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【ブエルタ・ア・エスパーニャ2021 レースレポート:第16ステージ】これぞウルフパック!仲間のすさまじい献身でヤコブセンが区間3勝目!「すべてはみんなのおかげだ」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか仲間と抱き合うファビオ・ヤコブセン
25歳の誕生日を、ファビオ・ヤコブセンは華々しく祝った。ライバルチームは小さな山道を利用して猛烈に蹴落としにかかったが、2021年ブエルタ最後のスプリントチャンスを、決して逃さなかった。ウルフパックの凄まじい献身で、今大会3つ目の勝利をきっちり手に入れた。
「誕生日はいつだって良い日だけど、この勝利のおかげで天にも昇る気分だよ」(ヤコブセン)
大会2度目の休息日を終え、2021年ブエルタ・ア・エスパーニャの最終週は……いきなりの集団落車で幕を明けた。スタートからほんの数キロで、プロトンは大きくなぎ倒された。多くの総合上位勢も巻き込まれた。
幸いにも「ジャージが少し破れただけ」という総合4位エンリク・マスは、すぐに問題なくプロトン復帰を果たした。「かなり激しく転倒した」総合2位ギヨーム・マルタンは、左肋骨を痛め呼吸に苦しんだが、チームメートたちの支えでトップ集団内で1日を終えた。
一方で総合12位ジュリオ・チッコーネは、長い追走の果てにメイン集団に追い付いたものの、最終的に自転車を降りた。チェーンリングで右膝を傷つけ、ペダルを回し続けることはもはや不可能だった。第14ステージでも落車したセップ・ファンマルクも、この2度目の落車でとどめを刺されリタイア。一旦は走り出したルディ・モラールも、やはりステージ半ばで帰宅を決めた。
落車で集団が分裂したタイミングで、逃げが出来上がった。スタン・デウルフ、ミケル・ビスカラ、クイン・シモンズ、ディミトリ・クレイスが前方へと飛び出し、少し先でイェツセ・ボルが追い付いた。メイン集団が体制を立て直している間に、5人は素早く2分半ほどのリードを奪った。
これ以上のタイム差は許されなかった。今ブエルタ最後のチャンスを逃すまいと、スプリンターチームがすぐに制御に乗り出したからだ。ドゥクーニンク・クイックステップ、グルパマ・FDJ、チームDSMが牽引作業を分け合った。休息日をマイヨ・ロホで楽しんだオドクリスティアン・エイキングが「眠気をもよおす1日だった」と語ったほど、緩やかな時が流れていた。
プロトン
ところが残り76km、唯一の山岳を上っている最中に、雰囲気は一変する。逃げ集団とのタイム差は1分40秒。突如としてハーム・ファンフックとマキシム・ファンヒルスの2人が飛び出した。さらにはロット・スーダルのタンデム攻撃に倣って、5選手が後を追いかけはじめた。しかも、うち4人は、前方にチームメートが逃げている。もしも12人の逃げが出来上がった場合……5チームが2人ずつ送り込む計算だった。
プロトンは絶対に見逃すわけにはいかなかった。猛烈にスピードを上げると、早い段階で独走に切り替えたファンフックだけを先に行かせ、その他は全員きっちり回収。すると改めて静かな時間が戻ってきた。一時は40秒にまで縮まった先頭集団とのタイム差も、再び2分弱にまで広がった。10kmほど孤独に努力を続けた先で、ファンフックは無事に逃げ集団へと合流した。
そこから先は「山岳」は一切登場しなかった。しかし残り58km前後に、無印の、アルト・デ・サン・シプリアノが待ち受けていた。道は約4kmも上り続けるし、平均勾配はなんと5%!
ここでUAEチームエミレーツが大鉈を振り下ろした。いきなり集団前方へと駆け上がると、7人で隊列を組み上げた。そのままスピード全開。ピュアスプリンターたちを振り払い、マッテオ・トレンティンを勝たせるためだった。
想像もしていなかった奇襲に、多くの選手が後方へと吹き飛ばされた。UAEの狙い通り、遅れを取った40人ほどの集団には、グリーンジャージ姿のヤコブセンの姿もあった。UAEのスピードはますます増した。上りきった先では、30秒ものタイム差が生まれていた。
しかし、ウルフパックが、鮮やかな救助作戦を成功させる。第13ステージでは、最終盤にあまりにも速く牽引しすぎて、ヤコブセンを置き去りにしてしまったのだけれど……この日は数人が側に駆けつけると、エースを前方へと引っ張り上げた。UAEに協力を申し出るチームが皆無だったのも、ドゥクーニンクにとっては幸いだった。たった10kmほどの追走の果てに、無事にメイン集団へと合流を果たした。
ヤコブセンの合流後も、UAEはすぐに加速を止めなかった。その後も続く小さなアップダウンで、すでに脱落→復帰で脚を大いに使ったライバルを、さらに痛めつける作戦だったのかもしれない。最終的にUAEは、延々30km近くも単独で作業を続けることになる。ようやく最前列から退却したのは、フィニッシュ手前30kmだった。
UAEの猛攻で、逃げとの差はまたしても30秒ほどにまで詰まったが、UAEの作業終了と共に、改めて1分に拡大した。タイム差はヨーヨーのように伸びたり縮んだりを繰り返した。しかし後方ではドゥクーニンクとグルパマ、DSMが再び主導権を取り戻した。アルペシン・フェニックスも新たに牽引作業に加わった。両集団の距離はいよいよ本格的に縮まっていく。
6人になった逃げ集団は、すぐには降参しなかった。ビスカラは真っ先に加速を切った。山岳も中間も1位通過を獲りに行ったボルも、今大会6度目の逃げで初めての敢闘賞を手に入れるべく、必死に粘り続けた。最後まで抵抗し続けたのはデウルフだった。軽い上りを利用し、残り10km、単独先頭にたった。20秒のリードを必死に守り続けた。後方ではユンボ・ヴィスマやイネオス・グレナディアーズ等々、総合勢が安全確保のために隊列を組んだおかげで、ぎりぎりの逃避行は続いた。
残り5km、しびれを切らしたウルフパックがスピードを上げると、もはやデウルフはひとたまりもなかった。残り4.5km、逃げはすべて回収された。
そこからフィニッシュまでの道は、恐ろしく蛇行していた。小さなカーブのたびに激しい場所取りが繰り返された。グルパマが真っ先に先頭を奪い、もはやチームメートをすべて使い切ったトレンティンは、巧みにアルノー・デマール用列車の背後に滑り込んだ。ボーラ・ハンスグローエも、ジョルディ・メーウスのために前に割って入った。マイケル・マシューズ擁するバイクエクスチェンジもいよいよ始動。ポイント賞で上位につけるマグナス・コルトを引っ張って、EFエデュケーション・NIPPOのピンクも見え隠れした。
残り2kmを切ると、やはりウルフパックが、4人で最前列へと駆け上がった。ただテクニカルなコーナーの連続に加えて、スピードバンプや中央分離帯の撤去跡が散りばめられた道で、先頭は目まぐるしく入れ替わった。ラスト1kmのアーチをくぐり抜けた直後には、ヤコブセン最終発射台のベルト・ファンレルベルフが、全員を置き去りに先行してしまったことさえあった。
それでも、ひどく短い最終ストレートを攻略し、フィニッシュラインへと真っ先に横切ったのはヤコブセンだった。ファンレルベルフの作り出した穴を埋めるため、早めの加速を強いられたメーウスの後輪から、残り100mで飛び出した。自らを大いに苦しめたトレンティンの追い上げも、もちろん、決して許さなかった(3位)。
スプリントフィニッシュを制したヤコブセン
「今日みなさんが目にしたものこそ、これぞウルフパック。僕は上りで脱落したけど、仲間たちは僕を待ち、集団へと引き戻してくれた。そして僕はレースを勝った。すべてはみんなのおかげだ。僕がすべきは短いスプリントだけで、あとは全部彼らがやってくれた」(ヤコブセン)
第13ステージではチームメートの勝利に「嬉しさ半分、悔しさ半分」だったヤコブセンだが、今区間は喜び半分、感謝半分、というところだろうか。1年前のポーランド一周での大事故から、自らを救い出してくれた3人の関係者に、今区間3勝目を捧げた。
「この3勝目の機会に、僕の復活に重要な役割を果たしてくれた3人に、感謝の気持を伝えたい。ナイメーヘン病院のドクター、チームドクター、そして整骨療法士に。この勝利はあなたたちのものだ」(ヤコブセン)
ヤコブセンの勝利はまた、グリーンジャージ用ポイントを新たに50pt積み重ねたことを意味する。ポイント賞2位トレンティンとの差は127pt、6位プリモシュ・ログリッチとの差は142pt。山岳大戦+タイムトライアルが待ち受ける残り5日間で、最大190pt収集可能だから、ジャージの行方はいまだ分からない。
赤いジャージの行方は、今後2日間で大きく見えてくる。マイヨ・ロホを7区間守り続けてきたエイキングの前に、厳しい山頂フィニッシュ2連戦が立ちはだかる。2位マルタンとの54秒差や、3位ログリッチとの1分36秒差は、どう動くだろうか。
「今日は戦術的に見れば、赤ジャージで過ごした中で、最も簡単な日だったと言えるかもしれない。明日のコバドンガは総合争いにとって決定的な役目を果たす。スタートから激しいレースになるはずだ」(エイキング)
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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