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【ツール・ド・フランス2023 レースレポート:第20ステージ】失意から這い上がったタデイ・ポガチャル、ステージ優勝で復調アピール「これならもう1週間走れそうだ!」 ヨナス・ヴィンゲゴーは2大会連続マイヨ・ジョーヌを決定的に!
サイクルロードレースレポート by 福光 俊介アダム・イェーツと抱き合って喜ぶポガチャル
大ブレーキを喫した第17ステージのあと、振り絞るようにして「残りステージはステージ優勝を狙っていく」と口にした。平坦路を行く2日間を回復に充て、第20ステージでの勝利にフォーカス。畳みかけるようなアタックではなく、合流を図るアシストを待ち、スプリントに賭けた。有言実行の勝利は、傷ついた名誉を癒すのに十分なものになった。
ツール・ド・フランス第20ステージは、マイヨ・ジョーヌをかけた最後の戦いである。大会最終日は慣例として総合成績を争わないので、このステージが終わった段階での順位が最終結果に反映される。ヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)が最大のライバルであるタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)に対し7分35秒ものリードを持っているので、よほどのことがない限りトップの座は揺らがない。
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ならばと、ポガチャルはステージ優勝狙いに切り替えた。個人タイムトライアルの第16ステージで1分以上遅れ、続く第17ステージでは衝撃のバッドデイ。2大会ぶりのマイヨ・ジョーヌ奪還はかなわぬものとなったが、あと1つ残された山岳ステージで“復権”を誓うと、その通りに勝ってみせた。「最強のアシスト」アダム・イェーツとのコンビネーションを生かし、ヴィンゲゴーらとの競り合いを制した。
「やっと自分らしい走りができたよ! 何日も苦しんだだけに、ステージ優勝ができて最高の気分だ。これならもう一週間走れそうだよ! いやいや、冗談。大会が終わったら帰るよ(笑)」(タデイ・ポガチャル)
今ツール最終決戦地はヴォージュ山脈。農業と牧畜が盛んで、ワインも美味しいのどかな場所は、この日ばかりは熱狂の舞台。4年ぶり32回目のスタート地となったベルフォールを出発し、6つの山越えをしたのちにル・マルクシュタイン・フェルランにフィニッシュする。ル・マルクシュタインは昨年のツール・ド・フランス ファムでアネミエク・ファンフルーテンが70km独走で圧勝した地で、今度は男子選手たちがドラマを演じる番である。
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【ハイライト】ツール・ド・フランス 第20ステージ|Cycle*2023
そんな「アルザス風メニュー」を味わうべくスタートした選手たち。ヴィクトル・カンペナールツ(ロット・デスティニー)のファーストアタックにチームメートのヤスペル・デブイストが続いて、序盤をリード。しかし、この日最初の登坂区間である2級山岳バロン・ダルザスでデブイストが遅れると、頂上まで4.4kmのところでカンペナールツも集団に引き戻されてしまう。ジュリオ・チッコーネの山岳賞確定を狙うリドル・トレックが、他チームの選手たちだけでの逃げを許さない構えだ。
アシスト陣の働きに応えようと、チッコーネは次々訪れる山頂をトップで通過していく。2つ目の上り、2級山岳クロワ・デ・モワナに入る頃には先頭グループが形成されて、マティアス・スケルモースとともに乗り込む。クロワ・デ・モワナ、グロス・ピエールとトップを獲り、この日4つ目の3級山岳シュルトでついに山岳賞を確定。ウイニングセレブレーションさながらのアクションで、マイヨ・アポワをみずから祝った。
「マイヨ・アポワがチームにとって今大会最大のミッションになった。そのためにみんなが一丸になったんだ。僕たちはクレイジーなことを達成したよね。マッズ・ピーダスンやマティアス・スケルモースが僕を助けてくれるんだ。こんなすごいことは普通じゃなかなか考えられないよ」(ジュリオ・チッコーネ)
その頃、メイン集団では次なる展開に備えUAEチームエミレーツやユンボ・ヴィスマが着々と状況を整えていた。両チームが代わる代わる集団牽引を担っていたことで、先頭グループとの差は1分程度で推移していた。それぞれの目的は、前者が「ステージ優勝」で、巧者は「マイヨ・ジョーヌのキープ」。利害の一致は見ないが、残り距離を急ぐという点においては共通である。
1級山岳プチ・バロンで先頭グループは5人。その中から、最後のツールを戦うティボー・ピノ(グルパマ・エフデジ)が動いた。迫るキャリアの終わりに、フランスのファンやメディアは自国の至宝に勝ってほしいと感情を移入させる毎日。何とかそれに応えようと、今大会最後の山岳ステージで勝負に打って出た。
「勝つためには、この山でアタックすることが最適だと考えていたんだ。正しい戦術だったと思うよ」(ティボー・ピノ)
追走グループに30秒、メイン集団に1分20秒の差をつけてプチ・バロンを上り切ったピノだったが、その後の下りでギャップを縮められると、最終登坂のプラッツァーヴァーゼルで追いつかれた。メイン集団ではときを待ち続けたポガチャルがアタック。すかさずヴィンゲゴーがチェックして、両者が見合っている間にフェリックス・ガル(アージェードゥーゼール・シトロエン チーム)が合流。この3人も先頭グループに加わると、山を逃げ続けてきた選手たちはついていくことができない。それは、フランス、いや世界中が夢を乗せたピノの戦いに終わりがやってきたことを意味した。
レース後に笑顔をみえせるティボー・ピノ
「僕は世界中のファンに恵まれたライダーだった。一生忘れない思い出になるよ。終わってみたら、結果や勝利なんかどうでも良いと思えるほどだ。今日は純粋に良い走りができたし、“最後のレース”で求められた以上のことをしたと僕は思っている。ツール・ド・フランスは最高だよ」(ピノ)
メイン集団から飛び出し、そのままトップに駆け上がった3人だけど、牽引する時間はガルが明らかに長い。プラッツァーヴァーゼルの頂上を通過した直後には、ヴィンゲゴーと二言三言言葉をかわしている様子も見られた。
「他の総合系ライダーに追いつかれないよう、みずから引っ張ろうと思ったんだ。ヴィンゲゴーとポガチャルは互いをマークし合っていて、彼らのペースに合わせる必要はなかったからね」(フェリックス・ガル)
この間、徹底して3番手に位置していたポガチャルは、後ろから追っているアダム・イェーツを待っていた。サイモン・イェーツ(チーム ジェイコ・アルウラー)を引き連れている状況ではあったが、合流できれば数的優位に立つことは確かである。
「ステージ優勝のためには、アダムが追いつくのを待つべきだと思ったんだ。彼の強さは知っているし、リードアウトも優れているからね」(ポガチャル)
残り5kmを切ってイェーツ兄弟が先頭3人に追いつくと、そのままアダムが牽引役を引き受ける。UAEチームエミレーツとしては、ステージ優勝をに向けた大勝負だ。
残り1kmを切り、連続コーナーを抜けると残りは200m。先に仕掛けたのはヴィンゲゴーだった。でも、「ステージを獲ること」への執念は明らかにポガチャルの方が勝っていた。ヴィンゲゴーをかわし、最後まで追い続けたガルらを振り切ると、一番にフィニッシュラインを通過。咆哮とともに全身で喜びを表した。
「アダムが追いついてきてくれて、スプリントに向けた緊張感が和らいだね。勝つイメージがしっかりできた。レースを組み立ててくれたチームメートにも“ありがとう”と伝えたい。早くみんなで喜びたいよ」(ポガチャル)
このステージの勝利にあたっては、UAEチームエミレーツでパフォーマンスコーチを務めるイニーゴ・サンミランが早くから太鼓判を押していた。ポガチャルの回復能力の高さを挙げ、苦しんだ第16・第17ステージのダメージは、その後の2ステージをイージーに走ることでクリアされると。第17ステージを終えた時点ではポガチャルが「誰でも良い」としていたステージ優勝狙いだったが、やはり勝負するのはこの男だった。
ポガチャルはレース後の記者会見で、マイヨ・ジョーヌ争いに敗れた理由として「手首骨折後のトレーニングが不足したこと」を認めた。その点はサンミランの見解も同様で、「5月に行うべきトレーニングが完全に欠けていた」ことを敗因に挙げる。同時に、「それでもステージ優勝し、個人総合2位に入る走りは驚異的である」とも。
マイヨ・ジョーヌ奪還はならずとも、今大会はステージ2勝。たびたびヴィンゲゴーを苦しめたその走りは、強き者の姿として誰もが認める。彼の放ったひと言に、負けたまま終わるつもりはないことをうかがい知れる。
「確かにキャリアで最悪の2日間がツールでやってきてしまった。でも、僕をクラックさせたのはユンボ・ヴィスマじゃないよ。あくまでも僕自身だ」(ポガチャル)
ヴィンゲゴーはステージ3位にまとめて、タイムロストはなし。2大会連続でのマイヨ・ジョーヌをほぼ手中に収めた。フィニッシュ後の家族とのひとときにはホッとした様子を見せ、ここ数週間の緊張から解放された様子を見せた。
我が子を抱くヴィンゲゴー
「ツール2回目の個人総合優勝は、初めてレースをした時のようなすがすがしさだよ。すべてが信じられない。この3週間、とてもとてもクレイジーな戦いだったからね。僕自身も、美しい戦いだったと感じているよ」(ヨナス・ヴィンゲゴー)
ここまで15日間マイヨ・ジョーヌを着続けていながら、初めてツールを勝った昨年以上の穏やかさと、タフな取材攻勢をも適度にいなす姿が印象的だった。これが王者の風格なのだろうか。
「どうだろうね。払うべき犠牲が多くて、家族と150日以上離れて過ごす今の状況はなかなか辛いよ。でも、トレーニングキャンプでベストな状態に仕上げることが自信になっていることは確か。このチームがそれを引き出してくれることは間違いないね」(ヴィンゲゴー)
3週間の旅がもうすぐ終わる。推しの選手に思いを寄せ、ひとつのシーンに一喜一憂する日々ともしばしのお別れ。最後はパリ・シャンゼリゼでの、勇者による栄えの行進だ。来年はパリ五輪対応にかかるニース閉幕のため、シャンゼリゼでのスプリントフィナーレを見逃すと2年待たねばならない。美しく、煌びやかに、ツール・ド・フランスの幕は閉まる。
●ステージ優勝、マイヨ・ブラン、個人総合2位 タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)コメント
「個人総合優勝はできなかったけど、2位という最終結果には満足できる。僕は挑戦者だから、できうる限りのトライはしたんだ。リエージュ~バストーニュ~リエージュでの怪我によってトレーニングを中断したが、それでも今大会は悪くはなかったと思っているよ。失意のどん底にあっても、苦しみぬくべきであることを僕は知っている。
来年? 90%の確率でツールのスタート地点に立っているだろうね。それ以上のことはまだ分からない。ひとまずは、最後から2つ目のステージを勝ち、パリでヤングライダー賞の表彰を受けて、アダム(イェーツ)と一緒に総合表彰台に立つ、それが大きな楽しみだね。
ヨナス(ヴィンゲゴー)は驚異的だった。彼は毎日強かったけど、僕はキャリア最悪の2日間を経験してしまった。ただ、僕がクラックしたのは僕自身に問題があったからであって、ユンボ・ヴィスマによってクラックさせられたわけではないことをいま一度強調しておくよ」
●マイヨ・ジョーヌ ヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)コメント
「今年の最大目標を達成できて幸せだよ。今日はステージ優勝もしたかったのだけど、タデイ(ポガチャル)のスプリントにはかなわないと分かっていた。だから意表を突こうと思ったけど、それより大事なのがマイヨ・ジョーヌだった。今日も素晴らしい働きをしてくれたチームメートの感謝しているよ。毎日プランを組み、それを忠実に実行し、それぞれの解釈のもと成果を上げたことに大きな価値があると思っている。
もともとプレッシャーには強くなかった。それをこの2年ほどでコントロールできるようになり、それとともに勝てるようになった。特に大きな違いとして、昨年の春は怪我や体調不良に苦しんだけど、今年はそれがなかったこと。ツールに向けた準備がスムーズになったんだ。そのあたりは年々進歩していると思っている。
家族とは150日以上離れて生活しているので、勝って示さないといけないんだ。トレーニングキャンプでベストに仕上げられると、自然と自信が生まれる。このチームにはそれを最大限引き出してくれる良さがあるんだ。2024年のことはまだ分からないけど、きっとツール・ド・フランス3連覇を目指しているんじゃないかな」
●個人総合3位 アダム・イェーツ(UAEチームエミレーツ)コメント
「チームとして個人総合2位と3位を獲れたことに満足している。タデイが苦しんだ2日間は本当に残念。でも、3週間を通して常に100%の状態でいられるなんて無理だと僕は思うよ。
ツールで優勝したい。だから来年も戻ってくるよ。タデイのために働けることは本当に光栄だった。プレッシャーはなかったし、日々明るく過ごせて個人的には最高のツールだったと感じている。タデイはいつだって優しく、明るく、周りを楽しませてくれるんだ。クラシックでもグランツールと同様のパフォーマンスができるライダーはほとんどいないけど、そのひとりがタデイだ。僕は彼こそが世界ナンバーワンのライダーだと信じているよ」
文:福光 俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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