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アルベルト・コンタドールは悠々と、ライバルたちの後ろで構えているだけで十分だった。すでに区間は2勝を上げている。そのうち1度はマリア・ローザ姿での勝利だった。しかも総合2位を5分18秒も突き放し、最終タイムトライアルに「ゆとりを持って、リラックスして」臨めるだけのタイム差は稼いでいた。もはや自らの優位性を示すためのアタックなど必要なく、ほんの1人か2人の動きだけを注視しているだけでよかった。大雨だった前日とは打って変わって、真っ青に晴れ渡った空の下で、雄大なアルプスの自然をようやくゆっくりと堪能することができたようだ。
確かにマリア・ローザを巡る争いはとっくの昔に終わってしまっていた。しかし大会最後の一斉スタートステージとしてはとてつもなく長い全長242kmのコースに、大会最後の「未舗装ゾーン」フィネストレ峠、さらにトリノ五輪のスキー会場となったセストリエーレへのゴールへ向けて、幸いにもそれ以外の戦いは激しく火花を散らした。
区間優勝を巡る戦いは、スタートから30km地点から始まった。第2ステージで大会初めての逃げを打ったセバスティアン・ラング、第3ステージを制したアンヘル・ビシオソ、第17ステージで大逃げ勝利を上げたディエゴ・ウリッシ、2日前にも逃げたケヴィン・シールトラーイェルス、そしてフーガ賞(大逃げ距離総計で争われる)で総合ぶっちぎり首位のヤロスラフ・ポポヴィッチ、さらにはどんな大会でもよく逃げるパヴェル・ブルットやヴァシル・キリエンカ等々……いわゆる常連選手たち計13選手が、2011年ジロ最後のエスケープへと飛び出していった。さすがエスケープ巧者揃いの集団は、50kmほど逃げたところで11分半のタイム差を奪い取った。そして後方プロトンの厳しいスピードコントロールを上手にかいくぐって、6分差でフィネストレ峠の麓へとたどり着いた。
未舗装ゾーンにたどり着く前に、区間優勝を巡る戦いは勝負がついた。坂道に喘ぎだした仲間を振り払い、ゴール前40km地点でキリエンカが1人前に出ると、そのままセストリエーレの山の上まで単独逃げ切りを決めてしまったのだ。しかも後方では強豪たちの戦い——あくまでもマリア・ローザ争いではないが——が勃発し、加速や飛び出しも見られたというのに、最後までほとんどタイム差を縮められることさえなかった!区間2位に4分43秒差、マリア・ローザ集団には5分58秒差。キリエンカがここまで強い持久力と精神力を発揮できたのは、数日前に命を落としたチームメイト、トンドに勝利を捧げたいと願ったからでもあった。また2008年ジロの第19ステージでは、ひどく冷たい雨の降る大会最終山岳ステージで、やはり大逃げ勝利を決めていた。「グランツール序盤は誰もが猛スピードで走る。とくにスプリンターチームが逃げを許してくれないからね。でも最終週なら、ボクが力を発揮できるんだ」。
ちなみに前回優勝時は、実はキリエンカの記者会見に2、3人しかジャーナリストが出席せず、大会関係者がプレスルームに雷を落としたのだった。しかし無理もなかった。3年前はやはりコンタドールがマリア・ローザを着ていたが、総合2位とはわずか4秒差、3位とは21秒差というとんでもない状況だった。つまり正直なところ、誰も大逃げ勝者に構っている暇がなかったのだ……。幸いにも2011年のこの日は、まさに「脱帽」としか言いようがないキリエンカの記者会見は大入り満員だった。
はるか後方のメイン集団では、コンタドールを除く全ての選手たちに、それぞれ攻撃的に動く理由があった。ホセ・ルハノは、2005年に勝ち取ったセストリエーレで、もう一度栄光を味わいたいと願った。前日に総合10位から8位への格上げを成功させたホアキン・ロドリゲスは、さらなるジャンプアップの可能性を求めていた。2年前の総合勝者デニス・メンチョフは総合9位に甘んじているわけにはいかず、総合4位のジョン・ガドレは人生初の表彰台が欲しかった。新人賞争い2位のスティーフェン・クルイシュウィックは、首位ロマン・クロイツィゲルが遅れ始めたのを見て、俄然ペダルを漕ぐ足を速めた。一方で大会前の目標「表彰台入り」は叶えられそうもないが、せめてマリア・ビアンカは死守したかったクロイツィゲルは、1人で勇気ある追走を仕掛けた。そしてフィニストレの上りで集団から振り落とされたヴィンチェンツォ・ニバリは、総合2位上昇のチャンスをミラノTTへとつなげるために、得意の下りで必死に喰らいついた。そして総合2位のミケーレ・スカルポーニが、ここ数日上りに苦しむニバリを、ゴール前で突き放しにかかった。
しかし全ての選手に、望みどおりの幸運が微笑みかけたわけではない。ルハノは総合では6位に上昇したが、区間勝利は取れなかった。ロドリゲスはついにトップ5入りを果たし、すぐ後ろを追いかけたメンチョフは8位止まり。ガドレは表彰台までの距離を2分1秒→1分35秒に縮めただけで満足するしかなかった。クルイシュウィックは少しタイムを縮め、つまりクロイツィゲルは少しタイムを失った。新人賞を争う2人のタイム差は2分18秒となった。そしてスカルポーニは、ニバリ相手に22秒のタイム差を新たに付け加えた。予定より5kmほど短縮された全長26kmの最終タイムトライアルで、スカルポーニとニバリの59秒のタイム差は、どう変わるのか。「距離は長いほうがボクに有利だったけどね」とニバリは少々残念そうだ。
そして大多数の選手にとって、長く苦しく、少々やりすぎ気味だった2011年ジロ・デ・イタリアは、セストリエーレの山頂で終わりを告げた。別府史之も満面の笑みを見せた。「フィネストレ峠で後輪をパンクしてしまい、アクア・エ・サポーネの借り物のホイールで走ったんです。だから思い通りに踏めなかったのが残念でしたが……。でも今はとにかく『終わった〜』という気持ちでいっぱいです。今夜はおいしいものを食べたいですね」と語る。……もちろん最終ミラノステージが待ってはいるが、一部の選手たちは、そしてジロ「外」の自転車選手たちも、すでに7月に向けて気持ちを切り替えている。5月28日土曜日、セストリエーレの反対側の斜面では、レオパード・トレックのアンディ・シュレクがトレーニングを積んでいた。ツール・ド・フランスまで、わずか5週間に迫っている。
●ヴァシル・キリエンカ(モヴィスター チーム)
区間優勝
今日の勝利は友であるトンドに捧げたい。彼のことはむかしからアルデンヌクラシック等々でよく知っていたんだ。自転車を愛する素晴らしい人間だった。彼の死んだ後、チーム全体でトンドのために何かしたいと努力してきた。そして一番いい形、つまり勝利を捧げることができた。だからとても嬉しいんだ。
確かにボクはトラックの世界チャンピオンになったことがあるけれど、ポイントレースを制したのであって、決してスプリントで勝ったわけじゃない。だからボクはスプリンターじゃないんだよ。ポイントレースというのは、スピードよりも持久力が必要なレースだ。それに近年は山を上手く上れるようになってきたし、時には総合争いの選手たちにもついていけるようになってきたからね……。実はこのジロには総合上位を狙ってきたんだけれど、チーマ・コッピでひどく苦しめられて、体調を取り戻すのに時間がかかってしまった。でも今日はスタート直後から調子がよかったから、チームのためにも勝利を手に入れようと飛び出した。
●アルベルト・コンタドール(サクソバンク)
マリア・ローザ
今日は景色をゆっくりと楽しめたよ。フィネストレは本当に素晴らしい山だったね。フォトグラファーたちがどんな写真を撮ってくれたのか、それを見るのが楽しみだよ。それ以外には、警戒し、いいポジションを取り、無駄に力を使いすぎないよう心がけた。もはやタイム差を稼ぐ必要が無かったから、とにかくライバルたちの動きを見ているだけでよかったんだ。
勝利まであとわずかだ。あとはミラノへとたどり着くだけ。本当に嬉しいよ。エトナステージ以降、ボクは信じられないほど絶好調だった。だからこれほどハイレベルの走りを続けることができた。この勝利はハードなトレーニングをつんできた成果なんだ。今夜はチームメートと勝利を祝いたい。そして明日は心静かに走るつもり。だってスカルポーニやニバリのことは、もはや恐れていないんだ。ミラノのタイムトライアルで逆転されるようなことはあり得ない。もちろん全力は尽くすけれど、ステージ勝利を取ろうとは考えていないのさ。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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