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【ブエルタ・ア・エスパーニャ2021 レースレポート:第13ステージ】これぞドゥクーニンク・クイックステップの真骨頂!咄嗟のエース変更でセネシャルがステージ勝利「僕らは冷静だった」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかフロリアン・セネシャル
見事なチームワークと臨機応変さ。まさにウルフパックらしい勝利。残り1.5kmで、エースから勝負を託されたアシストが、冷静にスプリントを勝ち取った。今大会ここまでファビオ・ヤコブセン2勝のために力を尽くしてきたフロリアン・セネシャルが、グランツールで初めて自分のために歓喜を味わった。静かだった1日の終わりには、小さな分断も起こった。総合争いの大局に影響はなかった。
「周りのために全力を尽くせば、いつかは僕に返ってくる。そう信じて厳しい練習を積んできた。今日の僕は世界で一番幸せな男さ」(セネシャル)
暑くて、ひたすら長い午後。もちろんステージ距離が、今大会最長の203.7kmだったせいでもある。なによりプロトン自体がゆっくりと走った。序盤2時間を50km超で突き進み、ステージ全体の平均時速が46.8kmに達した前日とは違い、この日はスタートと同時に3人の逃げをあっさり見送ると、のんびりとペダルを回した。最終的な平均速度も、40kmをほんの少し超えただけだった。
平坦ステージのもはや恒例、地元スペインの招待3チームが、1人ずつ逃げに送り出した。それがブルゴスBHのディエゴ・ルビオ、カハルラル・セグロスRGAのアルバロ・クアドロス、そして昨季まで10年間コフィディスで走り、今はエウスカルテル・エウスカディのジャージをまとうルイス・マテ。2018年大会では15日間山岳ジャージを着用した37歳マテは、つまり山岳ポイントの一切存在しないステージを逃げの舞台に選んだ。
当然すぐにスプリンターチームが集団制御に乗り出した。スタートから10kmほどで、まずはドゥクーニンク・クイックステップが牽引役を前線に送り込んだ。続いてグルパマFDJとチームDSMが作業に加わった。ロット・スーダルも前を引いた。タイム差が3分を超えることはなく、たいていは1分半から2分ほどの間を行ったり来たりした。
少々退屈な時間に、残り60km、ベルギー勢がちょっとしたスパイスを効かせたこともあった。ベルギーチームのロットとアルペシン・フェニックスの数人、さらには前日見事な発射台役を努めたベルギー人イェンス・クークレールが前方へと駆け上がると……突如としてスピードを上げた!さすがにこの時ばかりは時速65kmに達した。
まるで予期せぬ試みに、荒野の一本道では、一瞬にして分断が起こった。総合7位ベルナルが後方に取り残されたせいか、ユンボ・ヴィスマやバーレーン・ヴィクトリアスが先頭交代に加わったことも。
ただ、ほんの数キロ先で、試みはあっさり打ち切られた。タイム差も一気に1分45秒から20秒まで詰まったが、再びじわじわ1分に広がった。それでも集団が完全な静寂を取り戻すことはなかった。すっかり神経質になった総合系チームが、この先は常に、スプリンターチームと共に集団前方に居座った。
その後はなにごともなく、逃げは残り29kmで飲み込まれた。勇敢な独走も、一切の抵抗も見られなかった。吸収と同時にカウンターアタックが巻き起こることもなかった。
残り11kmの中間ポイントでは、スプリントさえ起こらなかった。ベルト・ファンレルベルフに連れられて、緑ジャージのヤコブセンが周囲を警戒するように、ほんの少し前に出ただけ。ポイント賞を熾烈に争ってきたヤスパー・フィリプセンが第11ステージ朝に帰ってしまったせいで、どうやらポイント収集に興味を持つライバルはいなくなった。むしろ同時に収集できるボーナスタイムを重く見て、モビスター、ユンボ・ヴィスマ、イネオス・グレナディアーズのアシストたちが、3位=1秒を潰しに走った。
たしかにスプリントは起こらなかったが、まるで中間ポイント通過を待っていたかのように、直後にプロトンはエンジンをかけた。なにしろ、ここから先は、ロータリーとカーブの連続だ。マイヨ・ロホをあと1日チーム内に留めおきたいアンテルマルシェ・ワンティゴベール・マテリオが、集団先頭で加速を切ると、緊迫感は否応なしに上がっていく。
残り9kmから連続して登場した2つの大きなロータリーは、アンテルマルシェとチームDSMが前方でこなした。しかし残り5kmを切ると、ドゥクーニンク隊列が素早く駆け上がった。そのまま先頭位置をむしり取り、とてつもないスピードで前方へと突進した。
「残り3.2kmのカーブを前で入らなきゃならないことは分かっていた。昨夜も言われたし、今朝も改めて指示された。そうすれば、後は、自分たちのペースに持ち込めるから、と」(ファンレルベルフ)
肝心の3.2kmのカーブは、ウルフパック4人衆が、狙い通り先頭で曲がった。ところが先頭のヨセフ・チェルニーがあまりにもハイペースを刻んだものだから、カーブを抜け出した先で、肝心のエースは脱落気味。そもそも4両列車にぴたりしがみついていたのは、4年前までドゥクーニンク隊員だったマッテオ・トレンティンだけで、その背後には空白が生まれた。
チェルニーが引き終わる残り2kmまでに、しかも3つのロータリー&カーブが立て続けに襲いかかったものだから、分断を埋める暇などなかった。続いてゼネク・スティバルが牽引を始めた時には、ドゥクーニンクにはもはや10人ほどのライバルしか残っていなかった。相変わらずトレンティンの背後には穴があったし、総合勢はまとめて後方へと吹き飛ばされていた。ただベルナルだけが、トーマス・ピドコックに連れられ前を急いだ。
残り1.5kmだった。脇目も振らず先頭を突進していたスティバル、ファンレルベルフ、セネシャルの3人に、無線連絡が入った。ついに力尽きたヤコブセンからだった。
トレンティンとの一騎打
「僕は100%のモチベーションで、これまでファビオのために働いてきた。彼がリーダーだからではなくて、友達だからなんだ。そんなファビオから、『俺はもうヘトヘトだ。フロリアン、行け、君のチャンスを試せ。全力だ!』と無線で声をかけられた」(セネシャル)
みんながみんなのために働く。これぞドゥクーニンク・クイックステップの真骨頂。だからこそ今季、すでに異なる15選手で、勝利を上げてきたのだ。この日もセネシャルにエース役が切り替わると、残された3人は早急に頭を切り替えた。新たな作戦は待って待って待つこと。できる限りフィニッシュ直前まで高速で牽引し続け、他選手の追い上げを許さぬこと。
「僕らは冷静だった。ベルトは最後ギリギリまで我慢してくれた。決して慌てなかった。おかげで僕はトレンティンとの一騎打ちに持ち込むことが出来た」(セネシャル)
ウルフパック隊列+トレンティンの背後にできた穴を、必死で埋めたアルペシンから、残り500m、アレクサンダー・クリーガーが先行を試みたこともあった。ただセネシャルはひらりと後輪へと飛び移った。そして最終発射台の代わりにたっぷり利用すると、ラスト200mで全力を解き放った。
フロリアン・セネシャルが集団スプリント制しみごとグランツール初区間優勝
「デマールに追い抜かれるかもしれない、マシューズに追い抜かれるかもしれない、と考えた。でも、誰も、僕を追い越しはしなかった」(セネシャル)
ちなみにデマールもマシューズも11秒遅れの集団にいた。背後に潜んでいたトレンティンは、ついには1度もセネシャルを越えることなく2位で終え、やはり大きな空白を埋める必要に迫られたアルベルト・ダイネーゼは、3位で満足するしかなかった。
ヤコブセンは1分05秒遅れの区間100位でフィニッシュラインを越えた。中間ポイントで20pt収集した以外、グリーンジャージ用ポイントは積み上げられなかった。ポイント賞2位マグヌス・コルトは86pt差、3位プリモシュ・ログリッチとは94pt差。残るスプリント機会=ポイント収集チャンスは、第16ステージのわずか1回しか残されていない。
「嬉しさと悔しさが半々。セネシャルの勝利はすごく嬉しいけど、自分が勝てればもっと嬉しかった。長く暑い1日の終わりに、勝てる脚はもはやなかった。メカトラではない。単に脚がいっぱいいっぱいだった。チームは完璧な仕事をした。ただ僕がそこにいなかっただけ」(ヤコブセン)
ウルフパックにシーズン52勝目(当然ながらワールドチームでダントツ1位の勝利数、2位イネオスは31勝)を献上したセネシャルは、自身にとってはプロ3勝目にして、グランツール初区間勝利。チームのみんなと、妻と、両親とこの喜びを分かち合いたいと語る28歳は、「2ヶ月後にはパパになる」のだとか!
小さな分断の合間を縫うように、ベルナルは10位6秒差でラインに飛び込んだ。それ以外の総合トップ15位選手は、全員揃って11秒差の集団で終了した。つまり総合7位のベルナルは、あらゆる総合ライバルたちから5秒をかすめ取った。総合順位には一切の変動はなく、オドクリスティアン・エイキングがマイヨ・ロホを身にまとう権利を、新たに24時間更新した。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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