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【ツール・ド・フランス2023 レースレポート:第17ステージ】ポガチャルが衝撃の大ブレーキ!ヴィンゲゴーとの総合タイム差は7分35秒に。ステージは元ジュニア世界王者のガルが制す
サイクルロードレースレポート by 福光 俊介ベン・オコーナーと抱き合って喜ぶフェリックス・ガル(アージェードゥーゼール・シトロエン チーム)
われわれはそこに「戦いの終わり」を見たのだろうか。力なく後退していく姿は、観る者までをも苦しめるような、悲しく、衝撃的なシーンであった。かたや、現役のチャンピオンは計算しつくされた戦術のもと、アシストの力を借りながら山を駆けあがっていく。ついたタイム差は、両者の現状をはっきりと表したものと言えよう。終演が近づいている。
ツール・ド・フランス第17ステージは、大会前から“クイーンステージ”の呼び名をほしいままにしてきた。獲得標高は5000mを超え、今大会最高標高地点2304mまで上っていかなければいけない。やっとのことでたどり着くフィニッシュラインの前には、24%もの急勾配が待ち受ける。どれだけ走っても、終わりが見えてこないような魔のステージだ。
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そんな、山岳比重の高い今大会を象徴するようなアルプス最終日。ステージ優勝争いは最大35人に膨らんだ逃げメンバーによるものとなり、今季のブレイクスルーのひとりであるフェリックス・ガル(アージェードゥーゼール・シトロエン チーム)がモノに。大物たちの追い上げをかわし、8年前のジュニア世界王者がついに才幹を世に示した。
「われながら今シーズンは信じられないことばかりだよ。ツールのクイーンステージで勝ってしまうなんて。子供の頃からの夢だったかって? 違うよ! 1年半前にはこんなことになるとは考えたことすらなかったんだから!」(フェリックス・ガル)
第1週から今に至るまで、上り通しのツール。ここへきてまた、アルプスの高峰にチャレンジする。第17ステージは、スタートから17kmほど平坦路を行き、以降はアップダウンの連続。前半のうちにセジー(登坂距離13.4km、平均勾配5.1%)とロズラン(19.9km、6%)2つの1級山岳を上って、2級山岳を挟んで今大会屈指の難所である超級山岳ロズへ挑む。登坂距離は28.1kmを数え、平均勾配の6%とは中腹にある平坦と下りの区間を含めてのもの。頂上に近づくにつれて勾配の厳しさは増し、最大勾配は24%にまで達する。
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【ハイライト】ツール・ド・フランス 第17ステージ|Cycle*2023
標高2304mまで上ったら、少し下ってクールシュヴェルのエアポートに敷かれるフィニッシュラインへ。最後の250mがまたも18.66%の急坂。165.7kmのレース距離以上に長く感じるような、もはや恐怖の1日である。
前日の個人タイムトライアルで見せた、ヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)の驚異的な走り。その余韻がなおも漂うままにレースはスタートのときを迎えた。総合タイム差1分48秒をユンボ・ヴィスマは守れるのか、はたまた追う側のタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)は奇策を打てるのか。
序盤はいつものようにアタックとキャッチの繰り返し。その流れの中で、ポガチャルが前走者の後輪に接触し落車してしまった。不穏な空気が漂う。
これに起因して集団が割れたが、ほどなくして一団に戻る。ポガチャルの左肘と左膝からは血が流れている。
「前を走っていた誰かが急ブレーキをかけたのだと思う。そのはずみで僕のタイヤに当たったんだ」(タデイ・ポガチャル)
最初のカテゴリー山岳であるセジーで18人が抜け出しを図ったが、集団ではリーダーチームのユンボ・ヴィスマがティシュ・ベノートを出してペーシング。一気にペースが上がったことで遅れる選手が出はじめ、やがて逃げていた選手たちを飲み込むことに。マイヨ・アポワを着るジュリオ・チッコーネ(リドル・トレック)が先頭通過し、その後の下りでジュリアン・アラフィリップ(スーダル・クイックステップ)らが前をうかがった。
こうした動きをきっかけに、最大で35人の先頭グループができあがる。その中には、個人総合7位でスタートしたペリョ・ビルバオ(バーレーン・ヴィクトリアス)や同8位のサイモン・イェーツ(チーム ジェイコ・アルウラー)ら上位選手たちも乗った。
彼らとメイン集団とは1分30秒ほどの差でしばし推移するが、ユンボ・ヴィスマもUAEチームエミレーツもアシスト陣を前に送り込んだことで、100km地点を過ぎたあたりから無理に追う気配は見せなくなった。フィニッシュまで50kmを残したところで、タイム差は3分を超えた。
2級の上りを経て、いよいよロズへ。この頃には先頭グループは16人に減り、山岳ポイント収集に努めたチッコーネや、前半果敢に攻めたアラフィリップらは後方へ。タイム差も大きな変動はなく、前を行くメンバーの中からステージ優勝者が出る可能性が高まってきた。
同様にメイン集団も人数が絞られて、残っているのは個人総合上位陣を中心とする精鋭たち。「さあ、ここから!」というところで、衝撃的なシーンを見ることになる。フィニッシュまで16km、ロズの上り途中でポガチャルが遅れ始めたのだ。
「何が起こったのか分からなかった。できうる限りの補給に努めたけど、どうしても身体が受け付けなかったんだ。脚にも力が入らなくなってしまってね……」(ポガチャル)
ズルズルと後退するマイヨ・ブランに対し、マイヨ・ジョーヌは山岳アシストのセップ・クスの牽きに任せ、先頭グループから降りてきたベノートにバトンタッチ。粛々とプランこなしていくユンボ・ヴィスマに対し、UAEチームエミレーツはアダム・イェーツにパリでの総合表彰台を見据えて動くよう無線で指示。スーパーエースを待たずにみずからの成績を追い求めることを許可した。
その頃、先頭では逃げメンバーの構図が崩れて、ガルが独走を始めた。30秒後ろでは、サイモンとラファウ・マイカ(UAEチームエミレーツ)が追うが、ガルの勢いは衰えない。頂上通過後の下りも問題なくこなして、クールシュヴェルのエアポートまでやってきた。追うサイモンもマイカを切り離してガルを目指したけど、その差は縮まらなかった。
フェリックス・ガルがグランツール区間初優勝
最後の急坂を蛇行しつつも何とか上り切ったガルは、一番にクイーンステージのフィニッシュへ。右腕を掲げて勝利を誇示した。
ジュニア時代の2015年に世界の頂点に立ち、2020年にチーム サンウェブ(現チーム ディーエスエム・フェルメニッヒ)でプロデビュー。昨年から現チームで走る。サンウェブ時代はその能力を好んだロマン・バルデがトレーニングに連れていくなど育成を図ったが、「グランツールを走りたい」その一心で、機会を提示した現チームへ移ることを決めた。
だから、フィニッシュの先で待つチームスタッフを見るや、人目をはばからず泣き崩れた。今大会の期間中には、ベン・オコーナーに代わって総合エースにも任命された。一瞬抱いた怖さは、走るうちに“快感”へと変化していくことに気づいた。それでも、勝つイメージはまったく抱いていなかった。
「逃げてはみたけど、ステージ優勝できるなんて感触はどこにもなかったよ。最後までハイペースで押していければ良いことがあるかな……くらいなもの。でも、ベン(オコーナー)が最高のサポートをしてくれて、頂上まで全力で走らなきゃって思ったんだ。チャンスをくれたチームにも感謝しているよ。期待に応えられて本当に良かった!」(ガル)
涙でガルを迎えたGMのヴァンサン・ラヴェニュも愛弟子の大躍進に興奮を隠さない。
「今年初めての涙だよ。正直チームには歯がゆいものを感じたこともあった。でも、すべては今日のためだったんだ。待った甲斐はあったよ。フェリックス(ガル)もベンも、私たちのリーダーなんだ。特にフェリックスについては、レーススケジュールを変更したことが成功へのすべての道筋だったんだ」(ヴァンサン・ラヴェニュ)
シーズンイン当初はジロ・デ・イタリアを予定していたというが、そのままジロを走っていたらまた違ったキャリアを歩むことになっていたかもしれない。ひとつのきっかけが、ツールでの大仕事につながった。
歓喜のガルの後ろでは、ヴィンゲゴーがリード拡大にかけて激走を見せていた。ロズの後半ではもう一人先頭グループから降りてきたウィルコ・ケルデルマンがサポート。コース上で止まってしまった関係車両によって足止めを食ってしまうが(原因を作ったとして、現地放送局でバイクレポーターを務めているトマ・ヴォクレールが次ステージのコース入りを禁じられている)、沿道の観客やモーターバイクの間を縫って再び走り出す。完全に勢いを失ったポガチャルとの差は一層大きくなり、逃げからこぼれてきた選手たちを次々にパスする。頂上を前にビルバオやダヴィド・ゴデュ(グルパマ・エフデジ)を拾い、3人でフィニッシュへ向かった。
レース後に子どもを抱くヴィンゲゴー
「すべてがこんなにうまく運ぶとは思っていなかったよ。どう表現したら良いだろうね。とりあえずホッとしているよ」(ヨナス・ヴィンゲゴー)
マイヨ・ジョーヌを固いものにしたヴィンゲゴーの一方で、ポガチャルはマルク・ソレルに付き添われながら残りの距離を減らす。ようやくフィニッシュにたどり着いたときには、ガルから7分37秒、ヴィンゲゴーから5分40秒経っていた。向こうでは、アダムやマイカらが待ち受け、優しく抱き寄せた。
「キャリアで最もつらい一日だよ。グラノン(マイヨ・ジョーヌをヴィンゲゴーに明け渡した前回大会第11ステージ)とどっちが苦しかったかって? 間違いなく今日だよ。でも最後まで戦わなくてはならなかった。走り切れたのはソレルのおかげだよ。僕たちはやり切ったと胸を張りたい」(ポガチャル)
2人の総合タイム差は7分35秒に広がった。開幕時から異彩を放っていた“2強”の構図は、ここで答えが出たのだろうか。
結論を急ぐ取材陣を、マイヨ・ジョーヌが制する。
「いや、まだ難しいステージが待っているからね。タデイ(ポガチャル)のことだから、彼はきっと何か企てるはずだよ。僕個人としても、集中力を切らさないように心掛けたい。落車だってありうるし、バッドデーにならないとも限らないからね」(ヴィンゲゴー)
慎重さを崩さないヴィンゲゴーとは対照的に、ポガチャルは事実上の白旗宣言と言えようか。
「明日からの2日間で回復させたい。それでどうするかって? チームのために貢献するよ。僕でも、アダムでも、マイカでも、ソレルでも、フェリックス(グロスチャートナー)でも、誰でも良い。とにかくステージ優勝を目指すよ。あとはアダムと総合表彰台に上がることだね。みんなが尽くしてくれたことを、今後は僕がお返しする番だ」(ポガチャル)
予想だにしなかった両者のギャップだが、それが何か新しいドラマを呼び込むかもしれない。彼らが描くストーリーに、新たな章が控えているのかもしれない。
●ステージ優勝 フェリックス・ガル(アージェードゥーゼール・シトロエン チーム)コメント
「もう言葉にならないよ。今年の走りは自分でも信じられないくらいなんだ。ツール・ド・フランスで上位を走れて、クイーンステージを勝てるなんて……最高だよ!
大会の途中にチームリーダーを任されることになったんだ。できる限りのことをしようと、毎日集中して走っているよ。確かに緊張もしたし、ストレスになることもあった。だけど、ここまではとても調子が良いし、3週目に入ってさらに良くなったように思うんだ。
逃げていながら、ステージ優勝争いができるとは考えていなかったね。個人総合の上位選手が逃げに加わっていたので、僕も一緒に行ってみようと思っただけなんだ。一緒に動いてくれたナンス(ペテルス)とベン(オコーナー)は最高の仕事をしてくれたよ。彼らのおかげで急勾配でもトライを続けられた。最後の最後まで追いつかれるのではないかと不安だったけど、どうにか持ちこたえることができたよ。フィニッシュの瞬間? 最高に幸せだったね!
チームには感謝の気持ちでいっぱい。昨年の加入以来、僕にたくさんのチャンスをくれるんだ。彼らの期待に応えられて本当にうれしいよ」
●マイヨ・ジョーヌ ヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)コメント
「こんなにうまくいくとは思っていなかったよ。タデイ(ポガチャル)とは7分以上の差になったけど、彼のことだからきっと何か企てていると思うよ。パリまでは長いし、難しいステージも残っている。最後まで集中力を切らさないよう心掛けるよ。
タデイが落車したとき、僕はすぐ後ろにいたんだ。彼の前で誰かが進路を変えたように見えた。それで車輪がぶつかったんだろうね。その場に居合わせた僕でさえもどうすることもできなかった。すぐに彼を待つ判断をしたけど、あの落車が彼のパフォーマンスに影響したのかどうかは分からない。僕には判断できないよ」
●マイヨ・ブラン タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)コメント
「何が起こったのか分からないんだ。ロズを上る前の段階で完全に体力を消耗しきってしまっていた。しっかり補給を摂らないと、と思っていたけど、身体が思うように受け付けなかった。
落車はただただ不運だった。周りの選手たちが逃げ狙いの動きをしていて、僕の前の選手が急ブレーキをかけたんだ。それで車輪が当たってしまったのだと思う。
とにかく回復を急ぐよ。この2日間で何とかしたい。回復したらどうするかって? チームに貢献できるよう尽力するよ。僕でも、アダム(イェーツ)でも、マイカでも、フェリックス(グロスチャートナー)でも、ソレルでも誰でも良い。チームとしてステージ優勝を狙っていくよ。それに、アダムに総合表彰台の可能性があるんだ。僕は彼と一緒に表彰台に上がりたい。みんなが尽くしてくれたことを、今後は僕がお返しする番だ」
文:福光 俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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