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逃げる!
真夏の太陽が大好きな新城幸也(チーム ユーロップカー)が、刺すような強い日差しが降り注いだ北フランスで逃げた!
前日の難解なアップダウンコースを、リーダーのために仕事をしつつもきっちり先頭集団で終えて、調子の良さはうかがわせていた。フランスに18歳で渡った直後に、この日のスタート地アブヴィルからわずか50kmあまりのESオマルという町のクラブで走っていた。自ずとステージ序盤の道は完全に熟知していた。また「グランツールで逃げるなら、断然、序盤ステージがいい」と、以前から良く語っていた。
「チームオーダーはヴァンサン・ジェロームかボクが逃げること。天気も変わりやすいから、どうなるか読めなかった。最後が追い風なら、もしかしたらチャンスがあるかもしれないと思った」
パレード走行を終えて、開催委員会のクリスチャン・プリュドムがスタートの合図として旗を振り下ろした、その瞬間に新城はアタックを打った。マイヨ・ジョーヌのファビアン・カンチェラーラ(レディオシャック・ニッサン)が「カミカゼ——」と叫ぶ声を背後に聞きながら。全てはあっさりと決まった。
ノルマンディーで生まれ育ち、当然この日のステージに開幕前から大きく丸をつけていた地元っ子アントニー・ドゥラプラス(ソール・ソジャサン)と、人生最後のツールを楽しみつつ区間勝利も手に入れたいと願っている37歳のダヴィ・モンクティエ(コフィディス ルクレディアンリーニュ)がすぐさま新城に合流。2010年ジロで逃げ切り区間3位に入ったときと同じ、3人での逃げだった。
「たった3人で決まっちゃいましたね。本当はもっとアタックがかかって、大人数になると思っていたんだけれど……」
飛び切り厳しかった上に、落車の多かったステージの翌日、あちこちに大きな絆創膏を貼り付けた選手たちの姿が目に付いた。また数日前から胃腸炎に苦しみ、血の気のない真っ白な顔でスタートラインに並ぶ選手も少なくはなかった。満身創痍のプロトンと、総合勢、そしてスプリンターチームは、どうやらできるだけ余計な体力を消耗したくなかったようだ。
おかげで前を走る新城は、最大8分40秒もの大きなリードを奪った。暫定マイヨ・ジョーヌにもなった。スタートから3時間ほどは時速37.5km程度で、お日様を満喫しながら、ゆっくり静かにペダルを回した。沿道から聞こえてくる元チームメートや日本のファンの声援を聞きながら。
赤ゼッケン
ゴール前55km前後、通り雨がツール一行を襲った。
「雨のところから、スピードを上げて、長めにリレーを引くようにしました。ゴールスプリントにもつれ込んだら、3人の中だったらボクが勝てる、と思っていたので」
山岳ポイントと中間ポイントは話し合って仲良く分け合ったが(最初の山岳はモンクティエ、2番目はドゥラプラス、中間スプリントは新城)、この雨の中で3人はそれぞれに頭を巡らせたようだ。「雨は大嫌いだけれど、このときほどありがたいと感じたことはないよ。嵐になればいいと考えたほどさ!そうすればスプリンターチームの追走が乱れると思ったから」とモンクティエ。「新城が強烈に引き始めたから、やらせておいたんだ。力を温存しておくためにね」というのがドゥラプラスの考えだった。
しかし冷たい雨粒が、後方プロトンの暑さでぼぉっとした頭を一気に目覚めさせてしまったようだ。しかもステージ序盤に無駄な体力を使わなかったせいか、エネルギーはたっぷりと残っていた。急激に追走スピードはアップ。……そしてゴール前8kmの小さな上りで、プロトン内にアタック合戦が勃発したのと同時に、新城を含む3人の逃げは終わりを告げた。何度か抵抗を見せたが、大人数の前には成す術もなかった。
ただし先頭集団でゴールした新城に、嬉しいご褒美が待っていた。勇敢かつ大胆で、惜しみなく力をつくし、最も感動的な走りを見せた選手に与えられるステージ敢闘賞に選ばれたのだ!
日本人としては2009年最終ステージで敢闘賞を獲得した別府史之に続く2人目の名誉。別府の場合は残念ながら、シャンゼリゼという特別な場所で表彰台に上ることは出来なかった(舞台裏で小さな授与式が行われたのみ)。また最終日だったせいで、翌ステージにトレードマークの「赤ゼッケン」を背中に縫い付けて走り、ファンのひときわ大きな声援を受けることも叶わなかった。つまり新城は日本人としては初めてステージ表彰台に上り、日本人として初めて赤ゼッケンをつけて走ることになるのだ!
「表彰台は思った以上に高かったです!裏では色々なインタビューに対応しているうちに、表彰台に呼ばれて。あっという間でしたね。もっとゆっくりできるのかなと思っていたんですけど。(式次第とかは)TV中継とかで見ていたので大丈夫でした。見ておいてよかったですよ!さもなければ、あたふたしているところでした。下見はしておかなきゃだめですね。これで、区間優勝しても次は大丈夫です」
無賃乗車お断り
局地雨から抜け出した直後、ゴール前45km、集団落車が発生した。総合表彰台を狙うヴィンチェンツォ・ニーバリ(リクイガス・キャノンデール)が足止めを食った。幸いにも怪我はなかったものの、ディレーラーが壊れ、イラついてバイクを投げ捨てるシーンも見られた。幸いにもアシストがすぐに牽引に駆けつけたおかげで、大事には至らず。10kmほどの追走でメインプロトンに合流し、先頭集団でゴールしている。
最後の小さな上りではシルヴァン・シャヴァネル(オメガファルマ・クイックステップ)やサミュエル・デュムラン(コフィディス ルクレディアンリーニュ)が飛び出しを試みた。すかさずスプリンターチームが大量のアシストを投入し、トレインを組み上げてさらに加速。厳しい締め付けを行った。しかも直後に下りが待っていたため、プロトン前方は当然のようにピリピリとした緊張感に包まれていく。
ゴール前2.7km。ストレスもスピードも最大限に上がっていたそのとき、再び集団落車が襲い掛かった。しかも真っ先に地面に転がり落ちたロバート・ハンター(ガーミン・シャープ)はプロトンの前から15番目程度を走っていたため、マシュー・ゴス(オリカ グリーンエッジチーム)やマーク・レンショー(ラボバンク サイクリングチーム)らたくさんの有力選手を巻き込み、集団を分断し……。そしてアスファルトの上には、マーク・カヴェンディッシュ(スカイ プロサイクリング)が置き去りにされてしまった。大切な世界チャンピオンジャージも、背中の部分が破れた。一方でロット・ベリソルチームはまんまと難を逃れた。集団の最先端にアシスト4人+リーダーのアンドレ・グライペルをきっちりと配置していたおかげだった。
実は第2ステージにカヴェンディッシュが勝ったとき、グライペルは不満を隠せなかった。「ボクらチームの仕事を利用して、勝利を横取りした」とかつてのチームメートを糾弾。さらにこの日、スカイのショーン・イェーツ監督がフランスTV局のインタビューで「グライペルのトレインは、カヴのためのトレインのようなものだよ(笑)」と火に油を注ぐような発言をしていた。つまりチームとグライペルには、モチベーション高く仕事を続ける理由があったのだ。
ひどく小さくなった集団の、スプリントは流れるようにスムーズに進んだ。ゴール前に待ち構えていた2回の90度カーブも、少人数ならば楽々と曲がれた。フラムルージュ(ラスト1km)でいまだ3人のアシストを擁していたグライペルは、ラスト220mまできっちりと風除けの恩恵にあずかった。そして世界最強の宿敵がいないスプリントを、「ゴリラ」はいとも簡単に制した。古株のアレッサンドロ・ペタッキ(ランプレ・ISD)や新人類ペーター・サガン(リクイガス・キャノンデール)の追い上げを、きっちり跳ね除けて。
「去年の勝利はカヴェンディッシュを倒したからじゃなく、ツール初勝利だったからこそ、すごく特別なモノだった。でも今年もすごく感激している。だってチーム一丸となって仕事をした結果手に入れた勝利だし、このチームの9人は本当に友情で結ばれているからなんだ。これはすごく大切だよ。チーム全体がボクを支えてくれる」
HTC時代にはカヴェンディッシュとの確執で、グライペルはツール・ド・フランス出場さえも許されなかった。現チームには総合表彰台を狙うユルゲン・ヴァンデンブロックという存在がありながらも、平地ステージではチームメートの仕事を心から当てにすることができる。対するカヴは、スカイで総合優勝候補ブラドレー・ウィギンスとの共存を強いられている。「共存」と言えば聞こえがいいが、実際は、長年の忠実なアシスト役ベルンハルト・アイゼルをツールに連れてくることさえ、当初はチームから「ノー」と言われていたとのこと。本当に「勝手にやってくれ」状態のようだ。
ゴールまで3km以内の落車だったため、「タイム救済ルール」が発動され、カヴェンディッシュを始めとする多くの選手が先頭のグライペルと同じゴールタイムを与えられた。またチームメートにしっかり守られ、落車も難なく避けたカンチェラーラは、この日もマイヨ・ジョーヌ表彰式で1日を終了している。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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