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朝のスタート地のあちこちで、前日の厳しいステージの名残が感じられた。多くの選手の腕や脚に包帯や絆創膏が巻かれ、少し疲れたような表情をしている者も多い。しかも大会6日目のこの日は、さらなる体力勝負となるだろうことを誰もが理解していた。ステージ距離は226.5kmと大会最長。前日以上にアップダウンは多く、前日以上に風は強く、しかも黒雲がコースの上に渦巻いていたのだ……!この日またしても区間大本命に上げられ、連日、ゴールや中間ポイントで存在感を発揮しているフィリップ・ジルベール(オメガファルマ・ロット)さえも疲れを隠せない。「エスケープが逃げ切りを決めると思うんだけど……」と、予想とも願望ともつかない様子で語っていた。
そもそも飛び出したい選手は山のようにいた。区間勝利やジャージアピールはもちろん、ロングエスケープには山岳賞ジャージの可能性がおまけについてくる。赤玉ジャージを着てスタートを切ったカデル・エヴァンス(BMCレーシングチーム)の山岳ポイントはわずか2ptでしかなく、今ステージであっさり逆転可能な数字なのだから。こうしてアントニー・ルー(FDJ)、レオナルド・ドゥケ(コフィディス ルクレディアンリーニュ)、アドリアーノ・マローリ(ランプレ・ISD)に、ヴァカンソレイユDCMの2人組リューウェ・ウェストラとジョニー・フーガーランドとの5選手が、悪天候にも関わらず長い長い逃げを始めた。
降ったかと思えば急に空は晴れ渡り、突然激しいシャワーが浴びせかけられることもあった。前日に比べれば道幅が広く、難解なルートも少なかったが、どのチームも、どの選手も、濡れた路面でスリップしないよう慎重なペダリングを心がけた。そのせいかエスケープ集団は今大会最大の11分30秒差を記録。また、すでに第4ステージで大逃げを試みていたフーガーランドが、山岳ジャージを奪い取れるだけの十分なポイントを順調に重ねた。そして長いステージもようやく残り50kmを切ったころ、逃げの友3人を置き去りにして、マローリとウェストラがさらなるアタックを仕掛けた。土砂降りの雨に打たれながら、逃げ切りを信じてゴールへとひた走った。
可能性を信じていたのはなにも彼ら2人だけではない。「ツールの第1週目は普通ならば平坦続きで、スプリンター以外は何も出来ない。でも今年は違う。ボクらのような選手にも何かトライする余地が残っている。確かにボクは1つも成功させられなかったけれど、それでも、ほんのわずかのきっかけで、ボクが優勝していた可能性もあるからね。そう思うとやる気をかきたてられるんだ!」とトマ・ヴォクレール(チーム ユーロップカー)が語ったように、一旦は吸収されたルーが再び飛び出した。ラスト2km地点から始まる急坂で最後の生き残りマローリの勇敢なる悪あがきが終わると、今度はそのヴォクレールがチャンスを探しに行く番だった。実はその前に、ジェリ・ヴァネンデール(オメガファルマ・ロット)も前に飛び出している。しかしこの男の目的は、ジルベールのために集団を撹乱すること。そしてアタック選手を潰すこと。つまりヴォクレールと一緒に先を急ぐつもりなどまるでなく、ただヴォクレールもろとも後続集団へと飲み込まれていったのだった。
……と、2日前のミュール・ド・ブルターニュで激しく攻撃に転じたアルベルト・コンタドール(サクソバンク・サンガード)が、この日も最後の上りで前線へと上がって来た。アタックか!?と誰もが息を呑んだが、この日の王者は単に安全第一のためのポジション取りをしただけだったようだ。「アクシデントを避けるために前に出たんだ。アタックのためじゃないよ」
急激な上りで60人あまりに絞り込まれた集団内では、誰もがわれ先にフィニッシュラインを目指した。マイヨ・ジョーヌのトル・フースホフト(ガーミン・サーヴェロ)も、マイヨ・ヴェールのジルベールも、マイヨ・ア・ポワのエヴァンスさえも。しかしマイヨ・ブランのゲラント・トーマスの強烈なアシストでぐいぐい上がってきたのは、黒いジャージ姿のエドヴァルド・ボアッソン(チームスカイ)だ!
上り、スプリント、タイムトライアルの全てに強く、将来を大いに嘱望されるオールラウンダーは、こうしてツール・ド・フランスの歴史に初めて自らの名前を刻み込んだ。しかもスプリント力は明らかに去年よりも上がったそうだし、「今までなら山に入ったら前方で戦いに絡もうとはせずに、すぐにグルペットに入って、制限時間内にゴールすることだけを考えた。でもドーフィネでは前で戦う必要に迫られたら、思った以上に山でもいい成績が出せたんだ!」と、24歳の若者の武装強化は着々と進んでいる。「エディ・メルクスの後継者」などという大それた期待——まあ、史上最強の自転車チャンピオンが引退したのち、数々の選手がこんな風に期待されてきたのだが——も、「外部からのプレッシャーはまるで気にならないんだ。自分で自分にかけたプレッシャーのほうが厳しいからね」と、さらりとかわす強さを持っている。そして昨シーズンに誕生したチームスカイにとっても、初めてのツール区間勝利となった。区間ではなく総合の勝利を目指してツール入りした英国チームだが、監督によれば「チームバスがひっくり返りそうなほど飛び跳ねたり叫んだりした」とのこと!
ゴール地には、選手たちはみな濡れ鼠のようになって帰ってきた。「でもボクらそれこそ1年中レース漬けの日々で、もっと冷たい雨やもっとひどい風を知っている。だからへっちゃらなんだ」と語るヴォクレールは、頭のてっぺんからつま先までびしょ濡れだった。
●エドヴァルド・ボアッソン(チームスカイ)
区間優勝
本当にステキだ。自分自身でも驚いているよ。今日は脚の調子がすごく良かった。特に最終盤は上りも快調に前線でこなすことが出来た。しかもゲラント・トーマスが上手くリードアウトをしてくれたから、フィニッシュラインが見えたときに理想的な状況だと確信したんだ。すごく気分がいいね。実はきのうもすでに好調さを感じていたんだ。でもステージ優勝の争いには最後まで加わることは出来なかった。だから今日、再びトライして、そして勝てた。ボクにとってもチームにとっても大切な勝利だよ。
今日のチームの最大の仕事は、ブラドレー・ウイギンズを前方に位置取りさせることだったんだ。総合のための仕事こそが、このツールでは最も重要なこと。ボクらは総合争いのために来ているんだ。もちろん区間勝利のチャンスがあるときは、そのチャンスを取りに行く。でも区間勝利がチームの主要目的ではない。
ボクは外側からのプレッシャーは全く気にならないんだ。自分が自分にかけるプレッシャーを両肩に感じるだけ。色々な人々から「ボクは才能がある」と言われてきたけれど、その才能をこうして発揮できて本当に嬉しいよ。ただボクはボクであり、自分ができる限りのことをするだけ。ボクは誰かの後継者ではなく、エドヴァルド・ボアッソンなんだよ。
●トル・フースホフト(ガーミン・サーヴェロ)
マイヨ・ジョーヌ
ノルウェーは小さな国だけど、悪くないね!ボアッソンはオールラウンダーなんだ。アップダウンも、タイムトライアルも、スプリントもできる。しかも山も上れるんだから。
今日は区間優勝を狙っていたんだ。ツール開幕前からこのステージに狙いをつけていた。でもマイヨ・ジョーヌを守るための仕事でかなりのエネルギーを要するから、今は少々疲れを感じている。だからフィニッシュ前、勝利のためのあとほんの少しが足りなかった。
あと1日マイヨ・ジョーヌを守りたい。土曜日の夜にはおそらく失っているだろうね。スーペル・ベスの上りは長くて難しい。確かに昔よりは山も上れるようになった。でも記憶が正しければ、勾配8%ほどはある上りだから、ボクにはちょっと難しいんだ。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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