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サイクル ロードレース コラム 2023年7月21日

【ツール・ド・フランス2023 レースレポート:第18ステージ】怪我や体調不良を乗り越えたカスパー・アスグリーンが全行程逃げてツール初勝利。ヴィンゲゴーら総合勢は変動なし

サイクルロードレースレポート by 福光 俊介
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カスパー・アスグリーン(スーダル・クイックステップ)

カスパー・アスグリーン(スーダル・クイックステップ)

リアルスタートが切られると、いの一番にアタックしてみたが、イメージしたものとは違った。自分についてくる選手の人数が少なかったのだ。想定していたのは7~8人の逃げだった。これでは逃げ切れる可能性が少ない。諦めようとも思ったが、ツール・ド・フランスの最終週である。何か起こせるかもしれない。信じて突き進むことにした。

大会の第2週からアルプス山脈をかけてきたプロトンは、最終決戦の地であるヴォージュ山脈へと開始した。久々の平坦カテゴリーとなったツール・ド・フランス第18ステージ。スプリンターチームがメイン集団を統率する中、早くから逃げた選手たちが追い上げを巧みにかわして逃げ切りに成功。最後は3人のスプリントを制し、カスパー・アスグリーン(スーダル・クイックステップ)がツール初勝利を決めた。

「この結果は一緒に逃げた選手たちのおかげでもあるよ。逃げている間、それぞれがどれだけの力を費やしていたか。それを思うと、僕たちみんなが勝利に値すると思う。逃げ切れて本当に良かった!」(カスパー・アスグリーン)

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前々日の個人タイムトライアル、前日の山岳ステージでヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)は総合リード拡大に成功。とりわけ第17ステージでは、最大のライバルであるタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)が大ブレーキ。総合タイム差が7分35秒まで広がった。第18ステージを前に、UAE陣営はチームプリンシパルのマウロ・ジャネッティみずから「今日からはワンデーレースのつもりで戦っていく」と宣言。ヴィンゲゴーの大会2連覇が現実味を帯びてきている。

ここから2日間は平坦。これまでたびたび通過地になっていたムチエが晴れてスタート地を務め、山を避けつつブール・アン・ブレスを目指す。こちらも2020年にはスタート地になっていて、今度はフィニッシュの街としてプロトンを迎える。

レースを前に、ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)未出走の報が各所を駆け巡った。かねがね大会後に第2子の出産が控えていることは明らかになっていたが、ここで大会を離脱し立ち合いに備えることを選んだ。今年はステージ優勝こそ挙げられなかったが、随所でのヨナス・ヴィンゲゴーへのアシストはさすがのものだった。あとひとつ山岳ステージは残されているが、ヴィンゲゴーの総合リードが大きくなった今、彼の許可も得つつ役目を終えることとなった。

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【ハイライト】ツール・ド・フランス 第18ステージ|Cycle*2023

「決断は簡単だったよ。妻が僕を必要としているなら、すぐにでも帰ろうと思っていたんだ。そのタイミングが今だというだけの話。チームのみんなにも伝えたよ。全員が僕の決定を理解してくれた。心から感謝しているし、あとの7人がツールの最後までベストパフォーマンスをしてくれるはず。不安はないよ」(ワウト・ファンアールト)

アントニー・ペレス(コフィディス)も未出走で、スタートラインに並んだのは152人。16.2kmと長めのパレード区間を経て、リアルスタートを迎えた。一番に動いたのはアスグリーン。そこにヴィクトル・カンペナールツ(ロット・デスティニー)とヨナス・アブラハムセン(ウノエックス・プロサイクリングチーム)が同調し、3人逃げで進んだ。

彼らを行かせたメイン集団は、おおむね1分程度のタイム差にとどめてレースを展開する。スプリンターチームが主にコントロールを担って、マイヨ・ヴェールのヤスペル・フィリプセン擁するアルペシン・ドゥクーニンクや、チーム ジェイコ・アルウラー、チーム ディーエスエム・フィルメニッヒが前方を固めた。

しばしこの構図が続いたが、残り65kmで集団からパスカル・エインコールン(ロット・デスティニー)がアタック。ほどなくして先頭3人に合流し、ロット勢が逃げに2選手送り込む形になった。

「何人か一緒に来てくれるのではないかと期待したのだけどね。追ったのは僕だけだったけど、前にはヴィクトル(カンペナールツ)がいたから急いで合流しようと思っていた。この逃げはうまくいくのではないかと感じていたからね」(パスカル・エインコールン)

タイム差だけなら逃げを常時射程圏に捉えた状態にあったメイン集団。残り30kmになろうかというところからは、ボーラ・ハンスグローエとリドル・トレックも牽引に加わった。やがてタイム差は1分を切り、残り20kmでは40秒。残り15kmで30秒、残り10kmで20秒。きっと“予定通り”だったことだろう。

逃げの先頭を走るカスパー・アスグリーン

逃げの先頭を走るカスパー・アスグリーン

ただ、逃げる4人も粘る。もっとも、牽引力や巡航力に定評のあるメンツばかりなのだ。タイムトライアルを得意とするアスグリーンとカンペナールツ、普段はスプリントトレインの牽引役を務めるエインコールン。異色なのは2017年のエタップ・デュ・ツール(ツールの1区間を一般サイクリストが走ることのできるイベント。順位も争われる)で優勝しているアブラハムセン。

「あの当時の体重は60kgだったんだ。いまの体重は……80kg。当時ほどは上れなくなってしまったよ(笑)」(ヨナス・アブラハムセン)

ともかく、スピードに乗せたら強いのだ。残り4kmから緩やかな下り基調であることも彼らを勢いづかせた。メイン集団ではスーダル・クイックステップ勢が追撃の芽を摘み続けている。残り3kmではタイム差8秒。メイン集団ではアルペシン・ドゥクーニンクを中心に追いかけているが、差は縮まらない。数秒差のまま最後の1kmを切った。

2人控えるロット勢から、カンペナールツが牽引役を担う。残り400mまで引っ張って、そこからはあとの3人での勝負。牽制気味になったことで追い上げを急ぐ後続が迫ってきたが、フィニッシュ前の250mが上り基調とあってギリギリまで待って加速する構えだ。勾配が変化したタイミングで、満を持してアスグリーンがスプリントを開始。逆サイドからアブラハムセン、後ろからはエインコールンもスピードを上げるが、アスグリーンが最後まで前を譲らなかった。

「正直、理想的な状況ではなかったよ。7~8人で逃げることをイメージしていたから、考えていたものとは違った。でも、ここまでとてもハードな日々を送ってきたので、最終週になれば何か起きるのではないかと思っていたんだ。逃げ切る可能性もあると信じて走り続けたよ」(アスグリーン)

2021年にロンド・ファン・フラーンデレンを制し、トップライダーに定着。以来、北のクラシックでは優勝争いの常連で、タイムトライアルやスプリントトレインの牽引役としても力を発揮してきた。そんな彼のキャリアに暗雲が漂ったのは、昨年のツール・ド・スイス第3ステージでの落車だ。左膝の深部を痛めたにもかかわらず、その後に控えていたツールを走りたい一心で「無理やり調整」。大会序盤から苦しむことになり、結果的に第8ステージを走り終えて離脱。しばらくして膝の痛みは消えたが、ツールに向けた取り組みがアダとなってオーバートレーニング症候群に見舞われた。

「あの頃はゆっくり走ることすらできなかったんだ。すぐに息が上がってしまってね。結局早めにシーズンを切り上げたんだ。トレーニングを再開したのは昨年の10月。左右で脚のバランスがまったく違っていたので、バイクに乗りつつ筋力トレーニングにも取り組んだ。今になって思うのは“長かった”ってことかな。この勝利で、苦しんだ日々は終わりだね」(アスグリーン)

スーダル・クイックステップとしても、これが今大会は初勝利。期待されたファビオ・ヤコブセンは落車の影響でリタイアし、チーム戦術を大幅に変えるより仕方なかった。山岳ではジュリアン・アラフィリップのたびたびの逃げもあったが、このタイミングでアスグリーンが大仕事をやってのけた。大きな1勝は、今季でプロトンを去るドリース・デヴェナインスにプレゼントする。

カスパー・アスグリーンが逃げ切り勝利、グランツール区間初優勝

カスパー・アスグリーンが逃げ切り勝利、グランツール区間初優勝

「最後のツールと決めて臨んでいる彼に捧げるよ。彼にとっての最終シーズンで一緒に走れることは大きな幸せだ」(アスグリーン)

エーススプリンターが大会を離脱し、戦術変更を余儀なくされている点においてはロット・デスティニーも同じ。数的には優位でありながら、アスグリーンのスピードに屈した。2位で終えたエインコールンは、それでも胸を張った。

「プラン通りにレースができたから満足している。ヴィクトルの牽引は逃げの4人の中で間違いなく最高だったし、逃げ切れた要因にもなった。あとは僕が勝てれば良かったんだけどね。スプリントって正直なもので、アスグリーンの速さがはっきりしていたね」(エインコールン)

最後まで追いきれなかった集団だが、結果としてアスグリーンらと同タイム扱い。フィリプセンが先着し、ポイントは加算した。マイヨ・ヴェールは安泰である。

そして、ヴィンゲゴーら個人総合上位陣も順位の変動なく1日を終えている。

「今後数日間は集中力を切らすことなく、トラブルにも巻き込まれないように心掛けたい。リラックスるのはパリのステージが終わってからだよ」(ヨナス・ヴィンゲゴー)

次のステージも平坦カテゴリー。ヴォージュ山脈への移動はもう少し続く。


●ステージ優勝 カスパー・アスグリーン(スーダル・クイックステップ)コメント
「昨年ツールでリタイアして以降が悪夢だった。そこから這い上がることができ、僕を支えてくれた人たちにこの勝利を報告したい。パリ~ルーベを走ったあたりから調子が上向ていることを感じていたんだ。少しずつイメージしたような走りができるようになっていて、ツール前の数週間で完全にコンディションが戻ったんだ。

チームとしてツール・ド・フランスで勝つことは大きな意味を持つね。ここまで難しいレースが続いたけど、これで安心だよ。ステージ優勝を目標にみんなモチベーションが高まっていたんだ。

逃げている間は他の選手たちと話をすることはなかったよ。でも彼らがみんな好調なことは分かった。逃げ切りを目指して意思統一されていたことは心強かった。逃げ切りを確信したのは残り1kmで、カンペナールツがエインコールンのリードアウトを始めたとき、直感で“これは勝った”と思ったんだ。

ヴィンゲゴー? 同じデンマーク人選手として応援しているよ。ビルバオにいたときから僕は彼が勝つと思っているんだ」

●マイヨ・ジョーヌ ヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)コメント
「平坦ステージはいつも緊張するのだけれど、今日は他のスプリントのときよりナーバスになることはなかったよ。集団のペースは確かに速かったけど、僕は大丈夫だった。

集中力を切らすことなく、トラブルに巻き込まれないように走っていきたいね。チームメートも気を配ってくれるからありがたいよ。

カスパー(アスグリーン)が勝ったと聞いてとてもうれしかったよ。彼は長い間この日を待ち望んでいたし、それだけの選手なんだ。喜んでいる姿が見られて僕もハッピーだよ」

●マイヨ・ブラン タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)コメント
「今日も走るという事実はとても辛いものだった。でも、たくさんのライダーが僕に声をかけてくれて励ましてくれたんだ。みんなのサポートには心から感謝しているよ。

昨日のことはいまだに何だったのか分からない。ただ、怪我をしてからあまりトレーニングができていなかったにもかかわらず、これだけ走れるのは満足すべきことなのだと思う。レースに対して楽観的になりすぎていた面があって、最初の2週間は良かったけど、3週目に向けた準備が不足していたのかもしれないね。

いまの目標は個人総合2位と3位をきっちり押さえること。視野を広げてみれば、2位と3位でも素晴らしいリザルトなんだよね。チームとして数日間マイヨ・ジョーヌを保持できたわけだし、ステージでも2勝している。もう1つ積み重ねられるよう最後までトライを続けてみるよ」

文:福光 俊介

福光 俊介

ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う

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