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2011年のツールはまだ4日しかたっていないというのに……、すでに3日間も白熱する総合の争いが繰り広げられている。初日は不幸なアクシデントのせいだったし、2日目は有力選手たちの直接対決ではなかったが、この日は手に汗握るワクワクするような激しいぶつかり合いが見られた。グランツールの巨人たちの真剣勝負の前では、クラシック王者のフィリップ・ジルベールは成す術もなかった。
ブルターニュ名物の雨が、プロトンを襲った。細かく、冷たい雨が選手たちの体にまとわりつき、アスファルトの路面を滑りやすく危険なものに変えた。しかも気温は前日から一気に摂氏10度近くも下がった。多くの選手や関係者が「極めて慎重に行かなければならない。落車に注意、前方に位置取りだ」と語る一方で、「まるで俺たちの地元にいるみたいだ!」と笑っていたのはツールに帯同するたくさんのベルギー人たち。まるで水を得た魚のように、路上でもベルギー関係者の働きが目に付いた。
スタート直後にジェレミー・ロワ(FDJ)、ゴルカ・イサギレ・インサウスティ(エウスカルテル・エウスカディ)、イマノル・エルビーティ(モヴィスター チーム)、ブレル・カドリ(アージェードゥゼール・ラ・モンディアル)、ジョニー・フーガーランド(ヴァカンソレイユDCM)の5選手の逃げを許すと、オメガファルマ・ロットとBMC レーシングチームが後方集団のコントロール権を握った。オメガファルマは当然ベルギー籍チームで、メンバー9人中7人がベルギーの悪天候を体で知っている。一方のBMCはアメリカ籍で、オーナーはスイス人で、ベルギー選手は1人も存在しないが……チームマネージャーはベルギー人。しかもリーダーのカデル・エヴァンスはベルギーに住んでいたことがあるし、キャプテンのジョージ・ヒンカピーは北のクラシックを愛してやまないし、ベルギー風味のチームと言えなくもない。なによりオメガファルマはフィリップ・ジルベールの「バースデー勝利」のために働く必要があったし、BMCはエヴァンスが並々ならぬ意欲を燃やしていた。マイヨ・ジョーヌまでわずか1秒差ながらも、監督ジョン・ルランゲが出したチームオーダーは「マイヨは考えない。第一目標は安全に走りきること。次の目標は、総合ライバルたちからタイム差を開くこと、最後にチャンスがあれば区間勝利を狙うこと」だった。
3回目にして、すでに風物詩ともなった中間ポイントは、6番目=後方集団トップの位置をタイラー・ファラー(ガーミン・サーヴェロ)が獲得。前日のツール初区間勝利で「肩の荷が下りた」ファラーは、余裕のスプリントでマイヨ・ヴェール姿のホセホアキン・ロハス(モヴィスター チーム)やマーク・カヴェンディッシュ(HTC・ハイロード)を退けた。
中間スプリントを終えたころから嫌な雨は上がり、それにあわせて後続集団も徐々に加速を始めた。路面が乾くにつれて、追走スピードも上がっていく。特にマイヨ・ジョーヌのトル・フースホフト擁するガーミン・サーヴェロが満を辞して集団前方に進み出ると、大切なジャージを守るためにチームタイムトライアルばりの隊列走行を引き受けた。道幅の狭いうねった道でプロトンは限りなく細長く伸びていく。そして協力し合い必死のリレーを続け、もしかしたら逃げ切れるかも……ときっと思ったであろう先頭集団の5人を、無常にもラスト3.5kmで飲み込んでいった。
ラスト2kmからフラムルージュまでは奇妙なほどに真っ直ぐで、素晴らしく見通しの良い激坂だった。そして最難関ゾーンも最終盤に差し掛かったゴール前1.3km地点で、最初のアタックが発生した。初日2日で大きくタイムを失ってしまったディフェンディングチャンピオン、アルベルト・コンタドール(サクソバンク・サンガード)だ!
5月のイタリアでも、コンタドールが真っ先にアタックをかけたものだ。ただしジロの場合は、一撃でほぼ全てのライバルを蹴散らし、悠々と恐ろしいほどのタイム差を稼いだものだった。しかし7月のフランスには、あの時以上の強豪が肩を並べている。コンタドールの後ろにはすぐにジルベールが張り付き、続いてエヴァンスも合流した。さらに数人が追いついて……。驚きだったのはアンディ・シュレク(チーム レオパード・トレック)がついていけなかったこと、そしてマイヨ・ジョーヌ姿のフースホフトがついてきていたこと。「ボクには上りが短すぎた。ボクが本領発揮できるのはもっと長い上りであって、1kmの激坂に必要とされるパンチ力がないんだよ」とアンディは言い訳し、「クライマーたちについていくことが出来て、自分を誇りに思うよ」とフースホフトは喜んだ。そして10人の小さな集団が、ミュール・ド・ブルターニュでの史上初タイトルを巡って、激しいスプリント勝負にもつれ込んだ。
いや、実際にスプリントを打ったのは2人、コンタドールとエヴァンスだった。グランツール6勝のチャンピオンと、元世界チャンピオンの豪華な一騎打ち。エヴァンスが最初に仕掛け、コンタドールが急速に追い上げた。フィニッシュラインで右手を突き上げたのはコンタドールだったが、わずか10cm差で勝利を手に入れたのはエヴァンスのほうだった。エヴァンスにとっては2007年大会の個人タイムトライアルに続くツール区間2勝目。ただし1勝目は、優勝者のドーピングが発覚したことによる「昇格」勝利であり、表彰台での祝福を受けるチャンスは無かった。まあ今回もフィニッシュラインで両手を天に突き上げる機会こそなかったし——いずれにせよエヴァンスは両手を突き上げたりするタイプではないが——、あいかわらずマイヨ・ジョーヌは1秒差で手が届かなかったけれど、エヴァンスは心の底からツールの区間勝利を満喫した。
また攻撃的に仕掛けたコンタドールは、少なくとも大会前には「最大のライバル」とみなされていたアンディ・シュレクとのタイム差を、わずか8秒ながら縮めることに成功。総合タイム差は1分30秒になった。「ボクが失ったタイムに比べたらほんの些細なタイムだよ。でもどんなにわずかでも、タイムを縮められたというのは朗報なんだ」とコンタドールは久しぶりに笑顔を見せる。もちろん同時にゴールしたエヴァンス、アンドレアス・クレーデン、フランク・シュレクとのタイム差は変わらず、それほど状況が好転したわけでもない。
そしてジルベールは区間勝利だけでなく、初日には3色揃えていたジャージも、ついに全て失った。それでもジルベールの意欲はまるで衰えていない。第6ステージと第8ステージの区間勝利を狙うと再び断言している。
●カデル・エヴァンス(BMCレーシングチーム)
区間優勝
今日の第一目標は、とにかく安全にステージを終えることだった。最大限に警戒して、それでもしも何かできるチャンスがあれば……、と考えていたんだけれど。だから勝つことが出来て、自分自身、本当に驚いているんだよ。
ボク個人の最大の目標はずっと変わっていない。ツールで総合優勝をすること。そして総合争いが決するのは、いつだって最後の10日間なんだ。確かに第1週は非常に大切だけれど、こうしてタイム差をつけることが出来たのはいわばボーナスのようなもの。でもこの勝利が、確かに、ボクとチームに大いなる自信をくれたね。でも一番大切なのはパリでマイヨ・ジョーヌを着ていること。この区間勝利は嬉しいけれど、この先はよりいっそう総合争いにに集中して行く。
去年は新しいチームに移籍したばかりだったし、しかも当時はプロチームではなかったから、ジロに参加せざるを得なかった。でも今年はシーズンを落ち着いてスタートすることが出来たし、レース日数も5〜10日間減らした。ただツールだけに向かって、しっかりとビルドアップしてきたんだ。またチームは十分に成長し、成熟した。ボクだけではなく、全ての選手、チームスタッフ、上層部、全ての人間がモチベーション高く、しっかりと準備してこの大会に臨んだんだ。今までのところは全てが予定通りに進んでいる。結果もそれを示している。幸運がボクらにチャンスしてくれているのも、非常に大切なことだと思っているよ。
●トール・フースホフト(ガーミン・サーヴェロ)
マイヨ・ジョーヌ
確かに今日ボクが成し遂げたことは、今ツールにおけるボクのベストパフォーマンスかもしれないね。だってあんな風に、ヒルクライマーたちが強いるリズムについていくことが出来たんだから。自分を誇らしく思うよ。今朝の目標はジャージをキープすることだった。難しいだろうとは分かっていたから、前に必死で喰らいついた。エヴァンスや他の選手たちが加速を始めたときは、一時は諦めかけた。でも何とかしがみついていくことが出来たんだ。今日は誰もがジャージ交代を予想していたけれど、ボクは簡単にはジャージを渡したりしなかったよ。
もちろんスタート前には今日は勝利のことなんて考えていなかったよ。でもゴール前400mで、もしかしたらボクも勝てるんじゃないだろうか、という考えが一瞬頭をよぎった。でもそんなことを思ったのは1秒くらいのもので、すぐに不可能だと理解したんだ。自分はもはや限界ギリギリだと悟った。
この先もできる限り長くジャージを守りたい。出来るならば土曜日のステージまではマイヨ・ジョーヌを着ていたいね。確かに簡単な仕事ではないし、チームは多くの仕事とエネルギーを要するだろう。1日1日を見ていきたいね。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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