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【サイクルロードレースを支えるスペシャリスト】 選手からの「ありがとう」が大きな活力。UCIワールドチーム「EFエデュケーション・NIPPO」で世界を駆ける気鋭のメカニックの強き意志
サイクルロードレースレポート by 福光 俊介南野求さん
ツール・ド・フランスやジロ・デ・イタリア、パリ~ルーベなど、世界各地でビッグレースが開催されるサイクルロードレース。主役となるのは選手たちだが、そんな彼らを後方支援するチームスタッフにも昨今はスポットライトが当たるようになってきた。なかでも、世界トップのチーム力を有するEFエデュケーション・NIPPOには日本人スタッフが所属し、レース中継を通じてその存在に注目が集まることとなった。そのうちの1人、自転車を完璧な状態に仕上げ、選手たちに自信を与えてレースへと送り出す気鋭のメカニック、南野求さんに話を伺い、トップチームでの仕事に対する熱き思いを語ってもらった。
――ロードレース界において歴史があり名門チームであるEFエデュケーション・NIPPOのメカニックとなった経緯を教えてください。
南野:ここ数年はヨーロッパをベースに仕事をしていて、昨年はUCIプロコンチネンタルチーム(現・UCIプロチーム)のデルコで働いていました。このチームのスポンサーをしていたNIPPO社が現在のチームへ移るにあたって、大門宏マネージャーに推薦していただいて加入する形になりました。
――現在の拠点はどちらになるのですか。
南野:スペインのジローナという街にチームの倉庫があって、そこでバイク作業を行って遠征へと出発しています。
――UCIワールドチームのメカニックの仕事は、具体的にどんなことをしているのでしょうか。
南野:主にはバイクの整備ですが、倉庫での雑務もいくつか含まれます。レース前であれば出場選手のバイク整備を行って、それを遠征用のトラックへと積み込みます。レース現場へ入ってからは、整備のほかにレース後の後片付けもあります。レースを終えて倉庫へと戻ってからは、次のレースに向けてバイクの調整をしたり修理をしたり、といった具合です。
――チーム内にはメカニックが何人いて、倉庫での仕事、レース時の仕事それぞれでどのような振り分けがなされているのでしょうか。
南野:現在チームには8人のメカニックが所属しています。基本的にはこのメンバーで帯同レースを割り振りしていくのですが、このほかにもう1人「倉庫番」としてメカニックを兼務するスタッフが倉庫に常駐しています。彼が主に倉庫内のアイテム・パーツの管理を担当し、私たちがバイクの組み立てや整備を任されている格好です。また、誰がどのレースに行くかというスケジューリングは、チーム内の「オペレーションマネージャー」と呼ばれるスタッフが調整してくれています。
――普段の1日の過ごし方を教えてください。
南野:倉庫で仕事をする日は、朝出勤して、夕方に帰宅する流れなので、サラリーマンの方々とそう大きくは変わらないと思います。私の場合は、近くの街に部屋を借りて自転車通勤をしています。午前の仕事が終わったら昼休憩をとって、また午後からも仕事。ただ、レースが近づいてくると動きが変わってきます。レース会場への出発日から逆算して作業に入るのですが、出走人数やメンバーに合わせてパーツの準備やバイク調整を行って本番を迎えることとなります。おおよそ出発3日前を目安にレースに向けた作業に入るのですが、チーム車両の運転も仕事として入ってくるので、出発前日は早めに切り上げて休んだりするなど、時間の使い方を工夫しながら過ごしています。
南野求さん
――レースメカニックとしてのお仕事について、さらに深掘りしていきます。まず、メカニックを志したきっかけを教えてください。
純粋に自転車が好きだった、ということですね。機械に触れることに楽しさを感じていたので、中学生の頃に自分が乗っていたママチャリを分解してみたり、なんてこともありました。大学までは競技にも取り組んでいましたが、それでプロを目指すというのは考えていなくて、メカニックとして自転車にかかわることが一番の選択肢になりました。
――今年はレース帯同で何カ国へ行きましたか。
南野:何カ国行ったのだろう…(笑)。チーム拠点のスペインも含めると、フランス、イタリア、オランダ、ベルギー、UAE、この6カ国ですね。新型コロナウイルスの影響もあって、チームはアジアなどヨーロッパ・中東以外への遠征ができませんでした。なので、例年と比較するとさほど多くの国には行かなかったように思います。私自身は主にヨーロッパのレースを回らせてもらいました。
――その6カ国の中で、気に入った場所や印象に残ったスポットは見つけられましたか。
南野:やっぱり初めて行く土地はどれも刺激的で楽しいですね。イタリアであればご飯がおいしいですし、オランダやベルギーに行くとレンガ造りの建物がとても綺麗だったりと、印象に残るものがたくさんありました。レース中はチームカーに乗っていますが、有名なランドマークがコースに含まれていると「すごいな…」と思いながら眺めたりしますよ。車を運転する監督が「おい、あれ見てみろよ!」なんて名所を教えてくれて、チームカーの中で盛り上がっていることもあります。
――選手たちがレースで活躍できるよう、特に心がけていることはどんなことですか。
南野:大前提として、選手の「命」をあずかっていることが挙げられます。ネジ1本緩んでいるだけで命にかかわる事態になりかねないので、ミスなく作業することは常に意識しています。逆に、良かれと思ってやったことがマイナスに転じては元も子もないので、安全に走れるようバイク整備することは特に心掛けています。
南野求さん
――選手との関係づくりで心がけていることはどんなことですか。
南野:特に重要視しているレースとなれば、選手たちもバイクに対していつも以上にシビアになります。「サドル位置が数ミリずれている」だとか、「ハンドル周りの感覚が違う」であったり、普段は気にしないような細かいところを指摘したりと、みんな繊細になっていきます。そんな時には親身になって、納得してもらえるまで作業します。快適にレースを走ってもらうことが一番なので、できるだけ選手たちに寄り添えたらと日頃から思っています。正直、私たちでも大きなレースが近づくと「ああしておけば良かった」などと思ってしまうことはあります。でも、そこは自分に芯を持って、強い気持ちで選手たちを送り出さないといけません。
――これまでメカニックとして歩まれてきたわけですが、UCIワールドチームで仕事をするようになって大きく変わったところを挙げるとするならどのあたりになりますか。
南野:複数人のメカニックで分業している点ですね。UCIコンチネンタルチームで働いていたときは1人で複数の業務をこなしていましたが、いまは作業の種類こそ減ったとはいえ選手の人数が多い分、ひとつの作業にかかる時間が大きくなってきます。また、選手ひとりに対して用意されるバイク台数も多いので、同じ作業でもチーム規模に沿った時間と労力が必要になります。ちなみに、選手ひとりあたりのバイク台数は、レースバイク2台、スペアバイク3台、TTバイク1台、スペアバイク1台、自宅など拠点でのトレーニング用バイク3台(うちTTバイク1台)が基本になっています。さらに、大会によってはエースクラスの選手にスペシャルバイクが用意されることもあり、出場するレースのレベルやカテゴリーに応じて準備するバイクの数は変動します。
――今年は日本人選手が2人いて、スタッフにも日本人がいましたが、チーム内でどんな話で盛り上がりましたか。
南野:特に印象深いのは、ベルギー遠征でチーム所属の日本人選手・スタッフ全員がそろったことですね。普段は選手・スタッフそれぞれに違ったスケジュールのもと動いているので、この時ばかりは「こんな珍しいことないよね」と言いながら記念撮影をしました。あとは、「あのお店のコーヒーおいしかったよ」だとか、「日本のテレビはいまあの番組が人気らしいよ」とか他愛もない話で盛り上がっています。もちろんレース前であれば、ホイール選択や使用バイクの相談といった確認作業も綿密に行います。
EFエデュケーション・NIPPO
――チームの中で特に仲の良い選手はどなたですか。
南野:中根英登選手とは同い年ですし、同じアパートに部屋を借りて生活していたこともあるので、自然と親しくなりました。レースやチームキャンプで一緒になることが多かったヒュー・カーシー(イギリス)、イェンス・クークレール(ベルギー)とは日本食レストランに一緒に行くこともありました。私自身、このチームで1年目を終えたところなので、現地集合・現地解散という形をとるレース遠征で深い関係を築くところまでは至りませんでしたが、これからみんなと少しずつ仲良くなっていけたらと思っています。
――メカニックの仕事に興味を持っていたり、機材やパーツに詳しい選手はいますか。
南野:たくさんいますよ。選手たちはみんな自転車が大好きですから。そういう選手ほどバイクセッティングにシビアだったりするのですが、なかでもセバスティアン・ラングフェルド(オランダ)は本当に詳しくて、細かいところまでオーダーがあります。今年で引退された別府史之さんもバイクに対するしっかりとした考えを持っていて、サドルハイト(サドルの高さ)について時間をかけて話し合ったこともありました。やっぱり、経験が豊富な選手ほど自分のバイクへの意識が高いことを感じますね。
――レース帯同時に選手から掛けられた言葉で特に印象的に残っているものは何ですか。
南野:レースが終わった後の「ありがとう」、この一言が本当にうれしいです。このレースのために長い時間をかけて仕事をしてきた、というところで「ありがとう」「バイクを完璧に仕上げてくれたおかげで良い結果を残せたよ」なんて言われるとグッときてしまいます。ときにはレースまでの期間に何らかのトラブルが発生することもあって、選手と話し合いながら作業をするわけですけど、走り終えて互いをねぎらいながら握手すると報われた気分になります。
南野求さん
――ではメカニック仲間での会話で特に印象に残っているものは何ですか。
南野:選手や他のチームスタッフよりも長く一緒にいて、その間にはシリアスな話題から他愛もない話までいろいろなやり取りをしているわけです。なので、自然とメカニック同士の思いも強くなっていきます。シーズンを終えて帰国する直前に、仲間同士で「ありがとう」と言い合えたことが何よりも良い気分でした。
――「ありがとう」はキラーワードですね。その一言ですべてが晴れやかになる。
南野:短いフレーズですけど、案外うまく伝えられない言葉だったりしますよね。その一言を期待して仕事をしているわけではないですけど、言ってもらえると次への活力にもなりますし、「もっともっと良いバイクに仕上げよう」という気分にもさせてくれます。
――2021年シーズンの中で一番印象に残っているレースと一番印象に残っているエピソードを教えてください。
南野:これまで数年間レースメカニックを務めてきましたが、ストラーデ・ビアンケやパリ~ルーベといった不整地を走るレースは準備からまったく異なる流れで、私自身とても勉強になりました。ワールドチームはレコン(試走)をとても大切にしているのですが、なかでもチューブレスタイヤの空気圧確認に時間と労力を割いていて、チームがどれだけこのレースに賭けているのかを身に染みて感じました。選手それぞれにコンマ単位まで細かく指定の空気圧を割り出したうえでレース本番を迎える流れは、メカニックとして刺激的でした。1レースあたりメカニックが3~4人帯同するのですが、レース前であれば試走についていく者とホテルに残って作業する者とに分かれて、でき得る限りの業務をこなしていきます。その意味では、レースは準備段階で決まってくる、これに尽きると思っています。
――ちなみに「この選手はこんなヤツ」みたいな小ネタ、教えてください。
南野:クークレールはポケモン好きで、よくその話題で盛り上がります。おもしろかったのが、坂本拓也マッサーがスマホアプリ「ポケモンGO」をやっていたときに、通知音を聞いたクークレールが即座に「ポケモンゲットしたな!」と反応したときですね。ほかにも、カーシーであればプライベートでヤマハのモーターバイクに乗っていますし、監督のマッティ・ブレシェルも日本車が好きだと常々言っていたりと、ジャパニーズカルチャーはいろいろなところで浸透している印象があります。
――チームの垣根を越えてメカニック同士で交流や情報交換をすることはありますか。あればどんなことを話すのですか。
南野:メカニック同士の情報交換は非常に重要です。自分だけではどうにも解決できないようなバイクトラブルが起きたときに、他チームのベテランメカニックからアドバイスしてもらう、なんてことはよくあります。レース会場で他チームのトラックをのぞきに行くこともしょっちゅう。選手の移籍と同様に、メカニックがチームを移るということも多々あるので、そうしているうちに自然とネットワークは広がっていきますね。
――やっぱり他チームのバイクも気になりますか。
南野:それは当然ありますね。最新のパーツが導入された、なんて聞けば気になって見に行きますし、バイクの組み方ひとつとってもメカニックごとに異なるので、それを学ばせてもらったり。所属チーム関係なく、どのメカニックも良いものはどんどん取り入れていこうというスタイルで働いています。
南野求さん
――今年16勝を挙げ、そのどれもがインパクト大の勝ち方でした。その活躍を下支えした南野メカニック、来年はどんなシーズンにしたいとお考えですか。
南野:勢いのあるチームで仕事ができていることは私自身大きな誇りです。チームのムードもとても良いですし、今年以上の成果を挙げられると思っています。私が整備したバイクで選手たちが勝ってくれる、そんな機会が多い1年にしたいですね。
――これからレースメカニックを目指そうという人たちに、どんなことを伝えたいですか。
南野:基本を大事にすることを常に意識しておいてほしいですね。ひとつひとつ、作業を丁寧に、これはメカニックに限らずすべての業種にあてはまることだと思います。焦らず、目の前にある仕事をしっかりやろう。そう伝えたいですね。
南野求さん
スプリント時では時速にして約60km、ダウンヒルであればときに時速100kmに達することもあるサイクルロードレース。100人以上のライダーがひとつの集団にひしめきながらも、大きなトラブルなくフィニッシュへと到達する。ライダーのスキルはもちろんだが、バイクをベストコンディションに仕上げ、安全走行が可能な状態を作り出すメカニックの仕事はまさに職人芸と言えるだろう。南野メカニックが語った「基本を大事に」との言葉は、一見簡単なようで実は一番難しい、だからこそ肝に銘じるべきであることを示唆しているといえよう。そして、「ありがとう」の一言で選手と心を通わせる姿。これこそが、このスポーツが最大限表す「人間味」の真の在り方ではないだろうか。
文:福光俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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