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「この特別な気持ちをきっと忘れない。ビルバオの町を、たった1人、先頭で走りぬけた感覚を。幾度となくトレーニングで通ってきた道の、ほんのすぐ側をボクは走り抜けた。全てを瞳に焼き付けた。街角のあらゆる記念建造物に、グッゲンハイム美術館……。この日の出来事は、ボクの記憶の中に、永遠に留まるだろう」。イゴール・アントン(エウスカルテル・エウスカディ)にとって、一生忘れられないステージとなった。この日沿道に詰め掛けたバスクファンにとっても、きっと、記憶に残る1日となったに違いない。
バスクの大地を熱気が包み込んでいた。灼熱の太陽がプロトンを照らしつけ、気温は40度近くまで上昇。標高410mのほんの小さな——しかしとび切り厳しい——2級峠は、まるでツール・ド・フランスの超級山岳フィニッシュのように、大量に押し寄せたファンたちの熱狂がほとばしった。そしてフィニッシュラインでは歓喜の声が、地響きのように轟いた。33年の空白を破りバスクへと脚を踏み入れたブエルタは、まさしく開催委員長が語ったとおり、「パーフェクトなステージ」を目撃することになる。
しかしバスクの人々にとって、今回のブエルタはパーフェクトには程遠かった。総合優勝が大いに期待されたイゴール・アントン(エウスカルテル・エウスカディ)は、大会序盤であっさり総合争いから脱落。その後もチームが一丸となってエスケープやアタックを幾度となく試みるも、区間勝利さえも手に入れられずにいた。だからこそ地元バスクでの第19ステージに、オレンジ軍団は全てを賭けた。スタート前29kmで出来上がった4人の逃げ集団には、マルツィオ・ブルセギン(モヴィスターチーム)とアレキサンドル・ディアチェンコ(アスタナ)と共に、アントンとゴルカ・ベルドゥーゴの2人が滑り込んだ。
メイン集団につけたリードは最大6分10秒。残り20km地点では1分半に縮んでいた。逃げ切りにはギリギリのタイムだった。それでもアントンは、危険をおかして単独アタックを打った。なにしろ最終盤に2回通過する2級エル・ビベロ峠は、上りも、ゴールまでの下りも、隅々まで熟知していた。ベルドゥーゴの献身的なアシストのおかげでしっかりと体力も温存できていた。しかも2級峠では、全てのファンが凄まじい声のパワーを送ってくれるであろうことも知っていた。そしてゴール前18km、生まれ育った町ガルダカオで、一生忘れられない勝利に向かって飛び出した。
アントンが加わりたくても加われなかったマイヨ・ロホ争いは、最後の山場を迎えていた。マドリード最終日を除くと、残された真剣勝負の舞台はあと2日。だからこそ総合首位のファンホセ・コーボ(ジェオックス・TMC)と2位クリス・フルーム(チームスカイ)の「13秒差」を巡る戦いは、スタート直後から一気に加熱した。わずか19.7km地点の中間ポイントへ向けて、プロトン全体が超高速でドライブを始めたのだ。
「信じられないほどのスピードでしたよ。しかもチームスカイさえ、しっかり制御できていないというか」と土井雪広(スキル・シマノ)はステージ序盤の高速レースを振り返る。確かにチームスカイは、あらゆる飛び出しの試みを潰してまわった。……ところが肝心の(中間)スプリントは、まるで思い通りには行かなかった。上位通過3選手に与えられるボーナスタイム(6、4、2秒)は、どれひとつとしてつかみ取れなかった。
一方でタイムではなく、「ポイント」自体を追い求めたのがホアキン・ロドリゲス(チーム・カチューシャ)。中間ポイントではまんまと先頭通過を果たし、4ptを懐に入れた。ただし緑ジャージ争いのライバル、バウケ・モレッマ(ラボバンク)も負けじと3位でラインを越えている(1pt)。さらにゴール地でモレッマはさらに6ptを追加。これにて首位ロドリゲス110pt、2位モレッマ108ptとなり、総合ポイント差はわずかに「2」……。ちなみにこの日は動かなかった山岳賞争いも、1位ダヴィ・モンクティエ(コフィディスル クレディ アン リーニュ)と2位マッテーオ・モンタグーティ(アージェードゥゼール・ラ・モンディアル)との差は「7」だ。あらゆる分野でまだまだ接戦は続いている。
2級エル・ビベロの峠道でアントンの独走を目撃した幸福な観客たちは、また、フルームの切り裂くような加速力と、それにも負けないコーボの粘着力を見届けることになる。第15ステージまでマイヨ・ロハを着用し、フルームに献身的に尽くしてもらったブラドレー・ウイギンズが、この日は逆に、犠牲的精神を発揮して大いなる牽引を行った。トラック競技では世界の頂点に何度も君臨してきた王者が、後輩の発射台を務めたのだった。しかしワクワクするような2人の頂上決戦は、残念ながら長くは続かず。上り1km、下り1kmほどの短い攻防で終了してしまう。
しかもルームとチームスカイの面々は、集団から数人の飛び出しを許した。アントンのすぐ後ろでは、序盤から逃げていたブルセギンが2位でゴールしており、いまだボーナスタイムの可能性は3位=8秒が残されていたはずだった。それでも、やはりバスク出身アイマル・スベルディア(チーム・レディオシャック)を含む3選手を前へと見送った。また最終盤で分断を試みて、あわよくば赤玉を弾きだせるか……という動きも特になかった。フルームとコーボは1分33秒遅れの集団で一緒にゴールした。つまり13秒は、13秒のままだった。
●イゴール・アントン(エウスカルテル・エウスカディ) 区間優勝
ブエルタ開幕時には総合優勝を狙っていたから、マイヨ・ロホ姿でビルバオに帰ってこようと考えていた。残念ながら願っていた通りには進まなかった。だから目標を切り替えて、ボクの地元で家族や友達の前を走るこの特別なステージに、集中することに決めたんだ。アングリルとペーニャ・カバルガの山頂フィニッシュでいい走りができたおかげで、自信を取り戻すことができた。だから上手くやれると信じていたんだ。それにチームメートのベルドゥーゴがファンタスティックな仕事をしてくれたし、観客が信じられないようなサポートをくれた。ファンの応援はすごく嬉しかったし、ちょっとクレージーだったよね。
チームにとっては、歴史的な勝利だよ!ボクにとっても同じこと。ロングエスケープで区間勝利を手に入れたのは、プロ入り後初めてだからね。今後の可能性が広がった。でも朝はすごくストレスを感じていたんだ。エスケープに乗る必要があることは分かっていたけれど、この種の作戦はあまり得意ではないから。幸運にも脚の調子は良くて、おかげで33年前にビルバオでブエルタ区間を制したバスク選手のあとを継ぐことができた。
●ファンホセ・コーボ(ジェオックス・TMC) 総合リーダー
1日、1日、総合勝利が近づいてきている。でも明日もまた、難しい1日になるだろう。今日に関してはフルームが最終峠を待っていることは分かっていたし、ボクにはエネルギーが残っていたから自分で守りに行くことができた。満足しているよ。明日のウルキオラ峠は何度も上ったことがあるから、よく知っているんだ。チームスカイはまたアタックを仕掛けてくるだろう。でもボクらチームは十分に強い。フルームのアタックを上手く処理することができるはずだ。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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