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今年のツールは本当に議論を巻き起こす行動が多い……。第2ステージにはファビアン・カンチェッラーラ(チーム サクソバンク)が集団を“ニュートラリゼーション”し、2位争いを禁じられたスプリンターたちが不満の声を上げた。「石畳ステージでも落車が起こったよね。でも前にいたアンディ・シュレク(チーム サクソバンク)は後ろの選手を待たなかったよ」とアルベルト・コンタドール(アスタナ)は語る。さらに第14ステージでは両巨頭による心理戦、シュレクが言うところの「マインドゲーム」が謎をばら撒いた。そしてこの日、ピレネーの焼け付くような太陽の下、新たなポレミック(論争)が勃発した。
2010年ツールの不思議の中には、ほぼ連日スタートのヨーイドンと共にエスケープが決まっていたことも含まれるだろう。「最初に誰かが飛び出した途端に、スプリンターチームがプロトンに蓋をしてしまう」と大会1週目に新城幸也(Bbox ブイグ テレコム)もこぼしていたが、ところがこの日は普段とは逆に、延々90kmに渡って飛び出しが決まらなかった。区間勝利のチャンスが残り少なくなってきたのに加えて、ヒートアップし続ける副賞ジャージ争いのせいだった。マイヨ・ヴェール争いで首位を走るアレッサンドロ・ペタッキ(ランプレ・ファルネーゼヴィーニ)さえも、ライバルのトル・フースホフト(サーベロテストチーム)顔負けの山岳大逃げを企てたほど。しかし奇妙なことに最初の山岳ポイントではフースホフトが2位通過、ペタッキが3位通過して、赤玉ジャージのポイントを今大会初獲得!一方で第1スプリントポイントでは2人はノーポイントに終わっている。逆にこのスプリントポイントでは、本来ならば赤玉ポイントが欲しいはずのジェローム・ピノー(クイックステップ)が3位通過。面白い逆転現象が起こったものだ。
時速47km超で2時間近く繰り広げられたアタック合戦の途中には、プロトンの分断も引き起こした。コンタドールは前に、アンディ・シュレクは後ろに。両集団には10秒程度のタイム差もついた。当然プロトン最強のルーラー集団、チーム サクソバンクが力を尽くし、無事にマイヨ・ジョーヌを前方集団へと帰還させている。
補給地点前後でようやく10選手が飛び出すと、プロトンにつかの間の平穏が訪れる。エスケープ集団はわずか40kmほど走っただけで、あっという間にリードを10分半まで広げた。ただし静かだったのは文字通りほんの「つかの間」だけ。ステージ最後に聳え立つ超級峠ポール・ド・バレスが近づいてくると、チーム サクソバンクがメイン集団先頭で急激な牽引を開始したのだ。そう、前日第14ステージではアスタナが終始プロトンコントロールを行い、さんざんアシストが働いた挙句、アンディ・シュレクの“張り付き作戦”で全ての努力が徒労に終わっていた。だからこの日のアスタナは「チーム サクソバンクにマイヨ・ジョーヌチームの責任を引き受けてもらいたかったんだ」とコンタドールやアレクサンドロ・ヴィノクロフが語ったように、サクソ集団に主導権を押し付けた。サクソバンクは期待通りに非常によく力を尽くし、その結果、バレス峠の上りに入った頃にはシュレクの側にはたった1人しかアシストは残っていなかった。
超級バレス峠の山頂へ向けて、先頭でもメイン集団でも大きな動きが起こった。前方ではトマ・ヴォクレール(Bbox ブイグ テレコム)が果敢なアタック。他選手を全て置き去りにすると、そのままの勢いで単独ゴールを目指した。後方では徐々に小さくなっていったメイン集団内から、アンディ・シュレクが攻撃に出た。
青白赤のフレンチトリコロールジャージを身にまとうヴォクレールは、最後の30kmをたった1人で走りきった。2004年に同じく仏チャンピオンジャージ姿で大逃げを打ったときは、区間こそ勝てなかったものの、10日間のマイヨ・ジョーヌ生活を手に入れた。あれから6年。今回はフランスの栄光をフィニッシュラインでたっぷり派手に見せ付けた。ヴォクレールにとっての区間通算2勝目はまた、フランス自転車界にとっては今ツール5勝目。フランスが同一大会で5勝するのは実に1997年(6勝)以来の快挙だ!その97年に区間1勝を挙げているブイグテレコム監督ディディエ・ルスは「我々チームは序盤は総合狙い、中盤からは山岳賞のために働いている。これがチーム内によい刺激を与え、全員のモチベーションが高い。次に続く選手が出てもおかしくないね」と、残り5日間で再び区間を獲りに行く構えだ。
アンディ・シュレクの第一発目は、メイン集団に大きな損害を与えた。なにしろマイヨ・ジョーヌに喰らいついていけたのはコンタドール、サムエル・サンチェス(エウスカルテル・エウスカディ)、デニス・メンショフ(ラボバンク)、ユルゲン・ヴァンデンブロック(オメガファルマ・ロット)の4人だけ。つまり総合上位の5選手が、現順位にふさわしい走りを見せたというわけだ。しかしシュレクは5選手で争いを続けるよりも、一旦ニュートラルな状態に戻るほうを好んだようだ。少しだけテンポを落として後続が追いついてくるのを待つと、集団の中に姿を潜ませた。
山頂まで3kmを切っていただろうか。アンディ・シュレクが10数人の集団中盤からするするっと抜け出すと、再び見事な飛び出しを決めた。すぐさま後を追ったのはヴィノクロフ。いや、追えたのは、のほうが正しいのだろうか。「コンタドールは集団内に閉じ込められてしまっていた。だからボクがとにかく穴を埋めに行ったんだ」。これはゴール直後のヴィノクロフのセリフである。偶然現場に居合わせたレキップ紙カメラマンも、プレスルームで全く同じ証言をしている。テレビ映像からもそれがうかがえる。シュレクがアタックをかけたとき、コンタドールは他の選手たちに周囲を挟まれて、確かに瞬時には動き出せない状態だった。
このアタックの直後に、ハプニングがシュレクを襲い掛かかる。突然のチェーン脱落、そして停止。背後にいたヴィノクロフはおそらく何が起こったか分からぬままシュレクを追い抜くしかなかったはずだ。さらにその瞬間、少集団の人ごみから解き放たれたコンタドールが勢いよく加速すると、一気にアンディ・シュレクの脇を駆け抜けていった。「彼にトラブルが発生したとき、ボクはすでにアタックの体制に入っていた。それに何が起こっているのか、その瞬間はまるで分からなかった」とコンタドール。メンショフとサンチェスも、コンタドールの動きに従った。三者は少しためらったような雰囲気を一瞬見せたような気もするが、焦るアンディ・シュレクを1人置き去りにして、先を急ぐことに決めた。「始まった戦いを止めることなんかできないんだ」
コンタドール、サンチェス、メンショフの3人は下りを素早くこなすと、エスケープ集団の残り選手と共にヴォクレールから2分50秒差でフィニッシュラインを超えた。上りで驚異的な追走の脚を見せ、苦手な下りも積極的に攻めたアンディ・シュレクは、3人から39秒遅れでゴール到着。……つまり8秒差でコンタドールに逆転を許してしまった。大切なマイヨ・ジョーヌを手放し、翌第16ステージはおなじみの新人賞マイヨ・ブランで走る。表彰台裏でがっくりと肩を落としたシュレクは、厳しい口調で主張する。「コンタドールはあそこでアタックをかけるべきではなかった」と。確かに自転車界に存在する極めてあいまいな紳士協定によれば、トラブルにあったマイヨ・ジョーヌに攻撃を仕掛けることはタブーとされているが——。
ゴール後の現場では様々な意見が飛び交った。チェーン脱落は単純なメカトラブルのせいなのか、それともシュレクの操作ミスなのか。コンタドールは知らずに飛び出したのか、本当は知っていて飛び出したのか。周りの選手が止めようとしなかったのはなぜなのか。ツール序盤から色々と物議をかもしているサクソバンクの選手だからこそ、他の選手は待たなかったのではないか。コンタドールは飛び出すべきだったのか、飛び出さないべきだったのかetc……。ちなみに過去のツールチャンピオン、ローラン・フィニョンは「シュレクの操作ミス。コンタドールに非はない」と主張し、ベルナール・イノーは「ミスかトラブルか関係ない。勝負がかかっているときは待つ必要なし」と切り捨てた。元世界チャンピオンのリュック・ルブランは「絶対に飛び出すべきではなかった。アンフェアな形でマイヨ・ジョーヌが譲渡された」と怒りを隠せない。そしてフランス最大のスポーツ紙レキップは、プレスルームの片隅で緊急会議を始めた。議題は「明日の我が新聞の方針」。各ジャーナリストの意見が割れに割れて、新聞社としての一貫した方針がなかなか定まらないようなのだ(待つべし、という意見はカトリック的すぎて世界的な普遍異見でないのでは、などという話も聞こえてきた)。
ゴール地で英雄たちの帰還を待っていたファンたちは、コンタドールに大きなブーイングを飛ばした。これが観客たちの出したシンプルな答えだったようだ。
●トマ・ヴォクレール(Bbox ブイグ テレコム)
区間勝利
他の年よりもフランス選手にとっては成功の年となったね。もしかしたらコース設定がボクらに適しているのかも。今ツールのここまでは、確かにコースは難しいんだけど、それほど難しすぎるわけではない。総合争いが最終盤までもつれ込むように、開催委員会が最難関を最後のほうに持ってきているからかもしれない。そのおかげでボクらフランス選手にもチャンスが巡ってきているんじゃないかな。
去年の区間勝利はスペシャルだった。なにしろ何年も区間勝利を追い求めていたし、ファンが待ち望んでいることも感じていた。だから去年の勝利は、安堵感をもたらしてくれた。どうしても成し遂げたくて、そしてようやく成し遂げたという安堵感だ。今日の勝利はまた一味違う感覚だ。フランスチャンピオンジャージを着ての勝利だから、すごく誇らしい気持ちだった。それにピレネーの山岳ステージで勝ったんだからね。
山岳ステージだから勝てない、と最初から諦めたりはしなかった。難しいステージだからこそ、アタックの機会がある。苦しいステージだからこそ、こういう勝利の可能性が開けるステージがあるんだ。とにかくツールでは、苦しまなければ勝ちを取ることはできない。
●アルベルト・コンタドール(アスタナ)
マイヨ・ジョーヌ
状況を理解してくれる人と理解してくれない人がいる。レースの状況でああいう成り行きになったんだ。後から論争になるだろうことも分かっていた。でもアンディのメカトラブルが発生したとき、ボクはすでにアタックに入っているところだった。戦いはすでに始まってしまっていたんだ。第2ステージの落車では待ったけど、今日は状況が違うんだよ。今日はサクソバンクにレースのコントロールをしっかり引き受けて欲しいと思っていたんだ。そしてボクはチャンスがあったらアタックしようと計画していた。そしてボクは計画通りにアタックした。
いつだってマイヨを取るのは嬉しいこと。ライバルからタイム差を奪うのは非常に大切なこと。どんな状況であれ、マイヨは取れるときに取ることが大切なんだ。レースというものはこういうものさ。ツールをあんな風に勝ちたい、こんな風に勝つぞ、なんて想像通りの勝利をつかむことなんて所詮無理なんだ。確かにデリケートな状況だよね。論争が起こるのも当然理解できる。でもボクがアタックしたとき本当に何が起こっていたのか分からなかったし、分かったときはもう遅かった。戦いを止めることなんて不可能だったんだ。第2ステージのボクはチームメイトに減速してアンディを待つよう強く言った。でも石畳のステージでは落車があって、アンディは前にいたのに、彼は待たなかったよね。
彼ががっかりしているだろうことは理解している。でもボクはアタックしたわけだし、何を言われてももう状況は変わらない。あとはパリまで集中していくだけ。彼やほかの選手を警戒していく。なによりタイム差はまだまだ非常に小さいから。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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