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【Cycle*2022 UCI世界選手権大会 女子エリート ロードレース:レビュー】右肘骨折のファンフルーテンが《地獄》のような1日を乗り越えて前人未到の大偉業達成「おそらく人生最高の勝利です」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか表彰台の中央でメダルにキスするファンフルーテン
金字塔を打ち建てた。7月序盤のイタリアでピンクに、7月末のフランスで黄色に、そして9月序盤のスペインで赤に染まったアネミエク・ファンフルーテンが、オーストラリアでは虹色に輝いた。自身にとってロードと個人タイムトライアルあわせて4枚目のマイヨ・アルカンシェルを持ち帰り、40歳の誕生日の2週間前に、史上最年長の世界選手権ロードレースチャンピオンとなった。
「おそらく人生最高の勝利です。言葉になりませんし、いまだに信じられません。あれは嘘だったのだ、と誰かに言われることをいまだに待っているような気分です。肘を壊して、今日の私は単なるアシストだったのに……こうして世界チャンピオンになったんですから」(ファンフルーテン)
まるで映画のような、奇想天外のストーリー。スペインのマドリードで年間3大ツール制覇を成し遂げた1週間後、オーストラリアのウロンゴンでの個人タイムトライアルは7位と、ファンフルーテンは「忌々しい」思いを噛み締めた。週の半ばの水曜日のミックスリレーは、出走直後にメカトラで激しく落車。「ショック」を受けた。右肘を骨折し、一時はロードレース出場さえ絶望視された。不完全骨折であり、手術の必要がなかったことだけが、不幸中の幸いだった。
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「現実的にならなくてはなりません。スプリントもダンシングも上手くできないんです。だから自分の野望は捨て、チームのために走ります」(ファンフルーテン)
こう宣言したファンフルーテンを待ち構えていたのは、「地獄」のような1日だった。常勝軍団オランダに、この朝、もう1つの苦難が襲いかかったせいでもあった。代表エース格のデミ・フォレリングが、コロナ陽性で出走不能となったのだ。本来ならトリプルエースを擁するドリームチームが、急遽、マリアンヌ・フォスの単独エース制に切り替える必要に迫られた。
ロード・トラック・シクロクロスで通算15もの世界タイトルを誇る女王を、スプリント勝利に導くために、自ずとオレンジ軍団は走り方も変えた。フィニッシュまで124kmも残したケイラ山で、怪我さえなければファンフルーテンが大きな一撃を繰り出す予定だったがーー105kmの独走勝利を決めた2019年ヨークシャー大会の「ヴァージョン2.0」にしたかったそうだーー、むしろオランダ代表は、最後の最後まで守備的な走りを貫くことになる。
それでも、もしもの事態を恐れて、ケイラ山では集団内に緊迫感が充満した。ディフェンディングチャンピオンのスプリンター、エリーザ・バルサモ擁するイタリア代表は隊列を組み上げた。スタート地ヘレンズバラからのライン区間で、グラディス・フェルフルストを単独前方に送り出していたフランス代表からは、下りに転じると同時にマリー・ルネットがブリッジを試みた。
ただ、全長8.7km、最大勾配15%の難所が、勝負を左右することはなかった。下りきった先でエリノア・バックステッド(イギリス)とジュリー・ファンデヴェルデ(ベルギー)、キャロライン・アンデルソン(スウェーデン)が逃げ出すと、メイン集団内にしばし静かな時間が訪れた。午前中の女子ジュニアロードで、2連覇を達成したゾーイ・バックシュテッドの姉を含む3人は、最大1分40秒のリードが許された。
積極策を繰り返すフランスだけは、オード・ビアニックを単独追走に差し向けたが、他の強豪国は後方でのコントロールを好んだ。無数のコーナーと細かいアップダウンが続くウロンゴンの市街地サーキットに入ると、特にイタリアとオーストラリアが先頭で隊列を組んだ。周回の真ん中にそびえ立つ急坂プレザント山では、ドイツやスイス、デンマークも前方で存在感を示した。
オランダも決して要所を外さなかった。3度のプレザント登山を経て、リードを大幅に減らした逃げへ向け、残り58km、エレーナ・チェッキーニ(イタリア)が飛び出すと……エレン・ファンダイクが凄まじい勢いですべてを回収した。6日前の個人タイムトライアルで自身3枚目のアルカンシェルをつかんだ強脚は、ここから先も、幾多の飛び出しを握り潰すことになる。
競合たちが睨み合い、レースには長らく閂がかけられた。その後も単発のアタックがいくつか見られたが、あるときはイタリアが隊列を組んで飲み込み、またあるときはファンダイクが吸収に動いた。それでもプレザント登坂を重ねるたびに、後方から弱者が少しずつ脱落していく。フィニッシュまで残り2周、すでに集団は約50人にまで小さくなっていた。
5回目のプレザント登坂で、とうとう本格的な戦いが勃発した。残り26km、12%超の勾配が続く難ゾーンで、攻撃の口火を切ったのはカタジナ・ニエウィアドマ(ポーランド)だった。リアヌ・リッパート(ドイツ)は素早く張り付くと、自らも加速を畳み掛けた。同朋バルサモが後退した一方で、アッズーリのもう1人のエース、エリーザ・ロンゴボルギーニ(イタリア)はきっちり動いた。セシリーウトラップ・ルドヴィグ(デンマーク)やアシュリー・モールマン(南アフリカ)も流れに乗った。
名だたるパンチャー&クライマーたちの攻撃に、さすがのフォスも力なく振り払われた。ファンフルーテンは追走に動くも、痛めた右肘のせいで、思うような加速ができなかった。フォレリングの不在がこれほど惜しまれた瞬間はなかった。
「サドルから立ち上がることができなかったから、すべてを座ったままこなさなければなりませんでした。おかげで登りでは脚がいっぱいいっぱいになってしまったんです」(ファンフルーテン)
それでもウロンゴンの空に架かった美しい虹は、決してオランダを見捨てなかった。下りを利用して、ファンダイクとフォスが、ファンフルーテンのところまで戻ってきたのだ。ベルギー代表エースのロッタ・コペッキーが、再合流のために勢力的に引いてくれたおかげでもあった。いつしか22人に膨らんだ追走集団内では、ファンダイクと交互に、地元オーストラリア代表アマンダ・スプラットも牽引に尽くした。
むしろ前を行く5人は、まるで足並みが揃わなかった。一時は30秒のリードも奪ったというのに、最終周回に入ると、残り13kmでファンフルーテン集団にとらえられた。
その直後に、マーレン・ローセル(スイス)はカウンターを仕掛けた。いまだにオーストラリア、イタリア、オランダが3人ずつ選手を残していたが、個人タイムトライアル銅メダリストであり、女子ツールの「白い道」ステージで最終23kmをひとりで走りきった独走巧者を、イタリアが責任を持って追走した。さらに最後のプレザント山に入ると、リッパートの加速ひとつで、20秒差は一気に消滅した。
しかも前周回と完全に同じメンバー……つまりリッパート、ロンゴボルギーニ、ニエウィアドマ、ルドヴィグ、モールマンが、坂道であっさり最前列へと躍り出た。間違いなく、この5人こそが、今大会で最も爆発的な上りの脚を持っていた。1周前は協調性に欠けた5人だが、今度ばかりは誰もが先頭を引っ張った。フィニッシュまで残り8km、先頭で山頂を乗り越えると、全速力で下りへと突入した。
その背後では、ファンフルーテンがフォスのためにテンポを刻んだ。しかし、上りの途中でいつしか、後輪からオランダのスプリントエースの姿は消えていた。5人から遅れること約20秒後。山頂に到着した後の世界女王は、ほんの一瞬、ちらりと背後を確認した。そして、そのまま、他の7選手と行動を共にすることに決めた。
追走集団内では、またしてもコペッキーが必死の加速を試みた。ローセルとエリーズ・シャベイの2選手を残すスイスも、勢力的に前を引いたし、スプリント勝負に持ち込みたいアルレニス・シエラ(キューバ)やU23女子チャンピオンの座をかけるニアム・フィッシャーブラック(ニュージーランド)もいつしか牽引作業に加わった、一方のファンフルーテンは最後尾に張り付いているだけで良かった。後方からフォス集団が追いついてくる可能性があることを知っていたからだ。一切引かなかったのは、先行する5人にチームメイトのいるシルヴィア・ペルシコ(イタリア)も同じだった。
「マリアンヌを待っていました。あのグループ内で自分のために走っていなかった選手は、ほぼ私だけでした。でも、そのうち、彼女が追いついては来ないことを悟ったんです」(ファンフルーテン)
残り1.5kmを切り、登り基調の道でシャベイが最後の力を振り絞ると、ついに追走8人は前の5人をとらえた。予感の通り、フォス集団は合流を果たせず仕舞いだったし、相変わらず最後尾につけていたファンフルーテンは、この時、ほんのわずかながら距離を開けられた。万事休す……と、その瞬間だ。下りに転じた道で、最後尾からフルスピードに転じると、残り800m前後でファンフルーテンが鮮やかにライバルたちを抜き去った!
「この肘ではスプリントができないことは分かっていました。だから私がすべき唯一のことは、正しいタイミングを待って、最後尾からのアタックだと感じました。それが私に残された、たった1つのチャンスだったんです」(ファンフルーテン)
奇襲を前に動けなかったのか。他を警戒して動かなかったのか。ライバルたちは誰もすぐには反応しなかった。39歳の大ベテランは無我夢中で加速を続けた。残り300mで、我に返ったかのように、取り残された12人もスプリントを始めた。痛む右肘をかばいながらも、ファンフルーテンを最後はサドルから立ち上がり、鬼気迫る表情でペダルを踏み続けた。
「とにかく粘って、粘って、粘って。スプリンターたちに追い抜かれるだろうと思ってましたが、彼女たちは私をとらえられなかったんです。まるで違う計画を立てて大会に乗り込んできたのに、最終1kmでレースを制すことになるとは!」(ファンフルーテン)
今季すでに2度、ファンフルーテンをスプリントで蹴散らしてきたコッペッキーは、この日は2位でハンドルを叩き、ファンフルーテンと同じように追走集団内で力を温存していたはずのペルシコは、3位で満足するしかなかった。
同じく無線のない東京五輪で、2位でフィニッシュしながらも、前方に逃げ切り選手がいることを知らぬまま両手を挙げたファンフルーテンは、この日はライン上ではウィニングポーズを見せなかった。自らの13秒後にレースを終えたフォスやファンダイクと、フィニッシュエリアで再開すると、ようやく天に両手を思いっきり突き上げた。オランダ女子エリートにとっては2年ぶり史上最多14回目の世界選制覇であり、史上5度目の個人TT&ロードレース同時制覇だった。しかも同時制覇は過去10年間で成し遂げた偉業であり、ファンフルーテン、ファンダイク、フォスの3人がそれぞれ栄光の歴史に貢献してきたことは言うまでもない。
ところで男子自転車界では、ステファン・ロッシュが1987年に史上で唯一成し遂げた「同一年ジロ&ツール&世界選制覇」のことを、「トリプルクラウン」と呼ぶが、2022年のファンフルーテンの「同一年ジロ&ツール&ブエルタ&世界選制覇」は「グランドスラム」とでも言うべきか。とにかく、2023年末で引退を決めている39歳の大ベテランは、現役最後のシーズンを、美しいマイヨ・アルカンシェル姿で走ることになる。
「前回世界チャンピオンになったときは、新型コロナウイルス禍のせいで、レインボージャージ姿でたくさんレースに出場することは叶いませんでした。だから今年取ることが出来て本当に嬉しいですし、これからは虹色で過ごすあらゆる時を楽しんでいきます」(ファンフルーテン)
12位で走り終えた22歳フィッシャーブラックは、女子U23部門では一等賞の成績だった。つまり史上初の女子U23世界チャンピオンの称号を手に入れると同時に、ニュージーランド女子として、初めてロードレースの世界タイトルを勝ち取った。
残り2周回のプレザント山まで先頭集団に留まっていた與那嶺恵理は、最終的に4分50秒遅れの第3集団で29位フィニッシュ。また同日に行われた女子ジュニアでは、メイン集団のスプリントを垣田真穂が制して5位入賞を果たした。日本勢がひと桁台の成績を残すのは、やはり女子ジュニアロードで梶原悠未が2015年大会4位に入って以来となる快挙だ。
【ハイライト】
UCI世界選手権 女子エリート ロードレース|Cycle*2022
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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