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【Cycle*2023 UCI世界選手権大会 男子エリート ロードレース:レビュー】各コーナーが全力スプリント、メカトラは即終了のサバイバルレースを鬼神のごとく突き進んだファンデルプールがロード初戴冠
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかアルカンシェル争奪戦の勝者マチュー・ファンデルプール
今日は彼こそが最強だった。500のコーナーを攻略し、3人の強敵を払い落とし、マチュー・ファンデルプールは鬼神のごとく突き進んだ。落車さえも、その凄まじい勢いを止めなかった。22kmの独走。待ち望んでいた瞬間が訪れた。
「世界チャンピオンになったという事実だけで、とてつもなくスペシャルなこと。歴史を作ったとか、何年ぶりだとか、そんなことは大して重要ではない。ただ僕は、いつの日か、世界チャンピオンになりたかっただけなんだから」(ファンデルプール)
グラスゴーの中心地に描かれた14.3kmの周回コースは、まるで迷路だった。地形的な難所といえば、ちっちゃな急坂モンテローズひとつだけ。代わりにコーナーはうんざりするほどあった。1周あたり計48か所、それが10周!しかも曲がり角を抜けるたびに、道幅や路面状況はガラリと変わった。ファンデルプール曰く「各コーナーが全力スプリント」で、メカトラは即終了を意味した。フェンスは凶器でしかなかった。ご存知、英国は空模様も変わりやすい。
「酔っぱらいが作った」と揶揄した選手もいたほど尋常ではない周回コースに突入する前に、エジンバラからグラスゴーまでをつなぐライン区間で、ちょっとした事件が発生する。30分近く熱心なアタック合戦を繰り広げた末に、実力者9人が逃げ集団を作り上げ、順調にタイム差を広げていた時だった。エコロジスト団体の抗議活動により、79km地点で、レースは一旦中断を余儀なくされた。
再開までには52分も要した。後の世界王者は、空き時間を利用して、近所の民家にトイレを借りに行ったそうだが……逃げの9人にとっても脚を休め、飛び出しに費やした体力を回復するための時間はたっぷりとあった。
だからこそ、中断前と同じタイム差で再スタートを切ると同時に、優勝候補を複数擁するベルギーやデンマークが猛烈な牽引を開始した。元気を取り戻した逃げ集団に、これ以上のリードを与えたくはならなかったから。さもなければ難解な周回コースに入ってからの回収作業が、ひどく厄介になる恐れもある。あまりに急激な加速は、分断も引き起こした。15回目のエリート世界選を戦う新城幸也も、一時は遅れを取った。
J SPORTS サイクルロードレース【公式】|YouTube
【ハイライト】UCI世界選手権大会 男子エリート ロードレース|Cycle*2023
レースは一旦中断され52分後に再開、新城選手は日の丸を背負う
「中断前は想像していたような展開でした。再開後にスピードが上がるのも当然です。でも、集団内の予想もしていなかった位置で、中切れが起こってしまった。ただその時は集団には戻れました。さぁ、これからだ!と気持ちを整えていたら……そのタイミングでトラブルが起きた。周回突入の直前で、すでに集団のペースは上がりきっていて、もはや追いつくことは不可能でした」(新城幸也)
脱落した時点で自転車を下りる選手も少なくない中で、日本から単独参戦の新城は、諦めずに走り続けた。しかし今回の周回コースは距離が短く、足切り基準タイムも10分と極めて短い。3周回目の補給地点で、フィニッシュまで160kmを残し、レースの終了が告げられた。最終的な完走者はわずか51人。21世紀で2番目に少ない人数だった。
逃げる集団から3分44秒差でサーキット巡りを開始したメイン集団は、2周回目以降、各周あたり約1分ずつきっちり差を縮めていく。とうとう逃げの最後の生き残りをとらえ、6周回目に入る頃、先頭はすでに5人に絞り込まれていた。これぞ最後まで勝負を争う4人、つまりファンデルプール、ワウト・ファンアールト、タデイ・ポガチャル、マッズ・ピーダスンに、後に勇敢な独走を試みるアルベルト・ベッティオール。ただ、いまだレースは70km以上も残っていた。なによりファンアールトが先行を嫌ったせいか、一旦は後方集団の再合流を許した。
30人近くに膨らんだ集団の中で、ベルギーが最多5人を残していた。数的優位を利用して、猛烈な高速牽引を繰り返した。特に前回覇者レムコ・エヴェネプールが、がむしゃらすぎるほどの加速で、幾度となく集団に揺さぶりをかけた。実は周回を始めた時点で「パンチ力に欠ける自分には全く向いていないコース」だと悟り、「ワウトのためにレースを走ろう」と決心したのだという。上りアタックには必ずピーダスンが張り付き、平地ではポガチャルが素早く反応する姿が見られた。
ベッティオールが単独で抜け出すことに成功
残り55kmでベッティオールが独り飛び出していった後、グラスゴーの町を、激しい通り雨が襲った。それが集団の前から6番目を走っていたジョナタン・ナルバエスの、下りコーナーでの落車を誘発する。残り3周回に入る直前、追いかける集団が割れた。分断を逃れたのは、ティッシュ・ベノート+例の4人だけ。ベッティオールはすでに40秒先を走っていた。もはや後ろを待つ選択肢はない。べノートはペースを緩めず先頭を引き続けた。背後ではニールソン・パウレスが奮闘するも、ほんの小さな穴が埋まらなかった。優勝争いは元ツール・デ・フランドル覇者と、今年のフランドル上位4人に絞り込まれた。
続く20kmは静かに、しかし恐ろしい緊迫感の中でレースは繰り広げられた。4人はじわじわとベッティオールを追い詰めていき、ついに目と鼻の先にとらえた。その時だった。短い上りを利用して、突如としてファンデルプールが鋭い加速に転じた。予想外の場所の場所だったのかもしれない。他の3人はワンテンポ遅れて反応するも、すぐにサドルに腰を下ろした。
「自分にアタックの脚が残っていることは分かっていた。だけど1発目で決まったのは驚いた。後ろを振り返ったら、誰もついてこなかった。自信をさらに強めた」(ファンデルプール)
残り22kmで独走に持ち込んだ後も、ファンデルプールは畳み掛けるように各コーナーを攻め、坂道を全速力で駆け上がった。反対に勢いを失ったファンアールト、ポガチャル、ピーダスンの3人組を、着実に引き離していく。
「それに彼らが追いついてくるのは難しいだろうと分かっていた。差が大きくなっていったら、ある程度の時点で、互いの様子見に入るはずだったから」(ファンデルプール)
無線のない世界選手権だからこそ、的確な読みだった。濡れた右カーブでファンデルプールが地面に滑り落ちた時、残り16.6kmで、3人とのタイム差は33秒。「落車したと知っていたら、互いの顔を見合わせる代わりに、スピードを上げていたかもしれないのに」とワウトは少し後悔したが、一瞬24秒に縮んだタイム差は、すぐに再び広がっていった。
落車し右シューズが破損してしまったファンデルプール
なによりファンデルプール本人の「本能」が、自身を救った。幸いに自転車は無傷だった。右半身をコンクリートに滑らせたが、即座に立ち上がれた。シクロクロス世界チャンピオンはなれた手付きで素早く自転車を立て直すと、文字通り自転車に飛び乗り、再び全速力で走り出した。右シューズの破損したダイヤルは、引き千切って投げ捨てた。クリートが壊れたせいで、「ペダルにパワーを乗せることが難しかった」が、「アドレナリン全開状態」で踏み続けた。差が1分に開いたと聞いて初めて、ようやく気が楽になった。
シクロクロスでは、すでに5度、世界チャンピオンの座に君臨した。ロードでも、ジュニア2年目に、世界タイトルを手にした経験がある。つまりレインボーのストライプを胸につけて、春夏秋冬、1年中レースを転戦した経験はいまだかつてない。今後しばらくは、2023年シクロクロス世界チャンピオンのファンデルプールは、虹色の日々を送る。同年に2つの種目で世界タイトルを制したのは、史上初めての快挙。また母国オランダにとっては、1985年ヨープ・ズートメルク以来38年ぶりの男子エリートロードチャンピオンで、華麗なる一族にとっては(祖父プリドールは2位を含む表彰台4回、父アドリも最高2位)、待望の初ロード・マイヨ・アルカンシェル!
「今日、僕の身に起こったことはスペシャルなことだけど、1年間、アルカンシェルで走れるからこそ、なおのことスペシャル。自分が成し遂げたことが誇らしいし、本当に嬉しい。ただ、次に虹色を着て走るのは……シクロクロスかも。だって次の土曜日が、今季最後のレースとなる予定だったから。でも、もしかしたら、どこかでジャージを披露する機会を作るかもしれない」(ファンデルプール)
ちなみに「次の土曜日」とは、12日(土)のマウンテンバイク・クロスカントリー世界選手権のこと。すると3種目同時アルカンシェルさえ期待されるが、本人によれば「1年以上MTBにはでていないから、あくまで目指すはパリ五輪の出場権獲得」。
表彰台、優勝ファンデルプー、2位ファンアールト、3位ポガチャル
ファンデルプールの歓喜から1分37秒後、フラムルージュで他の2人を振り払ったファンアールトが、2位に滑り込んだ。2020年世界選手権ロード&個人タイムトライアル、2021年東京五輪ロード、2021年世界選手権個人タイムトライアルに続いて、またしても銀メダルに終わった。シクロクロスでは世界王者の喜びを3度味わったが、銀メダルも4度。しかも同年の金は、すべてファンデルプールの手に渡っている。
「満足はできない。勝つために来たんだから。でもそれほどがっかりはしていないんだ。いいレースができたという実感があるから。いずれにせよ今日は、マチューが最強だった」(ファンアールト)
さらに遅れること8秒。3位争いのスプリントは、常時であれば元世界王者ピーダスンが絶対的有利のところ、ほんの2週間前までツールのマイヨ・ジョーヌ争いを繰り広げていたポガチャルが制した。真っ青な顔で表彰式に出席した後、しばらく「トイレに駆け込んだ」ほどに、極限状態で勝ち取った小さな勝利だった。
「まるでゾンビたちによるスプリント。だから僕にもロングスプリントで勝機が見いだせた。先頭に残ったみんながメダルにふさわしいし、マッズにとっては残念だった。でもメダルは3つしかないから……」(ポガチャル)
ファンデルプールの世界選手権が続行中であるように、ファンアールトもポガチャルも、例年とは異なる変則的なスケジュールに従ってロード5日後に個人タイムトライアルを戦う。舞台はグラスゴー北東のスターリング。アルカンシェル争奪戦は、再びクライマックスを迎える。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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