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【ツール・ド・フランス2023 レースレポート:第1ステージ】“兄弟対決”で幕開けの第110回ツール・ド・フランス、軍配はアダムに 「史上最難関の第1ステージ」で総合系ライダーが早くも動き出す
サイクルロードレースレポート by 福光 俊介インタビューで笑顔を見せるアダム・イェーツ(UAEチームエミレーツ)
熱く、美しく、ドラマに満ちた3週間が、今年もやってきた。世界最大のサイクルロードレース、ツール・ド・フランス。熱狂と感動の日々がこれから続こうとしている。われわれはここから、どんな光景を目にするのだろう。寝落ちは厳禁。その一瞬を見逃しただけで、物語の1ピースが欠けてしまう。それくらい、ツールにはわれわれを惹きつける魔力がある。
2023年の開幕は、スペイン・バスク自治州最大の都市ビルバオ。かつては鉄鋼業など産業で栄えたが、1980年代には壊滅的な危機に陥った。それを救ったのが今大会のチームプレゼンテーションが催されたビルバオ・グッゲンハイム美術館の開館であり、メトロなど交通網の整備であった。とりわけメトロやトラムといった公共交通機関は便利で、ビルバオの主要なランドマークは「どれかに乗ればすぐにたどり着ける」というくらい、人々の足として役立っている。
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さて、ツールに話を戻すと、フランス国外での開幕は昨年のデンマーク・コペンハーゲンに続く25回目。ビルバオでは初開幕だが、バスク自治州まで視野を広げると、1992年のサン・セバスティアンまでさかのぼることになる。バスクといえばスペインきっての自転車どころであり、目の肥えたファンでいっぱい。どこか“ツール感”に乏しかった街の雰囲気は、レース当日を迎えるや一変。スタート地点のエスタディオ・サン・マメス周辺は人でごった返し、沿道は身動きが取れないほどの密集状態。レースを控えた選手たちへの歓声は時間とともに大きくなり、人気選手の登場時には地響きを感じるほどの盛況になった。
熱狂の中、レースは始まった。パレード区間を経て、早々と5人の逃げが決まる。ただ、どの選手も脚はフレッシュである。先頭5人とメイン集団との差は1分30秒ほどで推移し、スーダル・クイックステップやユンボ・ヴィスマが睨みを利かせた状態で進んでいった。
メイン集団が加速度を増すきっかけとなったのは、88.2km地点に置かれた中間スプリントポイント。逃げメンバーの通過から約1分差で集団も到達。スプリンター陣の動きを確かめるには最適な場面。ここはマッズ・ピーダスン(リドル・トレック)が先着し、全体の6位通過。状態の良さを示している。
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【ハイライト】ツール・ド・フランス 第1ステージ|Cycle*2023
以降、メイン集団のペースは上がる一方で、逃げる選手たちを捕まえるのは時間の問題。ささやかな抵抗とばかりにシモン・グリエルミ(チーム アルケア・サムシック)やヨナス・グレゴー(ウノエックス・プロサイクリング チーム)がアタックしたが、どれも局面打開には至らない。結局、フィニッシュまで51kmを残したところで集団へと引き戻され、早めのふりだしとなった。
この直後に上り始めた4級山岳コル・ド・モルガでは、マーク・カヴェンディッシュ(アスタナ・カザクスタン チーム)やファビオ・ヤコブセン(スーダル・クイックステップ)ら一部スプリンターが後方へ。彼らの集団復帰の芽を摘むかのごとく、ユンボ・ヴィスマのペーシングは勢いを増す。さらにはUAEチームエミレーツも加勢し、集団は縦長に。続いて上った2級のビベロ坂では、ニールソン・パウレス(EFエデュケーション・イージーポスト)とゲオルク・ツィマーマン(アンテルマルシェ・サーカス・ワンティ)が競って、パウレスが先着。ステージ完了が条件ながら、この日の山岳賞首位が決まった。
緊張が走ったのは、頂上通過後のダウンヒルだった。個人総合優勝候補に挙げられていたリチャル・カラパス(EFエデュケーション・イージーポスト)とエンリク・マス(モビスター チーム)が左コーナーでクラッシュ。カラパスは膝を負傷し、何とかバイクに再乗車したものの集団復帰はできず、15分以上遅れることに。レース後には膝蓋骨の骨折が分かり、第2ステージは出走しないことを表明。マスにいたってはバイクに戻ることができず、まさかの初日リタイア。こちらも肩甲骨の骨折と診断されている。
集団は彼らを待つことはなく、フィニッシュに向けて急ぎ続ける。最後の登坂区間ピケ坂に入ると、主導権をUAEチームエミレーツが掌握。一時的にフェリックス・グロスチャートナーが先行したが、マチュー・ビュルゴドー(トタルエナジーズ)のカウンターアタックをアダム・イェーツが阻止すると、その流れで集団が割れ、前回覇者のヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)と王座奪還を目指すタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)が早くも最前線へ。ここに追随したヴィクトル・ラフェ(コフィディス)が2人に構わずペースアップを図ったが、効果的な動きとまではいかず、頂上通過後の下りで総合系ライダーが続々と合流する。
ゆくゆくマイヨ・ジョーヌ争いを繰り広げるであろうメンツが第1ステージから睨み合いである。さすがに牽制気味になってしまったが、その間隙を縫って前に出たのがアダムだった。
「タデイ(ポガチャル)がアタックできるよう、上りでペースメイクするのが僕の役割だった。彼らが下りで動きを止めていたので再び一緒に走ることになったのだけれど、ならばと試しに前に出てみたら差が広がったんだ。サイモン・イェーツがついてきたから、無線でチームにどうするべきか確認したら、答えは“ゴー”だった」(アダム・イェーツ)
思いがけず訪れた兄弟逃げ。かつては同じチームでエースの座を共有したが、現在は異なる環境でそれぞれ主軸を務める。それでも、兄弟としての絆は強いままだ。
「みんなも知っていると思うけど、サイモンとはとても仲が良いんだ。2人でこんな経験ができる日が来るなんて想像すらしたことがないよ。本当にうれしかった。ただ、今日の彼はとても強くて、僕は何度も振り落とされそうだったよ。ちょっとは手加減してくれても良いのにね(笑)」(アダム)
後ろでは総合系ライダーがひしめく精鋭グループが状況を整えつつあった。ヴィンゲゴー擁するユンボ・ヴィスマがワウト・ファンアールトら数人でペースを作り直している。しかし、イェーツ兄弟の勢いは衰えることなく、15秒ほどのリードを保ったままフィニッシュに向かう上りに突入した。
残り1kmで上り始めると、最後の600mは7%ほどの勾配へ。仲良く逃げ続けた兄弟だったが、フィニッシュ前400mでアダムが踏み込むと、サイモンとの差が徐々に広がっていく。
「脚が攣ってしまったんだ。逃げている間は何度も後ろを振り返って確認したけど、アダムをそのまま逃がそうという雰囲気が伝わってきた。彼との勝負なら、僕でもチャンスがあるのでは…と思ったのだけれど、うまくはいかなかったね」(サイモン・イェーツ)
最後までしっかりペダルを踏み続けたアダムは、ツールでは初めてとなるステージ優勝へまっしぐら。一番にフィニッシュラインを通ると同時に、今大会最初のマイヨ・ジョーヌ着用者となった。
双子の兄弟サイモンを抑えて勝利したアダム
「言葉にならないくらいうれしいよ。マイヨ・ジョーヌを着るのは3年ぶりだ。もちろん素晴らしいことなのだけれど、明日以降は冷静に走ろうと思っている。あくまでチームのエースはタデイだし、僕は彼をサポートする立場なんだ。彼のためにきっと良い仕事ができると確信しているよ」(アダム)
4秒差でフィニッシュしたサイモンに続き、精鋭グループがやってきた。アダムとの差は12秒。ステージ3位争いのスプリントを制したのはポガチャルだ。4秒のボーナスタイムを得ると同時に、チームメートの勝利を両手を挙げて喜んだ。
「自分が勝つよりうれしい気分だよ。彼は今大会、僕のために働くと約束してくれたんだ。そんな仲間が勝って、マイヨ・ジョーヌを着る姿を見られて最高だ。今日のレースで、僕たちの強さと優れた戦術を持ち合わせていることが証明できたね」(タデイ・ポガチャル)
開幕前は、春に負った怪我の影響でベストコンディションにないことを強調していたポガチャル。今大会はアダムとの「共同リーダー」で臨むなんて話もあったが、両者の言葉からして、やはりポガチャルは絶対リーダーのよう。ただ、アダムも個人総合で上位を狙える力の持ち主。両者の強さを生かしながら3週間を戦う…ということなのだろう。ライバルに対し、自分たちのスタンスを強く示すレースになった。このまま、UAEチームエミレーツがプロトンを統率していくのだろうか。
「タデイがボーナスタイムを獲って総合で4秒差がついたけど、それでツールが決まるなんて思っていないよ。今日は大きなクラッシュがあったというし、まずはチームのみんなが安全に走り終えられたことを喜びたい。パリまでは長い道のりだからね」(ヨナス・ヴィンゲゴー)
王者はそう語るが、答えはいずれ分かるだろう。とにかく、3週間の旅の始まりにしては、あまりに激しく、そしてこの先の道のりの険しさを感じずにはいられない大会の初日であったことは確かなのである。
マイヨ・ジョーヌを来たアダム
●ステージ優勝、マイヨ・ジョーヌ アダム・イェーツ(UAEチームエミレーツ)コメント
「サイモンと一緒に逃げる形になって、正直どうするべきか分からなかったんだ。無線でチームに確認をしたら、チームカーもタデイも答えは“ゴー”だった。サイモンとは毎日連絡を取り合っていて、調子が良いことも把握できていた。みんなも知っていると思うけど僕たちはとても仲が良いから、今日のような経験を共有できるのは最高にうれしいよ。今日の彼は本当に強くて、僕は何度も振り切られそうだった。ちょっとは手加減してくれよ…と思ったね(笑)」
●ステージ2位 サイモン・イェーツ(チーム ジェイコ・アルウラー)コメント
「今日のレースは生涯忘れないだろうね。頂上を通過した直後にアダムの様子を見たら、ポガチャルと何か話していて互いにうなずいていたんだ。僕が下りで前に出たら彼が付いてきたから“やっぱり…”と思ったよ。ただ、アダムは迷っていたみたいで、無線でどう走るべきかを確認していた。彼らがどんな会話をしていようと、フィニッシュまでは難しい展開になるだろうと確信したね。
最後は脚が攣ってしまった。いつもならポガチャルやヴィンゲゴーがフィニッシュにかけてスピードアップするところだけど、後ろを確認したらアダムを逃がそうという雰囲気が見て取れたから、彼との勝負なら僕にもチャンスがあるのではないかと思ったのだけれど…。うまくはいかなかったね。」
●ステージ3位 タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)コメント
「チーム全員の勝利だ。シーズンを通してみんな一生懸命やっていて、その成果が今日発揮された。アダムがマイヨ・ジョーヌを着ることもイメージできていたよ。その通りになって本当に良かった。個人的には最後の上りで先頭に出る予定通りの走りができたし、その後にアダムがアタックを成功させたからチームとしても最高のシナリオになった。僕たちのチームが強いことと、優れた戦術を持ち合わせていることを改めて証明できたね」
文:福光 俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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