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ファビアン・カンチェッラーラ(チーム・サクソバンク)が14番目にスタートを切り、10番目にフィニッシュラインを横切ったとき、多くの人々が彼の勝利を信じて疑わなかった。個人タイムトライアル世界チャンピオンジャージを身にまとい、五輪王者の印が刻まれたヘルメットをかぶる現役最強のTTマシーンは、53分20秒という好タイムを叩き出した。「ひどくハードだった。スタート順が早いと参考タイムもないから難しいんだ。でもいい走りが出来たと思う。あとはリラックスして結果を待ちたいね。……どうしても心からはリラックスできないんだけどね」とゴール直後に語っていた。ただしハラハラする待ち時間は、予想よりも短く終了した。なんと約1時間10分後に、デニス・メンショフ(ラボバンク)にタイムをひっくり返されてしまったのだ!
高級スペインワイン、リベラ・デル・ドゥエロの産地を走る46km。周囲を遮るもののないブドウ畑の真ん中を西にまっすぐ走り、真ん中で折り返して東へとまっすぐ戻ってくるコースでは、風が少なからずタイムに影響してくる。カンチェッラーラの出走時はほぼ無風。ところがしばらくすると微風が吹き始め——本当に微風だったが——、疲労を感じ始めるコース後半に、選手たちは背中から軽い後押しを受けることが出来た。総合争いからはすでに脱落していたが、区間勝利で名誉を回復したいと誓っていたメンショフにとっては、絶好のコンディションだったに違いない。しかしメンショフの望みも、ステージ最終盤にあえなく断たれてしまう。
この日、全出走者161人中最高タイムとなる52分43秒を叩き出したのは、最後から6番目にスタートしたペーター・ヴェリトス(チームHTC・コロンビア)だった。15km地点の第1計測ポイントではカンチェッラーラから44秒、31km地点の第2計測ポイントでは1分13秒も後れを取っていたというのに、最終盤の追い風に乗ってゴールではカンチェッラーラを37秒、メンショフを12秒も突き放してしまった!U19とU23時代は国内タイムトライアルチャンピオンに輝いた経験を持つヴェリトスだが、プロ入り後のタイムトライアル勝利は初めての経験だった。今ブエルタ初日にチームタイムトライアルを制してたが、個人としてはもちろんグランツール初勝利。「カンチェッラーラを倒したなんて自分でも驚いている。総合のことは特に考えていなかったんだけど……」とゴール後に語ったが、その総合では順位を大幅に上げている。……なんと3人も追い越して、表彰台圏内の3位へと駆け上がった(首位から2分差)。ちなみに追い抜かれたニコラ・ロッシュ(アージェードゥゼール・ラ・モンディアル)は8位後退、フランク・シュレク(チーム・サクソバンク)は4位から動かず。そしてもう1人の追い抜かれた選手というのは、赤ジャージ姿で最後にスタート台に上がったホアキン・ロドリゲス(チーム・カチューシャ)だった。
タイムトライアル前には総合首位ロドリゲス、2位ヴィンチェンツォ・ニバリ、3位エセキエル・モスケーラが53秒以内にせめぎあっていた。「ニバリからは1分半から2分までなら失っても大丈夫。モスケーラもTTが悪くないから要注意」と語っていたロドリゲスは、3人の中では最初にローラー台を漕ぎ始めた。ファンたちの好奇の目から死角になるように停められたチームバスのそばで、走約1時間半前からじっくりと汗をかき、メカチェックにも余念がない。ロドリゲスのすぐ後からウォーミングアップを始めたのがモスケーラ。バスの向かいのカフェで一休みしたり、ファンたちとおしゃべりしたり、あくまでもリラックスムード。そしてU19とU23の世界選手権でそれぞれ銅メダルを手にしてきたニバリは、約5kmほど離れたホテルから自走でスタート地へと現れた。喧騒のスタート地よりもホテルで落ち着いて準備をするほうを選び、到着時刻はなんと出走のわずか40分前!まさに3人3様の調整法が見られた。
走り出して10kmほど行ったところで、ニバリに問題が発生する。前輪のパンク。ホイール交換にてこずり、本人を始めメカニックや監督にとっては「パニックに陥った時間帯」だった。また当然、しばらくの間は「不安な気持ちに包まれた」ようだ。ただし次第に冷静さを取り戻し、失ったタイムも取り戻していった。第1計測地点では早くも“暫定”総合首位に躍り出た。あとは最後までアクシデントもなく、予想通りに“暫定”の2文字を外すことに成功する。休養日前日に手放したマイヨ・ロホも、わずか1日でその手につかみなおした。ひとつ予想外なことがあったとしたら、それはロドリゲスが失ったタイムが本人の希望通り「1分半や2分」ではなく、ニバリの想定していた「3分」でもなく……4分17秒だったこと!「人生最高のタイムトライアルを戦いたい」と意気込んでいたロドリゲスだったが、総合では3分44秒差の総合5位へと脱落してしまった。
モスケーラからわずか18秒差しか奪えなかったこと(総合では38秒差)は、果たして予想外だったのだろうか。ニバリは「総合優勝に向けて最大のライバルはモスケーラだ。(最終山岳ステージのある)土曜日はモスケーラを警戒していく」と力強く断言している。一方のモスケーラは34年間の人生で初めてグランツール総合2位の座につき、笑顔が止まらない。「ブエルタの総合優勝はずっと夢だった。その夢にあとわずかまで近づいた。土曜日は冷静に攻撃する」と誓っている。
●ペーター・ヴェリトス(チームHTC・コロンビア)
区間勝利
プロ入りしてから初めてのタイムトライアル勝利だ。信じられないよ。気持ちを上手く言い表せないね。世界最高のTTライダーであるカンチェッラーラを破ったことは、サプライズとしか言いようがない。前半は100%を尽くさなかったけれど、後半は全力でペダルを漕いだ。前方にダニエルソンが見えた。彼の姿はどんどん大きくなったんだ。これが大きなモチベーションになったよ。
出来る限り表彰台の座を守っていきたい。あと1つ難関山岳ステージがある。ボクの全力を尽くす。この勝利を手に入れられたことだけでもすでに満足しているんだ。第16ステージでタイムを失わなければ、総合優勝争いだって可能だったかもしれない。でも今ブエルタでは毎日全力を尽くしてきた。
●ヴィンチェンツォ・ニバリ(リクイガス・ドイモ)
総合リーダー
すごく力強く走ることが出来た。でも風のせいで難しいタイムトライアルだったね。だから力強くスタートを切る必要があったんだ。最初の10kmでライバルたちから25秒を稼いだのに、その後パンクしてしまった。これで25秒を失ってしまった。バイクを交換したほうがいいと考えたけれど、すでにメカニックが前輪を変えていた。ここで2秒ほどためらってしまって、パニックに陥ったね。でもすぐにリズムを取り戻すことができた。頭を低く下げて、とにかく突き進んだ。
この先の最大のライバルはモスケーラだ。ロドリゲスは3分くらいタイムを失うだろうと考えていたけれど、4分以上とはね!彼は進めば進むほど、タイムを失ってしまった。でもブエルタはまだ終わってはいない。今大会は非常に素晴らしい大会になったと思う。なにしろ最後の最後まで接戦が繰り広げられるんだからね。
土曜日のボラ・デル・ムンドは非常に難しくなる。コバドンガのステージでしたように、チーム全体でレースをコントロールしていくつもりだ。出来る限りチームメイトに脇を固めさせるし、上りではザウグとクロイツィゲルを頼りにしている。ボクはモスケーラだけを警戒していく。たとえモスケーラがアタックを仕掛けても、ボクの調子さえよければ、それほど大きな問題はないだろう。そして土曜日に、誰が勝つのかが明らかになるだろう。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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