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【ブエルタ・ア・エスパーニャ2021 レースレポート:第9ステージ】33歳のダミアーノ・カルーゾが15回目のグランツールで驚異的な逃げ切り勝利!「残り2kmでようやく勝てると確信した」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかカメラに笑顔を見せるカルーゾ
33歳にして、生まれて初めてのグランツール区間勝利を手に入れたわずか3か月後。ダミアーノ・カルーゾが2つ目の山頂ステージを勝ち取った。とてつもない独走の果てに。5月のジロ・デ・イタリアでも示したように、失意から、バーレーン・ヴィクトリアスは素早く、そして力強く立ち直った。モビスターのダブルリーダーは堅固な協力体制を披露し、イネオス・グレナディアーズは作戦が少々空回り。ユンボ・ヴィスマとプリモシュ・ログリッチは、1回目の休息日前夜に、あらゆる総合ライバルに対してリードをさらに広げることに成功した。
71kmの逃げ切りに成功したカルーゾ
「まだ自分の成し遂げたことが信じられない。素敵な気分だし、ジロに続いてこの感動を繰り返すことができたなんて、信じられないよ」(カルーゾ)
逃げが決まる。数々の選手がこう予言していた。ステージ序盤が平坦基調なせいで、逃げが決まるまで、とてつもないバトルが繰り広げられるだろう。そんな声も多かった。ロマン・バルデに言わせれば、逃げに乗るのが第1目標、そこから先は脚次第。
なにしろ南スペインの燃えるような暑さと、アンダルシアの山が、プロトンの前に立ちはだかっていた。ステージ半ばには登坂距離29kmという果てしない上りが待ち構え、締めくくりは13kmの超級山頂フィニッシュ。累計標高獲得差は4593mにも達する。
大方の予想通り、飛び出しが決まるまでに序盤2時間を要した。時速50kmの凄まじい打ち合い。74.5km地点で2級峠を上りつめてもなお、先行は許されなかった。その山から高速で駆け下り、巨大な1級峠へと向かう前の谷間で、ようやくプロトンは逃げを容認した。約100kmかけて出来上がったのは、11人の先頭集団。グランツール区間優勝経験者6人に総合表彰台経験者3人、ブエルタ総合リーダージャージ着用経験者2人、さらにツール・ド・フランス元山岳賞2人という強豪揃いだった。
つまりスタート前から逃げを宣言していたバルデと、同僚マーティン・トゥスフェルトを筆頭に、リリアン・カルメジャーヌ、アンヘル・マドラソ、フレン・アメスケタ、ロバート・スタナード、ケニー・エリッソンド、ラファウ・マイカ、オリヴィエ・ルガック、ルディ・モラール、そして、もちろん「逃げて勝ちたい」と語っていた今ジロ総合2位カルーゾ。むろんメインプロトンは、カルーゾの総合6分47秒差を警戒していたはずだ。総合首位ログリッチ擁するユンボが、黙々とタイム差制御に努めた。
ステージ終盤の過酷な登坂
続く巨大1級峠の上りに差し掛かり、その差が3分40秒に広がった時のことだ。イネオスが8人全員で集団先頭に競り上がると、高速牽引へと舵を切った。目的はエガン・ベルナル曰く、最終峠に向けレースの緊迫度を上げるため。否応なしに逃げとの距離は縮まっていく。29kmの山道の半分を終えたところで、リードは1分20秒にまで減った。
「長距離なのは分かっていた。それでも飛び出すことを決めたのは、イネオスがハードなテンポを刻んでいるのを知ったから。だから『OK、捕まえられる前に、逃げ出そう。できれば1人がいい』と自分に言い聞かせたんだ」(カルーゾ)
カルーゾは飛び出した。フィニッシュまでいまだ71kmと遠かったが、固い決意で独走を貫いた。栄光を掴んだあのジロ第20ステージでは残り2kmまで共に逃げたバルデが、慌てて追いかけてきたけれど、待つつもりなんてなかった。1級山頂に到達する頃には、バルデ、マイカ、トゥスフェルト、アメスケタの追走組に早くも約1分半の差をつけた。
その読みは正しかった。後方の4人以外、逃げはすべて瞬く間にメイン集団に回収された。ただ本人さえ「予測していなかった」のは、上りで攻め、下りでも攻めたカルーゾと、メイン集団との差がどんどん広がっていったこと。1級峠を完全に下り切った時点で、恐れていたイネオスが一旦作業を停止したせいでもある。残り13km、最終峠の登坂口で、カルーゾはなんと5分15秒もの余裕を有していた。
しかし最終峠の山道に入ると同時に、再びイネオスは牽引スイッチをオンに切り替える。特に青玉ジャージをまとうパヴェル・シヴァコフが勢力的に隊列を引っ張り、アダム・イェーツが強烈なアタックに転じたのをきっかけに、後方では壮大なる加速合戦が巻き起こった。
カルーゾを追う者たちは、迫りくる波に抵抗しきれなかった。 最終山岳手前の3級峠を利用して、元ブエルタ&ジロ山岳賞ジョフリー・ブシャールが追走集団に加わったが、山岳賞3人の脚を持ってしても太刀打ちできなかった。最終峠の序盤にバルデはチェーン脱落で足踏みさせられ、マイカもいつしか力尽きた。ブシャールはカルーゾにも追いつけなかったし、メイン集団からも逃げきれなかった。山岳ポイントさえ1ptも手にしないまま、残り6kmで総合争いの面々に抜き去られた。
残り5kmまで3分半保っていたカルーゾのリードも、戦いが加熱するに連れて、急速に縮まっていく。序盤の恐ろしい飛び出し合戦をくぐり抜け、さらに70kmも孤独に走り続けてきたのだから、当然ペダルを踏む脚は徐々に重くなっていった。それでも最後までカルーゾは努力を止めなかった。
孤独な戦いに勝利したカルーゾ
「最後の山はひどく長かった。とにかく常に自分のテンポを保つことに集中し続けた。そして残り2kmで、ようやく勝てると確信した」(カルーゾ)
両手を空へ力強く突き上げ、カルーゾは笑顔でフィニッシュラインへたどり着いた。イタリアの山頂で「僕はこれまで一度も華やかな栄光を手にしたことはなかった」と振り返った33歳が、2つ目の輝かしい栄光をつかみとった。人生15回目のグランツールで、しかも生まれて初めて賞ジャージを身にまとう名誉さえついてきた。後半3つの山岳をすべて1位通過したことで、一気に山岳賞首位に躍り出た。最終的に区間2位に対しては、いまだ1分05秒のリードを保っていた。
驚異的な逃げ切りの背後では、イネオスが猛攻に出た。最終峠突入と同時に開始されたシヴァコフの牽引で、ログリッチのアシスト2人は後方へ吹き飛び、5日目の落車以降調子が下降気味のミケル・ランダはじわじわと後退していった。ただユンボはまだ2人のアシストをログラの側に残していたし、バーレーンも苦しむランダを支える2人と、先を行く2人とに分かれて戦いに絡み続けた(もちろん先頭はカルーゾが突き進んでいた)。
残り9km(カルーゾの残り距離。実質10km強)で総合10位イェーツがアタックを見舞うと、モビスターからは総合4位ミゲルアンヘル・ロペスが対応に走った。ユンボはセップ・クスを監視役に送り込みつつ、ステフェン・クライスヴァイクがマイヨ・ロホ集団を引き上げた。最終的にログリッチが加速し、総合3位エンリク・マスがすかさず反応することで、イェーツ1度目のアタックは中和させられた。
2度目のアタックは残り7km。今回のイェーツは、後輪に総合6位ベルナルを連れていた。ログリッチ、マス、ロペスは難なく飛び乗った。ただ同僚を幾度も振り返りつつ、先頭を延々と引くイェーツを、ライバル3人は背後でひたすら眺めるだけ。そのうちバーレーンの総合7位ジャック・ヘイグが同僚ジーノ・マーダー含む上位勢を引き連れ追い付いてきた。すかさずリチャル・カラパスがカウンターアタックを仕掛け、イネオスは主導権を離すまいと努力するが、またしてもロペスが企てを握りつぶした。
そのままロペスとクスが集団コントロールに回った。クライスヴァイクもきっちり追い付いき、ログリッチに最後のボトルを手渡した。おかげでマイヨ・ロホは、最後のひと仕事の前に、火照った体を冷却することが出来た。
イェーツの3度目の飛び出しは、たしかに破壊的だった。残り5km、レースオートバイの後流を利用してスピードに乗ったし、クスにはもはや対応しきれなかった。しかしロペスが冷静に速度を上げると、マスをきっちり前へ運んで行く。それどころか残り4.1km、マスが鮮やかな加速を切った。マイヨ・ロホだけが、行動をともにした。イエーツはもはやしがみつけなかったし、ベルナルはなにもできなかった。イネオスのエース2人が沈んでいく一方で、マスとログリッチは、一時的に共闘体制さえ組んだ。
エンリク・マスとログリッチ
「ミゲルアンヘルが素晴らしい仕事をした。あらゆる動きに対処してくれた。だから僕自身は、他の選手からタイム差を開かなきゃならなかった。ログリッチを重石のようには感じなかったよ。僕ら2人共、全力だった。たしかに僕の牽引の方が強かったかもしれない。でも彼は総合首位で、僕を引っ張る必要なんかなかったはずなんだ。それでも協力してくれた」(マス)
しかもロペスが、3度の攻撃を実らせられなかったイェーツを、葛藤の中に突き落とした。マスとログリッチの背後で、イェーツとヘイグを従えて淡々とペダルを回していたコロンビア人は、ベルナルが背後から追い付てくるやいなや追走の責任をイェーツに押し付けた。ジロ覇者が同僚の刻むテンポからずり落ちると、ロペスはまたしても素早く先頭に立ち、イェーツとヘイグを連れて前へと立ち去る。執念でベルナルが再び追い付くと、やはりロペスは巧みにイェーツを働かせるのだった。
さらには、かつて双子のイェーツのアシスト役だったヘイグが、今は敵チームの一員としてイェーツの後輪からアタックを打った。総合の驚異となりかねないバーレーンの代替リーダーを、見逃すわけにはいかず、イェーツは追走を余儀なくされた。ジロではダニエル・マルティネスが最終盤の窮地を何度も救ってくれたが、ブエルタのベルナルは、あとは自力で山頂を目指すしかなかった。
カルーゾの歓喜から1分05秒後、ログリッチが山頂へとたどり着いた。総合でわずか25秒差につけていたマスを、スプリントで1秒引き放し、さらに区間2位のボーナスタイム6秒も手に入れた。3位ボーナス4秒に終わったマスは、ログリッチからは3秒失ったものの、他のあらゆる総合ライバルを大きく突き放した。また1分44秒遅れにフィニッシュした3人組では、ロペス、イェーツに先行し、ヘイグが4位に滑り込んだ。2分07秒遅れの区間7位にはマーダーが、その3秒後にチッコーネとベルナルが続いた。
つまりバーレーンが区間1位、4位、7位と好成績を並べ、当然ながら、チーム区間首位の座を勝ち取った。チーム総合成績も2位に浮上し、今ジロに続く首位の座も狙える位置につける。残念ながらランダはログリッチからこの日だけで約4分失い、総合争いから大きく遠ざかったものの、ヘイグが1分21秒差の総合4位にジャンプアップ。しかもマーダー総合12位、カルーゾ15位、ランダ16位と総合トップ20に4人が並ぶ。
現在チーム総合首位につけるモビスターは、個人総合2位に28秒遅れでマスが、3位に1分21秒遅れでロペスがそれぞれ浮上。両者は2018年ブエルタ最終成績とまったく同じポジションにつけたことになる。ちなみに3年前は別々のチームで走っていた。その2018年ブエルタはアダムがスーパーアシストぶりを発揮して、サイモン・イェーツが総合優勝を飾ったが、やはり今年チームを変わったアダムは、イネオス組として現在総合6位・2分07秒につける。5位・1分52秒差ベルナルとともに、総合順位自体は上がったが、タイム差自体はログリッチから遠ざかった。
そのログリッチはマイヨ・ロホで休息日を迎えた。初日タイムトライアルを制した後、3日目で一旦は他人に譲り渡した。6日目に再び手に入れたものの、諸々の責任と共に手放したいような素振りを見せ、すべての山頂フィニッシュ勝利を逃げ選手に惜しみなく与えたが、結局は第1週目を赤色で締めくくった。いわゆる節約モードで走りつつ、もはや1分圏内には2位マス(28秒)しか残っていない。
「まだ始まりに過ぎない。今は休息をしっかり取り、今後も全チーム一丸となって過ごしていかねばならない。この先のステージも楽しみにしているよ」(ログリッチ)
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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