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「今日はフランス人の日だから、もしかしたらボクの日にできるかもしれない。そう思って飛び出した。夢を見たんだ」。夢破れたピエール・ローラン(Bbox ブイグ テレコム)は、ゴール後に悔しそうに語った。第9ステージでは「空白の1日」を経験し、35分近くも失っていた。「チームメイトがボクの総合のために大会序盤からすごく働いてくれたのに……と、昨日はすごく落ち込んだ。だから今朝は、チームにどうしてもお礼を言いたくて、何かしたかったんだ」。2010年の革命記念日。午前中のパリ・シャンゼリゼでは高らかにラ・マルセイエーズが鳴り響いたが、ゴール地ギャップではフランス人に栄光は舞い降りなかった。
うっとうしい湿度こそ消え去ったものの、ギラギラとした太陽がこの日もプロトンの上に照りつけた。前日優勝したサンディ・カザール(フランセーズ・デ・ジュー)は「ボクは暑いのが大好き。みんな暑い暑いというけれど、全然感じない」と言い放ったツワモノだが、「暑くなってもう1週間。疲れがたまって、小さな峠でもキツイ」とこの日逃げを打ったマリオ・アールツ(オメガファルマ・ロット)はゴール後に漏らした。なにしろ気温は瞬間的に40度を超えた。ホセバ・ベロキが溶けたアスファルトにタイヤを取られて落車した2003年も、この一帯は40度越えだった。「あの悲劇を繰り返すまい」と地元自治体は28000リットルの冷水をルート上に撒き、アスファルトの軟化を防いだ。
焼け付くような暑さにも関わらず、ステージはハイスピードで始まった。多くの選手がアタックをしかけた一方で、スプリンターチームが全てを潰しにかかったからだ。なにしろ平坦ステージが残り少なくなり、マイヨ・ヴェールのポイントを積極的に取りに行ける回数は限られている。ポイント賞2位アレッサンドロ・ペタッキ擁するランプレ・ファルネーゼヴィーニが特に加速に力を尽くし、19.5km地点の第1スプリントポイントで、リーダーをまんまと1位通過させることに成功した。「これからが戦争だね」と意気込む緑のジャージのトル・フースホフト(サーベロテストチーム)も2位でラインを超え、被害を最小限に抑えた。
このミニスプリント合戦が終わると、ようやく逃げが許される時間がやってきた。まずは30km地点でアールツ、セルジオ・パウリーニョ(チーム レディオシャック)、ドゥリース・デーヴェニィンス(クイックステップ)、ヴァシル・キリエンカ(ケースデパーニュ)の4人が飛び出した。さらには45km地点でローランとマキシム・ブエ(アージェードゥゼール・ラ・モンディアル)が「革命記念日」アタックをしかけ、66km地点で前に追いついた。そして逃げ集団が出来上がるまで46.6km/hというハイスピードで走っていたプロトンは、エスケープが決まった途端、とんでもないのんびり走行へと切り替えた。レース2時間目は時速……なんと28km!前方集団はまるでプレッシャーを感じることなく逃げを続けることができたはずで。100km地点で後方とのタイム差は10分を超える。
先頭を行く6人の運命の分かれ道は、ゴール前15km地点だった。何度かの軽いアタックが続いた後、キリエンカとパウリーニョが猛烈な加速を見せると、フランス人2人を含む4選手は優勝の望みを全て絶たれてしまう。そのまま2人が区間勝利をかけたスプリント。2006年ブエルタで区間勝利を上げているパウリーニョが、2008年ジロ区間勝者のキリエンカをほんの僅差で下した。両手を天に突き上げた後には、生後8ヶ月の娘ベアトリスに捧げるおしゃぶりジェスチャーも披露した。
プロトンのゆっくり“サイクリング”ペースは最後まで続いた。チームメイトに安心して集団コントロールを任せ、アンディ・シュレク(チーム サクソバンク)はマイヨ・ジョーヌ初日を大いに満喫することができたようだ。なにしろ逃げが決まった後には、ジェローム・ピノー(クイックステップ)とアントニー・シャルトー(Bbox ブイグ テレコム)の山岳ポイント争いと、最終盤にたまりかねたニコラ・ロッシュ(アージェードゥゼール・ラ・モンディアル)とレミ・ポリオル(コフィディス・ル クレディ アン リーニュ)が飛び出したことくらい。ちなみにピノーが赤玉ジャージを取り戻し、ロッシュは総合を17位から13位に上げている。そしてパウリーニョから14分19秒遅れでギャップの町にたどり着いたメイン集団は、未だに9席残されたマイヨ・ヴェール用ポイント収集のためにスプリントを繰り広げて……マーク・カヴェンディッシュ(チームHTC・コロンビア)、ペタッキ、フースホフトの順で勝負を終えた。
最後の選手がフィニッシュラインを越えたころには、すでに時刻は18時半に迫っていた。予定ゴールタイムよりもほぼ1時間オーバーして、プロトンは長い1日を静かに終えた。暑かった午後がまるで幻だったかのように、ゴール周辺にはさわやかな風が吹き、空は夕刻の柔らかい光に包まれていた。
●セルジオ・パウリーニョ(チーム レディオシャック)
区間勝利
たしかにギリギリの勝利だったけれど、大切なのは勝ったこと。五輪での銀メダル(2004年アテネ五輪ロード)よりもツール勝利のほうがずっと大切だ。だってツールは世界最大のレースなんだよ。自転車選手ならば誰でもツール区間を勝ちたいと思うものなんだ。夢が叶ったよ。キャリア最大の勝利だ。それにチームにとってはツール初勝利。だからボク個人の勝利というだけではなく、チームにとって非常に大切な勝利なんだ。今夜はパーティーになるだろうね。
チーム総合順位のための逃げだった。首位につけているケースデパーニュから1人エスケープに入ったから、ボクらのチームからも誰かが逃げに乗る必要があった。別に最初からボク1人が飛び出すよう指示されていたのではなく、状況でボクが行くことになっただけ。注意深く動きに反応するよう、チームの5〜6人に指示が出ていた。そしてちょうどボクがいい位置につけていただけなんだ。
●アンディ・シュレク(チーム サクソバンク)
マイヨ・ジョーヌ
いい1日だったね。序盤はものすごくスピードが速かったけれど、アタックが決まってからはノーストレスで走ることができた。風景や沿道の観客を見て楽しんだよ。ボクの名前が書かれたパネルを持って応援している子供たちもいたな。最高だったね。
今日もまた暑かったね。でも暑さが好きな選手だっているんだよ。ボクも暑さとうまくやっていけるタイプなんだ。雨は嫌いだけど。暑さに問題がある選手もいるから、このままの暑さでピレネーに突入したら、総合争いを左右することだってあるかもしれないね。
チームはほぼ完璧だ。弱点があるかどうかは分からない。もしかしたらアスタナのようなクライマーがいないことかもね。でもこれは弱点ではない。それにボクらのチームには平地を引いてくれる強力なチームメイトがいる。カンチェッラーラやフォイクト……フォイクトは山もなかなかうまく上れるしね。それにチームメイトはたんなる仕事の関係というのではなく、友達なんだ。仕事だからではなく、友達だから前を走ってくれる。だからこそ弱点なんてまったく感じないのさ。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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