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【Cycle*2022 ラ・フレーシュ・ワロンヌ:レビュー】“激坂の女神”のハートを射止めたのは30歳トゥーンス!王様バルベルデは笑顔でユイの壁に別れ
サイクルロードレースレポート by 福光 俊介力強い登坂で最終盤に抜け出し優勝したディラン・トゥーンス
「激坂一本勝負」この言葉はどのレースを表していますか?
もし、こんなクイズ問題が出題されたら、サイクルロードレースを知る人であれば確実に正解を導き出せるだろう。そう、答えは「ラ・フレーシュ・ワロンヌ!」。
200km走ってきて、そのすべてが激坂・ユイの壁(ミュール・ド・ユイ)に集約される。今年であれば、3回のユイ登坂を含めて11カ所の上りが設定されていたが、そのうちの10カ所は「前座」でしかない。それはときに集団を活性化させ、数人の飛び出しがあったとしても、結局は11番目の上りである登坂3回目のユイの壁で何もかもが決する。
86回目を迎えたラ・フレーシュ・ワロンヌ。日本語に訳すと「ワロンを貫く矢」。選手たちの走るルートをなぞっていくと、その名の通り矢の形になるのが大きな特徴だ。ブレニーの街をスタートし、しばしワンウェイルートを走ったのち、ユイを基点とする31.2kmの周回コースをおおよそ2周半走る。
ハイライトとなるユイの壁は、公式発表では登坂距離1.3kmで平均勾配9.6%。実際のところはフィニッシュ前1kmのフラムルージュを通過してからが“本番”で、中腹で最大勾配19%に達する。その中央部ともいえる「クロード・クリケリオンコーナー」は局所的に26%にも、29%にも達するとされる。例年、このコーナーの通過を合図にフィニッシュまでの激坂アタックが始まる。距離にして約400m。ここで起きる数秒のために、選手たちは集団内でのポジショニングやアタックするタイミングに気を遣うのだ。
何度も言うが、3回目のユイ登坂までは「前座」なのだ。10人が逃げ、メイン集団との差が3分15秒まで開こうとも、小説でいえばまえがきでしかない。ただ、作者はところどころでストーリーにアクセントを加えた。有力視されていた選手のうち、トーマス・ピドコック(イネオス・グレナディアーズ)が1回目のユイ登坂で遅れ、ヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)も2回目のコート・ド・シュラーブで傾斜に耐えられず後方へと姿を消した。のちにディラン・トゥーンスの走りに歓喜するバーレーン・ヴィクトリアスが風を利用して集団を動かしてみたり、サイモン・カー(EFエデュケーション・イージーポスト)がアタックして逃げグループへ飛び込んでみたり、といったシーンも書き加えられた。
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【ハイライト】 ラ・フレーシュ・ワロンヌ|Cycle*2022
残り9kmで逃げメンバーが全員捕まった時には、物語の読者…いや、レース観戦者のほぼすべてが定石通りの展開となって、胸をなでおろしたことだろう。その2km先ではコフィディスの奇襲でレミ・ロシャスが発射され、さらにマウリ・ファンセヴェナント(クイックステップ・アルファヴィニル)とセーアン・クラーウアナスン(チーム ディーエスエム)が追随したが、3回目のユイを残した状態で逃げ切ろうというのはさすがに無謀。彼らを逃げ切らせるほど、作者はひねくれ者ではなかった。
こうしてフレーシュらしさをまといながら、3回目のユイの壁へと飛び込んだプロトン。いよいよ、真の勝負のときである。
上りの入口から攻めたのは、モビスター チーム、イネオス・グレナディアーズ、バーレーン・ヴィクトリアスの3チーム。そこに前回覇者のジュリアン・アラフィリップ(クイックステップ・アルファヴィニル)や、初優勝を目指すタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)らも続く。さらに、26%ポイントを前に先頭に出たのはエンリク・マス(モビスター チーム)。スペインが誇るグランツールレーサーに今回課されたミッションはただ1つ、アレハンドロ・バルベルデを引き上げて好位置から発射すること。
ユイの壁で苦悶の表情を浮かべる前回大会王者アラフィリプ
これを忠実に果たしたマスは、残り250mでバルベルデを先頭へと送り出す。この動きを待っていたかのようにアレクサンドル・ウラソフ(ボーラ・ハンスグローエ)が並びかけると、両者の間を縫うようにして加速したのはトゥーンス。反対に、このレースでも強さを見せると予想されていたポガチャルは急激に失速。その番手につけていたアラフィリップは、ポガチャルが作った中切れによって前の3人を急いで追わないといけない事態に陥った。
俄然優位に立った前の3選手。ウラソフが苦しくなると、トゥーンスとバルベルデのマッチアップへ。仕掛けどころを探っていたかに見えたバルベルデだったが、トゥーンスに並びかけるのが精いっぱい。残り100mでもう一段ギアを上げたトゥーンスが、最後まで力強い踏み込みで真っ先にユイの頂上へと到達してみせた。
トゥーンスが勝負に出た瞬間のバルベルデとウラソフの間を衝くアタック。それはまるで、ユイの頂上へと矢を放ったかのごとく。“激坂の女神”がユイの頂上にいるとするなら、そのハートを射止めたかのように。一瞬のひらめきと勘から放たれた1本の矢が、的のど真ん中に命中したのだった。
「とにかく良いポジションでユイの上りに入ることに集中していた。すべてがきれいに収まって、あとはバルベルデの加速に合わせるだけだった」(ディラン・トゥーンス)
勝利の伏線は確かにあった。ロンド・ファン・フラーンデレン6位、アムステル・ゴールドレース10位と、直近のビッグレースをしっかりまとめていた。2月上旬にシーズンインした直後に新型コロナウイルスに感染し、その後のPCR検査では陽性続き。戦線復帰に時間を要し、戻ってきたのが3月下旬のボルタ・ア・カタルーニャだった。個人総合12位として手ごたえをつかむと、上々のコンディションでクラシックへ。「感染後に焦らなかったことが、いまにつながっている。この優勝で証明された」と胸を張った。
今季限りでの引退を表明し、これが“ラストユイの壁”だったバルベルデは2位。41歳にしてのこの走りは、大いに殊勲といえるだろう。自身が持つ最多優勝記録(5回)の更新はならなかったが、顔には充足感があふれる。
最後の《ユイの壁》を2位でフィニッシュしたバルベルデ
「これ以上の走りはできなかったよ。今日はトゥーンスが一番強かったんだ。これまで走ってきたユイの壁の中でも、一番速く上ったのではないかと思う。それに適応できたことでもう十分だよ」(アレハンドロ・バルベルデ)
それを聞いたトゥーンスは5年前を思い返していた。「あの時はバルベルデが勝って、僕は3位。アタックにまったくついていけなかったんだ。今日は僕が勝ったけど、まだまだ彼には及ばない。彼こそが“ユイの王さま”なんだ」。
互いをリスペクトしあった新旧王者。ラ・フレーシュ・ワロンヌの歴史がまた1つ、新しいページを開いた瞬間でもあった。
舞台をベルギー南部・ワロン地域へと移しているクラシックレースは、残すところリエージュ~バストーニュ~リエージュだけになった。ユイでは連覇ならず4位に終わったアラフィリップも、同様に12位に沈んだポガチャルも、いま一度修正して臨むだろうし、パリ~ルーベでアシスト宣言から2位に食い込んでみせたワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)もリエージュへと乗り込むことが決まった。もちろん、ラ・フレーシュ・ワロンヌの表彰台を占めた3人は優勝候補に名を連ねる。丘陵地帯を行く257.1kmの戦いは、4月24日に開催される。
文:福光 俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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