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吹き付ける風はひどく冷たい。しかも強風ときている……。それでも、遮るもののまるで何もない野原を横切って、たくさんのサイクリストたちがスタート地に詰め掛けた。小さな商店街では売り子たちがみな大会特製のTシャツを着込み、素朴な風貌のファンたちはそれぞれ服装のどこかにピンク色のアクセントをあしらっている。ヘアニングに本拠地を置く日刊紙さえも、この日だけはガゼッタ・デッロ・スポルトとお揃いのカラーに変身してしまった!
決してジロ・デ・イタリア特有の熱っぽい華やかさはないけれど、グランツール史上最北の開幕地ヘアニング——サクソバンクゼネラルマネージャーのビヤルヌ・リースの生まれ故郷は——は静かに、暖かくばら色のレースを歓迎している。
「紳士的な応援のように感じました。でも、なんとなくジロっぽくないですよね。イタリア人の応援はもっと人懐っこいんですけれど……」こう語ったのは、2年連続でジロ・デ・イタリアのスタートを切った別府史之。極めてカーブの多い8.7kmのコースを、11分36秒で走り終えた。
「体調は良いです。実はアルデンヌ前に体調を崩して、少々苦戦したんです。でもロマンディの最終日を前に、ようやく体の感覚が戻ってきました。最終的には去年と同じようなコンディションで、ジロに乗り込むことが出来ています。ジロ1週目のメインはチームの仕事をしっかり果たすこと。まずはゴスのスプリント区間勝利、そしてチームTT優勝がチームが掲げている大きな目標です。チームTTのあとは、自分のために動ける機会もある。そこでは去年できなかった走りをしたいですね。ステージ優勝を狙います」
ところでロードに関しては確かに土井雪広に日本チャンピオンジャージを引き継いだが、タイムトライアルに関しては、本来ならば6月16日までは別府が日の丸ジャージを着て走る権利を持っている。しかし所属チームが新しいチーム名「オリカ グリーンエッジ」を発表したのが、わずか4日前。残念ながら新しいチャンピオンスーツが「間に合わなかった」とのこと。その別府より3人後に出走台を滑り出したラムナス・ナヴァルダスカスが、10分48秒という好タイムをたたき出した。
このタイムは2時間半近く破られることがなかった。出走間隔もそれまでの1分から2分へと広がり——つまり強豪揃いのラスト22選手——、太陽が少しだけ西に傾き、気温がぐんと下がった18時50分過ぎに、ようやく「暫定」首位は入れ替わる。しかもひどくめまぐるしく。まずは25歳のイタリア人、マヌエーレ・ボアーロが10分41秒に塗り替えた。そのわずか2分後には、ツール・ディ・ロマンディの初日TTを制したジェレイント・トーマスが6秒記録を縮める。さらに4分後には、ジュニア&アンダー23時代にタイムトライアル世界チャンピオンの称号を得ているスペシャリスト中のスペシャリスト、テイラー・フィニーが9秒も上回った!
そしてフィニーの10分26秒にて、タイム更新フェスティバルは打ち止めとなる。地元デンマークのメディアやファンが「初日マリア・ローザを!」と大きな期待を寄せたTT強者アレックス・ラスムッセンは、3番目のタイムで満足するしかなかった。
2度目のグランツール出場で、初めての区間優勝。父はアメリカ人として初めてのツール区間勝者、母はトラック追抜の五輪・世界チャンピオンというエリート自転車一家で生まれ育ち、ジュニア時代からトラックで数々の国内・世界タイトルを手に入れてきたフィニーは、21歳という若さでマリア・ローザさえも我が物とした(新人賞ジャージとポイント賞ジャージも)。嬉しさのあまりその場を飛びまわり、花束をもらってご満悦の……母コニーさんの横で、自慢の息子テイラーは素晴らしく落ちついて勝利の喜びを語った。
「本当にスペシャルな勝利だ。だってここ数週間、今大会に向けてずっと緊張感を保ち続けてきたから。それは良い意味での緊張感だった。ここで何か大きなことが仕出かせるはずだと分かっていたからね。そしてここ数日間は自信がみなぎってくるのを感じていた。フィジカル面でも、メンタル面でも」
「今日のステージでは、ラスト3kmが最も難しく、最も大切なゾーンになると分かっていた。だからひたすら頭を低く下げて、全てを尽くした。頭の中は静寂になり、痛みの限界を超えて、体の奥底から力を引き出すことが出来たんだ」
3週間後のミラノを見据えた戦いは、ロマン・クロイツィゲルが11分02秒で先行に成功した。天候の変化に悪い影響を受けぬよう75番という早い出走順でスタートし、しかも全てのコーナーを積極的に攻めたのが功を奏した。春先に2度の落車を喰らったせいで「ジロへ向けての調整の日々は、プロ入りしてから最悪の出来」と開幕前の記者会見で語っていたイヴァン・バッソは、そんな言葉とは相反するように、11分05秒というまるで悪くない数字を残した。さらにブエルタでは2年連続で「タイムトライアルのせいで」リーダージャージを失ってきたホアキン・ロドリゲスが、11分09秒という大奮闘を見せた!スカイの総合リーダーを担うリゴベルト・ウランも11分12秒と、クロイツィゲルからのタイム差を10秒以内に食い止めた。
一方で休養中に突然呼び出され(4年前のマリア・ローザと状況が似ているような気もするが)、ジロに向けて特別調整してきたわけではないフランク・シュレクは、クロイツィゲルから23秒遅れ。また総合を狙っているわけではないダミアーノ・クネゴは27秒遅れでゴールラインへたどり着いた。なにより出走全198人の最後に、マリア・ローザ姿でヘアニング市内を駆け抜けたミケーレ・スカルポーニが……、なんと8.7kmの平坦な道で30秒も失ってしまった。わずか2日前に正式な2011年王者としてトロフィーを授与され、「今年こそはコース上で優勝を決めたい」と意気込んでいたが、早くも少々複雑な状況に追い込まれた。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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