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【ジロ・デ・イタリア2022 レースレポート:第8ステージ】逃げの芸術家トーマス・デヘントが仲間との誓いを果たして1年2ヶ月ぶりの白星「僕にはいまだ勝てる脚があるという証明になった」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか勝利したトーマス・デヘント
逃げを引き、逃げを分割し、さらに逃げを引き。惜しみなく脚を使った挙げ句に、最後は自らが勝利を射止めた。プロトンが誇る逃げの芸術家トーマス・デヘントが、プロ人生17番目の傑作を、ナポリで描き上げた。逃げに滑り込んだギヨーム・マルタンが総合4位へと浮上し、総合2位レナード・ケムナは直接バトルで揺さぶりをかけてくるも、フアン・ロペスは決してマリア・ローザを手放さなかった。
「勝つのが年々難しくなっていると感じていた。逃げに乗ることさえ難しくなっていた。今シーズン逃げたのは、今日でたったの3度目だ。特に若くて強い選手がたくさん出てきたからね。だからこそ今日の勝利は感動的で、僕にはいまだ勝てる脚があるという証明になった」(デヘント)
いわゆる選手権風。不規則ながら周回コースで、うんざりするほど起伏と曲がり角が連なる、極めてテクニカルなステージだった。153km先にはフィニッシュラインとなる……スタートラインから、全員一斉にヨーイドンで走り出すと、次々とアタックが乱れ飛んだ。
誰もが予想していたとおりに、マチュー・ファンデルプールが戦いを加熱させた。「僕らチームに大きな逃げをコントロールする力はない」と出走前に語っていたが、ならば自分が前に行くだけ。しかもシクロクロス元世界王者は、スタートダッシュには慣れている。猛然とアタック合戦に加わると、いきなりとてつもない加速を切る。たった7kmしか走っていないというのに、独走態勢へと持ち込んでしまった!
いきなり置き去りにされた選手たちは、慌ててファンデルプールを追いかけた。タイミング悪くフアン「フアンペ」ロペスが集団背後に下がっていたせいもあり、メインプロトンは逃げを許容するしか選択肢はなかった。
8kmほど先で、20人が無事にファンデルプールに合流し、大きな逃げ集団を作り上げた。14チームが前に並び、うち6チームが複数選手を送り込んだ。中でもロット・スーダルは、逃げを潰すつもりが……デヘントにシルヴァン・モニケ、ハルム・ファンハウケの3人が揃ってしまった!
「今日はスプリントの日だと考えていたんだ。地形図を見た感じでは、こんな展開になるとは予想もしていなかった。たしかにデコボコには見えたけど、ここまでとは思ってなかった」(デヘント)
先頭を走るマチュー・ファンデルプール
今大会ファンデルプールから決して目を離さないビニヤム・ギルマイは、ためらわず前集団へ飛び乗り、ワウト・プールスは2日連続で逃げだした。
逃げ集団にとっても、後方集団にとっても、決して歓迎できない選手も1人混ざっていた。昨季2つのグランツールで総合トップ10入を果たしているギヨーム・マルタンだ。このジロにも当然、総合ひと桁台を争うためにやって来た。大会4日目のエトナ登坂でタイムを失ったとはいえ、総合ではいまだ首位から4分06秒遅れでしかなかった(サイモン・イェーツから2分24秒差)。
「逃げに乗る予定などなかった。プロトン最後尾からスタートを切ったほどだからね。でも加速合戦が始まって、本能的に飛び乗った。なにかを感じたんだ。最初のうちは『自分は馬鹿なことをしでかしてしまったのではないか』と悩んだよ。でも前にいたせいで、位置取りや落車にストレスを感じることもなくて、結局のところ悪くはなかった」(マルタン)
マリア・ローザ擁するトレック・セガフレードは、監視役にマティアス・スケルモースを前にきっちり送り込んみ、後方プロトンでもすぐに隊列を組んだ。加速と減速が延々と繰り返される難しいコースにも関わらず、タイム差をできる限り最小限に抑え続けた。最大でも3分半程度しかマルタンには許さず、「暫定首位」の座にさえつかせなかった。
おかげで前方の21人は、それほどの余裕を与えられなかったし、完璧な共闘態勢が取れていたわけでもなかった。デヘントの無言の圧力ーー逃げ直後に加速を切り、残りの選手に先頭交代をうながしたーーで、しばらくは誰もが真面目に先頭交代に加わった。しかし残り60kmで早々とファンデルプールが加速を試みると、途端に誰もが疑心暗鬼になった。
「いつもの逃げなら誰もが僕の動きを警戒して、僕の後輪に20人が連なるものだけど、今日はみんながファンデルプールやギルマイの動向を伺っていた。だから僕らチームは、それを上手く利用したんだ」(デヘント)
上りを利用して、残り46km、再びファンデルプールが逃げ集団に猛加速を強いた。すぐさま反応できたのはギルマイとマウロ・シュミット、プールスだけ。ところが4人は上手く協調が取れない。そのうちに後方から、少しずつ、ライバルたちが戻ってくる。
再び先頭グループが15人に膨らんだタイミングだった。残り43km、ダヴィデ・ガッブロがするするっと前方へと抜け出した。このタイミングを見逃さなかった。シモーネ・ラヴァネッリとホルヘ・アルカス、さらにはロットの2人組、デヘントとファンハウケがすかさず後に続いた。しかも飛び出した直後から、デヘントは今まで以上に猛烈な牽引を開始した。
一方で後ろに取り残されたライバルたちは、デヘントの思惑通り、動きが取れなくなった。ただ顔を見合わせているだけ。もしくはファンデルプールやギルマイを一緒に連れていくことを恐れて、猛烈に突進しては、すぐに踏み止めたり。ファンデルプール自身が加速しても、やはりイタチごっこの繰り返し。そのうち、前の5人のリードは、40秒にまで開いてしまう。
ようやく事の重大さに気づいた後方たちは、遅ればせながら協力し始めた。残り27kmのシュミットの大きな加速をきっかけに、ファンデルプール、ギルマイ、プールス、マルタンの5人に絞り込まれた第2集団は、その後せっせと先頭交代に打ち込んだ。ラヴァネッリが後退したことで4人になった第1集団だって、デヘントの主導の元、決して共闘態勢を崩さなかった。起伏やカーブでタイム差はヨーヨーのように伸び縮みしたが、残り10kmまで来ても、差は40秒のままだった。
そこから始まる今ステージ最後の上り坂で、デヘントは猛烈に踏み続けた。共に逃げた後輩のファンハウケを、前方へと飛び立たせるためだった。しかし残り7km、上りのてっぺんに来ても、攻撃は出せなかった。後続は山岳巧者マルタンの献身もあり、ついに差を20秒にまで縮めた。
「ファンハウケから、もはやアタックする脚はない、と告げられたんだ。だから僕は彼に言った。ラスト3kmを全力で走ってくれ。そしたら僕が確実にスプリントで勝つ。確実に、と。そして彼は死にものぐるいで引いてくれた。残り300mまで、完璧な仕事をしてくれた」(デヘント)
残り3kmで差は15秒。テクニカルな下りを利用して、ファンデルプールとギルマイは猛然と追い上げた。それでも前方のファンハウケは、「デヘントの言葉を信頼して」、夢中で引き続けた。
喜びを爆発させるデヘント
残り1kmで10秒差。2019年ツールでも猛烈な追い上げを振り切って……いや、むしろ、2011年パリ〜ニースで0秒差の逃げ切り勝利を果たし世界中に自らの名を知らしめたデヘントは、後続の存在に集中力をかき乱されることはなかった。もちろん、「確実に」の言葉を、裏切らなかった。冷静に、力強く、スプリント勝利をもぎ取った。
デヘントにとっては1年2ヶ月ぶりの白星であり、ジロにおける10年ぶり2度目のステージ勝利。2012年は濃霧のステルヴィオ山頂まで単独で逃げ切り、総合3位に駆け上がる衝撃を演出した。今年は、初夏の陽気につつまれたナポリの海辺で、自称「大方の予想とは違う勝者」となった。
大方の予想で優勝候補に上げられ、多くの選手から厳しいマークを受け続けたファンデルプールは、15秒遅れの7位で1日を終えた。同時フィニッシュのギルマイは、スプリントで5位確保。第1中間ポイントでも先頭通過を果たし、マイヨ・チクラミーノ用に26ポイントを積み重ねた。またここまで8日間走り、区間トップ5入りは5回目と、驚異的な安定性を披露し続けている。
マルタンは33秒遅れでフィニッシュ。3分33秒遅れのメイン集団から、まんまと3分を回収した。総合では1分06秒差の4位にジャンプアップ。イェーツ(1分42秒差)を総合5位に押しやり、総合争いに名乗りをあげるエースたちの中でトップに立った。
つまり大方の総合勢は1つずつ順位を下げただけで、マルタンを除く互いのタイム差に変化はなかった。4賞ジャージも一切の変動はなく、マリア・ローザはフアン・ロペスが再び身にまとった。
チームメートたちが勢力的に集団制御に努めてくれたのと同時に、フアンペ自らも完璧な守備を披露した。残り9km、総合2位レナード・ケムナが猛烈な加速で飛び出すと、ためらわず後輪に飛び乗り、集団内へと引きずり戻した。こうしてピンク色の4日目を無事に終え、2022年ジロ前半戦の天王山、ブロックハウス山頂フィニッシュへと総合首位で挑みかかる。
「これまでと変わらず、明日も、100%を尽くす。もしもレース後にジャージを守れていたら、僕はハッピーだ。でも、たとえ失ったとしても、僕はハッピーだ。とにかく道の上ですべてをつくすだけ」(ロペス)
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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