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【Cycle*2023 パリ〜ルーベ ファム:レビュー】農場育ちからクラシックの女王へ “ノーマーク”アリソン・ジャクソンが116kmを逃げてパリ〜ルーベ ファム第3代優勝者に!
サイクルロードレースレポート by 福光 俊介2023年パリ〜ルーベ ファムの表彰台 優勝アリソン・ジャクソン、2位カティア・ラグーザ、3位マルト・トルイアン
やはりセオリー通りにレースが運ぶことはなかった。有力選手たちがことごとくアクシデントに見舞われ、もはやノートラブルで走り切ることができたのは最前線を走った数人だけではなかったか。30km地点で逃げを打ったメンバーのうちの6人が、猛追するメインプロトンをかわしてルーベのヴェロドロームへと到達。最後はトラックでのスプリント勝負で、34歳のアリソン・ジャクソン(EFエデュケーション・TIBCO-SVB)が勝利。第3代パリ〜ルーベ ファムの女王に就いた。
「私はいつだって自転車のレースが大好き! とても楽しいけど、勝つときほど特別な瞬間はないですね。もちろん私のキャリア最大の勝利であり、夢がかないました……もう最高! カナダのサイクリング界にとっても歴史的なシーンになったと思います」(アリソン・ジャクソン)
彼女にとっては、逃げでレースを進めることは「当たり前の作業」だったという。序盤に逃げを試み、先頭グループでレースを進めることはテレビカメラにも多く映るし、スポンサーアピールには最善の策。とはいえ、レースに勝とうとするならメイン集団に待機して、勝負どころに備えるのがセオリーである。しかし、パリ〜ルーベに限ってはそうとも言えない。
「激しいパヴェを走るレースでは常にトップを走っていることが楽だと思っていましたし、少人数のグループであればポジション争いに気を遣う必要もありません。路面がぬかるんでいたので、クラッシュやパンクのリスクを回避するうえでは逃げることが私にとってベストな手段でした」(ジャクソン)
スタートから30kmを過ぎて18人に膨らんだ先頭グループは、快調に飛ばしてメイン集団に対して6分近いリードを築いた。何より、主要チームの多くがこのグループにメンバーを送り込み、集団コントロールをライバルチームに任せようという思惑が働いていた。
ただ、6分差は想定より大きすぎると感じるチームも多かった。優勝候補筆頭のロッタ・コペッキー擁するチーム SDワークス、過去2回この大会を勝っているトレック・セガフレードともに、逃げにメンバーを1人ずつ送り込んでいながら、タイム差を縮小させるためアシスト陣を稼働させていた。
J SPORTS サイクルロードレース【公式】
【ハイライト】パリ〜ルーベ ファム|Cycle*2023
追走グループに優勝候補が勢揃い
そうして少しずつながらタイムギャップを減らしていたメイン集団だったが、63km地点から断続的にやってくるパヴェセクションに入るや、優勝候補の選手たちを次々に不運が襲った。
まず、マリアンヌ・フォス(ユンボ・ヴィスマ)がメカトラブルでバイク交換。最初のパヴェに向かってスピードが上がる中でのアクシデントで、集団からはるか後ろに置き去りにされてしまった。初開催の2年前はライバルの大逃げを許し2位、前回は新型コロナ陽性でレース当日に撤退と、悔しい思いをしてきたこのレースでまたも受難。前線復帰にかなりの時間と脚を要することになった。
四つ星パヴェのセクター12、オシー=レ=オルシ〜ベルシーではコペッキーが猛然とスピードアップ。これでメイン集団は混乱をきたし、スプリント力では大会ナンバーワンと見られていたエリーザ・バルサモ(トレック・セガフレード)らが落車。
極めつけはセクター9、ポン・ティボー〜エンヌヴランでの大規模クラッシュ。集団先頭でペースを上げていた前回女王エリーザ・ロンゴボルギーニ(トレック・セガフレード)がタイヤを滑らせ落車。後ろにいた選手たちが次々と巻き込まれ、難を逃れたのはロミー・カスパー(AGインシュランス・スーダルクイックステップチーム)ただひとり。きっかけになったロンゴボルギーニはもとより、コペッキーに至っては大勢のライダーの下敷きになり、コース復帰までかなりの時間がかかってしまった。
「最悪のタイミングでのクラッシュでした。あれがあるのとないのとではレース結果はまったく違ったと思います。正直言うと、あの瞬間に戦意を失いました。体も痛かったですしね。でも、メカニックが励ましてくれてもう一度走ろうと気持ちを入れ替えました」(ロッタ・コペッキー)
かたや、先頭では貯金を取り崩しつつもフィニッシュまでの残り距離を着々と減らしていた。パヴェセクションが始まる頃にダニエク・ヘンゲフェルト(チーム ディーエスエム)が単独で先行したが、30kmほど進んで他の逃げメンバーが再合流。そこからは、パヴェ通過ごとに消耗の激しい選手たちを切り離していきながら先を急ぐ。
逃げ切りの可能性にかける先頭グループ
長時間逃げ続けてきた彼女たちの協調体制が乱れてきたのが、フィニッシュまで30kmを切ったあたり。グループを引っ張る選手が限られてきて、ところどころで互いを見合うシーンも目立ち始める。そんな状況を打開しようと一番にアタックしたのはジャクソンだった。五つ星パヴェ、セクター4のカルフール・ド・ラルブルではマルタ・ラフ(セラティジット・WNTプロサイクリングチーム)もスピードを上げた。数十秒後ろでは、何とか落ち着きを取り戻したメイン集団が追撃態勢に入ったが、先頭メンバーも逃げ切りのわずかな可能性にかけて力を振り絞る。
たびたびジャクソンがアタックを試み、数人が先頭交代のローテーションを維持しようと促す。残り10kmとなって、その差は約10秒。ここまで来ると、エースがメイン集団に残っていることや、自らの消耗を理由に先頭交代を拒む選手が出てくることは致し方ない。
残り5km、タイム差は10秒……。
「最後の5kmはかなり追い詰められていました。この段階まで残っていた7人のうち、先頭交代できたのは4人だけでした。しかし、それぞれがとても強く、ハイスピードを保つことができたのです。ヴェロドロームに入る頃には140kmを走ってきたとは思えない、とんでもない速度まで上がっていました」(ジャクソン)
ついに、逃げ切りが見えた。メイン集団でもアタックとキャッチが繰り返される状況になり、スムーズな追走が難しくなっていた。最大18人だった逃げメンバーは、ルーベに到達する頃には7人まで減った。この中から優勝者が生まれる。
トラックレースさながらのポジション争いで、フェムケ・マルクス(チーム SDワークス)が落車。これをかわした6人が一斉に加速する。アウト側から大柄なマリオン・ボラス(サン ミッシェル ・マヴィック・オーベル93)が上がるが、すぐさまジャクソンが番手につくと、最終コーナーを抜けて逆転。そのままトップでフィニッシュラインを通過……歓喜の瞬間が訪れた!
連続してあらわれる石畳区間にはアクシデントとトラブルが潜んでいる
「スプリントは自信がありませんでした。結果的には良いスプリントができたと思います。ただ、パヴェでかなり脚を使っていましたからね……まさか最後にこんな力が出せるとは。実は逃げメンバー間でも、私が一番強いのではないかと言ってくれた選手がいたのです。残りのエネルギーを振り絞ってのスプリント、145kmを走った甲斐がありました!」(ジャクソン)
34歳のジャクソンにとって、パリ〜ルーベが今季初勝利はおろか、キャリア最大のタイトル。ワールドクラスでのキャリアは9年目とベテランの域に入っているが、これまで目立った勝利といえば自国カナダの国内選手権を勝った程度。小さなレースでの勝利はあったけど、パリ〜ルーベ ファムの優勝で一躍“大出世”である。
「私の実家はアルバータ州の農場で、子供の頃は畑の石拾いが日課でした。それが今日につながったのでしょうか、とても大きな石を手にしました……はい、このトロフィーのことです。私の家族はきっと、新しい石のコレクションを愛してくれるはずです」(ジャクソン)
2位にカティア・ラグーザ(リブレーシング・テックファインド)、3位にマルト・トルイアン(フェニックス・ドゥクーニンク)が入り、6位までを逃げメンバーが占めた。
そして、メイン集団は追撃及ばず、ジャクソンから12秒差でフィニッシュ。せめてもと、コペッキーはスプリントをして先着。7位だった。今季、ここまで強さを見せつけてきたチーム SDワークスとしても、コペッキーの代わりに勝負を託したマルクスが最後に落車するなど、悔やんでも悔やみきれないレースになった。
「レースの組み立て自体は悪くなかったのですが、何よりもトラブルが多かったですね。これこそがロードレースなのですが……。チームメートが次々とパンクに見舞われたあたりもレースプランの崩れにつながったと思います。逃げ切りを許した点も含め、私たちの力が足りなかったということですね」(コペッキー)
曇天で乾ききらない石畳区間もいくつかあった
チームとして3連覇を目指したトレック・セガフレードも落車に泣いた。レース途中ではメイン集団をコントロールする場面も多く見られたが、トラブルがすべてを流してしまった。
「逃げのメンバーを聞いたときは、追いつけるだろうという気持ちがありました。しかし、今日の彼女たちはとても強かったです。集団内でもさまざまな思惑が働いていて、レースが進むにつれて私たちが不利な立場になっていくことを実感していました」(エリーザ・ロンゴボルギーニ)
全行程145.5km、このうち29.2kmがパヴェ。まさに“北の地獄”を走り抜き、クラシックの女王へと上り詰めたジャクソン。普段はTikTokでプライベートやダンスを見せるのが大好きだという。ポディウムの一番高いところでも、石のトロフィーとともに踊ってみせた。その姿は、つい数分前まで走っていた道のりが“地獄”だったなんて忘れてしまったかのよう。このレースを勝つことがどれだけ大きな意味を持つか、彼女の底抜けの明るさに見た気がする。
文:福光 俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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