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【Cycle*2022 パリ~ルーベ:レビュー】イネオス13年目の悲願 ファンバーレが史上最速パヴェ決戦を制する
サイクルロードレースレポート by 辻 啓表彰台の中央で笑顔を見せるディラン・ファンバーレ
半年前の泥濘とは打って変わって、砂塵に包まれた『北の地獄』ことパリ〜ルーベ。歴代最速となる平均スピード45.8km/hという超高速レースの末に、残り19kmを独走したディラン・ファンバーレがモニュメント初制覇を果たした。イネオス・グレナディアーズのパリ〜ルーベ制覇はチーム創設13年目の悲願。
一般的に、機材の進化によってロードレースのスピードは上昇傾向にあるが、今年のパリ〜ルーベで最速記録が誕生した要因はいくつかある。一つは、異例の秋開催となった196日前の2021年大会とは違って快晴&ドライな状況で開催されたこと。もう一つは、ルーベに向かって北上するコースに南東からの風が吹いていたこと。そしてもう一つは、その斜め後ろからの風を利用してレース序盤から集団分裂作戦が敢行されたこと。フランス大統領選挙の影響で開催が1週間遅らされた影響もあって、振動吸収に特化したセッティングのパヴェ仕様バイクにまたがる175名の選手たちを気温20度の晩春の暖かさが包み込んだ。
後に「あらかじめ作戦を立てていたわけではない」と証言されているイネオス・グレナディアーズの横風集団分断作戦がレース前半の大きなトピック。フィニッシュまでまだ210kmを残した吹きっさらし区間で、突如イギリスチームがペースを上げると見事にメイン集団は2つに分断され、初出場の新城幸也が先頭集団に残った一方で、約100人の脱落集団の中にマチュー・ファンデルプールやワウト・ファンアールト、カスパー・アスグリーン、マッズ・ピーダスン、シュテファン・キュングという優勝候補の面々が取り残される事態が発生した。
結果的にグルパマFDJやアルペシン・フェニックス、トレック・セガフレードの牽引により、およそ257kmの行程の半分を終えた時点で集団は概ね一つに戻ったが、その後もパンクやメカトラによっていつ形勢が逆転してもおかしくないレースでイネオス・グレナディアーズは常に先手を打ち、常に重要な集団に複数名を送り込んだ。
マテイ・モボリッチ
超高速な展開がもたらした、例年以上に選手たちの疲労度が大きいサバイバルレース。パヴェ区間での自然淘汰によってメイン集団の人数が着々と減少する中、ミラノ〜サンレモの覇者マテイ・モホリッチを含む5人の逃げが先行して前半のパヴェ区間を快調にこなしていく。本格的な決闘の火蓋が切られたのは、フィニッシュまで57kmを残した難易度3つ星セクター13『オルシー』。最大難度のセクター19『トゥルエ・ダランベール』で遅れがちだったベルギーチャンピオンのファンアールトがユンボ・ヴィスマのチームメイトの力を借りてアタックすると、ここで12人の精鋭グループが形成される。新型コロナウイルス陽性の影響でロンド・ファン・フラーンデレンを欠場したとは思えない鋭い走りのファンアールトのほか、順当にファンデルプールやキュングが乗ったこの精鋭グループは、脱落者たちの復帰を最後まで許さなかった。
パンクやメカトラに見舞われなかった選手を探すのが難しいほど、チームメカニックやニュートラルサポートが慌ただしく走り回る混沌とした『北の地獄』。アシストが誰もいない状況の中でも、唯一数的有利な展開に持ち込むことに成功したのがイネオス・グレナディアーズだった。1週間前のアムステルゴールドレースでミハウ・クフィアトコフスキの勝利を、そして4日前のブラバンツペイルでマグナス・シェフィールドの勝利をお膳立てした22歳のベン・ターナーとタッグを組んだディラン・ファンバーレは、残り30km地点で精鋭グループから一人静かに抜け出して、躍動するモホリッチ、そしてクイックステップ・アルファヴィニルの命運を託されたイヴ・ランパールトとともに先頭にジョイン。さらにそこから難易度4つ星セクター5『カンファナン=ぺヴェル』で加速すると、フィニッシュまで19kmを残してファンバーレの先頭独走が始まった。
鋭い走りを見せたワウト・ファンアールト
濃い観客と濃い砂埃に包まれた最後の5つ星セクター4『カルフール=ド=ラルブル』をトラブルなく、さらにリードを広げてクリアしたファンバーレ。出遅れたモホリッチとランパールトは表彰台をかけて追撃を続けたものの、観客と接触したランパールトが前に宙返りする衝撃的な落車により脱落し、取り残されたモホリッチは後続グループに追いつかれてしまう。その後続グループの中には、見せ場を作ることなく失速した優勝候補ファンデルプールや、この日が誕生日であるにもかかわらず不運なパンクに見舞われたヤスパー・ストゥイヴェンの姿は無し。ファンアールトとキュングが2番手に躍り出たが、1分以上前を独走する先頭ファンバーレには届かなかった。
2001年にパリ〜ルーベを制した同じオランダ出身のセルファイス・クナーフェン監督の指示と檄を受けながら、ファンバーレがルーベのヴェロドロームにやってきた。それまでの全長54.8kmの荒れたパヴェとは対照的な、スムーズな競技場のブルーラインを1周半したファンバーレが、その砂埃まみれの顔を両手で覆ってフィニッシュ。オランダ人選手によるパリ〜ルーベ制覇は2014年のニキ・テルプストラ以来。マッチスプリントでキュングを下して2位に入ったファンアールトとの最終的なタイム差は1分47秒で、これは過去10年間で最も大きな1位と2位のタイム差だった。
抱き合って喜ぶファンバーレ
長年イネオス・グレナディアーズを率いるデイブ・ブレイルスフォード代表に抱き寄せられた29歳ファンバーレは、ウィニングバイクをルーベの空高く掲げて雄叫びを上げた。2010年に発足したスカイプロサイクリング時代から数えて13年目で果たしたイネオス・グレナディアーズ初のパリ〜ルーベ制覇。近年グランツールでユンボ・ヴィスマやUAEチームエミレーツの陰に隠れがちだったイギリスチームが、アムステルゴールドレースから続く怒涛のワンデークラシック3連勝を飾った。
「ヴェロドロームに入ってもまだ勝利を信じることができなかった。でもどこを見回しても後続の選手がいなかった。ただただ信じられない。(2週間前の)ロンド・ファン・フラーンデレンの2位に続いてパリ〜ルーベで1位なんて、言葉が見つからない」。目を赤らめたファンバーレは、ファンアールトとキュングとともに表彰台で石畳のトロフィーを受け取った。なお、ファンバーレ、ファンアールト、キュングの3人ともパリ〜ルーベの表彰台は初めての経験。
「これはチームの勝利。イネオスはこの勝利のために尽くしてきた。この数年間は不運続きで結果を出せなかったものの、今ようやく正しい方向に進み始めたんだ」。春を謳歌しているイネオス・グレナディアーズのクラシック組は、波に乗って翌週のラ・フレーシュ・ワロンヌとリエージュ〜バストーニュ〜リエージュで更なるタイトル獲得を狙う。
文:辻啓
辻 啓
海外レースの撮影を行なうフォトグラファー
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