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サイクル ロードレース コラム 2022年9月20日

【Cycle*2022 UCI世界選手権大会 男子エリート 個人タイムトライアル:レビュー】ノルウェー国内TTチャンピオンが自身も驚きのアルカンシェル獲得!トビアス・フォス「すべてが終わるまで、信じてなんかいなかった」

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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カメラに向かって喜びを表現するトビアス・フォス

カメラに向かって喜びを表現するトビアス・フォス

大きな衝撃が待っていた。ライバルたちも、本人さえも、予想していなかった結末。ウロンゴンのテクニカルなコースで、名だたる優勝候補たちを蹴散らして、トビアス・フォス(ノルウェー)が男子エリート個人タイムトライアルの世界チャンピオンとなった。

「まるで夢の中にいるような気分だ。信じられないし、あまりに現実離れしている。夢見てた以上の結果だから、まずは全てを現実として理解することから始めなくては」(フォス)

大会前の注目はディフェンディングチャンピオンのフィリッポ・ガンナ(イタリア) vs. ブエルタ総合覇者レムコ・エヴェネプール(ベルギー)であり、欧州選手権の上位2位を独占したシュテファン・ビッセガーとシュテファン・キュングのスイス2人組のはずだった。ところがキツめの上りと多数のコーナーで構成された約17kmの周回コースと、世界選個人TTとしては少々短めな34.2kmという距離設定が、スペシャリストたちを翻弄することになる。

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「ほとんど息をつく暇も、パワーを緩める時間もなかった。まさにオンとオフの切り替えの連続。ひどくテクニカルだったし、コーナーのたびに加速しなければならなかった。すべては地形を上手く利用できたかどうかにかかっていたから、上りのきついパートでは厳しく攻めた。その後の下りだけは、少し脚を緩めて、息がつけたけど」(フォス)

スタートから7.2kmの第1中間計測と、24.5kmの第2中間計測、さらにはフィニッシュラインとで、目まぐるしくタイムや順位が入れ替わわった。序盤から飛ばしすぎたせいで、後半にタイムを失うことになった選手がいた。一方で序盤を控えめに走ったせいで、後半の追い上げが足りなかった選手もいた。例えばビッセガーは、第1中間地点を、全体の15位という慎重すぎるほどの遅いタイムで通過した。1位通過のキュングから23秒以上も遅かった。ところがスピードに乗ったラスト9.7kmだけなら、逆にキュングを9秒も上回り、全体で2番目のタイムを叩き出している。走り終えた時点でビッセガーはホットシートに座ったが、最終的には5位で、初めての世界選表彰台乗りはならなかった。

単純にコーナーの多さにやられた選手もいた。参加選手の中で最年少20歳のマグナス・シェフィールド(アメリカ)は、スタートから24.5kmの第2計測を、全体4位という驚異的なスピードで駆け抜けた。ところが狭いコーナーに全速力で突入し、フェンスに衝突して落車。元ジュニア世界3位は、生まれて初めての世界選エリート個人TTを、17位で締めくくった。

幾多のシフトチェンジを要するコースで、チェーン脱落の悪夢に襲われたのがイーサン・ヘイター(イギリス)だ。24歳の誕生日当日に、絶好調で第1中間計測を3位通過した。しかし残り18.5km地点で事件は起こった。そもそもニューモデルのTTバイクとシフターの相性が良くなかったとのこと。慌ててバイク交換するも、30秒近くを失った。最終的にヘイターは4位で走り終えた。表彰台までの距離はわずか30.79秒だった。

普段の活動場所から遠く離れたオーストラリアでの開催だからこそ、機材不備への対応は難しく、多くの選手たちは長い移動時間や時差に苦しめられた。この10日あまりでヨーロッパ(協定世界時UTC+2)→カナダ(UTC-4)→オーストラリア(UTC+10)と大移動ーーフォスも同じ行程だーーしたタデイ・ポガチャル(スロベニア)は、6位で納得するしかなかった。

ほんの1週間前までスペインでマイヨ・ロホ争奪戦を繰り広げていたエヴェネプールにとってもまた、調整は決して簡単ではなかった。

「ハードな1週間だった。月曜と火曜は自転車に乗れず、水曜日は二日酔いみたいな気分で、つまり週の前半は最悪だった。よく眠れなかったし、しっかり食べられなかったし、本当に奇妙な感覚だった。今日ようやく普通の調子が取り戻せた」(エヴェネプール)

だからこそ赤いヘルメットを装着したブエルタ総合覇者は、自分の走りに関しては満足する。結果は9.16秒足りず、銅メダル。もちろん生まれながらの王者が、勝利以外の結果に、満足することはなかった。なにしろ2019年男子エリート初出場2位、2021年2度目の挑戦で3位に次ぐ、出場3大会連続の敗北だったのだ。

「フィニッシュラインを越えてすぐに、人生最高のタイムトライアルが出来たと確信した。純粋にパフォーマンスの面だけで見れば、喜ばしいこと。でも……もう僕らに、健闘して次点、なんてもの必要ない。ベルギーはそれ以上のものを求めてる。国のためにも、僕のためにも、次は本当にジャージが欲しい」(エヴェネプール)

ちなみにエヴェネプールは、3分前を走るキュングを、つまり2度の中間計測でトップタイムを記録したスイス人を自らの「基準」にして走ったという。これはキュングの側も同じだった。

「スタートリストを見て、こう考えたんだ。『もしもレムコ、ガンナ、ポガチャル、ビッセガーより速ければ、僕の勝ちだ』とね。彼らのタイムを基準に計算して走った」(キュング)

しかもキュングは序盤から飛ばした。同僚ビッセガーが序盤を控えめに走りすぎ、最後に追い上げが足りなかった失敗を、教訓にしたのかもしれない。いや、むしろ、自らが序盤をあまりに抑えすぎて……勝利にたった0.53秒足りなかった欧州選手権のミスを、2度と繰り返したくなかったのかもしれない。最大勾配10%にも至る坂道を、ダンシングスタイルで果敢に攻めた。登りきった先の第1中間地点では、上記のライバルたちをすべて抑えて先頭通過を果たした。エヴェネプールには0.61秒、ガンナには2.38秒ものリードを押し付けた。

「あらゆるリスクを冒した。スタートから全力を尽くしたんだ。もしもうまく行けば万々歳で、うまくいかなきゃしかたない。そんな考えだった。ああすればよかった、こうすればよかった、と後から言うのは難しいね」(キュング)

第2中間計測だってぶっちぎりのトップだった。エヴェネプールに対する余裕は15.50秒に広がった。最終走者ガンナはすでに40秒近くの遅れを喫しており、もはや脅威の対象ではなかった。フィニッシュまで残すは9.7km。……フォスが11.53秒差の2位につけていたけれど、誰もがキュングがほぼ勝ちを入手したと考えた。

「正直に言うと、フォスのことなんて考えてもいなかった。中間通過後にフォスが2位だと無線で言われたけど……誰のことを言っているのかさえよく理解していなかった」(キュング)

風に邪魔された感覚はなかったという。むしろ最後のスピードの出る長めの直線では、追い風が吹いていたそうだ。2017年ツール初日プロローグは5秒差でマイヨ・ジョーヌを逃し、東京五輪はコンマ差で4位に泣き、2連覇で迎えた欧州選手権は2位で……「もはや僅差で2位とか3位とか4位とかは嫌だった」からこそ、キュングはフィニッシュラインまで全力でペダルを踏み続けた。

しかし現実は残酷だ。フィニッシュラインを通過した瞬間、キュングの名前の横には、2.95秒遅れの2位という数字が表示された。8人前に出走していたフォスの、フィニッシュタイム40分02秒78を、上回ることは出来なかった。

「後悔はある。あらゆるところであの3秒を取り戻せたはずだから。それに今日こそは、僕がこの3秒を手にしていても良かったんじゃないのか、って思うんだよ」(キュング)

虹色の女神はフォスに味方した。優勝候補どころか、表彰台候補としてさえ名を挙げられることなく、第4グループの3番目に静かにスタートを切ったノルウェー国内TTチャンピオンは、第1計測は全体で4番目に通過した。東京五輪個人TT金メダリストのチームメートで、つまりこの夏のツール・ド・フランス最終日前日のロングTTやブエルタ・ア・エスパーニャの初日チームTTを制した仲間たちと同じ自転車に乗るユンボ・ヴィスマの一員は、第2計測では、2位に浮上した。上りに強いはずのオールラウンダーは、さらにはラスト9.7kmの下りと直線で、素晴らしいトップスピードに乗った。

「走っている最中に良い感触はあった。脚の調子はすごく良かったし、カナダ連戦で自信もつけていた。とにかくできる限りの全てを尽くしたし、これ以上はないほどの上手い走りができた。でも、すべてが終わるまで、信じてなんかいなかった」(フォス)

ホットシートに座ってからの約15分は、おそらく25年の人生の中で最も長い15分だったに違いない。キュングが2.95秒差で届かず、エヴェネプールも9.16秒差で届かず、そしてディフェンディングチャンピオンのガンナが55.32秒という大きな遅れでレースを締めくくると……とうとうフォスの戴冠が決定した。

アルカンシェルをまとったトビアス・フォス

アルカンシェルをまとったトビアス・フォス

「今日は10位に入っていれば満足と言えたと思うし、トップ5入りも狙ってはいたけど、レインボージャージを着られるなんて本当にスペシャルだ」(フォス)

2020年プロ入りしたフォスにとって、国際レースで初めて手にした勝利だった。しかも2019年のツール・ド・ラヴニールで「総合」を制覇してはいるけれど、実はジュニアからアンダーを通して、国内選手権以外はUCI大会で「1日単位のレース」に勝った経験はゼロ。正真正銘、ノルウェー国外で初めてフィニッシュラインを一等賞で駆け抜けたご褒美は、世界チャンピオンの証アルカンシェルだったのだ!

ノルウェー男子エリートにとっても、世界選個人TTでの優勝は、同種目が1994年大会で採用されて以来史上初の快挙。表彰台のりさえも初めてだ。また素敵な偶然だろうか。オーストラリアが世界選手権を初めて受け入れた2010年大会で、トール・フースホフトがノルウェー人男子エリート選手として初めて、ロードレースのアルカンシェルをまとっている。

史上3人目の3連覇を目指したガンナは、7位でフィニッシュ。10月上旬にアワーレコードの挑戦を控える26歳は、自身4度目世界選男子エリート個人TTを、過去最悪の成績で終えた。

「これほど遠いところまで旅をして、7位で終えたなんて、満足できるはずもない。でも思い通りに脚が動かなかった。朝、目が覚めた時点で、調子は最高ではないことに気がついていた。もちろんがっかりしている。でもレースというのはこんなものさ」(ガンナ)

こうしてトラックでも、個人タイムトライアルでも、世界・欧州・国内とあらゆるタイトルを手にしてきたガンナは、2年間満喫した虹色ジャージを脱ぎ、イタリア国内TTチャンピオンジャージに着替える。次にアルカンシェルを取り戻すチャンスは12ヶ月後……ではなく、11ヶ月後。だって2023年の世界選手権は、真夏の8月上旬に開催なのだ!

文:宮本あさか

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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