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【ブエルタ・ア・エスパーニャ2023 レースレポート:第14ステージ】偉大なるチャンピオンとしての矜持「山岳賞首位としてマドリードにたどり着くことができれば、僕のブエルタは、救われるんだ」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかレムコ・エヴェネプール
チャンピオンはペダルで答えを出した。マイヨ・ロホ争いから完全に脱落した24時間後に、前回大会覇者は自らの誇りと名声とを救った。持ち前の力強いペダリングと、誰よりも強靭な精神力とで。レムコ・エヴェネプールは今大会ステージ2勝目をつかみとり、山岳賞という新たな目標へと走り出した。はるか後方ではユンボ・ヴィスマがライバルたちを完璧に封じ込め、大会6度目の山頂フィニッシュの終わりに、総合トップ10には一切の変動はなかった。
「昨日はすごく難しい1日だった。夜も上手く寝付けなかった。ネガティブな考えが頭の中に次々と沸き起こった。でも、今朝、目が覚めた時に、思ったんだ。頑張ろう、ベストを尽くそう、って」(エヴェネプール)
スタートフラッグが振り降ろされた瞬間から、エヴェネプールは加速に転じた。ためらわなかった。飛び出しては、引きずりおろされた。決して諦めなかった。赤いジャージも白いジャージも失ったベルギーチャンピオンは、多くの選手に混ざって、繰り返し、攻撃を試みた。
時速50km近い追いかけっこは30kmほど続いた。ピレネーの谷間の、小さな町を抜け出した先で、エヴェネプールを含む大きなグループが遠ざかっていくと……総合トップ3を擁するユンボ・ヴィスマが道路に横一列に並んだ。アタック合戦の強制終了。すでに総合で27分以上もの遅れを喫していた元総合大本命は、逃げ出すことを許された。
24人からなる逃げ集団に、8チームが複数人を送り込んだ一方で、エヴェネプールは孤独だった。ただし、「ウルフパック」の仲間たちが、リベンジを誓うエースをひとりにはしておかなかった。すでに1分近いタイム差が開いていたにも関わらず、マティア・カッタネオは猛然と前を追った。幾多のブリッジの試みが無駄に終わったのに対して、イタリアのタイムトライアル巧者だけは……超級ウルセールへ上り始めた直後に、まんまとエヴェネプールのもとに馳せ参じた。
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【ハイライト】ブエルタ・ア・エスパーニャ 第14ステージ|Cycle*2023
おかげでエネルギーを再充填することができた。チームメイトの背後で、わずか10kmながら……しかも超級ウルセールを登りながら……息を整えたエヴェネプールは、山頂間際で、潔く加速した!
フィニッシュまでいまだ90km以上も残っていた。行く手には、超級を含む3つの山が、立ちはだかっている。マイヨ・ロホ獲りのために、当然、開幕前にしっかりコース下見は済ませていた。だから、この先に待ち構える難関がどれほど厳しいものであるかも、正確に理解していた。それでもエヴェネプールは、飛び出すことを選んだ。
エヴェネプールのクレイジーな賭けに、たった1人、ロマン・バルデだけが反応した。前日、同じグルペットで長らく苦痛を共にしたフレンチクライマーはーーエヴェネプールは「タンクが空っぽ」で、バルデは「胃腸炎」で苦しんだーー逃げに滑り込んだ時から、10歳年下の王者の動向にひたすら目を光らせていたという。
「レムコのことはよく知っている。彼が単に区間勝利を狙っているわけではないことは、十分に理解していた。彼は『メルクス風』の勝利が欲しかったはずだ。だから、遠くから飛び出すに違いないと、読んでいた」(バルデ)
25km近くも続く長い長いダウンヒルへ、2人は揃って飛び込んだ。瞬く間に、逃げの友たちを、すべて振り払った。なにより、この下りを利用して、逃げ切り勝利の可能性を大きく引き寄せた。超級ウルセールの上りでは、UAEチームエミレーツが、まずは「区間勝利目指して」猛烈な牽引作業に乗り出した。おかげで一旦、タイム差は縮まりかけるも……ウルセールからの下りで再び突き放した。
「下りでリードを大きく開いた後も、僕らは本当に良く協力し合った。僕ができる限り上りでペースを刻むと宣言して、ロマンには平地で協力してもらった」(エヴェネプール)
フィニッシュまで一緒に行こう、そうも声をかけあったという。バルデ曰く、「仕事の80%はレムコがした」のだけれど。残り62km、超級ララウの上りに入ると、エヴェネプールはわき目もふらずペダルを回し続けた。後輪のバルデのことも、後方のざわつきのことも、ちっとも気に留めなかった。
背後の逃げ集団からは、2年前のブエルタ山岳王マイケル・ストーラーが、2人を追いかけていた。しかし旧ロード・新TT世界チャンピオンとツール・ド・フランス総合表彰台経験者という、プロトン屈指の実力者コンビとの差を、単独で縮めることなど不可能だった。超級ララウ登坂口でほんの1分程度だった遅れは、ただじわじわと広がっていった。いつしか後続にも追い抜かれ、最終的には区間勝者から7分24秒遅れの5位で終えた。
はるか遠くのメイン集団では、残り55km、再びUAEチームエミレーツが動いた。総合4位のフアン・アユソが、超級ララウの上りで、2度、アタックに転じたのだ。今度は、直接的攻撃で、ユンボ・ヴィスマに揺さぶりをかける作戦だった。20歳の大胆な賭けは、無情にも、いずれもユンボ・ヴィスマにきっちり中和されてしまう。1度目の加速には、マイヨ・ロホのセップ・クスが素早く反応し、2度目の加速には、総合2位プリモシュ・ログリッチと総合3位ヨナス・ヴィンゲゴーが張り付いた。そして前日同様、ロベルト・ヘーシンクがメイン集団先頭に立ち戻ると、ライバルたちに統制を強いるのだった。
隣国フランスからスペインへと帰還し、続く3級山岳ラサに入ると、総合7位ミケル・ランダ擁するバーレーン・ヴィクトリアスが制御権を奪い取った。ただし、それ以上は、何もできなかった。気が付けば、いつしかまた、ユンボが最前列にいた。今度はアッティラ・ヴァルテルが集団を引き、総合トリオは、あくまでも守備的態度を貫いた。ユンボ3人衆は、タイムを縮める必要性などちっとも感じていなかった。
セップ・クス
「エヴェネプールがアタックする気満々なのは分かっていた。でも、僕らは、今日の逃げを特に心配してはいなかった。僕らはひたすらまとまって走るよう心掛けただけ。常にレースを制御下に治めたし、フィニッシュまで一致団結して走ることができた」(クス)
最終峠で再びバーレーンは牽引体制に入るのだが、またしても不発に終わる。残り5kmでダビ・デラクルスが仕掛け、メイン集団からわずか1秒差を奪い、総合順位を13位から11位に上げた以外は、結局のところ、なんの抵抗も実を結ばなかった。区間勝者から8分以上遅れて、総合勢はステージを終えた。総合トップ10に変動はなく、つまりユンボ・ヴィスマの総合トップ3は、極めて安泰なままだった。
レムコ・エヴェネプール
「奇妙な感覚だ。僕はブエルタ総合優勝をするためにやってきて、その計画は完全に吹っ飛んだ。だからスイッチを切り替える必要があった。新しい章が、僕のために、開かれたんだ」(エヴェネプール)
残り9.5km、1級ベラグアへの最終登坂に取り掛かる頃には、エヴェネプールとバルデの逃げ切りはほぼ確実なものとなっていた。それでも2人は、決して妙な駆け引きなどしなかった。道が上り始めると、またしてもエヴェネプールは、率先してリズムを刻んだ。先頭交代など要求せず、毅然と前を引き続けた。なにがあろうとも、偉大なるチャンピオンとしての矜持を保ち続けた。
「素晴らしい1日を過ごすことができた。だってレジェンド級の選手とトップを走る機会なんて、そうそう持てるものじゃないからね。レムコは心から尊敬できる人物だ。それに、一緒に走って、彼がどうして100kmものアタックに打って出られるのかを理解した。彼のペダリングの効率の高さは、信じられないほどだった」(バルデ)
互いにリスペクトしあった2人の勝負は、極めて自然に決した。フィニッシュまで4km。すでに両脚が痙攣状態だったというバルデは、もがき苦しみながら後退して行った。エヴェネプールは軽く後ろを振り返ると、すべてを理解し、ペダルを踏む脚に改めて力を込めた。
前日、力なく脱落した自分を、最後まで支えてくれたチームメートたちに改めて無線で感謝の言葉を伝えた。前夜、リタイアを口にした自分を、叱咤激励してくれた妻のことを強く考えた。フィニッシュラインを越えながら、エヴェネプールは静かに涙を流した。早熟なチャンピオンが、23歳の若者に戻った瞬間だったのかもしれない。
今大会ステージ2勝目、通算4勝目を手に入れたエヴェネプールはまた、この日登場したすべての山岳で先頭通過を果たし、青玉ジャージを手に入れた。おかげで、新しい、スリリングな目標ができた。
「また飛び出しにトライするつもり。できる限りのステージで勝利を狙いに行くし、山岳ジャージを獲りに行く。この先、逃げに乗るのは、さらに難しくなるだろうけど……今日の脚さえあれば再び勝てるはずだ。そして、山岳賞首位としてマドリードにたどり着くことができれば、僕のブエルタは、救われるんだ」(エヴェネプール)
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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