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オタカムの山頂でマイヨ・ジョーヌを着ていた選手は、パリで総合優勝に輝くという。1994年、初めてツールがオタカムにたどり着いたときは、M・インドゥラインがマイヨ・ジョーヌを着用していた。1996年は現在チーム CSCでGMを務めるB・リースが、2000年はランス・アームストロングがイエロージャージの表彰式に臨んだ。果たして2008年、ピレネーの美しき山でマイヨ・ジョーヌを初めてまとい、嬉し泣きしたカデル・エヴァンスにも同じ幸運が訪れるのか。
7月14日は“キャトーズジュイエ”フランス革命記念日である。一般的にフランス人は午前中にパリ・シャンゼリゼ大通で行われる恒例の軍事パレードをTVで見て、お昼過ぎからはツールの熱戦を応援する。そしてゼロkm地点でスタート合図のフラッグが振られると同時に、トリコロールジャージのニコラ・ヴォゴンディ(アグリチュベル)を代表とするフランス選手たちの飛び出しが相次いだ。もちろんフランス人以外の選手も次々エスケープに挑戦し、24人の大先頭集団が出来上がった。
エスケープ集団を構成したのは参加全20チーム中17チームの選手たち。当然、前線に選手を送り込めなかったランプレ、ミルラム、ガーミンが激しい追走を行った。しかもポイント賞争い2位のオスカル・フレイレ(ラボバンク)が前方集団に入っていたために、その他スプリンターチームも追走の手を緩めない。つまり後続とのタイム差をそれほど開けないまま、ステージはピレネーの起伏に入り込み、エスケープ集団の人数もどんどん少なくなっていく。そしてついに7人まで人数が減ったトゥルマレ峠の入り口で、レミ・ディグレゴリオ(フランセーズデジュー)が先頭からひとり飛び出していった。
“期待の新人クライマー”“ヴィランクの後継者”と期待されて臨んだ昨ツールは、第4ステージに落車骨折し、山岳突入前にリタイアを余儀なくされたディグレゴリオ。「あの日から1年、このときをずっと待っていたんだ」と、山を走れる喜びを感じながら1人で先頭を走り続けた。自分の喜びだけでなく「フランスファンにも喜びを与えたい」と考えていたそうだが、逆にファンの応援からたくさんの力をもらったと言う。最終峠オタカムの登りで残念ながら逃げは終了してしまったが、「ファンにありがとうの気持ちを伝えたい!」と語る22歳は、またアルプスで活躍したいと決意を新たにしている。
そのディグレゴリオの逃げ終了を予定よりも早めたのは、いや、大逃げ勝利の僅かな可能性をつぶした原因は、間違いなくアレハンドロ・バルベルデ(ケースデパーニュ)のメイン集団脱落だろう。第5ステージの落車による傷跡が未だ癒えないせいなのか、第1ステージ勝者はトゥルマレ峠への登りでずるずると集団から落ちていってしまう。すると前日は“あえて”動かなかったと言うチーム CSCが、こんな絶好機を逃すまいと集団前方で急激なスピードアップを始めた。しかも谷間の比較的平坦なゾーンでは、イェンス・フォイクトとエスケープ集団から落ちてきたファビアン・カンチェッラーラがまるでタイムトライアルのような恐ろしい走りを見せる。最終オタカムの登りではリーダー格のカルロス・サストレ、フランク・シュレク、アンディ・シュレクがリレーを引き受けた。
取り残されたバルベルデは、チームメイトのオスカル・ペレイロとダビ・アローヨと共に必死の追走。やはり遅れていたダミアーノ・クネゴ(ランプレ)も一時同集団にいたが、CSC集団とのタイム差は開くばかり。「最後のほうはもう諦めていたようだね。なんだかモチベーションを失っていたみたいだ」と、やはり同集団で走っていたマキシム・モンフォール(コフィディス)は証言している。またチーム CSCの加速で、ここまで優勝候補たちに遅れず付いてきたマイヨ・ジョーヌのキム・キルシェン(チーム コロンビア)も限界を迎えた。最終的にはキルシェンは区間首位から4分19秒、クネゴは5分51秒、バルベルデは5分52秒失った。特にキルシェンはイエローだけでなく、グリーンジャージもフレイレの手に渡してしまった。
一方、オタカムの最終盤に差し掛かった前方のメイン集団では、チーム CSCに代わってサウニエルドゥバルが主導権を握った。山岳強者のレオナルド・ピエポリとファンホセ・コーボが、フランク・シュレク、ベルンハート・コール(ゲロルシュタイナー)、ウラディミール・エフィムキン(アージェードゥゼール)たちと前線へ飛び出して行く。前日区間を制したリカルド・リッコは、強豪たち(エヴァンス、サストレ、デニス・メンショフ、クリスティアン・ヴァンデヴェルデetc...)の牽制役をしっかり務めた。そしてゴール前2.5kmでサウニエルコンビはシュレクを振り切ると、山頂に設定されたゴール地まで協力し合って登って行く。時にコーボを思いやって、スピードを緩めて走るピエポリの姿は、2007年ジロを思い出させた——山頂フィニッシュで単独勝利1回後、シモーニとリッコを山頂フィニッシュまで先導し勝利に導いている——。ただしこの日ばかりはピエポリが自らが最初にゴールラインを越え、コーボが後ろでガッツポーズを見せた。ジロでは3勝、ブエルタでは2勝を上げてきた36歳にとって、これが初めてのツール区間優勝。またリッコが新人賞に返り咲き、さらにチームメイトのダビ・デラフエンテから山岳賞ジャージをも受け継いだ。
また一時は“暫定マイヨ・ジョーヌ”に立ったフランク・シュレクは、サウニエルコンビから28秒遅れてゴール。しかし前日に落車し、左半身を痛めながらも渾身の走りを見せたエヴァンスに、終わってみれば総合ではわずか1秒足りなかった。「昨日のステージ途中から今日のゴールまで、まるでジェットコースターのようだ」と難しかった1日を振り返ったエヴァンスは、表彰式では感激の涙をこぼした。
翌日は今大会初めての休養日。落車の傷を癒し、蓄積した疲労を回復し、失意を切り替えて、アルプスに向けて新たな戦術を立て直すべき1日だ。「ツールはまだ長い」、マイヨ・ジョーヌを獲得したエヴァンスもこう言っている。
●レオナルド・ピエポリ(サウニエルドゥバル・スコット)
ステージ優勝
コーボは総合上位を狙っているから、ボクに区間優勝を譲ってくれた。だっておそらく、ボクにとってこれがキャリア最後のツール区間勝利のチャンスだろうからね。最後の2、3kmまでは、正直に言って優勝できるかどうか確信が持てなかった。後方で何が起こっているのかしっかり把握できなかったし、単に強豪選手たちがボクの走りに興味がないのか、それともボクが強かっただけなのかも分からなかったんだ。
3大ツール全てで区間勝利を上げられたのは凄い事実だね。夢だったし、キャリアの集大成となった。ずっとずっとツール区間勝利が欲しいと思っていたから、今夜は眠れそうにないよ。幸いにも明日は休養日だね!(総合上位を狙わない)自分の方向性に全く後悔はしていない。今日はボクが最強だったかもしれないけれど、ツールで総合優勝を狙おうと思ったらもっと山でタイム差をつけられるようじゃなきゃ無理だよ。
今ツールではあくまでもコーボがリーダーだ。去年、彼はピレネーのプラトー・ド・ベイユで26分失ってしまったんだけど、アレがなければ総合5位には入れるはずだったんだ。タイムトライアルも非常に強い。それにボクとリッコはジロの戦いで疲労もある。だからコーボが絶対唯一のリーダーだ。
●カデル・エヴァンス(サイレンス・ロット)
マイヨ・ジョーヌ
信じられない。ボクのツールは昨日の落車で完全に終わったと思っていた。左の肩も脚も全部痛かった。それなのに今日はマイヨジョーヌを獲った。わずか1秒差だけど、オタカムでマイヨ獲りを計画していたから本当に幸せだよ。頭の中で、色々な感情が渦巻いている。どうしても勝ちたいツールのこと、落車のこと、今スポーツを愛しツール勝利を待ち望んでいる母国オーストラリアのことを考える。
ジャージを守るのは至難の業だろうね。まだパリまで先は長いし、我らはプロトン内で最高のチームというわけではないから。でもしっかり仕事が出来るよう全員で協力していくし、ボクも100%で走っていく。フランク・シュレクは1秒差だからもちろん危険視しているけれど、ボクが一番恐れているのはデニス・メンショフだ。
●アレハンドロ・バルベルデ(ケースデパーニュ)
今日は最高の日だったとは言えないけれど、最悪の日だったとも言えない。今日は強い選手がいた、というよりはCSCとサウニエルドゥバルの2チームが非常に強かった。ボクはトゥルマレ峠で少し苦しんだけれど、オタカムでは比較的いい走りが出来た。だけど登り口ですでに2分以上も遅れていたから、タイム差を取り戻すのは不可能だった。確かにまだパリまでの道のりは遠いけれど、今日以降、我々のチームは総合争いのことは忘れて、区間勝利のために戦うことになるだろう。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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