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一夜明けて
カデル・エヴァンス(BMCレーシングチーム)が山頂で立ち尽くすシーンが繰りかえしテレビのニュースで流された。鈍く黒光りするカーペットピンの写真があらゆる新聞の紙面を飾り、ラジオはこぞって行為の危険性を大声で訴えた。
ペゲール峠の山頂にばらまかれた絨毯釘は、最終的に61台の自転車と、6台の監督車と、22台のオフィシャルカー&バイクと、さらに開催委員会が把握しきれない数々のメディアカーや一般車両をパンクに追い込んだ。単なるスポーツ大会の枠を超えた、国民的夏の一大イベント、ツール・ド・フランスで起こった事件に、フランスは衝撃を隠しきれない。しかも犯人探しは「干し草の中から1本の針を見つけ出すようなもの(レース委員長ジャンフランソワ・ペシュー)」。3週間に渡って1500万人以上のファン詰め掛ける全長3497mの一般道を、完璧に警備することなど、残念ながらほぼ不可能なのだ。
前夜のショックからいまだ覚めやらぬプロトンに、フランス南西部特有のギラギラとした太陽が襲い掛かった。「暑さのせいでひどく厳しい1日となったね」とゴール後にマイヨ・ジョーヌのブラドリー・ウィギンス(スカイ プロサイクリング)がうんざりした顔で語ったほど。それにも関わらず、たくさんの選手がスタート直後からのめくるめくアタック合戦へと打って出た。沖縄の太陽の下で大きくなった新城幸也(チーム ユーロップカー)も、前線に飛び出そうと試みたひとりだった。
アタック合戦から休養日モードへ
「今日は前に行ってもいい日です。でも実質的に逃げ切り最後のチャンスですから、おそらく序盤50kmくらいは、猛スピードで飛び出しては潰して……の繰り返しでしょうね。ユーロップカー的には、自分からアタックを仕掛けちゃダメ、でも前にはしっかり行く、というのが目標です。まだ今大会勝利を上げられていないチームが14チームもあって、ボクらが積極的に行くと、絶対に潰されてしまうから」
少々複雑な作戦を託された新城は、デーヴィッド・ミラー(ガーミン・シャープ)、アレクサンドル・ヴィノクロフ(アスタナ プロチーム)、イェーレ・ヴァネンデール(ロット・ベリソル チーム)、マークス・ブルグハート(BMCレーシングチーム)というツール区間勝利経験者4人が作った小集団に滑り込んだ。しかも33km地点から59km地点まで、実に26kmに渡ってプロトン前方で粘り続けたにも関わらず……、どうしてもタイム差が開かない。プロトンはこの5人のエスケープを許そうとはしなかった。
そして新城が集団に吸収された、まさにそのタイミングだった。すでに第10ステージを制しているトマ・ヴォクレール(チーム ユーロップカー)がカウンターアタックを決めた!クリスティアン・ヴァンデヴェルデ(ガーミン・シャープ)、ピエリック・フェドリゴ(FDJ・ビッグマット)、サミュエル・デュムラン(コフィディス ルクレディアンリーニュ)、ドゥリース・デーヴェニィンス(オメガファルマ・クイックステップ)がすかさずあとに続く。そして新城の「50kmくらい」という予想を大きく超える、62.5km地点でエスケープ集団が出来上がった。
直後にニキ・セレンセン(チーム サクソバンク・ティンコフバンク)も合流すると、6人の集団は、みるみるうちにリードを稼いでいった。総合争いの選手たちは平坦ステージでナーバスに先を急ぐ必要はなかったし、スプリンターチームたちも追走を放棄した。ここまで連日激しい戦いを繰り広げた中間ポイントさえも、すでにマイヨ・ヴェール争いの大勢が決してしまったせいか、ペーター・サガン(リクイガス・キャノンデール)以外は取りに行かなかったほど。こうして後方集団は1日早い休養日に入った。エスケープ集団には、最終的には11分50秒ものタイム差を許した。
小集団スプリントならおてのもの
おそらく6人は、早い段階で逃げ切りを確信したに違いない。そしてデュムラン以外は、ゴールスプリントに持ち込みたくなかったはずだ。3つの小さな山を越えて、ゴールが徐々に近づいてくるにつれて、それぞれに飛び出すチャンスをうかがい始めた。もちろん他人に飛び出されぬよう、最大に警戒しつつ。
「最終盤はライバルの動きに集中する必要があったんだ。今までのボクは、誰かがアタックを仕掛けるのを待ってしまったり、警戒すべき選手に乗り遅れてしまったりすることが多かった。ただし今日は、N・セレンセンの最初の飛び出しに上手く反応することができたんだ」
フェドリゴは、心理戦の様子をこんな風に振り返る。N・セレンセンの最初の飛び出しは、ゴール前10.5kmでの出来事だった。しかもセレンセンは1度だけではなく、続けて2度目の加速を切った。しかし誰もが、フェドリゴと同じく集中していたに違いない。5人全員がすかさず張り付いた。さらにはヴォクレールもまた、飛び出しを仕掛けた。第10ステージのエスケープ集団では、「最も監視された男」ながら見事な一発を決めたが、2度目はもはや許されなかった。
「自分がどうしてあそこでアタックしようと思ったのか分からないんだ。なんとなく、フィーリングだね。でもきっと、ナイスタイミングだ、って感じ取ったんだろうね」
ゴール前6.5km、今度はフェドリゴがチャンスをつかみに行く番だった。数度のアタックで脚を使っていた選手たちは、もはやついていく体力が残っていなかった。ただヴァンデヴェルデだけが、元フランスチャンピオンの加速に反応できた。さらにこのアメリカ人は、他の4人がもう2度と追いついてこないように、フランス人と積極的なリレー交替さえ買って出た。
「フラムルージュ(ゴール前1kmを示すアーチ)を過ぎると、ヴァンデヴェルデはまったく引かなくなった。ボクの後ろにぴったり張り付いた。でも、彼がそうしてくるだろうことは、予測済みだった。ただお見合いしすぎで脚が止まってしまってからのスプリント……という事態だけは絶対に避けようと、スピードを決して落とさずに走ったんだ」
2006年に自身初めてのツール区間勝利を手に入れたときも、2009年の2勝目も、2人でのスプリントを制してきた(相手はそれぞれコメッソ、ペリッツォッティ)。しかも2010年大会でこの日と同じポーの、全くゴールで栄光を勝ち取ったときは、8人による小集団スプリントだった。フェドリゴ自身も、爆発力にはちょっとした自信があった。だから結局は、最終加速後はヴァンデヴェルデに一歩も前には行かせずに、フィニッシュラインまで完全なる先頭で駆け抜けた。
つまりフェドリゴにとっては人生4度目の区間勝利。FDJ・ビッグマットでは22歳の若きティボー・ピノに続いて、33歳のベテランが実力を見せた。さらにフランスにとっては大会通算4勝目。これで隣国イギリスに並び、ツール祖国の誇りも救われた!
11分50秒後にゴール地に姿を現したプロトン内では、一応、7位争いが繰り広げられた。この日が30歳の誕生日だったアンドレ・グライペル(ロット・ベリソル チーム)が集団内の軽めのスプリントを制し、今大会ここまで落車やらケガやらで何もできなかったタイラー・ファラー(ガーミン・シャープ)が8位に入る奮闘を見せた。第18ステージと、最終日第20ステージ@シャンゼリゼの大集団スプリントゴールへ向けての、予行練習だったのかもしれない。9位サガンのマイヨ・ヴェールへの道も順調に進んでいる。もちろん総合争いの選手たちも、みんな揃って同集団で静かにゴールした。そして翌日は待ちに待った2度目の休養日。
「ピレネーでどう走るか、まだまるで考えていない。休養日の夜に考えるさ。なるべく先のことは考えずに、1日1日をこなしていくようにしているんだ。さもないと、目の前の大切なことを見落としてしまうかもしれないからね。だから休養日の夜に考えるのは第16ステージのことだけ。第17ステージのことは、第16ステージの結果を反映して、それからようやく考えるのさ」
こう語ったウィギンスは、つまり休養日イヴのこの夜は、難しいことは考えずに久しぶりにゆっくりと頭と体を休められるのかもしれない。そして休養日が明ければ、パリまで残すは5日。ピレネー難関山岳2連戦、さらに平坦ステージを挟んで勝負の最終タイムトライアルと、マイヨ・ジョーヌ&表彰台争いもいよいよ大詰めを迎える。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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