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【ブエルタ・ア・エスパーニャ2021 レースレポート:第4ステージ】生死の境を彷徨った男が仲間と掴んだ復活勝利!ファビオ・ヤコブセン「長い道のりだった」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかスプリント勝負を制したファビオ・ヤコブセン
真の復活の日となった。自転車界全体が祝福せずにはいられなかった。ツール・ド・ポローニュ第1ステージの落車事故から387日。一時は生きていることさえ奇跡のように思われたファビオ・ヤコブセンが、強い精神力と、強い脚で、世界最高峰の舞台で勝者として蘇った。2019年ブエルタ最終ステージ以来となる、グランツール区間勝利だった。
「夢が叶った。長い道のりだった。でも、ここに戻ってこられて、幸せだ」(ヤコブセン)
スプリントする?しない?そんな疑問がステージ前には渦巻いた。大会開催委員が公式に配布した地形図によれば、ラスト1kmはかなり勾配のきつい上り坂。
ただしロードブックが必ずしも正確とは限らない。しかもツール・ド・フランスとは状況が違う。すべてのコースが事前に隅々まで分析され尽くし、重要なステージともなれば選手たちが事前に試走を済ませているような、世界最大の自転車レースと同様に考えてはならない。2連覇中プリモシュ・ログリッチだって、今ブエルタの開幕前に、「ひとつも下見してない」と断言している。
もちろん近年、多くのチームがレース前方に偵察車を走らせるため、起伏や天候は逐一選手たちの耳に入る。なにより科学の進化で、事前に、様々な角度から道をチェックできるようになった。事実、ヤコブセンは、スタートの朝にインターネットで地形を確認していた。そして確信を抱いていた。フィニッシュへの上り坂は、ロードブックで描かれているほどには厳しくない。これならスプリンターにも勝てる、と。
スタートフラッグが振り下ろされると同時に、カルロス・カナルとアンヘル・マドラソ、そしてジョアン・ボウが飛び出した。すぐにアンテルマルシェ・ワンティゴベール・マテリオが主導権をつかむと、初めてマイヨ・ロホをまとうレイン・タラマエを率いて、誇らしげに集団制御に乗り出した。たしかにマドラソは2大会前に山頂区間1勝を上げた強脚だが、すでに総合では7分25秒の遅れを喫している。ジャージを脅かす者のいない逃げの背後で、ベルギーチームは静かにペダルを回した。最大4分半のタイム差を許した。
「僕らチームはずっと最前列で走って、みんなで心から楽しんだ。1日中ジョークを言い合ったりしてね。本当に素敵だった」(タラマエ)
フィニッシュまで残り100kmを切ると、いよいよアルペシン・フェニックスが1人、前線に人員を送り出した。続けてグルパマ・エフデジもコントロールへの協力を開始。急速に前を追い詰めていく。残り75kmでドゥクーニンク・クイックステップも牽引を始めた頃には、早くも逃げとのタイム差は1分半近くにまで縮まっていた。
プロトン
あくまで残り62.9kmの中間ポイントは、小さな競り合いに留まった。たしかに前方は白熱の一騎打ちが繰り広げられ、ボウがマドラソを下した。一方の後方メインプロトンは、むしろぎりぎりまで睨み合いが続いた。しかも膠着状態を破ったのはドゥクーニンクのヤコブセン……ではなく、フロリアン・セネシャル。ポーランドでの落車事故の直後、地面に横たわる同僚のもとに真っ先に駆けつけ、喉から血を吐かせ窒息を防いだ「命の恩人」が、この日は道の上で好アシストを魅せた。おかげで大会2日目に自ら中間を取りに行ったウルフパックのスプリントエースは、来たるべき上りフィニッシュに備え動かずにすんだ。緑ジャージ姿のヤスパー・フィリプセンは、隙を突かれ5位通過で甘んじた。
そこから先は総合系チームが制御に務める番だった。前夜マイヨ・ロホを手放したユンボ・ヴィスマを筆頭に、EFエデュケーション・NIPPOやバーレーン・ヴィクトリアスが、危険回避のため場所取りに励んだ。幅の広い直線道路に、一時は10チームもの隊列がぎゅうぎゅうに並んだことも。
全力で粘り続けた3人が、13.5kmで吸収されると、いよいよスプリンターチームと総合系が激しく入り交ざった。平坦ステージ終盤ではよくある場面ながら、この日はいつにも増してカオスだった。フィニッシュ2kmからの下りを、多くのチームが恐れていたせいだ。逆にロードブックを見る限り大した急坂でもなさそうなこの下りには、スピードのでるカーブがいくつも潜んでいた。
その下り突入直前、熾烈なせめぎあいの中で、1人の選手が地面に転がり落ちた。まさかのマイヨ・ロホ、タラマエだ!
「なにが起こったのかよく分からない。集団はすごく神経質になっていた。ある瞬間、右側で誰かがこんな風に蛇行して、僕に接触したんだ。そして僕は落車した」(タラマエ)
不幸中の幸い。上りでの単独落車だったせいか、すぐに自力で起き上がることができた。すり傷はいくつか出来たが、大きな怪我はなかった。なにより残り距離は2.2kmで、つまり「タイム救済措置」がとられるラスト3km圏内。焦って集団を追いかける必要もなかった。
上り最終盤に主導権を激しく争い、真っ先に下りへと突っ込んだのは、今季21勝中14勝が集団スプリントのアルペシンだった。隊列で猛烈にコーナーを攻め立て、例のラスト1kmの上りには、最終発射台と第2区間勝者フィリプセンが先頭で突っ込んだ。背後にはグルパマ3人組がピタリとつけていた。2日前の隊列分解の失敗を繰り返すまいと、この日は「互いに声を出し合い」(アルノー・デマール)、完璧なチームワークで勝負へと急いだ。
この5人の後ろに、残り1km、ほんの一瞬ながら小さな穴が出来た。それを埋めに走ったのがドゥクーニンク。自転車界屈指のスプリンターチームは「上りで前を封じられ、出口がなかった」(セネシャル)、「アルペシンとグルパマが前を独占し、上手く居場所を見つけられなかった」(ベルト・ファンレルベルフ)と、実は下りでは後手に回っていた。
「前から15〜20番目でダウンヒルに入った。そこからベルトが僕を前へと連れて行ってくれたんだ。おかげでゆるく右にカーブした内側からスプリントをスタートできた。デマールの後輪にうまく入れた。彼こそが倒すべき選手だと思っていた」(ヤコブセン)
その読み通り、グルパマ3人が最前列を奪い取った。ジロ区間2勝のベテラン、アルペシンのサーシャ・モードロが急加速で場の撹乱を試みても、デマール列車は決して乱れなかった。ラスト200mの緩いカーブを抜け出した直後、フレンチスプリンターは加速を切った。
「チームは素晴らしい事をしてくれた。本当に上手くやりたかったし、僕らは本当に上手くやったんだ。スプリントを打ったタイミングも良かった。本気で信じた(デマール)
しかし残り50m、左側から、ヤコブセンが突如として姿を表した。中間ポイントで脚を無駄に消費しなかったおかげで、2日間よりも「今日は脚が少し多めに残っていた」。思惑通りに、フィニッシュラインを先頭で駆け抜けた。
1年前の夏は、ベッドに横たわっていた。1本を除きすべての歯を失い、代わりに130針もの縫合跡が残された。その後も手術は繰り返し続いた。砕け散った顎の骨には、骨盤の骨を移植した。今年2月からは歯のインプラント手術を開始し、6月にはようやく白い歯で笑えるようになった。レース再開は4月だった。7月21日には、ツール・ド・ワロニーで復帰後初の勝利も収めた。
ファビオ・ヤコブセンが大怪我からの完全復活勝利、ブエルタ通算3勝目
「たくさんの時間と、たくさんの努力を要したし、たくさんの人々のおかげでもある。だから、これは、彼らの勝利でもあるんだ。つまりポーランドのあらゆるドクター、外科医、医療スタッフから、ここにいる第2の家族であるチームのみんなまで。その間に関わったすべての人々も。そして僕の家族の勝利でもある。だって彼らの存在こそが、僕がここにいる理由なんだから」(ヤコブセン)
あの落車の日も、復帰初勝利を上げた日も、そして復帰初のグランツール勝利を上げた今区間も、側で走っていたセネシャルは証言する。
「レース復帰後も決して簡単ではなかった事を知っている。口内を何度も手術したせいで、うがいで吐き出した水に、血が混ざることも多かった。でもヤコブセンは100%の力を取り戻した。それを人々の目の前で証明した。脱帽だよ。彼は自分が周りから受けとったものを、なによりこうして勝利でみんなに返してくれたんだ」(セネシャル)
区間勝利とともに、ヤコブセンは緑のポイント賞ジャージも手に入れた。チーム全員で力を合わせて戦ったデマールは2位で「後悔はない」と語り、やはりチームメートと勇猛果敢に突進したフィリプセンは、上りスプリント巧者たち……マグナス・コルトやアルベルト・ダイネーゼ、マイケル・マシューズ等々に割り込まれ、最終的に9位に沈んだ。
ほんのちょっとヒヤリとしつつも、タラマエは総合ジャージと山岳ジャージを守りきった。少なくともあと2日間は赤い栄光を楽しみたいと意欲を示す。もちろんエガン・ベルナルは何事もなく新人賞首位を守った。ロードブックによれば、ほぼ完全にフラットな翌ステージの終わりにも、やはり特筆することのないまま白いジャージに袖を通しているはずだ。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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