだ。驚いた人も多いと思うけど、チームは僕を信じてくれた」(グローブス)
谷間の平地を利用して、アルペシン・ドゥクーニンクは差を一気に2分20秒にまで縮めた。ところが、ひとたび上りが始まると、再び距離はこじ開けられた。75kmもの激闘を勝ち抜いた幾多の実力者たちを、スプリンターチームの孤独な努力だけで引きずり下ろすことなど、やはり不可能だった。
それでもできる限りの手を尽くした。前にいたヤンセンスは、残り17km地点の中間ポイントで、(たとえエヴェネプールがポイントを取りに行かなかったとはいえ)きっちり先頭ポイントを潰した。メイン集団でも、アルペシン・ドゥクーニンクは決して追走の手を緩めなかった。おかげで区間勝者から2分52秒差でフィニッシュする前に、逃げの15人中5人を回収した。ポイントは区間15位まで配当される。グローブスは区間12位に滑り込んだ。得たのはわずか5ポイントではあるけれど、大切なポイントでもあった。例えば6年前、ポイント賞の行方は、たったの2ポイント差で決している。
ヤンセンスが先行した中間ポイント直後の、最終2級山岳に差し掛かるタイミングだった。コスタが逃げ集団から飛び出した。すぐにブイトラゴも追いついた。そのまま2人で先頭に立つと、最終2級山岳を、猛然と上り始めた。
山岳賞ジャージを着て走るレムコ・エヴェネプール
ここまで逃げ集団を完全に支配してきたエヴェネプールだったが、2人の先行はどうしても食い止められなかった。名誉を救うための闘争から24時間後、今ステージ前半もまた、惜しみなく戦った。もはや上りで加速する脚など残っていなかった。遠ざかっていく2人の追走を、しばらくエヴェネプール1人に押し付けていたレナード・ケムナも、残り11km、ディフェンディングチャンピオンを見限って飛び出した。
「かなり早い段階で、前日の疲れの影響を感じた。区間を勝てる脚はないことは分かっていた。それでもベストを尽くし続けた。山岳ジャージのために、できる限りのポイントを取りに行った。そして、最後の上りで、とうとうエネルギー切れになった」(エヴェネプール)
それにしても、上りでは、コスタはまったく先頭を引こうとはしなかった。23歳のクライマーの背中に、36歳の元世界チャンピオンはひたすら張り付いた。ブイトラゴが何度加速しても、何度対話を求めても、決して前には出なかった。30秒の差を一気に縮め、残り9kmでケムナは追いついてきた後も、状況はさほど変わらない。すでに第9ステージを制しているドイツの27歳は、先頭交代をベテランに求めたが、ほんの数秒でコスタは誰かの後輪へと引っ込んだ。
逆に残り8.5kmでこの日最後の山頂を越え、ブイトラゴが下りアタックを試みると、コスタは積極的に後を追った。やはり4.5kmでケムナが下りアタックに転じ、ブイトラゴの脚だけでは追いつかないと察知するや……下り巧者は力を貸した。
そのケムナが下りで大胆に攻めすぎ、コースを軽く飛び出してしまった後、反対に、ブイトラゴが後輪を動かなかったこともあった。どれだけコスタが怒りをあらわにしても、若者は毅然と要求をはねのけた。
駆け引きはフィニッシュ直前まで続いた。残り1kmでケムナが最前線に再合流を果たすと、警戒ごっこはさらに度合いを増した。ペダルを踏む脚さえ止まりかけた。自ずと後方のエヴェネプールに対する30秒のリードは、瞬く間に溶けていく。
「追いつけるはずだと最後まで信じ続けた。彼らがスプリントを始めるタイミングが、あと、ほんの少しだけ遅かったら、後輪に入り込めたはずだ。でも、簡単じゃなかった。これぞレース。常に思い通りに物事が運ぶわけではない」(エヴェネプール)
後方から迫りくる巨大なストレスに耐え切れず、ケムナが真っ先にスプリントに転じた。ブイトラゴは風にさらされ過ぎた。対するコスタはぎりぎりまで粘った。ラスト150mまでケムナの後輪でじっと待った。今年1月のシーズン1戦目……つまり移籍1戦目で、2年半ぶりの勝利を手に入れ、選手としての自信はすっかり取り戻した。たしかにツール・ド・フランスはまるで思い通りには進まなかったが、直後のドノスティア・サン・セバスティアンで8位に食い込み、脚の好調さも確認済みだった。なによりキャリア30勝のうち、3分の1が、5人以内の小集団スプリントを制して手にしたものだ。勝ち方を知っていた。
「ブエルタを戦う予定ではなかったんだ。でも、サン・セバスティアンで好調さを実感できたから、チームにブエルタに連れて行ってくれるようかけあった。僕がチームに区間勝利をもたらすから、って」(コスタ)
ツール・ド・フランスでは区間3勝を誇るベテランが、ブエルタでつかんだ初めての歓喜だった。しかも2013年ツール第19ステージ以来となる、10年ぶりのグランツール区間勝利。「自分を信じ、再びはばたかせてくれた」所属先アンテルマルシェ・サーカス・ワンティにとっては3年連続3度目のブエルタ出場であり、3年連続のステージ勝利でもあった。
レース前に犬を抱くセップ・クス
3人がスプリントを争った2秒後、エヴェネプールは区間4位に飛び込んだ。アルペシンの精力的な牽引の合間に、時にUAEチームエミレーツが攻撃を匂わせる場面もあったが、何かが起こったわけではなかった。総合トップ3を擁するユンボ・ヴィスマは、危なげなく大会2週目の幕を閉じ、セップ・クスが8度目のマイヨ・ロホ表彰式を楽しんだ。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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