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最終日前夜、パリから700km離れた死の山モン・ヴァントゥーで、2009年ツール最後にして最大の激戦が巻き起こる——。昨10月に少々常識外れのコースを発表した開催委員会は、間違いなくそう確信していたはずだ。しかも前日第19ステージ終了時点で総合3位から6位までのタイム差はわずかに38秒差。禿山に吹き付ける強風の中で、熾烈な表彰台争いの勃発を誰もが期待していた。実際にシュレク兄弟(チーム サクソバンク)は、超攻撃的に最後の戦いを仕掛けてきた。ただしマイヨ・ジョーヌのアルベルト・コンタドール(アスタナ)が、あらゆるサスペンスを完膚なきまでに握り潰した。自らの優位性を、たっぷりと見せつけながら。
スタート直後から逃げ出した16選手の中から、後にモン・ヴァントゥーを制する者が誕生することになる。エスケープ集団は一時は10分半以上も後続からリードを奪ったが、恐ろしき山の勾配と強風が、徐々に集団を小さく削っていく。そして道がいよいよ草木の生えない白い瓦礫ゾーンに突入する頃には、フアンマヌエル・ガラーテ(ラボバンク)とトニー・マルティン(チーム コロンビア・ハイ ロード)だけが先を急ぐことを許された。
2006年ジロ山岳賞のガラーテと、今季パリ〜ニースとツール・ド・スイスで山岳賞を手にしているマルティンは、時に風速41kmという向かい風と戦いながら高みへと登っていく。背後からの追い上げを感じてナーバスに何度か加速するガラーテと、ペースを変えず淡々とペダルをこぐマルティン。青空に突き出す天文台へと到着する直前、最終カーブでもガラーテが何度目かの飛び出しを試みた。そして、これが決定打となる。長く辛い登りに耐え続けてきたガラーテは、ついに、喜びにあふれた気分でラスト50mを駆け抜ける権利を手に入れたのだった。
2人の背後では、チーム サクソバンクとシュレク兄弟が激しい動きを見せていた。モン・ヴァントゥー突入前には、普段以上に猛スピードのサクソトレインがプロトンを引き裂いた。そして残り13kmで兄フランクが加速のきっかけを作ると、その後は弟アンディにバトンタッチ。幾度も、果敢に、集団前方でアタックを繰り返す。
全ては兄のために。今4月のリエージュ〜バストーニュ〜リエージュでは弟のために兄フランクが全力で後方アシストに努めたが、この日は総合6位の兄の表彰台ジャンプアップのために、そして兄弟表彰台のために、弟アンディが前方で猛烈に働いた。ところがアンディが飛び出すと、必ずコンタドールがついてくる。どんなに力を振り絞っても、マイヨ・ジョーヌが影のようにぴったりと張り付いて離れない。そうこうしているうちに、一旦離された総合3位ランス・アームストロング(アスタナ)がフランクと共に追いついてくる。振りほどいても、また戻ってくる。
……こんな風景がこの日だけで一体何度見られただろうか。シュレク兄弟の理想は、第17ステージのようなアンディ加速→フランクが加速→兄弟一緒に逃げる、という構図だったのかもしれない。ただしあの日と違って——コンタドールが一緒になって加速してチームメイトのアンドレアス・クレーデンを置き去りにしてしまい、チーム指導部から大目玉を食らった——、総合首位をほぼ確実なものとしているコンタドールがもはや兄弟の作戦に乗ることはなかった。ツール7連覇の偉大なるチームメイトの不利にならぬよう、極めて冷静に、アンディとフランクの加速に反応し続けるだけ。結局、度重なる加速失敗で疲れ果てたフランクは、ゴールラインではアームストロングから逆に2秒失ってしまった。クレーデンの不調のおかげで、総合順位は1つだけ上がっている。
総合2位アンディ・シュレクと同タイムでモン・ヴァントゥーの山頂へたどり着いたコンタドールは、フィニッシュラインで大きなガッツポーズ。2007年に続く2度目の総合優勝は「ほぼ」手中に入れた。あとは遠く離れたパリで、栄光のシャンゼリゼを迎えるだけだ。もちろん表彰台では、アームストロングよりも2段高い位置に立つ!一方、1999年以来「無敗」だったアームストロングは、初の総合3位に「オレみたいな年寄りが若い奴らと表彰台に並べるんだから、悪くないさ」と喜びの(?)コメントを残した。
また別府史之と新城幸也も、無事に全ての難関を走りきった。日本人初のツール・ド・フランス完走はもう目の前に迫っている。
●アルベルト・コンタドール(アスタナ)
マイヨ・ジョーヌ
難しいツールだった。大会前から予想はしていたけどね。肉体的の強さと同時に、精神的な強さも必要とされた。毎日、毎日、自分にこう言い聞かせていたんだ。「よし、また1日過ぎたぞ」って。
(アームストロングとの関係は)実際、ツール前は少し難しい状況だった。ボクの不利になりそうな条件がいくつもあったよ。でも心配したり不安がったりするかわりに、これを勝利へのモチベーションに変えたんだ。このおかげで勝つことができたんだと思う。アームストロングが総合を狙っているのは知っていたし、それはボクも同じだった。ひとつのチーム内に2人リーダーというのは、必ずしも簡単な状況ではないよ。でもレース中のボクは、自分の調子だけに集中した。アームストロングの調子についてはまるで関心を持たないようにした。
2007年の勝利と今年の勝利、どちらも難しかった。2007年は最後のタイムトライアルで勝負が決まった。今年のツールは毎日、身体的にトップである必要があった。まあ2007年のボクは肉体戦で勝ったわけだけど、今年は肉体と精神の両面で強くなければならなかった。ボクはシーズン序盤から、ツール・ド・フランスの総合優勝という唯一絶対の目標のためだけにハードな練習をつんできたんだ。どんな些細な点も改良をつんできたんだよ。アンディ・シュレクには苦しめられたね。彼がミスを犯したんじゃない。タイムトライアルで差がついただけなんだ。そこで勝負が決まったんだよ。でも3週間を通して、アンディは非常にインテリジェンスな走りを見せた。来年も彼こそが最大のライバルだろうね。
すでにモン・ヴァントゥーの山頂で、総合優勝の喜びを思う存分味わったよ。明日シャンゼリゼの表彰台写真は、さぞかし歴史的なものとなるだろうね。だってボクは「無敵の男」を破ることになるんだから!
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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