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母国への帰還
待ちに待ったフランス入国は、たくさんのファンから熱狂的な歓迎を受けたけれど……、決して選手たちにとっては楽園ではなかったようだ。
灰色の雲が低く垂れ込め、それでいてくるくると空模様は変わる。日が差したかと思えば、にわか雨がふったり、風が吹いたり。しかもゴール地へ接近していくにつれて、つまり海の香りが強くなってくるに連れて、風は強さを増していった。もちろん開催委員会が用意したルートプロファイルは、嫌になるほどアップダウン続き。せっかく国境のこちら側に来たというのに、ルートは国境のあちら側の雰囲気をたたえたまま。つまり難解なアルデンヌクラシック風そのものだった。
ルーベン・ペレス(エウスカルテル・エウスカディ)、ジオヴァンニ・ベルノドー(チーム ユーロップカー)、セバスティアン・ミナール(アージェードゥゼール・ラ・モンディアル)、アンドレー・グリブコ(アスタナ プロチーム)と共に、赤玉ジャージ姿のミカエル・モルコフ(チーム サクソバンク・ティンコフバンク)が3日連続の大逃げを企てた。奮闘の疲れにも関わらず山岳ポイントを着実に積み重ね、2位以下に7ポイント差をつけた。おかげで最低でもあと4日間は、大切なマイヨ・ア・ポワを着て走ることができる。「明日は休むよ」とようやくホッとした笑顔も飛び出した。「できるだけ長く守りたい。でも最大限守れたとしても多分、第8ステージまで。それ以上はボクには無理だから」
そんな雄々しいエスケープの背後では、とびきり厳しい戦いが待ち受けていた。
「危険があちこちに潜んでいるステージだと分かっていた。だから今日の最優先事項は、落車せずにゴールにたどり着くこと」
マイヨ・ジョーヌを、母国スイスに入場するやはり第8ステージまで着ていたいファビアン・カンチェラーラは、レディオシャック・ニッサンのチームメートに守られて1日を過ごした。ただし決して簡単ではなかったと語る。
「そのためにはできる限りプロトンの前方にポジションを取っている必要があった。道が右に左に、上へ下へと絶え間なく変わるもんだから、単純にポジションをキープすることさえ至難の業だった。幸いにもチームメートがボクのために尽くしてくれた。後方の大惨事を見る限り、ボクらは上手く切り抜けたよね」
レディオシャック隊列が避けることに成功したリスクとは、2つの大きな集団落車だった。
カオス
1つ目の集団落車はゴール前50km地点で起こった。総合優勝を狙うブラドレー・ウィギンスの山岳アシスト、カンスタンティン・シウトソウ(スカイ プロサイクリング)が巻き込まれ、右ひざを負傷。今大会リタイア第1号に追い込まれた。
ゴール前30kmの2つ目の大落車では、サイモン・ゲランス(オリカ グリーンエッジ)、ジャンパオロ・カルーゾ(カチューシャ チーム)、ホセホアキン・ロハス(モヴィスター チーム)等々の有力者が痛々しい姿を世界中にさらした。中でもマイヨ・ヴェール候補のロハスが肩の負傷でそのまま救急車送りに。やはり落車したジルベールはすぐに自転車に飛び乗ったが、左シューズが壊れていた。再度立ち止まって靴を履き替えている間に、集団から置き去りにされてしまった。
しかも2度目の集団落車が元凶となり、ひどい分断が発生した。前を行く逃げ選手と、70人ほどに小さくなったメインプロトン。そのはるか後ろには3つの小さな「置き去り」グループができあがった。もちろんレディオシャックは、この分断さえもパーフェクトに避けた。9人のうちの誰一人として遅れることなく、全員が主要集団でマイヨ・ジョーヌを守り続けた。
その背後では、ズタズタになってしまったチームもあった。ガーミン・シャープだ。スプリントリーダーのタイラー・ファラーと昨ツール総合8位のトム・ダニエルソンが落車。2008年ツール総合4位のクリスティアン・ヴァンデヴェルデは転びはしなかったものの、急ブレーキをかけざるを得ず……。
第3集団に取り残されたガーミン一団は、メイン集団になんとか追いつこうとチームタイムトライアルばりの奮闘を行った。ただし失った時を取り戻すことはできなかった。しかもファラーは2度の落車で満身創痍、ダニエルソンは右肩の痛みを訴えゴール後に病院での精密検査へと向かった。まさかの「第3ステージの呪い」が発動してしまったヴァンデヴェルデは(2009年ジロ途中棄権、2010年ジロ途中棄権、2010年ツール不出走)、この日だけで2分08秒の遅れを喫した。
ガーミンのさらに後ろには、「ヴォクレール集団」と名づけられた第4集団が必死の走りを続けていた。そのトマ・ヴォクレール(チーム ユーロップカー)が遅れたきっかけは「ポジション取りが悪かった。目の前で落車が発生したから」。そのポジション取りが悪かった理由は、右ひざに感じる鋭い痛みのせいだった。2004年と2011年に「感動の黄色い10日間」を演出した張本人だが、この日は両足でペダルを回すことも、ダンシングポジションを取ることもできなかったという。本人の不安は7分27秒を失ったことではない。この先もツールを走り続けることができるのか、ということだ。
一方で前回大会の新人賞ピエール・ローラン(チーム ユーロップカー)は、左手の指先を真っ赤な血で染めながらも、先頭集団でゴール。落車したローランのために2度立ち止まり、護衛役をしっかり努めた新城幸也の姿も側にあった。新城はこう語る。
「問題を避けるために、実はヴォクレールとローランはあえて集団内でも別々に走ったんです。そうすれば片方が問題に巻き込まれたとしても、もう片方は問題を逃れられるから。ボクはローランのアシスト役に指名されていたんです。ステージの間はリーダーのための仕事だけで精一杯で、最後の上りでは個人的には何も出来なかった。でも転ばなくてよかった。それにきつかったけれど、最終的には前に残れたんだから上出来ですよ」
Tourminator?フォレスト・ガンプ?
ひとまわり小さくなったメイン集団では、レディオシャックと共に、BMCレーシングチームやスカイ プロサイクリング、さらにはリクイガス・キャノンデールが牽引した。とくにリクイガスからは山岳名アシスト役シルヴェスタ・シュミットや、さらにはイヴァン・バッソが先頭で仕事をする姿さえ見られた!
全てはペーター・サガン(リクイガス・キャノンデール)のためだった。2日前に初出場初勝利を手に入れ、前夜にマイヨ・ヴェールを着込み、自転車スポンサーから贈られた「Tourminator」(ツールのTourとターミネーターをかけたもの)ニューバイクに乗る一回りも年下の若造のために、ジロ総合2勝の大チャンピオンがアシスト役を務めたのだ。
「まさか彼らがボクのために働いてくれるとは思ってもいなかった。だってバッソは偉大なるチャンピオンだよ。ボクのようなレベルの選手は、普通ならバッソの靴磨きをさせてもらうような立場なんだ。だから本当に感謝している」
こうして集団のスピードは急激に上昇し、エスケープの残党グリブコもラスト6.6kmであえなく回収された。直後には、シルヴァン・シャヴァネル(オメガファルマ・クイックステップ)が1年前にフランスチャンピオンジャージをもぎ取ったときとほぼ同じやり方で、3級モン・ランベールの下りを利用した鋭い飛び出しを見せた。「スプリントに持ち込まれたらいずれにせよ勝ち目はなかったから」という一か八かのアタックは、しかしゴールへと続く全長700mの激坂の途中で終わりを告げる。ちなみにゴール前300mではステージ最後の派手な落車も見られたが、幸いにも「タイム救済ルール」が適応されている。
小雨がぱらついた坂道のてっぺんでは、結局、シャヴァネルが避けたくてたまらなかった俊足自慢たちのスプリントによって勝負がついた。しかも大方の予想通り、栄光は22歳のアンファン・テリーブル(恐るべき子供)の手に落ちた。そう、恐ろしい脚を持つ、子供だ。なにしろ第1ステージのフィニッシュラインでは地元の友達と約束していたチキンダンスを、今ステージはチームメートからやって欲しいと言われていたフォレスト・ガンプのランニングポーズを世界中に披露したのだ!
「なんかボクがフォレスト・ガンプみたいだからなんだって。『走れ』って言われれば走るし、『勝て』って言われれば勝つ。でもボク自身としても、ファンのために派手なパフォーマンスを見せたいんだ。小さな頃からスポーツ番組が大好きだったけれど、たとえばバレンティーノ・ロッシがすごいパフォーマンスを見せてくれることをいつも楽しみしていた。だからボクも目立つことをやって、ファンたちの興奮を煽りたい」
「まあペーターが加速したから、なにも成す術はなかったね」と語ったカンチェラーラは、またしても激坂4位という(彼の今までの脚質から見ると)驚異的な好成績で、怪我なくマイヨ・ジョーヌをしっかり守りきった。総合候補たちは、ヴァンデヴェルデ以外、揃ってサガンから1秒遅れの先頭集団で1日を終えた。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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