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初めての山で
まるでジロかブエルタのようだった。ジロの元開催委員長ゾーメニャンに刺激されたのか、それともアングリルの神々しいまでの難峠ぶりに嫉妬したのか。ツール・ド・フランス開催委員長クリスティアン・プリュドムは、2012年大会、大きな賭けを打った。ゴール地に選ばれたのは、ツール初登場の峠。全長5.9kmの激坂だ。
ツールの山といえば、たいていは高速道路のように道は広く、勾配もそれほど厳しくない。ただ登坂距離がとてつもなく長く、灼熱の太陽が選手たちの背中を焦がすのだ。しかし今回のプランシュ・デ・ベル・フィーユは登坂距離はそれほど長くなく、対して道幅がひどく狭く、勾配が極端に厳しい。開催委員会の事前の発表では平均勾配8.5%、最大勾配が14%だったが、実際はゴール直前に20%ゾーン、さらに一瞬ではあるけれど28%ゾーンが待っていた!
勇者をてぐすね引いて待ち構える激坂へと向かって、7選手が飛び出した。シリル・ゴチエ(チーム ユーロップカー)、デミトリ・フォフォノフ(アスタナ プロチーム)、ルイスレオン・サンチェス(ラボバンク サイクリングチーム)、クリストフ・リブロン(アージェードゥゼール・ラ・モンディアル)、クリスアンケル・セレンセン(チーム サクソバンク・ティンコフバンク)、マーティン・ベリトス(オメガファルマ・クイックステップ)、ミハエル・アルバジーニ(オリカ グリーンエッジ)とかなりの強豪揃いのエスケープ集団は、最大7分ほどのタイム差をつけて逃げ続けた。
「初めての山岳ステージだから、誰が強いのか、どのチームが強いのか、誰も本当には分からないんだ。だから互いに牽制しあうだけで終わってしまう可能性もあった。つまり追走が上手く行かず、逃げ切れたかもしれなかったんだけどね」
2010年ツールの難関山岳ステージで逃げ切り勝利を手にしたリブロンは、ゴール後にこんな風に語ったが、つまり残念ながら読みは外れてしまった。山の始まりをうずうずしながら待ち構えていた総合リーダーたちが、アシストたちに厳しく追走&吸収を命じたのだ。エスケープ集団は最終峠に、9秒差で突入。セレンセンとアルバジーニが最後まで粘ったものの、厳しい勾配にもがいているうちに吸収されていった。
誰がこのツールを勝てないのか
初めての山岳ステージへ向かって、多くのチームが主導権を取ろうと先頭を奪い合っていた。総合の望みの断たれたガーミン・シャープさえも、今年のジロ総合王者ライダー・ヘシェダルを引き連れてプロトントップのポジションで走り続けた。
最後の上りが近づいてくるに連れて向けて、スカイプロサイクリングが完全なる主導権を奪い取った。前日までマーク・カヴェンディッシュのスプリント準備を行っていたベルンハルト・アイゼルが、クリスティアン・クネースと共に平地を牽引。その後はエドヴァルド・ボアッソンハーゲン、マイケル・ロジャース、リッチー・ポート、クリス・フルームという順番で、リーダーのブラドレー・ウィギンスのために列車を走らせた。今シーズンのパリ〜ニース、ツール・ド・ロマンディ、そしてクリテリウム・ドュ・ドーフィネで幾度となく見せてきたように——ちなみに3大会ともウィギンスがマイヨ・ジョーヌを手に入れている。
それぞれがタイムトライアル巧者でもあり、山も上れるという驚異的なアシスト陣は、非情なまでの高速テンポを強いていた。最終峠突入直前の、そんなときだった。ユルゲン・ヴァンデンブロック(ロット・ベリソル チーム)がメカトラで、そしてアレハンドロ・バルベルデ(モヴィスター チーム)がパンクで脚止めを喰らってしまった!
2人とも一時は必死の追走を見せるも、最後の山では「自分のリズムで上ったほうがいい」と気持ちを切り替えたとのこと。ヴァンデンブロックは区間勝者から1分52秒、バルベルデは2分19秒遅れ。前者は総合では2分11秒差につけているが、前日の大落車の犠牲となった後者はすでに総合で4分50秒差。バルベルデは早くもマイヨ・ジョーヌ争奪戦からほぼ脱落し、「ツールはボクのためのレースじゃないような気持ちがしてきたよ。とくに、今回のツールは」と語る。
いよいよ5.9kmの最終峠に突入し、新城幸也(チーム ユーロップカー)が「あそこが一番きつかった」と断言する序盤1kmの勾配13%ゾーンを通り過ぎる頃には、マイヨ・ジョーヌ姿のファビアン・カンチェラーラが静かに前方から姿を消した。さらにはウィギンス以外の全ての総合リーダーが丸裸になった。つまりスカイが3人のアシストでエースを手厚く保護しているのに対して、他の有力候補たちのアシスト勢は全滅。そしてゴール前4km地点では、フランク・シュレクとクリストファー・ホーナーのレディオシャック・ニッサンの2人がメイン集団から滑り落ちて行った。
「ボク自身は調子は良かったんだ。だからメイン集団に最後まで残れたはずだった。でもアンドレアス・クレーデンを待った。彼が苦しんでいる様子だったから、ボクは忠誠なアシスト役として、手助けできると思ったんだ」
やはり前日の大落車で総合ライバルたちから大きくタイムを失っていたフランク・シュレクは、代わりにチームリーダーに繰り上がったクレーデンのサポートにまわったとのこと。最終的にはフランクは1分09秒差で山頂へ到着。クレーデンは2分19秒とかなりの遅れをとった。総合ではそれぞれ首位から3分43秒と2分29秒の差。アンディが不在で、フランクは没となり、レディオ・シャックは3つ目の代替案さえも上手く行かなかった。
ロバート・ヘーシンク(ラボバンク サイクリングチーム)、リーヴァイ・ライプハイマー(オメガファルマ・クイックステップ)、サムエル・サンチェス(エウスカルテル・エウスカディ)、ミケーレ・スカルポーニ(ランプレ・ISD)も、それぞれスカイによって振り落とされて行った。マイヨ・ジョーヌの夢は遠くなってしまった。
ブエルタ2位と3位
残り3kmまでくると、2012年ツール・ド・フランスの主役たちの顔がいよいよ見えてきた。ウィギンスにとって最後から2番目の牽引役であるポートについていけたのは、前大会王者カデル・エヴァンス(BMCレーシング)、2010年ブエルタ覇者ヴィンチェンツォ・ニーバリ(リクイガス・キャノンデール)、ジロ1回&ブエルタ2回制覇のデニス・メンショフ(カチューシャ チーム)、昨ツール新人賞ピエール・ローラン(チーム ユーロップカー)、そして今大会新人賞候補のレイン・タラマエに、リーダー勢が散々なレディオ・シャックのアイマル・スベルディアだけ。
ポートが役目を追えて、ウィギンスの最終護衛フルームが先頭に入ると、たまらずスベルディアとローランが脱落してしまう。そして数百メートル行ったところで、今度はメンショフの脚が止まり……。フラムルージュ(ゴール前1km)を通過する頃には、先頭はフルーム、ウィギンス、エヴァンス、ニバリ、タラマエの5人に絞り込まれていた。
300mのラストカーブへ向けて、真っ先に加速を切ったのはエヴァンスだった。すでに今峠を2度下見しているディフェンディングチャンピオンは、カーブを抜けたあとが、最も勾配がきついゾーンだと知っていた。フレッシュ・ワロンヌのユイの壁を真っ先によじ登った経験を生かして、元マウンテンバイク選手が、元トラック選手を突き放しにかかった!
「でもブラドレーは、問題なくしっかり好ポジションをキープしているのが見えたんだ」
昨年のブエルタでも素晴らしいサービスを提供し続けてきたフルームは、こんな風に状況を振り返った。そのブエルタ期間中は、うっかりリーダーのタイムを上回ってしまった個人タイムトライアルを除いては、魔の山アングリルでリーダージャージ姿のウィギンスが崩れ落ちるそのときまで、決して自らの利益を追求しようとはしなかった。その後正式に代替リーダーを任された暁には、晴れて山頂フィニッシュを勝ち取っている。しかし今ツールでは、早くもフルーム自身が攻撃に転じた。
「ブラドレーに問題がないなら、自分のチャンスを試してみようと思った。誰が付いてこれるのかを、知るためにね。きっとエヴァンスは簡単に張り付いてくると思ったんだけど」
結果的には、誰も付いてこなかった。ケニア生まれの英国人の猛ダッシュに、オーストラリア人もイタリア人も置いてけぼりにされた。ちなみにタラマエは、エヴァンスの加速に乗り遅れていた。
「誰も追いつけなくて、ちょっとビックリしている。だってそれほど爆発的な加速じゃなかったはずだから。それだけボクの脚の調子が良かったということだよね。すごく満足しているよ」
リーダーもやはり大満足の様子だ。フルームの初めてのツール区間勝利を、右手を突き上げて祝福した。そしてウィギンス自らは、「本家本元」のマイヨ・ジョーヌに生まれて初めて袖を通す権利を手に入れた。トラック競技ではアルカンシェルジャージやら金メダルやらを幾度となく手に入れてきた大チャンピオンが、32歳にして、嬉しい初体験を味わった。
「マイヨ・ジョーヌを着てツール・ド・フランスの優勝争いをする、という子供のころからの夢がついにかなったよ。ジャージを取ったのが早すぎたんじゃないかって?それは絶対にない。むしろ黄色の日々をしっかり堪能できると思うんだ」
攻撃性を見せたエヴァンスは総合ではウィギンスに次ぐ10秒差2位にジャンプアップ。ニバリは16秒差、タラマエは32秒差で総合3位と4位につける。タラマエは念願の白いジャージも身にまとった。先頭5人の中では、第1ステージで大きく遅れを喫したフルームだけが、1分32秒差9位に甘んじている。またメンショフは54秒差、スベルディアは59秒差と、いまだ回収可能なタイム差につけている。……もちろん大会はようやく1週目を終えたばかりだから、これからの波乱次第では、ラ・プランシュ・デ・ベル・フィーユで望みを失いかけた選手たちが浮上する可能性だって大いに残されている。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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