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【Cycle*2023 UCI世界選手権大会 女子エリート 個人タイムトライアル:レビュー】クロエ・ダイガートが4年ぶりのアルカンシエル! 大けが、病気、不安を克服し“スーパークイーン”として歩んでいく
サイクルロードレースレポート by 福光 俊介19番目に出走したクロエ・ダイガート
そのスピードは誰も上回ることができなかった。スタートから時速50kmを超すスピードで飛ばし、前走者を次々とパス。フィニッシュ前750mの石畳の上りも力強くこなすと、そのタイムは文句なしの一番時計。最終走者が走り終えるまで約1時間30分待たされたが、最後までホットシートの真ん中から動く必要はなかった。
UCI自転車世界選手権のロード競技は、8月10日に女子エリートの個人タイムトライアルを実施。クロエ・ダイガート(アメリカ)がトップタイムをマークして、4年ぶりとなる優勝。会期前半にはトラック競技・インディビジュアルパシュートで勝っているので、今大会2枚目のマイヨ・アルカンシエル獲得となった。
「実をいうと今日は走れるかどうかギリギリまで分からない状態でした。昨日がレースだったらスタートしていなかったでしょうね。今朝起きてみたら嗅覚が戻っていて、ローラーで脚を回してみたらフィーリングが良かった。それで出走を決意しました」(クロエ・ダイガート)
というのも、トラックで勝った直後に体調を崩し、数日間寝込んでいたという。このレース後も、追い込んだ反動から咳が止まらず、鼻をすすり、口唇ヘルペスにも煩わされていた。快調な走りで勝ったかと思いきや、本人は「とにかく苦しいレースだった」と振り返る。
全出走者86人中19番目と、早めのスタートを切ったダイガート。スタートしてすぐにペースに乗せると、12.6km地点に置かれた第1計測ポイントを14分27秒で早速暫定トップに。23.1km地点に設けられた第2計測ポイントは27分44秒で、この段階でトップタイムを1分35秒更新。31.8km地点の第3計測ポイントでは39分43秒で、2分18秒上回った。こうなると焦点はフィニッシュタイム。スターリング城へ向かう石畳の上りを駆けてフィニッシュラインを越えると、時計は46分59秒80でストップ。36.2kmの行程を平均時速46.229kmで走破した。
J SPORTS サイクルロードレース【公式】YouTube
【ハイライト】UCI世界選手権大会 女子エリート個人タイムトライアル|Cycle*2023
ホットシートのクロエ・ダイガート
「途中から呼吸が追いつかなくなって、疲労を感じ始めました。直前の調整ができなかったからかもしれません。とにかくフィニッシュまで行こうと、ただそれだけでした。最後まで走り切れたのは幸運でしたね」(ダイガート)
レース前に有力視されていた選手たちがこぞって後半スタートに組み込まれていたことから、ダイガートの走りが基準になる。ただ、それに迫る選手がなかなか現れない。71番目にスタートを切ったツール・ド・フランス ファム覇者のデミ・フォレリング(オランダ)も、第1計測から40秒以上遅れると、その後もダイガートのタイムからは離されていく一方。終盤の落ち込みこそ最小限に食い止めたが、それでも1分27秒差がつき、メダル圏にも届かなかった。
波乱だったのは、マーレン・ローセル(スイス)の途中リタイアだ。第1計測を32秒遅れで通過すると、第2計測へ向かう途中でスピードを落とし、やがてバイクを降りてしまう。完全に戦意を喪失しており、その場に座り込んでしまった。レース後、その真意について打ち明けている。
「今日は私自身の問題でした。ツールを終えてから心の準備ができない状態に陥ってしまって…こんなことは初めてです。充実したサポート体制に応えようと少し無理をしてしまった部分もあります。気持ちを切り替えてレースに臨みたかったのですが、そう思えば思うほど身体に力が入りませんでした。今日は走るべき日ではなかったのでしょうね」(マーレン・ローセル)
ホットシートに座り続けるダイガートを脅かす選手が現れない中、気を吐いたのが前回2位のグレース・ブラウン(オーストラリア)だった。第1計測で17秒差にとどめて以降、トップタイムから30秒前後の差をキープし走行。第3計測ポイントを通過してからフィニッシュまでの約6kmはダイガートを上回るスピードで走り抜いた。石畳の上りを追い込むと、そのタイムは47分5秒47。一番時計更新はならずも、約5秒差まで迫った。
グレース・ブラウンは2年連続の銀メダル
「勝てたかもしれませんね。前回は思いがけず銀メダルを手にしましたが、今回は明確な意識をもって勝ちにいきました。トップに5秒届かなかった理由ですか? レース前半のペース配分にミスがあったことですね。最後の数キロでスピードを上げようと思うあまり、前半を抑えすぎてしまいました」(グレース・ブラウン)
かくして頂点に立ったダイガート。2019年以来4年ぶりにこの種目のマイヨ・アルカンシエルに袖を通した。多数の自転車競技が集まる「スーパー世界選手権」で、競技をまたいで複数の世界女王、これぞ“スーパークイーン”といえようか。
そんな超人的な走りを見せた彼女も、この数年は苦難の連続だった。前回この種目で勝ったときは、その後に新型コロナウイルスの世界的な感染拡大があってアルカンシエル姿を披露することなく1年が経ってしまった。ならばと防衛に臨んだ2020年の大会では、圧勝ペースで突き進んでいるさなかにバランスを崩してコース脇の金属柵に衝突。大腿部を切り裂く大けがを負った。
その回復に時間を要したばかりか、エプスタイン・バール・ウイルスの感染、昨年11月には心臓手術、今年に入ってからはトレーニングキャンプ中のクラッシュ、古傷の肉離れと、立て続けのフィジカルトラブル。5月のラ・ブエルタ フェメニーナまでシーズンインが遅れたのは、これらが理由だったという。
「ここまでの3年間は本当に長かったですね。走っては休み、走っては休み…の繰り返しだったので、ロードは年間数レースにとどまっていました。今シーズンも、春まではロードレースを走れるか不透明でしたからね。そう思うと、われながらよくここまで持ち直したと思いますね。非常に特別なタイトル獲得になりました」(ダイガート)
大会最終日の8月13日にはロードレースが控える。アメリカチームのエースを担うと見られているダイガートだが、これ以上みずからにプレッシャーをかけるつもりはない。
女子エリート個人タイムトライアル表彰 優勝ダイガート、2位ブラウン、3位シュヴァインベルガー
「インディビジュアルパシュートと個人タイムトライアル、2つの大きな目標を達成したので、ロードレースはリラックスして走りたいですね。体調のこともあるので、チームの足を引っ張るようなことだけはしたくありません。出走すべきかどうかも含めて、慎重に判断したいと思います。体調が良ければですか? おもしろいレースができると思いますよ!」(ダイガート)
今回、スーパークイーンの背中を見るしかなかった選手たちこそ、ロードレースにはかなりの執念を燃やすことだろう。ブラウンは「自分に合ったコース」と自信を見せているし、フォレリングは豪華なアシスト陣をしたがえてスタートラインにつく。今大会、トラックで2枚のアルカンシエルを受け取ったロッタ・コペッキー(ベルギー)も、満を持してロードレースに乗り込んでくる。
きっと、群雄割拠のウィメンズプロトンを象徴するレースになるはず。個人タイムトライアルは、それに拍車をかけた大きな機会となったに違いない。
文:福光 俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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