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勝利請負人ユキヤ!
休養日恒例の記者会見めぐりを終えて、各国ジャーナリストたちはそろそろビールでも一杯……という時間帯だった。しかし7月17日、20時30分。記者たちはUCI国際自転車競技連合から一斉メールを受け取る。おそらく誰もが頭を抱えたに違いない。フランク・シュレク(レディオシャック・ニッサン)が7月14日第13ステージ後に受けたドーピング検査で、利尿促進剤キシパミドが検出された、というものだったから。「翌日の新聞用に、すでに2本の記事を書き終えていたんだけどね」と語るルクセンブルクの日刊紙記者は、差し替え記事の作成に忙しい夜を過ごした。
一転、休養日明けのスタート地は、ほんの少しざわついた雰囲気は漂ったものの、むしろ、誰もが目の前のことに集中していた——レディオシャック・ニッサンのバスの周りにはもちろん幾重にも報道陣が詰め掛けたが——。なにしろ立ち向かうのは難しい伝統的峠が4つも待ち構えるピレネーステージ。総合争いに区間勝利、トゥルマレ山頂でのジャック・ゴデ賞(賞金5000ユーロ)、さらに山岳賞(この日だけで70pt)と目指すべきものは数多くあったからだ。
ひどく焼け付くような日差しの下で、燃えるような意欲を見せたのはトマ・ヴォクレール(チーム ユーロップカー)だった。すでに第10ステージで区間勝利を手に入れ、第15ステージでも大逃げをかました「バルドゥール(フランス語で戦争好きな兵隊、自転車用語では大逃げで勝ちを取るタイプの選手)」は、まるで尽きることを知らぬ意欲でチャンスを捕まえた。第10ステージと同じように、「幸運のお守り」新城幸也に引っぱられて!!
「前方に大きな集団ができつつあったんです。でもチームからは誰も逃げに乗ってなかった。そしたら背後にいたトマから『行け!』って言われた。だからもう、とにかく全速力で引いて、プロトンの50人くらいをガーーって追い抜いて。こうしてエスケープに入ったんです。ボクらのコンビ、鉄板ですね!」
こう新城が語れば、ヴォクレールもそれに同意する。
「ユキヤはくどくどと説明しなくても、ちょっと合図をしただけで、相手が何を欲しているか分かる選手なんだ。今日は35人のエスケープが出来つつあったから、『ユキ、穴を塞げ!』って言った。その通りの素晴らしい仕事をしてくれた」
そんな新城の強力な牽引に乗って、ヴォクレールはこの日最初の峠、超級オービスク峠を先頭通過する。やはり前方集団に滑り込んでいた、赤玉ジャージ姿のフレデリック・ケシアコフ(アスタナ プロチーム)さえも蹴散らした。そしてトゥルマレの登坂口で新城に合図を送ると、ヴォクレールは1人でさらなる戦いへと走り出していった。
全てを手に入れた男
チームメートのピエール・ローラン(チーム ユーロップカー)が、スタート前は山岳賞では14pt差の総合2位につけていた。しかし前日の記者会見で、山岳賞を狙いに行くか尋ねられたローランは「ノン」と即答。一方32pt差で山岳賞4位につけていたヴォクレールは「絶対に取るぞ、という執念はない。でも、じゃあ取りたくないか、と聞かれたらそれはノンだ」と語ってはいたものの、実際は朝から山岳賞を虎視眈々と狙っていた。
38人もの選手が入り込んだ巨大なエスケープ集団は、トゥルマレの上りで徐々にバラバラになっていった。さらに山岳巧者ダニエル・マーティン(ガーミン・シャープ)が鋭い攻撃を決めると……、ヴォクレールは一旦は遅れを喰らってしまう。しかし粘り強く前方に追いつくと、逆にカウンターアタックを決めて、ブリース・フェイユー(ソール・ソジャサン)と2人で先頭に立った。
「オービスクで、今日の自分の脚が、とてつもなく絶好調であることに気がついた。だから行けるとふんだ。あまり先のことは考えずに、各峠を1つずつ、確実にこなして行った」
オービスクに続いて、ヴォクレールは超級トゥルマレも一番に越えた。ジャック・ゴデ賞を懐に入れて、チーム賞金ランキングで3位につけていたユーロップカーにさらなる分け前をもたらした。さらには1級アスパンも先頭通過。後方からアレクサンドル・ヴィノクロフ(アスタナ プロチーム)とクリスアンケル・セレンセン(チーム サクソバンク・ティンコフバンク)がじわじわと追いかけてくる気配を感じたのだろうか。最終1級ペイルスルド峠の、山頂まで7kmを残した坂道では、フェイユさえも振り切った。
「すごく誇らしい。だって子供のころにテレビで見ていたような、そんなシーンを再現したんだからね。伝説の山を1人、先頭で走って行く。観客の波をかき分けながら……。そしてゴールではマイヨ・ア・ポワを着る。後ろとは1分半ほどのタイム差があったし、下りはまあまあ行けるほうだと自覚していたから、山頂付近では心の底からファンたちの声援を楽しむことが出来たんだ」
こうして4つ全ての難関峠を堂々と先頭で駆け抜けた。そしてケシアコフが最終峠で3位以内の通過を果たせなかった時点で、第11ステージ後に失った山岳賞ジャージの奪還を確実なものとした。それどころか今大会2つ目の区間勝利に向けて、ヴォクレールは15.5kmの全力ダウンヒルへと飛び出した!
大歓声に包まれてフィニッシュラインを越えるころ、ヴォクレールはあらん限りの名誉を手にしていた。今大会2つ目の区間勝利、山岳賞、ジャック・ゴデ賞、敢闘賞……。もちろん表彰台の上から、最高の相棒、新城に手を振ることも忘れなかった。ちなみに20日間着用経験のあるマイヨ・ジョーヌをパリまで持ち帰ったことは今までないけれど、赤玉模様の陽気なジャージ姿で、今年こそはシャンゼリゼの表彰式に臨みたいと願っている。
ディフェンディングチャンピオンの失墜
総合争いには関係のないエスケープ集団を見送ったあと、メイン集団が本格的に動き始めたのは、この日3つ目の上りアスパンに入ってからだった。
「早めに仕掛ける。トゥルマレからすぐにでも」と宣言していたリクイガス・キャノンデールが、そのトゥルマレの次の峠で攻撃を開始。しかもジロを2回制し(2006、2010年)、ツールでは2度の表彰台(2004、2005年)の経験を持つ34歳の大チャンピオン、イヴァン・バッソが、年下27歳のエース、ヴィンチェンツォ・ニーバリのために猛烈な牽引を始めたのだ。たまらずスピードアップの犠牲になったのが、35歳のカデル・エヴァンス(BMCレーシングチーム)だ!
ディフェンディングチャンピオンはアスパンからの下りで、なんとか一旦はメイン集団に合流を果たす。しかし最終峠、アスファルトの路面が摂氏55度にまで熱したペイルスルドの上りで、再びバッソがアクセルを入れると、エヴァンスに耐える脚はもはや残っていなかった。そのまま長く苦しい追走の旅が始まり、しかも、2度と彼らに追いつくことはなかった。
「本当に、良くない1日になってしまった。ただし幸いにも、今日は予定通りにエスケープに選手を2人送り込んでいた。だからすぐに、カデルのサポートにまわるよう指示することができたんだ。チーム全員が献身的な働きをしてくれたよ」
こう答えたBMCのジャン・ルラング監督は、失望した様子を隠しきれなかった。当然ながら、新人賞ティージェイ・ヴァンガーデレン(BMCレーシングチーム)だけは、単独でメイン集団に踏みとどまることこそが仕事だった。残念ながら最終的には「マイヨ・ジョーヌ集団」からは58秒遅れでゴールするのだが、大切な純白の衣装は着続けている。また総合4位から7位(8分06秒)に陥落した本来のリーダーを、総合タイムでは11秒上回る。
「でも、ボクのほうが順位がいいからって、ボクがリーダーにならなきゃいけないの?やっぱりカデル・エヴァンスこそがリーダーだし、カデルこそ、チームのあらゆるサポートを受けるべき人間だと思うんだ」
あと約1ヶ月で24歳になるヴァンガーデレンは、あくまでも控え目に語る。
さて、バッソが小さく細切れにしたメイン集団を、さらに細かく粉砕したのはニーバリだった。ペイルスルドの上りで、ついに、2010年ブエルタ王者が急加速!切れ味鋭いアタックは、一旦は全てを置き去りにした。
いや、ユルゲン・ヴァンデンブロック(ロット・ベリソル チーム)やヴァンガーデレンは、ここで完全に後れを取ってしまうことになる。ただし例の2人は……、総合3位ニーバリよりも上位につけるマイヨ・ジョーヌのブラドレー・ウィギンスと総合2位クリス・フルーム(共にスカイ プロサイクリング)だけは、一定のリズムを崩さず追いかけてきた。ニーバリに対するリードがわずか18秒しかないフルームが、リーダーをきっちり背後に伴って。
「ボクに勝機があるとしたら、スカイに危機が訪れたとき。ウィギンスか、フルームか、どちらかが調子を崩したとき」。こうニーバリは休養日に語っていたが、2人はひどい暑さにも、山の苦しさにも負けなかった。山頂間際で再びニーバリがアタックを試みると、今度はウィギンス自らがフルームを伴って追いついた。しかも山頂を越えるとフルームがすかさずニーバリの前に陣取り、名ダウンヒラーの脚を封じ込めた。
「スカイを引き離そうと思ったけれど、結局引き離されたのはエヴァンスだった。おかげで表彰台の座はほぼ確実なものに出来たから 一応満足ではある。けれど、決して幸せな気分ではないね」
おそらく2012年ツール・ド・フランスの総合表彰台を分け合うであろうウィギンス・フルーム・ニーバリは、トマ・ヴォクレールから7分09秒後に、3人揃ってゴール地へと姿を現した。3人の関係は変わらぬまま。むしろ総合3位と4位のタイム差が、前日までの56秒(3位ニーバリ、4位エヴァンス)から、3分23秒(3位ニーバリ、4位ヴァンデンブロック)へと大きく広がった。ウィギンスは、また一歩パリへと近づいた。この夏の山は、あと1日だけだ。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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