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【Cycle*2023 パリ〜ルーベ :レビュー】強いだけでは勝つことができない「北の地獄」、一切の不運を拒絶したマチュー・ファンデルプールが初戴冠
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかパリ〜ルーベ表彰台 優勝マチュー・ファンデルプール、2位ヤスペル・フィリプセン、3位ワウト・ファンアールト
これがパリ〜ルーベ。ただ強いだけでは十分ではない。「北の地獄」を真っ先に抜け出し、天国にたどり着くためには、運を味方につけなければならない。2023年の春、この明白にして永遠の真実を、我々は改めて痛感させられた。間違いなく最強の攻撃性を発揮し、なにより一切の不運を拒絶したマチュー・ファンデルプールが、1日の終わりに大きな栄光を手に入れた!
「レース前から繰り返し言っていたように、パリ〜ルーベでは、脚もチャンスも必要だ。そして、今日の僕は、2つとも持っていた」(ファンデルプール)
気持ちよく晴れた復活祭の日曜日、暖かな南風が勇者たちの背中を押した。全長256.6kmの「クラシックの女王」を、その通算54.5kmの石畳路を、プロトンは史上最速46.841kmで駆け抜けた。
とりわけアスファルトの道路を北上する序盤戦で、時速は51kmを軽々超えた。アタック合戦は延々1時間半以上も繰り返された。走行距離が83kmに至るころ、ようやく4人の小さな逃げが許される。全部で29ある石畳セクターの入口までは、すでに14kmほどに迫っていた。
「まるでジュニアのレースみたいだった。信じられないよね。スタートからフィニッシュまで、誰もが全力で走り続けたんだから。クレイジーだったけど、僕にとっては悪くはなかった。だってレースがハードになればなるほど、僕に有利になる」(ファンデルプール)
超がつくほどのハイスピードのまま、プロトンはパヴェへと突っ込んだ。普段は自転車ではなく……トラクターのみが行き交う荒れた北フランスの農道は、容赦なく選手や自転車を痛めつけた。最初のセクター(第29セクター)で早くも、元フランドル覇者のカスパー・アスグリーンがパンクの犠牲に。続くセクターでは泥が集団落車を引き起こす。今シーズンを最後に第一線から退く予定の元ルーベ王者ペーター・サガンも、地面に投げ出され、脳震盪の疑いで即時リタイア。さらには第27セクター突入前のポジション取り真っ最中に、最前列につけていたイネオス・グレナディアーズ2人が転倒し、後方の数人を巻き込んだことも。
J SPORTS サイクルロードレース【公式】|YouTube
【ハイライト】パリ〜ルーベ|Cycle*2023
北の地獄の異名を持つパリ〜ルーベ
その次のセクターから早くも、ファンデルプールが石畳先頭を駆ける姿が見られた。前日の女性版ルーベで、1人残して小集団の全員落車……という驚愕の場面があったからこそなおのこと、「先頭にいなきゃならない」と固く誓ったという。
ただし、最初に攻撃を仕掛けたのは、むしろ長年の宿敵ワウト・ファンアールトの方だった。長めのアスファルト区間で、パンク組が次々と復活を果たし、代わりに新たに5選手が先行を試みた直後だ。そこまで比較的控えめにしていたユンボ・ヴィスマが、残り105km、突如として隊列を組み上げた。そのまま第20セクターに猛然と走り入ると、昨季のE3サクソクラシックや今季ヘント〜ウェヴェルヘムで見事なタッグ力を披露したクリストフ・ラポルトとワウトとで、メイン集団をズタズタに切り裂いた。
すかさず反応できたのは2015年にサンレモ&ルーベを制したジョン・デゲンコルプと、レース後に同じ組み合わせを勝ち取ることになるファンデルプールだけ。シュテファン・キュングも慌てて追い付いた。飛び出したばかりの5選手はあえなく回収され、ローレンス・レックスだけが、大物たちに混ざって最後まで奮闘を続けることとなる。
やっぱり今年も、続くアランベールの一本道こそが、最高にドラマチックだった。大会の母国フランス語でドラマチックとは、「悲劇的な」という意味である。ぎりぎりで逃げ続ける前方では、走りながら前輪が破壊する悲劇あり。必死に追いかける後方集団内では、発煙筒の煙がもうもうと立ちこめる中、この日何度目かの集団落車が悲劇を引き起こした。集団復帰したばかりのアスグリーンや、昨大会覇者のディラン・ファンバーレも、犠牲となった。
こうしてエース格のひとりを失ったユンボは、同じ「5つ星」の荒れた石畳で、ワウト&ラポルトの最強タッグさえも悲劇的に解消させられてしまう。アランベールの森を抜け出した直後だった。ラポルトが一旦停止を余儀なくされてしまったのだ。
荒れた石畳のアランベール
「セクターの最終盤で、不運にもパンクした。前に戻ろうと努力はしたけれど、もはや遠すぎた。間違いなく、そこからレースの流れが変わった」(ラポルト)
ユンボとワウトにとって不幸だったのは、ラポルトの消えた集団に、危険人物が次々と追いついてきたこと。ツール・デ・フランドルで驚異的な持久力を見せたマッズ・ピーダスンがブリッジを成功させ、サンレモでクラシックを走れる脚を証明したフィリッポ・ガンナが数人引き連れて合流した。それも序盤からの逃げも吸収し、13人に膨れ上がった集団には、ヤスペル・フィリプセンとジャンニ・フェルメールスという……マチューの同僚2人が潜り込んでいた!
「難しい状況だった。クリストフの不運は、僕らチームにとっての不幸だった。先頭集団ではアルペシン・ドゥクーニンクがはるかに優勢になったから、僕はできるだけ集団後方に留まったし、チームも賢く動こうと努力した。全然うまくはいかなかったけどね」(ファンアールト)
後方集団に一旦戻ったラポルトは、1週間前にも献身的な仕事をしたナータン・ファンホーイドンクと共に、改めて追走を仕掛けた。すでに1分50秒もの差が開いていた。しかも3月上旬のティレーノ〜アドリアティコや4日前のスヘルデプライスで、マチューのアシストを勝利に結びつけたフィリプセンや、昨秋やはりマチューの後方支援を存分に受け、史上初のグラベル世界チャンピオンに輝いたフェルメールスが、ファンデルプールの側で献身的な仕事を続けていた。ユンボ2人組に追いつかれまいと、他の選手たちも積極的に先頭交替に加わった。
前に追いつく可能性が極めて少ないことは、嫌と言うほど承知していたはずだ。もはやユンボの2人に出来ることは、いわゆる「援護射撃」しか残されていなかった。ラポルト曰く「前にいるワウトがあまり体力を使わずに済むように、後方から少しプレッシャーをかけた」。
それでも第12セクターにたどり着く頃には、約50秒差にまで追い詰めた。ただし、そのタイミングで、マチューが加速を切る。ワウトは自ら穴を埋めざるをえなかった。そして、この誘導作戦をきっかけに、再びタイムは広がっていく。
石畳区間で先頭を走るマッズ・ピーダスン
2つ目の「5つ星」、第11セクターのモン・アン・ペヴェールに入ると、ファンデルプールはさらに2度アタック。集団を7人に絞り込んだ。抜け出したアスファルトゾーンではこの日4度目の加速。ワウトは後輪に即座に張り付き、デゲンコルプ、ピーダスン、ガンナ、キュングもいまだ粘り強くしがみついた。
「ひたすら『ついて行け、ついて行け、ついて行け』って念じ続けた。願わくば、スプリント勝負に持ち込みたかったんだ」(ピーダスン)
だからこそ、その後の石畳セクターでは、ピーダスンが先頭を走る姿が見られた。残り30kmを切った直後にフィリプセンにメカトラがあったせいか、それとも最後の補給や戦術確認に余念がなかったせいか、マチューもしばらくは目立つ動きは見せなかった。もちろん密かにシューズを締め直し、来たるべき時に備えていたし、そんなマチューからワウトは一瞬たりとも目を離さなかった。
走行距離も240kmに近づく頃、この日3つ目にして最後の、「5つ星」が襲いかかる。第4セクターのカルフール・ド・ラルブル。アランベールが鬱蒼とした森に隠された、少々神秘的な聖地ならば、ここはいつだって巨大なパーティー会場だ。ボルテージが完全に振り切れた大量のファンたちの、耳をつんざくような歓声が、身体的に限界に達しつつある選手たちの五感を鈍らせる。
そこまで完璧な協調体制で走ってきたアルペシンでさえも、意思疎通が取れなかった。この地に突入すると同時に先頭を猛烈に引きはじめたフィリプセンが、右脇へと避ける動きと、2段階の加速を試みたマチューの、右側から2回目の加速タイミングが、運悪く重なった。その瞬間にデゲンコルプと接触。34歳ベテランは、地面に放り投げだされてしまった。
「ひどくがっかりしている。これ以上なにも言えない。本当に失望している。これほど最終盤まで勝負に絡めたのは随分久しぶりだったし、フィニッシュ間近で、何だって起こし得たのに」(デゲンコルプ)
フィニッシュ後は泣き崩れたデゲンコルプ
一瞬で夢潰えたデゲンコルプは、集団復帰も叶わず、フィニッシュまで孤独な戦いを余儀なくされた。最終的にマチューから2分35秒遅れの7位で走り終えた。2016年1月の大事故以来の、最高位だった。
接触事故とほぼ同時に、左側から加速を切ったのがワウトだ。鮮やかに先頭へと飛び出した。マチューも当然のように素早く体制を立て直し、軽々と追いついた。過去何度となく繰り広げられてきた一騎打ちが、いよいよ始まろうとしていた。……ところがである!!
「アタックの瞬間まで、僕はすごく調子が良かった。でもカルフール・ド・ラルブルのコーナーを曲がった時、危うく転んでしまうところだった。後輪がパンクしたんだ。瞬時に終わりだと悟った。タイヤ交換で30秒は失ってしまうし、絶好調のマチューとの差を埋めることなんて不可能だから」(ファンアールト)
正確になにが起こったのかは分からなかったが、「なにかが起こったことは分かった」と後の勝者は語る。とにかくそのまま単独で突っ走った。フィニッシュまで15km。ファンデルプールはライバルを全員まとめて背後に置き去りにし、もはやあらゆる不運さえも、振り切ってしまったようだった。手袋無しで、素手で振動を微調整してきた元シクロクロス世界王者は、残り3つの石畳セクターもぎりぎりを攻め続けた。見ているこちらがドキドキさせられるほど。
「正直に言うと、ヒヤリとさせられることなど皆無だったよ。常に制御下にある感覚だった。自分が主導権を握っている時に、僕は怖い思いをするタイプじゃない。前を独走している時だって、きちんとコントロールが効いていた」(ファンデルプール)
残り1.1kmで最後の石畳セクターを抜け出したファンデルプールは、後方に30秒差をつけたまま、満員の屋外自転車競技場へと帰還した。割れんばかりの拍手が鳴り響く中、セメントのバンクで、一周半のウイニングランをたっぷり楽しむ余裕も持てた。最後は周回遅れのファンアールト&フィリプセンの眼の前で、大きく天を仰いだ。
勝負を仕掛け続けたファンデルプール
「なんと言ったらいいのかわからない。ルーベはずっと勝ちたいと願ってきたレースで、それを僕は成功させた。信じられない。しかもサンレモと同じく独走勝利。心からこの快挙を味わいたい」(ファンデルプール)
ファンデルプールは同一年にサンレモ&ルーベを制覇した史上4人目のチャンピオンとなり、またツール・デ・フランドル(2勝)、ミラノ〜サンレモに次ぐ、3種類目のモニュメントを手に入れた。1週前に3種類目を手にしたばかりとタデイ・ポガチャルと、つまり現役最多で並んだ。残すモニュメントはリエージュ〜バストーニュ〜リエージュとイル・ロンバルディアで、それぞれ参加1回ずつで最高位6位と10位。一方のポガチャルはサンレモ最高4位で、ルーベは未体験。
ちなみにパリ〜ルーベは「好きではないけど、勝ちたいレース」だった。祖父レイモン・プリドールは最高5位で、父のアデリ・ファンデルプールは最高3位だから、一家に初めての石畳トロフィーを持ち帰ったことになる。
パンクによるホイール交換後、マチュー以外のライバルたちと合流したファンアールトは、最後まで戦い抜いた。1度目の加速でガンナとキュングを蹴落とし、2度目の加速で、ピーダスンも突き放した。ただフィリプセンだけはどうしても振り払えなかった。しかもシャンゼリゼの大集団スプリントを制したことのある俊足2人の一騎打ちは、2022年覇者フィリプセンに軍配が上がった。ファンアールトは昨年の2位に続き、今年は3位で満足するしかなかった。
またフィリプセンが2位に食い込んだことで、アルペシン・ドゥクーニンクのワンツーフィニッシュが実現した。2019年にドゥクーニンク・クイックステップ(元スーダル・クイックステップ)が表彰台に2人(1位と3位)を送り込んでいるが、同一チームが上位2席を独占するのは2001年大会以来の快挙だった。
「最高のクラシックシーズンを過ごしてきた。毎回、走るたびに、夢が叶った。信じられないよ。今夜はお祝いだね。だって僕らは1日中凄まじい仕事を成し遂げて、フィリプセンと一緒にワンツーフィニッシュを果たしたんだから。こんなことは、もしかしたら、もう2度と訪れないかもしれない」(ファンデルプール)
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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