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【Cycle*2022 ブエルタ・ア・エスパーニャ レースレポート:第16ステージ】波乱の最終局面を制したピーダスンが仲間に捧げる勝利「これはアレックス・キルシュと赤ちゃんのためにある瞬間だ」
サイクルロードレースレポート by 福光 俊介今大会2勝目を掴んだマッズ・ピーダスン
サイクルロードレースの神様が存在するなら、どれだけの試練を与えれば気が済むというのだろう。運、ツキ…そしてレースの流れそのものはいま、誰に向いているのだろうか。カオスである。
ブエルタ2022は第3週へ。泣いても笑っても、最後の1週間である。その皮切りとなった第16ステージは、189.4kmの平坦路。とはいっても、大集団スプリントとはならず、フィニッシュ直前の上りで飛び出した5人…いや、4人が逃げ切り。偶然か必然か、その4人いずれもがスプリンター系の選手なのだから、改めて今大会ナンバーワンのスピードマンを決める重要なステージになったといえよう。トップだったのはやはりこの男、マイヨ・ベルデ争いで独走状態にあるマッズ・ピーダスン(トレック・セガフレード)だった。
J SPORTS オンデマンド番組情報
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Cycle*2022 ツール・ド・フランス 21日間の裏側 #10
配信期間 : 2022年9月7日午後10:35 ~ 2022年9月7日午後10:50
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Cycle*2022 ブエルタ・ア・エスパーニャ 第17ステージ
配信期間 : 2022年9月7日午後10:50 ~ 2022年9月7日深夜2:30
「このステージはねらい目だと思っていたんだ。チームメートは僕のために全力を尽くしてくれた。(パスカル)アッカーマンの存在は怖かったけど、勝ち切ることができて本当に良かったよ」(マッズ・ピーダスン)
16世紀に活躍したバスク人冒険家、フアン・セバスティアン・エルカーノが3年に及ぶ世界一周を終えて帰港したのが、このステージのスタート地であるサンルカル・デ・バラメダだった。彼の偉業からちょうど500年のこの日、街は大会最終週の“船出”をするプロトンを見送った。
レースは序盤から「移動ステージ」そのものだった。スタートして早々に飛び出したアンデル・オカミカ(ブルゴス・BH)とルイス・マテ(エウスカルテル・エウスカディ)は、勝ち目のない逃げであることは脇において、それぞれに目的を果たしていた。オカミカはこれで今大会4回目の逃げだし、マテは「1km逃げるごとに木を1本、シエラ・ベルメハに植樹する」ミッションを粛々と進めている。
最大で4分あったタイム差は、メイン集団の徹底したコントロールによって少しずつ縮まっていく。集団は急いで捕まえる必要はないから、前を射程圏に捉えながらも全体的にはリラックスムード。道の半ばでは、個人総合争いの主役であるレムコ・エヴェネプール(クイックステップ・アルファヴィニル)やプリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)が周囲の選手たちと談笑する姿も見られた。
フィニッシュまで50kmを切って追走を本格化させた集団は、残り35kmでちょうど1分、同じく20kmで35秒、そして最後の15kmを切ったところで労せず2人をキャッチ。この直後にはイバイ・アスラメンディ(エウスカルテル・エウスカディ)がささやかな抵抗に出たが、集団にとってはノーダメージ。やがて、アルペシン・フェニックス、イネオス・グレナディアーズ、クイックステップ・アルファヴィニルといったチームが主導権を奪い合いながら、レース最終盤へと移っていった。
こうした中、第11ステージに続く2勝目を目指したカーデン・グローブスがパンクで後退。プロトンのペースが猛然と上がっていたタイミングだったこともあり、ここからの再浮上は不可能に。
残り5kmではユンボ・ヴィスマが前線へ。アシスト陣はログリッチを前が見える位置へと引き上げる。そのまま、上り基調となる最後の4.5kmへ。主導権争いが混沌とする中、残り3kmで状勢は突如カオスとなる。
10%超の急勾配に差し掛かったところでアタックしたのはログリッチ。一気の飛び出しによって、プロトン前方は混乱した。バタつく集団を尻目に加速するログリッチの後ろには、この動きを読み切っていたパスカル・アッカーマン(UAEチームエミレーツ)がピッタリと着く。
一方、後方ではマイヨ・ロホが手を挙げてチームカーを呼んでいた。エヴェネプールはログリッチを追える状態にはなく、後輪のパンクで身動きが取れなくなっていたのだ。ひとまずバイクを交換して再出発したが、「フィニッシュ前3km以内でトラブルに見舞われた選手は、元居た集団と同タイムフィニッシュ扱いとする」救済措置を当てに、ゆっくりとフィニッシュへと向かう。
スタート時の総合タイム差1分34秒を少しでも縮めるべく、ログリッチは先を急ぐ。スプリントになればアッカーマンに先を行かれることは確定的だが、そんなことは関係ない。目的はエヴェネプールからどれだけタイムを取り戻せるかだ。集団から抜け出すことに成功したピーダスン、ダニー・ファンポッペル(ボーラ・ハンスグローエ)、フレッド・ライト(バーレーン・ヴィクトリアス)が残り2kmで追いついたが、それでもログリッチの目指すものは変わらない。
ログリッチに追随するスプリンター系の選手たちにとっては、マイヨ・ロホにフォーカスする彼の引きに助けられる形で、メイン集団の猛追をかわせる状況が整った。あとはフィニッシュ前の勝負に集中すれば良い。
連続するラウンドアバウトを抜け、残り300mでいよいよ最後の直線。スプリントはあきらめて同タイムでフィニッシュすることにシフトしたログリッチがラインを開けると、ステージ優勝をかけた勝負が始まった。
ログリッチの背後についていたピーダスンが流れのままスプリントを開始すると、徹底的にマークしていたアッカーマンやファンポッペル、ライトを振り切ってフィニッシュラインへとまっしぐら。第13ステージで勝った時と同様に、高らかに両手を突き上げて一番であることを誇示してみせた。
勝ったピーダスンはマイヨ・ベルデ争いで2位以下を大きく引き離しているが、今大会初勝利を挙げた4日前には「まだまだ勝ちにいく」と宣言。最終目的地・マドリードでこのジャージを着ることにフォーカスしていることは確かだが、もう1つ彼には大きな目的があった。
「このステージを勝つとアレックス・キルシュに約束していたんだ。昨日、彼に新しい家族ができたんだ。元気な女の子だって! 彼はいまブエルタを走っているから出産に立ち会えなかったんだ。彼と、そしてひとりで出産に臨んだ奥さんに、どうしても勝利をプレゼントしたかった。彼らの存在が僕にとって大きなエネルギーになったよ」(ピーダスン)
フィニッシュ直前に落車したログリッチ
ハッピーなステージ優勝者の後方では、またもビッグトラブルが発生していた。ピーダスンが勝利を決めたスプリントで、ログリッチがライトと接触しバランスを失ってそのまま地面に叩きつけられてしまった。最後の直線に入ったところでラインを他選手に譲り、自身は彼らのスリップストリームに入ろうと進路を変えていたタイミングだった。救済措置が適用され、ピーダスンらと同タイムでのフィニッシュ扱いになったが、問題はそこではない。右半身を中心に、複数箇所に大きな傷を負ってしまったのだ。とりわけ、右肘からの出血はかなりのものである。
「残り3kmでアタックすることはプリモシュ(ログリッチ)と話し合って決めていた。実際にも予定通りの走りができていたよ。すべてが完璧だった…最後の直線まではね。落車については何が起きたのか分からない。説明のしようがないよ。それよりも怪我の具合を見ていかないといけない」(ユンボ・ヴィスマ スポーツディレクター、アディ・エンゲルス)
接触したライトがスプリントラインを変えていたのであれば問題となる事案だが、今回はそうではないため、ペナルティは発生しない。もっとも、ライト自身は困惑しきっている。
「最後の直線は確かにログリッチにブロックされたような感じになったけど、正直に言うとスプリントが始まった時点で僕に勝ち目がなかった。かなり脚にきていたんだ。無理して前をこじ開けようなんて余裕もなかった。それだけに、ログリッチと僕に何が起きたのか分からないんだ。タイミング悪く起こってしまった出来事だと捉えるしかない。まったくもって意図的ではないし、何より彼がレースを続けられることを祈っているよ」(フレッド・ライト)
結局というべきか何というべきか。ピーダスンの歓喜、そしてログリッチの悲劇から3分以上遅れて“現場”へとやってきたエヴェネプールは、しばらくしてトップから8秒遅れのグループでのフィニッシュ扱いに決まった。それがそのまま、ログリッチに奪われたタイムということになる。パンクによる影響は、最小限で済んだ。いや、ログリッチの負傷を思えば、体には何のダメージもないエヴェネプールの方が被害は少なかったと言っても良いほどである。
パンクの影響で少しだけタイムを失ったレムコ・エヴェネプール
「昨日(休息日)このコースを試走して、最後の数キロに恐怖を感じていたんだ。無理はしないと決めていて、実際に集団の後ろに下がっていた。上りに入ってから集団内のポジションを上げようと思っていたけど、パンクしてしまってそれはできなかった。3kmルールには助けられたよ。そうじゃなかったらタイムを大きく失っていたからね。ログリッチについてはフィニッシュしてからすべてを把握したけど、レースを続けられることを願っているよ。今日、彼は勝ちにいっていたと思うけど、気持ちを切り替えて明日のステージを走ってほしいね」(レムコ・エヴェネプール)
大波乱となった大会第3週初日。これは嵐の前触れなのか、ただただ慌ただしい1日に過ぎなかったのか…。その答えは、次以降のステージで分かる。
文:福光俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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