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サイクル ロードレース コラム 2012年7月7日

ツール・ド・フランス2012 第6ステージ レースレポート

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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エースたちの見た悪夢

単純なスプリントステージのはずだった。スタートから5km地点で、前日オランダのテレグラフ紙に「アメリカアンチドーピンク委員会に証言をしたアームストロングの元チームメート」と名指しで書かれたデーヴィッド・ザブリスキー(ガーミン・シャープ)が、真っ先にアタックを打った。そこにカルステン・クローン(チーム サクソバンク・ティンコフバンク)、ロメイン・ジングル(コフィディス ルクレディアンリーニュ)、ダヴィデ・マラカルネ(チーム ユーロップカー)が追いついて、4人のエスケープが出来上がった。前日にハラハラぎりぎりの追走劇を余儀なくされたプロトンは、この日はきっちりタイム差コントロールに努めていたはずだった。

しかしゴールエリアは、まるで大惨事の直後のような騒ぎに包まれた。先頭集団が到着した直後に空から落ちてきた大粒の雨が、なおいっそう、混沌を際立たせた。青白い顔や、泥まみれの肢体、破れたジャージの隙間から垣間見える血の色。選手だけでなく、チームカーから降りてくる監督たちも、みなげっそりとしている。……いや、彼らはゴール地にたどり着けただけでも、幸いだったのかもしれない。

ラスト25km地点で起こったとてつもない大集団落車が、一瞬にして4人の望みを奪い去った。(エウスカルテル・エウスカディ)、ダヴィデ・ヴィガノ(ランプレ・ISD)、ワウテル・ポエルス(ヴァカンソレイユ・DCM プロサイクリングチーム)、そしてトム・ダニエルソン(ガーミン・シャープ)。ゴール後の夜にはユベール・デュポン(アージェードゥゼール・ラ・モンディアル)、オスカル・フレイレ(カチューシャ チーム)、アメッツ・チュルーカ(エウスカルテル・エウスカディ)もリタイアを発表した。それぞれにいまだパリまで2週間も残っているというのに、そして本格山岳は翌日に迫っているというのに、7人はもはや戦いへ挑むことさえできない。

戦いの場にかろうじて居残ることはできても、落車のせいでメイン集団に置いてけぼりにされた選手たちも多かった。彼らみんながそれぞれに区間勝利のチャンスや体力、そしてタイムを失った。……なによりたくさんの総合リーダーが、雨粒で濡れた草むらに、マイヨ・ジョーヌ争いの権利証を落としてきてしまった!!

アレハンドロ・バルベルデ(モヴィスター チーム)、ミケーレ・スカルポーニ(ランプレ・ISD)、ピエール・ローラン(チーム ユーロップカー)、フランク・シュレク(レディオシャック・ニッサン)が区間勝者から2分09秒もの遅れを喫した(総合ライバルの属する集団からは2分05秒遅れ)。ロバート・ヘーシンク(ラボバンク サイクリングチーム)は3分31秒遅れ、そしてライダー・ヘシェダル(ガーミン・シャープ)はが13分24秒遅れ。フランク・シュレクはゴール地で無念そうに語る。

「腰とヒジが痛い。それからジロで痛めた肩も。実は明日からの山岳に向けて自信があったんだけどな。今年のツールはボクらに笑ってくれないのかもしれない。とにかくこの先の戦術について、監督たちと話し合わなければならないね。でもひどい怪我もないし、骨折もしていない。だから別の視点で考えれば、ボクは幸いだったんだよ」

弟アンディはクリテリウム・ドュ・ドーフィネでの落車でツールにさえ来られなかった。兄フランクは落車による体調不良でジロ・デ・イタリアをリタイアしたあと、ツール・ド・スイスで好調さを証明していが、またしても落車に襲われた。チームメートのファビアン・カンチェラーラ(レディオシャック・ニッサン)は、自らは紙一重で落車を避けてマイヨ・ジョーヌを無事に守ったことを喜びつつも、総合リーダーの災難を残念がる。

「落車を避けるために、ここまでチームは懸命な仕事を続けてきた。あの時までは、全てが上手く行っていたんだ。でも落車による混乱が落ち着いてから、集団内を眺めわたしてみたところ、そこで初めてフランクがいないことに気がついた。でも、フランクを待つにはすでに遅すぎた。それにメイン集団には第2リーダーのアンドレアス・クレーデンがいたから、止まるわけには行かなかった」

落車に巻き込まれ、バイク交換を余儀なくされた新城幸也(チーム ユーロップカー)は、ヘシェダルと同じ13分24秒遅れのグルペットでゴール。チームドクターによると「大丈夫。どこもケガはしていない」とのこと。

スプリンターたちにも飛び火

落車が起こったのは、何もステージ終盤だけではない。スタートから35km地点で1度目の、そしてこの日唯一の山岳ポイントの山頂で2度目の集団落車が発生した。ゴール前25kmの落車は3度目の大災害だった。ちなみにバルベルデは1度目と3度目で、ヘーシンクは3度全てで苦い思いを味わった。

区間2連勝中で、本日のステージ優勝大本命だったアンドレ・グライペル(ロット・ベリソル チーム)は、1度目と2度目に引っかかった。1度目の落車では左ヒジを傷め、2度目の落車では追走に多いにエネルギーを使ってしまった。ここでチーム首脳陣はスプリント中止を一旦決定したという。無茶してツール史上12回目の3連覇ハットトリックを達成するよりは、後日に向けて体を休めるほうを選んだのだ。

ところが3度目の落車では、総合優勝候補だけでなく、マーク・カヴェンディッシュ(スカイ プロサイクリング)とマーク・レンショー(ラボバンク サイクリングチーム)、フレイレといったトップスプリンターも罠にはまった。数日前から落車続きのタイラー・ファラー(ガーミン・シャープ)はとっくに遅れ始めていた。つまりは集団の規模が小さくなり、スプリンターの数も少なくなり……結局のところ、グライペルとロットボーイズは、仕事を再開した。

ライバル減少で区間勝利のチャンスが広がったのは、前方に残るほかのスプリンターチームも同じだった。たとえばオリカ グリーンエッジは、落車直後にためらわず加速。また落車をきっちり逃れたマイヨ・ジョーヌ本命のカデル・エヴァンス(BMCレーシングチーム)やブラドレー・ウィギンス(スカイ プロサイクリング)、ヴィンチェンツォ・ニーバリ(リクイガス・キャノンデール)やデニス・メンショフ(カチューシャ チーム)等々も、背後でもがいている総合ライバルたちからできる限りタイムを奪いたかった。両者の利益は一致した。前に残る70人ほどの選手たちは、まさにハイスピードの塊となって、ゴール地へと突き進んで行った。

The Incredible Hulk

タイムトライアルスペシャリストのザブリスキーが最後まで粘りを見せるも、ゴール前2.5kmで逃げは強制的に終了させられた。最終的に70人ほどに小さくなった集団では、ロットとオリカの隊列争いが勃発していた。最終的にはこの2日間と同じように、ロット・ベリソルが指揮権を奪い取った。5両編成のトレインを走らせて、「スプリントする予定ではなかった」グライペルがスプリントへと突き進んでいく。

いや、やはりスプリントはやはりすべきではなかったのかもしれない。なにしろピュアスプリンターがごっそりと抜けたのを良いことに、弱体化したゴリラの横を……超人ハルクが駆け抜けていってしまったからだ!

「ゴスがボクの背後について、そのボクはグライペルの背後についた。グライペルの背後こそが、実際に、つくべき場所だったんだよ。あとは誰も追いついてこないだろうと分かっていた。最終的にボクの考えは正しかったね」

2回の激坂フィニッシュ制覇に続いて、ペーター・サガン(リクイガス・キャノンデール)は、3度目の今回は平坦ステージのスプリントを圧倒した。前回の「フォレスト・ガンプ」勝利時に、中間&ゴールスプリントは「とりあえずマイヨ・ヴェール用のポイントを獲得するために行っている」と語っていたのだが……。

「自分でもビックリした。勝てるとは思っていなかったから、すごく特別な気分だよ。本当に全てが上手く行って、満足している。ハッピーだ。もしもマイヨ・ヴェールを着てパリに到着することができたら、本当にステキだろうね。他にもまだ勝てるかって?どうなるか見ていこう。まだツールは長い。3週目はすごく難しいだろうから、体力温存も考えなくちゃ」

あいかわらず「モルトコンテント」と「アイムハピー」を単調に繰り返してばかりの22歳だが、ツール一行は新しい怪物の誕生に興奮を隠せない。「今の調子を見ている限り、山岳だって楽々こなせちゃうのかもしれないよ!?」と、赤玉ジャージを史上最多の7回受賞してきたリシャール・ヴィランクさえもうならせる。しかも第7ステージ後にはもしかしたらマイヨ・ジョーヌだって狙えるのでは……?こんな自転車スペシャリストたちの意見さえチラホラと聞こえてくる。

「おそらく明日の夜、ボクはマイヨ・ジョーヌを失うだろう」

カンチェラーラは悟ったように、こう予言する。ツールを初めて迎え入れるラ・プランシュ・デ・ベル・フィーユの高台も、新たな主役を待っている。いよいよ、本物のマイヨ・ジョーヌ争いが始まる。

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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