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楽しそうにざわついていた山頂が、その瞬間、水を打ったように静まり返った。レースコメンテータだけが事の重大さを連呼していた。「アントン落車!マイヨ・ロホが怪我をしています!」この日の最終峠はバスク地方にほど近く、オレンジ色のTシャツに身を包んだファンたちが大勢詰め掛けていた。その彼らだけでなく、ゴール地で待機している大会スタッフも、メディアも、他チームのマッサーたちも……全ての人々が、しばらくはまるで葬式のように黙り込んでしまった。ラ・ロハを身にまとうイゴール・アントン(エウスカルテル・エウスカディ)の激しい落車、そしてリタイア。2010年ブエルタは総合リーダーを失った。
落車が起こったのは最終峠ぺニャ・カバルガ登坂口の直前だった。38kmでアタックをかけたニキ・テルプストラ(チーム・ミルラム)と、47kmで後を追いかけて飛び出したデーヴィット・ミラーとデーヴィット・ザブリスキー(共にガーミン・トランジションズ)のうち前者2人は、未だに抵抗を続けていた。一時は13分あったタイム差は、ルイスレオン・サンチェス(ケースデパーニュ)とアレクサンドル・コロブネフ(チーム・カチューシャ)の飛び出しを封じ込めた後でも、ゴール前25km地点で未だに5分半残っていたのだ。ここでチーム・カチューシャがエウスカルテル・エウスカディから集団のコントロール権を奪い取り、猛スピードで逃げる3人を追いかけ始める。6.2kmから始まる山の入り口が見え始めた頃には、差は2分以内に縮まっていた。
「恐ろしいほどにスピードが上がっていたから、なおさら落車がひどい影響を生み出してしまったのかもしれない」とゴール後のホアキン・ロドリゲス(チーム・カチューシャ)が語ったように、数人の選手が勢いよく宙に弾け飛び、そして激しく地面に叩きつけられた。アントンは右ひじを骨折し、エウスカルテル・エウスカディのチームメート、エゴイ・マルチネスデエステバンは地面に横たわったまま。2人はこの先の道を進むことなく、無念にも大会を後にした。また前日まで総合6位につけていたマルツィオ・ブルセギン(ケースデパーニュ)も落車に巻き込まれ、しばらくは再スタートを切れなかった。しかもこの日だけで17分以上タイムを失い、総合争いからも放り出されてまった。
マイヨ・ロホの姿が消え、最終峠は一転、ジャージの新たな持ち主を巡る戦いの場となった。特に厳しいテンポを刻んだのが、突然「暫定」首位に押し上げられたヴィンチェンツォ・ニバリ(リクイガス・ドイモ)。思わず転がり込んできた王座を正当なものとするために、チームメートのロマン・クロイツィゲルに強烈な牽引を行わせた。一気にメイン集団を10人にまで絞込み、戦いのハードルを大きく引き上げた。そして第13ステージの大逃げでも1人で最後まで粘り続けたテルプストラが眼前に迫った頃、つまりダビ・ガルシア(シャコベオ・ガリシア)が抜け出しを企てた直後、アタックをかけて先頭に踊り出た。18%超のヘアピンカーブが3つ連なる、ゴール前1.5kmの最難関ゾーンだ。
激坂ハンターのロドリゲスが、しかしニバリを逃さない。かつてアントンとタイム差ゼロで総合首位を競い合い、わずか1日ながら赤ジャージを着用したロドリゲスは、我こそが新リーダーにふさわしいと主張するかのようにニバリに追いついた。さらにラスト800mでライバルを振りほどくと、ファンの波をかき分けながらひとりで高みへと向かう。
「最後の山まで力を上手く調整してきて、絶好のタイミングで全力を爆発させることが出来た」と語るロドリゲスは、標高こそ565mとそれほど高くはないものの、下界のパノラマが一望できるぺニャ・カバルガの山頂へ一番にたどり着いた。今ツールの激坂フィニッシュで人生初のグランツール区間勝利を手に入れた31歳にとって、母国のグランツールでの初優勝。まぶたを蜂に刺されてしまったせいで山頂では終始サングラスをかけていたが、口元からこぼれる白い歯が大いなる喜びを表していた。
一方ゴールラインの場所を勘違いしていたというニバリは、その後は「自分のリズムで」進み続けた。結局わずか800mでロドリゲスから20秒失い、さらにボーナスタイムも20秒取られてしまったが(ニバリのボーナスタイムは12秒)……、ぎりぎり4秒差で赤いジャージに袖を通した。今春のジロ・デ・イタリアでは生まれて初めてマリア・ローザを3日間着用している。人生2色目のグランツールリーダージャージは最後まで守り通したい。
またニバリからわずか2秒差で区間3位に入ったエセキエル・モスケーラ(シャコベオ・ガリシア)は、総合でも3位へジャンプアップした。2008年大会を総合4位で終え、現在3年連続でトップ5入りを果たしているモスケーラは、34歳にして初めての総合表彰台圏内入り。ただし同タイム総合4位にはシャビエル・トンド(サーヴェロ・テストチーム)がつけている。
●ホアキン・ロドリゲス(チーム・カチューシャ)
区間勝利
体力を上手くコントロールして、アタックすべき時が来るのを待った。そして絶好のタイミングで加速をすることが出来たんだ。この先の優勝争いに関しても自信はある。というか、ボクは自信がありすぎて、アンドラでは力を無駄遣いして自滅してしまったんだ。自信過剰だったんだよ。だから今日は頭を使ったし、作戦も変えた。大会最後までこの調子でしっかり戦っていきたいね。
アントンの落車は残念だ。落車は見てはいない。後ろのほうで何か大きな音が聞こえただけ。ボクらチームが集団を激しく引いていたときに、背後でクラッシュは起きてしまったんだね。最悪の結果となってしまった。ブエルタは最大の優勝候補を失った。今大会ここまでは彼が最強だった。アントンの棄権で、総合争いは再びオープンになった。ボクだけではなく、ほかの選手たちにもチャンスが再びもたらされるだろう。
●ヴィンチェンツォ・ニバリ(リクイガス・ドイモ)
総合リーダー
クロイツィゲルがすごい仕事をしてくれた。だからボクは区間勝利のために全力を尽くしたんだ。でも山岳ポイントのアーチを、ゴールのアーチと勘違いしてしまった。間違いに気がついたときは、ロドリゲスにすでに追い越されてしまったあと。その後は自分のリズムで走るほうを選んだんだ。
アントンの落車は残念だったね。表彰式の直前に彼が途中棄権したことを知らされたんだ。落車でリーダージャージを失うというのがどんなに辛いことなのか、ボクは良く知っているつもりだ。今年のジロではボクもマリア・ローザを落車で失ったから。ボクだって別のやり方でブエルタのリーダージャージが欲しかったよ。でもボクはこのジャージに値する選手だと自負している。チームは非常に強いし、大会を通して良く働いている。これまでの走りがこの結果につながったんだ。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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