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【ブエルタ・ア・エスパーニャ2023 レースレポート:第6ステージ】大逃げが決まり個人総合争いが大シャッフル “スーパーアシスト”セップ・クスが鮮やか逃げ切り、20歳レニー・マルティネスは「インドゥライン超え」のマイヨ・ロホ
サイクルロードレースレポート by 福光 俊介セップ・クス
これぞ「今大会最高」の呼び声高いチームである。このステージを前に、チーム内で話し合われていたのは「レースコントロールが難しいコースなのは間違いない」というものだった。似たようなルーティングだった4年前に逃げ切りが決まっていたこと、大人数の逃げが行くようならチームには持ち手がいくらでもあること……リーダーチームを崩せる確信があった。
大会6日目。今大会2度目の山頂フィニッシュとなったこの日、獲得標高3830mを数えた難コースで40人を超える大人数の逃げがレースの主導権を確保。メイン集団に対して十分なリードを得ると、最後は1級山岳ピコ・デル・ブイトレでセップ・クス(ユンボ・ヴィスマ)が独走。精鋭メンバーが待機していた集団からはチームメートのプリモシュ・ログリッチとヨナス・ヴィンゲゴーの両輪もアタック。ユンボ・ヴィスマがステージを完全掌握した。
「ブエルタ・ア・エスパーニャはいつだってスペシャルなレースさ。特に今日は忘れられない1日になるだろうね。スタートからやり遂げられる自信があったし、体調も良かった。チームメートが素晴らしい働きをしてくれたから、僕は自分のことに集中していれば良かった」(セップ・クス)
各チームの思惑が交錯し、序盤はなかなか落ち着かなかった。リアルスタート直後の逃げは集団の容認を得られず、しばし数十秒差での追いかけっこ。30km地点でふりだしに戻るが、この間には集団で数人が絡むクラッシュも発生。今大会の初日にマイヨ・ロホを着たロレンツォ・ミレージ(チーム ディーエスエム・フィルメニッヒ)は一度コースに戻ったものの、後にリタイアを余儀なくされている。
スタートから1時間が過ぎようかというところで、数人のアクションをきっかけに次々とメイン集団から選手が飛び出した。その数、何と42人。レースリーダーのレムコ・エヴェネプール擁するスーダル・クイックステップが急いで事態収拾を計ったが、それをかわしてアタックする選手も現れ、大人数の逃げがレースの流れを完全につかんだ形になった。
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【ハイライト】ブエルタ・ア・エスパーニャ 第6ステージ|Cycle*2023
その証拠に、40人を超えた先頭グループには、スタート時の個人総合トップ25のうちの11人が乗り込んだのだ。偶然か必然か分からぬまま“出港”した大船は、2カ所の3級山岳を越える間にメイン集団との差を7分まで広げた。
ともすれば意思統一が難しい大人数の逃げだが、この日ばかりは違った。統率を担ったのは、4人を送り込んでいたユンボ・ヴィスマだった。巡航のスペシャリスト、ディラン・ファンバーレが主に統率を担って絶妙なペースを作り出す。中間地点を過ぎてからはスーダル・クイックステップを中心にメイン集団もスピードを上げ、タイム差は3分台まで縮まるが、それ以上の変化が生まれない。フィニッシュ前21kmに置かれた中間スプリントポイントも逃げメンバーが占め、最後の上りであるピコ・デル・ブイトレに達しても3分台で変わらず。
もっとも、メイン集団は急激に人数が減り、前を追おうにも思うように追いきれない状況へと転じつつあった。ピコ・デル・ブイトレの入口からはモビスター チームがペースを上げようと試みたが、結果的にアシスト陣が脚を使いすぎた格好に。スーダル・クイックステップが再び牽引役に戻ったが、彼らだって残された脚は限られている。差は一向に縮まらない。
俄然優位となった先頭グループでは、エイネルアウグスト・ルビオ(モビスター チーム)のアタックを機にいよいよステージ優勝争いが本格化。ロマン・バルデ(チーム ディーエスエム・フィルメニッヒ)、レニー・マルティネス(グルパマ・エフデジ)が追走に動くと、少し時間をおいてクスも腰を上げた。まずバルデとマルティネスをかわすと、ルビオにも追いついてすぐに独走態勢に入った。
数分後ろを走るメイン集団でも、事態は急変していた。ログリッチのアタックによって精鋭メンバーが散り散りに。驚きは、レムコが反応しきれなかったことだ。これを見たエンリク・マス(モビスター チーム)やフアン・アユソ(UAEチームエミレーツ)が、一気にペースを上げてログリッチへの合流を図る。彼らの監視役にヴィンゲゴーがつき、ユンボ・ヴィスマは盤石の体制。この時点で、レースの主導権を握っているのは明白だった。
後方の変動をよそに、クスは順調に頂上までの道を駆け上がってゆく。残り1kmを切ると、自然と表情がほころぶ。そして、沿道のファンとハイタッチをしながらのウイニングセレブレーション。いつもは“最強アシスト”としてチームリーダーを支える男が、この日ばかりは主役に。4年ぶりとなるブエルタでのステージ優勝をつかんだ。
沿道のファンとタッチしながらフィニッシュするクス
「スーダル・クイックステップにプレッシャーをかけたいと考えていた。逃げる予定ではなかったけど、大人数が前を目指している様子を見て、これは乗っかるべきだとすぐに判断できたんだ。逃げに加わったディラン(ファンバーレ)、ヤン(トラトニク)、アッティラ(ヴァルテル)の働きぶりは最高だったよ。僕が最後の上りで力を発揮できたのは、彼らあってのものだよ」(クス)
完全にエンジンがかかったユンボ・ヴィスマは、メイン集団を崩壊したログリッチにヴィンゲゴーが合流。逃げから下りてきたヴァルテルが一時的に牽引役を務めると、最後の1kmはダブルリーダーだけでフィニッシュへ急ぐ。唯一食らいついていたマスも振り切ると、彼らの前を行くのは逃げ残りの選手たちだけ。メイン集団でレースを進めた総合系ライダーたちの中では最上位で、山頂に建つハバランブレ天文台に到達した。
「チームとして大成功だね。セップ(クス)は山岳ステージに欠かせない存在だし、今日のような展開では確実に勝てるライダーなんだ。個人的にも日を追うごとに調子が上がってきているし、気分よくレースができたよ」(プリモシュ・ログリッチ)
ユンボ・ヴィスマ勢の攻撃に対処できなかったレムコだが、最後の数キロはどうにかまとめてログリッチとヴィンゲゴーから32秒差でのフィニッシュ。ここまでのリードが生きて、総合タイムではまだ両選手を数秒リードしている。
「自分のペースを崩さないよう心掛けた。正直、あれ以上ペースを上げることができなかったんだ。理由は分からない。単純に今日は僕に脚がなかったのだと思う」(レムコ・エヴェネプール)
スーダル・クイックステップでは、数日前からウイルス感染が蔓延しているとの情報もあり、このステージではアンドレア・バジオーリがリタイア。日々慎重に過ごしていることをレムコも認めているが、自身の走りはそれに影響されたものではないと主張する。
「最後の2kmを踏ん張れたのは不思議な感覚だった。フィニッシュ500m手前でもう一度踏み込めたし、これがバッド・デイなのだとしたら、力が残っていた僕は幸運なんじゃないかと思う」(エヴェネプール)
激動の1日を終えて、マイヨ・ロホはマルティネスへ移った。このステージが始まるまでは個人総合3位。うまい具合に逃げに乗り込んで、ステージ優勝争いにも加わった。クスにはついていけなかったが、26秒差にまとめたことでレースリーダーの座が舞い込んできた。祖父は1978年にツール山岳賞のマリアーノ・マルティネス、父は2000年シドニー五輪マウンテンバイク金メダルのミゲル・マルティネスという、自転車一家に育ったサラブレッド中のサラブレッド。そんなスーパースターの血を引くヤングライダーは、ミゲル・インドゥラインが持つ最年少リーダー記録(20歳283日)を更新し、20歳51日でマイヨ・ロホに袖を通した。
レニー・マルティネス
「逃げは狙っていたけど、ここまでの結果は想像していなかった。グランツールのトップに立つという夢がこんなに早くかなうとはね。今大会の目標は個人総合上位。明日からはできるだけ長くリーダージャージを着続けられるようチャレンジしていくよ」(レニー・マルティネス)
個人総合順位は大シャッフル。逃げた選手たちがトップ8までを占め、レムコは9位までランクを下げた。マルティネスとの差は2分47秒。ヴィンゲゴーとログリッチはそれぞれ2分52秒差、2分58秒差としている。
何より、ユンボ・ヴィスマはクスが8秒差の2位につけ、ありとあらゆる戦術が試せる状況を作り出している。チームはこの先どう展開していくつもりだろうか。
「チームリーダーはあくまでログラ(ログリッチ)とヨナス(ヴィンゲゴー)。僕の役割は明日からも変わらないよ。マルティネス? 若いのにあんなに強いなんてね。でも彼は初のグランツールだし、3週間のレースは他とはまったく要素が異なる。彼がどこまで戦えるのかを見ていかないといけないね」(クス)
この先のシナリオは、誰がどう描き上げるのか。楽しみは尽きない。
文:福光 俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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