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【ブエルタ・ア・エスパーニャ2023 レースレポート:第10ステージ】“トップ・ガンナ”が世界最高峰のタイムトライアル対決を制す「チームの士気にとって、非常に大切な勝利になったと思う」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかフィリッポ・ガンナ
世界最高峰のタイムトライアル対決は、アワーレコード保持者に微笑んだ。スペシャリスト向けのコースを、フィリッポ・ガンナが時速56kmで攻略し、初めてのブエルタ・ア・エスパーニャ区間勝利を手に入れた。
現役個人TT世界チャンピオンのレムコ・エヴェネプールは区間2位に甘んじたものの、あらゆる総合ライバルからタイムを奪い、東京五輪TT王者のプリモシュ・ログリッチは、区間3位で、調子の良さをアピールした。そして生まれて初めて最終走者として個人TTに臨んだというセップ・クスは、決して得意ではない平地で大いに奮闘し、マイヨ・ロホを大切に守り切った。
「本当にハッピーだ。今大会での勝利は僕の目標であり、僕の夢でもあった」(ガンナ)
悪天候に翻弄された大会1週目を、ブエルタ一行は這う這うの体で抜け出した。600kmの長距離移動も一部選手はさんざんな目にあったが、幸いにも、スペインの空に明るい太陽が戻ってきた。
おかげでバリャドリードに引かれた25.8kmのコースで、タイムトライアル巧者たちは、心にブレーキをかける必要などなかった。真っ先に好タイムを記録したのは25番出走のシュテファン・ビッセガーで、欧州TTチャンプは、28分58秒で暫定首位に立つ。
ただし69番出走のガンナが、すべてを凌駕する。約1カ月前の「スーパー世界選手権」では人生6度目のトラック個人追抜き世界チャンピオンに君臨しつつも、3枚目のロード個人TTアルカンシェルは、エヴェネプールの前に屈し、獲り逃していた。今区間はイタリアTTチャンピオンジャージで戦いに挑んだ。
「世界選の後、チームが僕をブエルタに連れて行ってくれるかどうか分からなかった。だから、今大会に乗り込めるよう、すごくプッシュした」(ガンナ)
「トップ・ガンナ」は2つの中間地点で当然のように通過タイムを更新。1分間隔で出走した前走者たちも、次々と追い抜いていく。その数なんと4人!最終的にはビッセガーの記録を1分19秒も上回り、27分39秒51秒のトップタイムを叩きだした。
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【ハイライト】ブエルタ・ア・エスパーニャ 第10ステージ|Cycle*2023
その後もジョナタン・カストロビエホやネルソン・オリヴェイラ、マティア・カッタネオといったクロノマンたちが実力を発揮するも、ガンナのタイムには遠く及ばない。総合争いを繰り広げるエースたちも、次々と好走を披露するも、中間計測でもフィニッシュでも、誰一人としてガンナを10秒以内にとらえることはできなかった。ログリッチが36秒遅れで走り終え、最後から4番目にコースへ走り出したエヴェネプールが、16秒遅れでフィニッシュラインを通過した瞬間、ガンナは勝利を確信した。
27歳のガンナにとってはキャリア24回目の個人タイムトライアル制覇であり、総合争いの可能性を完全に失ってしまった所属チームのイネオス・グレナディアーズにとっては、「救い」の勝利となった。雨の初日チームTTでローレンス・デプルスを失い、7日目の落車でテイメン・アレンスマンが大会を去り、元ツール&ジロ総合覇者のエガン・ベルナルはいまだ完全体とは程遠く……大会1週目の数度の落車ですでに総合で12分以上の遅れを喫していたゲラント・トーマスが、この日はまたしても不運に見舞われた。メカトラで自転車交換を余儀なくされ、この春のジロで総合2位に輝いた37歳は、改めてタイムを損失した。
「チームの士気にとって、非常に大切な勝利になったと思う。まずはみんなでこの瞬間を楽しみたい。ブエルタはまだ終わってはいない。僕らは新たな区間勝利を狙っていく」(ガンナ)
区間2位で終えたエヴェネプールは、悔しさ半分、嬉しさ半分。個人TT世界チャンピオンジャージのお披露目の機会を、新しい勝利で祝えなかったことは残念だったが、総合ライバルたちとのタイム差を広げられたことには素直に満足する。
「自分にベストの脚がないことは分かっていた。スタートから10分ほどですごく難しい時間帯を迎えた。そこでガンナからタイムを失ったんだと思っている。でも、その後、スピードを上げることができたし、他の総合ライバルからタイム差を奪うことができた。総合首位にもかなり近づけたし……全体的には満足してる」(エヴェネプール)
本人のセリフ通り、エヴェネプールは12.5km地点の第1計測を、ガンナより11.34秒遅れの3位で通過した。つまり2分前にスタートした2位通過ログリッチよりも、この時点では0.59秒遅かったことになる。しかし19.5km地点の第2計測では、ガンナとの差は18秒に開いたものの……ログラとは立場を逆転。しかもこの時点で有していた8.8秒リードは、25.8km地点のフィニッシュでは、20秒に広がっていた。
現役個人TT世界チャンピオンのレムコ・エヴェネプール
「他の総合ライバル」に対しては、エヴェネプールはさらに大きなタイム差を押し付けた。区間4位ジョアン・アルメイダに34秒、5位アレクサンドル・ウラソフに36秒、7位フアン・アユソに55秒、そして10位ヨナス・ヴィンゲゴーに1分02秒。区間16位エンリク・マスにいたっては、1分半も突き放してしまった。
おかげで休息日前夜までかなりの団子状態だった総合争いも、いよいよ、はっきりとした差が生まれた。1週目に3日間マイヨ・ロホを着用し、いまだ総合勢としてはトップにつけるエヴェネプールの、ログリッチに対するリードは7秒から27秒に開いた。11秒差につけていたヴィンゲゴーとマスは、それぞれ1分13秒差と1分41秒差に後退。またアルメイダは1分07秒差に、アユソは1分16秒差につける。
それでも、総合の位置に関しては、エヴェネプールは総合4位から1つ順位を上げ、レニー・マルティネスから新人賞ジャージを返却してもらったに過ぎない。いまだ43秒前にはマルク・ソレルが控え、1分09秒先にはセップ・クスが立ちはだかっている。
「今日のクスは素晴らしいTTを実現させた。彼の走りを見て少し驚かされたけど、素直に称賛したい。脱帽だ」(エヴェネプール)
今年はジロの最終TTで6位、ツールのTTで14位と、「登坂タイムトライアル」では決して悪くない成績を上げてきたヒルクライマーが、前半に小さな起伏がある以外は……ほぼ平坦なスペシャリスト向けコースで区間13位に飛び込んだことは、間違いなく、大きな快挙だった。クスは人生3度目のマイヨ・ロホ表彰式を楽しんだ。
マイヨ・ロホを守ったセップ・クス
「難しいことは考えず、できる限りスムースに走り続けるよう心掛けた。ナーバスにもならなかった。マイヨ・ロホで、最終走者として走る特別な機会を、心の底から楽しみたかったんだ。ジャージが守れるかどうかなんてちっとも分からなかった。無線でタイム差情報は一切教えてもらえなかったからね。ただ走りながら、調子の良さだけは、感じていた」(クス)
もしかしたら、ユンボ・ヴィスマにとっては、予定通りだったのかもしれない。ログリッチの「彼は3人目の総合エース」という表現も、ヴィンゲゴーが「クスの総合優勝を助けるためにブエルタ行きを決めた」という噂も、タイムトライアルという難関を乗り越えた今、真実味を帯びてきた。なにしろイタリアの山ではログリッチを、フランスの山ではヴィンゲゴーを支えたプロトン屈指の山岳アシストにとっては、理想的な日々が待っている。この先の2週間は、まさに山尽くしだ。
「僕にとって最大のチャンスだ。チームは強く、互いに信頼しあっている。僕自身の調子もいい。僕は自分を信じなくてはならない。マイヨ・ロホを守りたいし、大会を勝ち取りたいとさえ願ってる」(クス)
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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