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サイクル ロードレース コラム 2011年7月13日

【ツール・ド・フランス2011】第10ステージ レースレポート

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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左の拳が空に突き上げられた。力強く。雄叫びと共に。続いてたくましい右腕が振り上げられた。天を殴るように。なにしろ待ち望んできたツール・ド・フランス初出場で、初めての区間優勝を手に入れたのだ。しかも宿敵の元チームメートを、一騎打ちで、力づくでねじ伏せて。スプリント界の大スター、マーク・カヴェンディッシュの影で苦しんできたアンドレ・グライペルが、ようやく、本物の日の当たる場所へと飛び出した。「カヴェンディッシュのことは十分に尊重している。すでにツールで17勝も上げている大選手だからね。ボクにとっては初勝利。もちろんこの先も狙っていく。貯蔵庫にエネルギーはまだまだ残っているから」と勝者は笑顔を見せる。「単純にグライペルが今日は最強だった。おめでとうと言いたいね」と語る敗者は、無表情だった。

大会1度目の休養日を終えて、いつもより少々厳しかった第1週目の疲れを癒した178人の選手たちが、志も新たにスタート地へと集ってきた。満身創痍ながらも、ジョニー・フーガーランド(ヴァカンソレイユDCM)も笑顔でチームバスから降りてきた。「続けるのはボクの意志なんだ。ケガをする前よりも、ツールに対するモチベーションがより一層高まった」と、心配する全ての関係者をほっとさせた。……ちなみにそわそわしながら傷だらけのヒーロー登場を待ちわびるメディアやファンの前に、ルームメイトのロマン・フェイユーが赤玉ジャージ姿で現れて、場が一気に和むシーンも。レースに戻ってこなかった選手もいた。何度も落車の犠牲になったヤロスラフ・ポポヴィッチ(チーム・レディオシャック)は、高熱にうなされてひっそりとツールを去った。一方のアレクサンドル・コロブネフ(チーム・カチューシャ)は騒ぎを起こしつつ——第5ステージ後の尿サンプルAから禁止薬物の利尿剤ヒドロクロロチアジドが検出され、チームから出場停止処分を受けた——、帰宅を余儀なくされた。

ピレネー山脈突入前のいわゆる「移動ステージ」との前評判が高かったこの日は、いつも通りエスケープの形成から始まった。「あまりにも大量の選手を逃してはならない。総合上位の選手も逃してはならない。集団スプリントに持ち込みたいチームのメンバーを逃してはならない」と語るトマ・ヴォクレール(チーム ユーロップカー)が厳選した6選手が、スタートから10.5km地点で飛び出していく。マイヨ・ジョーヌからの逃げ許可が出た選手とはつまり、レミ・ディグレゴリオ(アスタナ)、ジュリアン・エルファレス(コフィディス ルクレディアンリーニュ)、セバスティアン・ミナール(アージェードゥゼール・ラ・モンディアル)、アルチュール・ヴィショ(FDJ)、アントニー・ドゥラプラス(ソール・ソジャサン)のフレンチ5人に、フーガーランドの赤玉ジャージ保守が目的のイタリア人マルコ・マルカート(ヴァカンソレイユ DCM)。人数は確かにそれほど多くなかったし、エスケープ内の総合トップはエルファレスの15分06秒で総合首位を脅かす恐れもない。しかもユーロップカーの集団制御には、HTC・ハイロードやランプレ・ISDといったスプリンターチームが追走の手を積極的に貸してくれた。マルカートだけは最後まで粘ったが、ゴール前16km地点で逃げにはきっちり終止符が打たれた。

しかしアタックが信条のヴォクレールは、決して守備的に走っているだけでは飽き足らなかったようだ。ツール1年生のトニー・ガロパン(コフィディス ルクレディアンリーニュ)が吸収と同時にカウンターアタックを仕掛けると、フィリップ・ジルベール(オメガファルマ・ロット)、ドゥリース・デーヴェニィンス(クイックステップ)、そしてトニー・マルティン(HTC・ハイロード)と共に若者の動きに続いたのだ!マイヨ・ジョーヌとマイヨ・ヴェールの饗宴。スリリングで魅惑的な最終盤を演出しつつ、最終的にはゴール前数キロでスプリンターチームの猛追に屈したが、ヴォクレールは目標どおりにマイヨ・ジョーヌは守りきった。

この特攻で、いくつかのスプリンターチームは大きくぐらつくことになる。確かにマルティンが前方に滑り込んではいたものの、HTC・ハイロードは特攻野郎たちを捕まえるために必死にならざるを得なかった。猛烈に加速を行い、……つまりカヴェンディッシュのアシストたちは猛烈に体力を消耗することになる。おかげで発射台となるはずのマシューハーレー・ゴスもマーク・レンショーも早々に後方へと消え去った。ラスト2km地点に入ったとき、カヴェンディッシュの前にはマルティン1人のみ。一方で「2枚看板」を掲げるオメガファルマ・ロットは、前方でジルベールが邁進している間、後方集団のアシストたちは静かに控えているだけでよかった。そして一旦ジルベールの逃げが終わると、温存していた体力をグライペルのスプリント準備へと注ぐことができたのだ。記者会見中、グライペルは何度となくチームメイトへの感謝の言葉を繰り返した。「チームメートが素晴らしい仕事をしてくれた。ジルベールもボクのために惜しみなく力を尽くしてくれた。おかげでカヴェンディッシュの背後に入り込むことが出来たんだ」

最終1kmのカヴは、たった1人で目標に進む以外に方法はなかった。それでもダニエル・オス(リクイガス・キャノンデール)の大きな背中を風除けにして、体を小さく丸め込んで、タイミングの到来を待った。ただし、代理リードアウトの後ろで、自らにぴったりのタイミングまで待ちきれなかったようだ。ラスト400mの直角カーブを抜けた直後に、がむしゃらにフィニッシュラインへ向けて突進を始めてしまう。「ゴリラ」にとっては、一騎打ちを制する絶好のチャンスでしかなかった。

どんなに大量勝利を上げても、どんなに調子が良くても、HTC時代のグライペルはツール・ド・フランスを走る夢を叶えられなかった。2008年ジロ(カヴ2勝・グライペル1勝)から始まったといわれている両者の確執のせいで、スプリントリーダーのカヴェンディッシュはツール組、もう一方のグライペルはジロやブエルタ要員にまわされてきたのだ。しかも2010年は7月以前に13勝も上げたというのに……、あいかわらずのツールメンバー漏れ。もはや我慢も限界に来たグライペルは、自らチームに絶縁状をたたきつけて新天地へと飛び出した。「現チームには本当に感謝している。こうしてツール・ド・フランスにボクをつれてきてくれて。こうしてツールで区間を勝ち取るチャンスを与えてくれて」。グライペルは現チーム内では優しすぎると評判だそうだ。この日も決して元チームリーダーを攻撃することなどなく、ただ静かに、自らの人生で最高の瞬間をかみ締めるのだった。

●アンドレ・グライペル(オメガファルマ・ロット)
区間勝利

今朝、チームメイト全員でユルヘン・ヴァンデンブルックがいる病院にお見舞いに行ったんだ。彼を励ますためにね。ボクらチームにとって、ヴァンデンブルックの落車リタイアは簡単に消化できる出来事ではなかった。ボクらは中心選手を失ったんだ。個人的には、彼はパリの表彰台に上がれると思っていたしね。そしてヴァンデンブルックが今朝、ボクに言ってくれたんだ。「今日は勝ちに行ってくれ」って。だから勝つことが出来て本当に嬉しいし、この勝利は彼に捧げたいと思っている。

カヴェンディッシュは地上最速の男たちの中の1人であって、地上最速の男ではない。彼は何でも思いついたことを口に出してしまう節があるね。それに他の選手たちのことを話すときは、あまりいい感じの言い方はしない。でもボクとしては、それに負けたくない。ボクは自分の真価を見せ付けたいだけ。だから常に自分にもチームメイトにも、自分たちの目標に集中するよう言い聞かせ続けてきた。他の人間が言っていることなど構わずに、仕事に集中するように、と。カヴのことは十分尊重しているよ。ツールですでに17勝も上げているんだからね。ボクにとっては今日が最初の勝利。2人の娘の誕生に次ぐ、人生最高の瞬間だね。

カヴェンディッシュとは決してスプリントで対決したことがなかった。シャトールーのステージが、本当の意味で初めてカヴと戦ったスプリントだった。そしてボクは負けた。でも自信は失わなかった。確かに今シーズン序盤はボクにとって決して簡単ではなかったよ。でも当然のこと。新チームに加入したときは、互いを良く知り合う必要があるし、集団スプリントのための連携を作り上げなきゃならない。それにボクもレースプログラムやトレーニング内容を変えたんだ。今までは決して7月に調子の山を持ってくる必要はなかった。いつも7月はバカンスだったからね。でも今年は最高の調子で7月を迎えることが出来た。本当に満足しているよ。

●トマ・ヴォクレール(チーム ユーロップカー)
マイヨ・ジョーヌ

ストレスの多い1日でもあり、素晴らしい1日でもあった。特にスタート前と最終盤にはストレスを感じたね。マイヨ・ジョーヌを着てレースを走り出すことは、決して簡単なことじゃない。それにボクらのチームには、ツール初出場の選手が3人もいる。彼らにとっても簡単ではないだろうと分かっていた。しかもチームはいわゆる2部チームで、全ての1部チームを相手に走らなければならない。なによりツールは世界最大のレースだ。それをボクらがコントロールするんだから、リラックスできないのは当然のことだと思うよ。それでも最高の1日だった。沿道ではたくさんのファンがボクに声援を送ってくれた。

この先、ジャージをどれだけ守れるかどうか予言することなど出来ない。とにかく1日1日走っていくだけだ。今日は上手く行った。ひとつだけ確かなことは、今回は10日間も守れないだろうということ。これは確実だ。明日も今日のようにレースをコントロールして行きたい。でも正直に言うと、木曜日のステージはボクにとってはすごく、すごく難しいだろうと考えている。

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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